第十四話 夢現
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恵と真希が戻ってきた時、丁度医務室から出てくる人物と鉢合わせた。
「ミョウジさん……。」
「伏黒くんと…君は、禪院の……。」
その人物とは、ナマエの兄、ミョウジ翔だった。顔を見た瞬間、恵の脳内に昼間の出来事が蘇る。思わずギリっと歯を食いしばった。
「禪院真希さん…だったかな。家入さんから聞いたよ。付き添ってくれていると。君も疲れているだろうに、すまないね。」
「いえ……私は……。」
「……今頃になって……何しに来たんですか。」
恵の言葉尻に怒りが滲むが、それに臆する翔ではない。表情を変えることなく、淡々と告げる。
「今回の事の後処理に思った以上に時間が掛かったからね。来るのが遅くなってしまったんだ。」
「家族なら……兄なら、誰よりも真っ先に駆けつけるもんじゃないんですか。それに……あいつは、アンタのせいで……っ!!」
「そんな事、君に言われるまでもない。それに、事が事だ。ナマエはきっと私に会いたくないだろうね。ましてや、家の問題でもある。君には関係のない事だよ。」
「っ!アンタな……!!」
「恵!やめろ!少し落ち着け!」
真希に止められなかったら、恵は翔に殴りかかっていたかもしれない。現に真希に後ろから羽交い締めにされている。
「こんな夜分に大声を出すもんじゃないよ。それに、ナマエが起きてしまう。」
「っ!」
「君が救助してくれたらしいね。一応礼を言っておくよ。」
「……結構です。アンタに礼を言われる筋合いはない。」
「そうか。……では私は失礼するよ。禪院さん、済まないがナマエの事、よろしく頼むよ。」
「……はい。」
真希に声をかけた後、そのまま翔はその場を立ち去った。恵は、どこにもぶつけようのない怒りを、ただただ堪えるしかなかった。
「真希さん……すみませんでした。…もう、大丈夫です。」
「ナマエの兄貴、あんな感じなんだな。初めて話したよ。顔は似てんのにな。」
「…ナマエが言うには、昔は優しかったらしいですよ。俺が初めて会った時には既にああでしたけど。」
「そっか……」
ナマエの家も色々あるんだろう。真希は自身の家のこともあり、妙に納得した。そして、家の事にはいくら外野が口を挟んでも意味がない事を、痛い程分かっていた。
「…行こうぜ。兄貴のあの様子だと、多分ナマエは起きてないはずだ。」
「……はい。」
真希は恵の背に手を添えて、医務室へと誘導した。
―――――――――
「やっぱり伏黒か。大丈夫だったか?その様子じゃ、ミョウジとバッティングしたらしいな。」
「硝子さん…そっすね。恵が掴みかかる勢いだったんでヒヤヒヤしましたよ。」
「まぁ、そうだろうな。」
出迎えてくれた家入にも外でのやり取りが聞こえていたらしい。恵はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「硝子さん、ナマエは?」
「あぁ、大丈夫だ。伏黒、顔、見に来たんだろう?今なら起きることはないだろうから。」
「……はい。」
ナマエの寝ているベッドの所だけ、照明が落とされていた。パーテーションからそっと覗くと、家入の言う通りスヤスヤと寝息を立てるナマエがいた。
「帰る時呼んでくれ。私らはあっちの部屋に居るから。」
「分かりました。…ありがとうございます。」
気を遣って席を外してくれた二人に礼を言い、ゆっくりと近づき、側の椅子に腰掛けた。
証明が落とされている状態ではあるが、昼間に比べて多少顔色の良くなっているナマエを見て、少しだけ安堵した。救助した時の怪我は、家入が治してくれたんだろう。痣はまだ残っているが、これも数日で消える事だろう。
だが、目に見えない傷はどうしたらいいのか。これからどう接していけばいいのか。どうすれば、またナマエが笑ってくれるのか……恵には、見当もつかない。
「ナマエ……。俺には……何ができる……?」
返事のないナマエに弱々しく問いかけながら、前髪にそっと手を伸ばした時、ナマエの目尻に涙の跡を見つけた。
(泣いてた……のか?)
そんなナマエを見てぎゅっと苦しくなった恵だったが、額の辺りに触れた時、違和感を感じた。
――残穢だ。それが、恵には翔の物だとすぐに分かった。
(ナマエに何したんだ……。)
思わず訝しげな表情になった恵だったが、その残穢からは敵意のようなものは感じなかった。血縁に敵意を向けられてもそれはそれで困るが。
その逆で、むしろ慈しみすら感じられる、底抜けに優しい残穢だった事に、恵は戸惑いを隠せなかった。
そして――分かってしまった。
「……不器用すぎだろ。大事なら大事って……言ってやれよ……なぁ、ナマエ。」
こんな形でないと愛情を伝えられない兄と、それに全く気付かない妹。どうしたものか……と恵からは呆れたため息が出た。
「どうしようもない兄妹だな。って、人のことは言えないか……。」
姉である津美紀に対して素直になる事が出来なかった恵としては、身に覚えが有りすぎて自嘲的な笑みが溢れた。だからこそ、恵は翔に教えてやりたい。言える内に言っておかないと後悔するぞ、と。
「言えなくなってからじゃ、遅いんだよ……。」
ナマエの頭をゆっくりと丁寧に撫でながらボソッと呟いた恵ではあるが。
ナマエへの気持ちに蓋をして、知らないフリを続ける恵こそ、自分の事を棚に上げているということに気づく日は来るのだろうか――