第十八話 接唇
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――翌日。
時刻は20時を過ぎた頃、男子寮のある部屋の前では……ある人影が行ったり来たりとうろついていた。
(どうしよう……まじで。どうしよう。)
人影の正体は、ナマエ。昨夜の一件でこの部屋の主とどう顔を合わせたらいいか分からなくてテンパっている癖に、気づけば部屋の前まで来てしまっていた。
(何やってんの、私。会ってどうするの…。)
日課となっていたリハビリのせいでルーティンのようにやって来てしまったのか、それとも会いたい気持ちが強すぎて体が勝手に動いてしまったのか……。本人ですらよく分かっていなかった。
(ずっと…隠してきたのに……。)
ついにバレてしまった。というよりも、むしろ自分からバラしてしまっている。あれは、もはや告白しているようなものだった。
10歳の頃からずっと一緒に居た恵。兄が変わってしまった事で実家ではいつも孤独。さらに同級生たちからも孤立していたナマエにとって、恵が唯一と言っていいほどの支えだった。
五条や七海との出会いも、確かにナマエにとっての救いではあったが、ナマエを孤独から掬い上げてくれたのは…恵ただ一人だったのだ。
だからこそ、ナマエが恵に特別な感情を抱くのにそう時間は掛からなかった。
幼い頃のかわいらしい初心な恋心は、年齢を重ねるごとにどんどんと体の成長に比例するかのように膨らんでいく。成長と共に顔つきも声もだんだんと逞しく男らしくなっていく恵にはドキドキさせられたし、ムスッとした顔の時の方が多くてそっけない態度ばかり取る癖に、ごくごく偶に見せる優しい顔には何度もやられた。
でも、そんな時でもナマエは素直に照れたりはにかんだり、恋する乙女の様な態度を取る事はできなかった。いや、してはいけなかった。
小さな頃から言われ続けていた事だ。いつかは家が決めた相手と婚姻を結び、家のために尽くさなければならない時が来る。
この恋は……成就しない。
それならば、いつか離れる時が来るまでは。それまでは幼馴染としてたくさん楽しい思い出を作りたい。ずっと傍に居たい。
その時が来るまでは、恵が選んだ呪術師としての道を共に歩みたい。隣に立って、守りたい。
そして、兄と同じ呪術師という職業で、兄に認めてもらいたい。
それが、ナマエの選んだ『道』だった。
だからこそ、常に明るく恵との日々を楽しむ事を意識してきた。内なる乙女心なんて、微塵も見せない様に。
補足だが……元来の性格と、誰も教える人が居なかったせいか。いつか五条が恵に言ったように、所謂箱入りなせいか。多少感覚がズレていたり本人が気付かない内に色々とやらかしてしまっているのも、否めない。
それなのに。高専に入学してたった二ヶ月弱の間だけで、ナマエにとって色々な事が起こった。これまでの人生の中でも最大級の辛い目にも合った。
そしてそんな姿を一番見られたくない人に見られてしまった。メンタルはどん底のどん底だった。一生立ち直れないかもしれないと思っていた。
でもそんな地獄から救い出してくれたのも、やはり恵だったのだ。
ひどい有様の自分を慰めるためとはいえ、恵はとことん優しかった。ナマエにはそれが本心から来るものだということも、痛いほど分かった。
押し込めていた気持ちが、みるみる内に膨らんで溢れ返りそうだった。爆発しそうだった。だから、欲張ってしまった。触れたい、と思ってしまった。
一度触れたら、止まらなかった。リハビリなんて体の良い理由をつけて、恵の優しさにつけこんで。あれだけ恐ろしい思いをしたのに、恵なら平気だった。最初の内はやはり怖かったし抵抗があったが、そんなものはすぐにどこかへ行ってしまった。
そんな時に、あんな風に言ってしまえば…これまでの事が水の泡になるなんて分かっていたのに。そして、恵からそっくりそのまま返されてしまった。思っても見なかった恵の言葉に、ナマエのキャパは限界を超えて……あとはご存知の通りである。
(そういうこと……でいいんだよね?)
(でも…だめなのに……。)
(じゃあ何でまたここに来てんの。バカナマエ。)
頭の中で一人二役を繰り広げるナマエは、ずいぶんと長考していたせいか。知らぬ間に部屋のドアの前で立ち尽くしていた。
(やっぱり、もっと頭整理してから出直そうかな……)
そう思ったまさにその瞬間。
――ガチャッ
「え………………うわっ!!」
突然目の前の扉が開き、部屋の主に腕をグンっと引っ張られ……
「ぶっ!!」
勢いよく胸板に激突した。
「ちょ…………むぐっ。」
文句を言おうとしたナマエだったが、そのまま思いっきり抱きすくめられ、何も言えなくなった。
――バタン
会いたいけど会いたくなかった人に、苦しいほど思いっきり抱きしめられている事と、後方で扉の閉まった音だけは、はっきり分かった。