第十七話 訓練
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――ある日のリハビリ
「今日はね、新田ちゃんとご飯食べたの。」
「そうか。」
「それでね、知ってた?新田ちゃんの弟くんが私たちと同い年でさ、なんと京都校の一年生なんだって!」
「へぇ。」
「写真見せてもらったんだけどやっぱ似てたよ。」
「そうか。」
「新田ちゃんね、弟くんの監視のために補助監督になったんだって。なんでこっちに居るんだろうね?」
「そうだな。」
「…ねぇ、恵。」
「ん?」
「さっきから生返事ばっかり。ちゃんと聞いてる?」
「…聞いてる。」
「ほんとかなぁ。」
(そんなもん……仕方ないだろ…。)
それもこれも、現在の体勢のせいだ。既に日課になりつつあるリハビリのために今日もナマエは夜になってから恵の部屋を訪れたのだが。ナマエ発案のこのリハビリが始まってから、ナマエはずっと恵の後ろから抱き着いてお互いのその日起こったことなどを話して、少ししたら部屋に帰っていく…という謎のやり取りをしていた。しかし。
今、二人は正面から抱き合っている。そう、完全に抱擁である。ナマエは恵の腰に手を回してがっちりくっついている。恵は最初両手を下ろしたままで棒立ちで一方的に抱き着かれているような恰好だったのだが、ナマエに言われて恐る恐る腰に手を回して両手を組んでいる状態になった。
そもそも後ろから抱き着かれて会話をするのも恵としては何だこれはと思っていたのだが、抱き着いてからしばらくの間は震えているナマエの事を考えると何も言えなかった。それが、慣れてきたのか最近では初めから震えなくなったな…と思っていた所にこれだ。
「なぁ、普通に話すんじゃだめなのか?」
「何が?」
「だから…くっついて話す必要あんのかって。」
「くっつかないとリハビリにならないよ?」
「…っ。」
言いながら見上げてくるナマエを見下ろして恵は言葉に詰まってしまう。顎を恵の胸につけたままこちらを見上げてくるナマエは、何というか。必然的に上目遣いのように見えるそれは、恵にはキスでもおねだりされているように見えてしまう。ナマエにおそらくそんなつもりはないので完全に恵フィルターであるが。
いたたまれなくなった恵はナマエの頭を鷲づかみ無理矢理元の位置に戻した。というより図らずも自分の胸に顔を押し付けるような形になってしまった。
「むぐ…これじゃしゃべれない゛ー…。」
胸元でくぐもった声で文句を言うナマエに、恵はどうしたもんか、と思った。そのまま、ナマエの頭頂部に顎を乗せてため息を吐いた。
「頭重いー。」
「うるさい。ちょうどいい場所にあるんだから仕方ないだろ。」
「うー。」
「つーか…そもそもだな……」
「う?」
ナマエのリハビリは、恵にとってはただの拷問だった。幼馴染とはいえ、年頃の男女だ。しかも恵が長年密かに想いを寄せている相手。ナマエとどうこうなりたいとは思っていなかったが、こんなシチュエーションで意識するなと言う方がおかしい。あんなことがあった後だが、こうやって恵に身を預けて、最近ではリラックスした様子のナマエを見ていれば期待してしまうのも仕方のないことだった。
これから言おうとしていることで、もしかしたらこれからの二人の関係が変わってしまうかもしれない。恵の望みは幼馴染として傍でナマエを見守ることだった。いつかは誰かのものになってしまうことが分かっていたから。
それに恵自身が、自分には愛だの恋などにうつつを抜かしている暇などないと思っていた。ましてや資格もない、と。
だが今回の事があって、ナマエの傍に居たい、ナマエを守るのは自分でありたいと強く思うようになった。だから……
「いくら幼馴染でも…普通はこういうこと…まずいだろ。」
「こういうことって?」
「だから…!その…こうやって、抱き合ったりすんのは…恋人…同士のすることだろ……って言ってんだ。」
ナマエの頭の上に顎を乗せたまま話す恵の声は段々と覇気がなくなっていき言葉尻も小さくなってしまった。その後少しだけ黙っていたナマエだったが、その後の言葉に恵は驚かされることになる。
「恵は…さ、私が、幼馴染だからって理由だけで、こうやってくっついてると…思う?」
「…………あ?」
ナマエの言っていることの意味がわからず、思わず不遜な声で聞き返してしまう。そんな恵に、ナマエは恵の胸元に顔をうずめたまま抱きしめる腕の力を強めて黙ってしまった。
そして、じわじわとその言葉の意味が頭に入ってきた。だが、良い意味に捉えていいのだろうかと…はかりかねてしまう。だから、恵の方も少し強めに抱きしめ返して、質問を質問で返した。
「それ……どういう意味。」
「…どういう意味だろうね。」
「ちゃんと答えないと……そういうこと、って捉えるぞ。」
「………………。」
また黙ってしまった。くっつきすぎてもはやどちらのものかも分からなくなった心臓の音がやけに耳につく。そして、恵も同じようにナマエに聞いた。
「お前は……俺が、幼馴染だからって理由だけで……こうやって抱きついてくるのを、受け入れてたと思うか?」
「っ。それは……どう言う意味?」
「さぁ、どういう意味だろうな。」
「……真似しないでよ。」
「ちゃんと答えないのが悪い。」
「…………。」
「…………。」
「う~~~~~~……だめだ!!」
「は?」
しばらくお互い黙ってしまっていたが、突然バッと弾けるように恵から離れたナマエに、恵も思わず手を放してしまった。
「今日のリハビリ終わり!!おやすみなさい!!」
「あ…おい!」
――バタン
そのままの勢いで部屋から出て行ったナマエを恵はポカンとした表情で見送るしかなかった。
「……なんだ、今の。」
逸る心臓を落ち着かせようと深呼吸をしたが、全く収まらない。なぜなら、部屋を出る直前のナマエの顔は……見たこともないくらいに真っ赤だったから。
「……マジか…………。」
恵の顔も本人は気づいていないが。負けず劣らず、真っ赤である。
「あーーー……。」
そして、いつかのようにフラフラとベッドに向かい、顔面からバフンとダイブした恵は。
またもやなかなか眠りにつけず、その間ずっと唸っていた。