第十四話 夢現
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――その夜。
真希はナマエの付き添いで一緒に医務室で過ごしていた。他愛無い話をしながらも段々と瞼が重くなってきたナマエ。まだ眠りたくないとグズるのをどうにかあやし寝かしつけた。
スウスウと穏やかな寝息を立て始めたナマエを見て真希の眉はハの字に下がった。
――長い一日だった。鬼ごっこと称して走り回ったのがもの凄く遠い昔のように感じた。
(喉渇いた……少しなら大丈夫かな……)
さすがにすぐには起きないだろうと判断して、それでも念の為隣の仮眠室に居る家入に一声掛けてから、医務室を出て自販機のある場所へ足を向けた。
誰もが寝静まる時間帯。自販機が自ら発する光以外照らすものが何もないそこには、思いがけず先客が居た。
「そんなもん飲んで徹夜でもする気か?」
「…禪院先輩。」
「だから私を苗字で呼ぶなっつーの。」
硬貨を数枚投入し、目当てのボタンを押す。ガコンと音を立てて出てきたのは、カフェオレ。
「…真希さんも人の事言えませんよ。」
「ブラック飲んでるやつに言われたくないね。」
……どっちもどっちである。
恵が座っている向かい側のベンチに腰掛けた真希は、プルタブを開けて一口飲んだ後、ふうっと息を吐いた。缶コーヒーならではのこの不健康な甘さが疲れた体に染みた気がした。
頭を回すために糖分を過剰摂取している五条の気持ちが少しだけ分かった気もする。あれは摂りすぎだが。
「……どうですか。アイツの様子は。」
「さっきやっと寝たよ。今は落ち着いてる。」
「そうですか……。」
視線を手元の缶に落としたまま告げた恵の声はほとんど覇気がない。仕方のない事ではあるが。
「気休めになるか分かんねぇけど……ナマエ、最後まではされてないってさ。」
「……。」
「そういう問題じゃないって分かってはいるが、唯一の救いだよ。」
「俺が…もっと早く……気づいてれば……。俺が…一緒に付いて行っていれば……。」
メキッと缶が音を立てて形を変えた。どんなに後悔したって結果は変わらない。ナマエが傷ついた事実は覆らない。
「たらればを言い出したらキリがねぇよ。それは恵だって分かってんだろ。」
「そんなの……!分かってますよ!分かってるけど……!!」
「そうだよな。理屈じゃねぇよな。」
「……。」
人生は選択の連続だ。人生なんて大袈裟な言い方だが、つまりは小さな日常のちょっとした選択。それが正しいかどうか、そんなもの選んでみないと分からない。そして、選んだ後にやり直す事だってできやしない。
「お前が自分を責める気持ちも分かるよ。でもお前のせいじゃねぇ。」
「……っ。」
「そうやって燻ってる時間がもったいねぇよ。そんな暇があったらナマエが立ち直ってまた馬鹿みたいに笑えるようになる方法考えた方がよっぽど建設的だ。」
違うか?と問いかけてくる真希をハッとしたように見上げた。いつも通りの勝ち気なその顔に、恵の眉が緩く下がった。
「馬鹿みたいにってのは余計でしょ。」
「あ?間違っちゃいねぇだろ。」
「まぁ、そうですけど…。」
真希のおかげか、憑き物が落ちたような顔になった恵に、真希も満足そうに口の端を上げた。
「こういう時…男である俺は…どうしたらいいんですかね。」
「んなもん私にだって分かんねぇよ。でも、変に気を使うような真似はやめたほうがいいだろうな。いつも通りでいいんじゃねぇの?」
「いつも通りったって…まず顔を合わせられるかどうか。さっきだって…。それに、助けに行った時…初めてあいつに拒絶されました。」
「…そりゃそうだろな。」
「……。」
「ま、あいつのペースに合わせてやろうぜ。恵大好きなあいつのことだ。そのうち我慢できなくなって自分から寄ってくるさ。良かったな、相思相愛で。」
「なっ…!」
これまでもからかい半分で言われることはあったが、ここまで具体的に言われたのは初めてだった。それに……
「ナマエのあれは、そういうんじゃないでしょう。小さい頃からずっと一緒にいたからああなだけで…」
「お前、それ本気で言ってんのか?」
「……。」
「分かってんだろ。」
「でも…。」
「何でそんな頑なのか知らんけど。あいつがお前を拒絶した理由をしっかり考えろ。」
「っ…。」
突き放すような言い方の真希に、恵は何も言えなかった。恵自身、考えたことがなかったと言えば嘘になる。もしかしたらと思うことだって確かにあった。
(でも…俺は……)
俯き何も言わなくなった恵に呆れたような眼差しを向けた真希は「さて、そろそろ私は戻るよ。」と言って立ち上がり、少し離れた場所にある缶専用のゴミ箱にバスケのシュートかのように空き缶を投げた。きれいに弧を描いたそれはゴミ箱の中へ吸い込まれるように入っていった。
「よっし、ナイッシュー。………今頃ぐっすり寝てるだろうから。今なら大好きなナマエチャンの顔見れますけど?」
「………………行きます。」
「フン、素直でよろしい。」
「チッ。」
「舌打ちは余計だよ!」
恵も立ち上がり、医務室に向かうため真希の隣に並んだ。
たとえ揶揄われても、ナマエの顔を一目見て安心したかった。