第十二話 限限
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___ドガァッ!!
五条の目を頼りに目的の部屋の前に着いた恵は、躊躇いなく呪力を込めた足でその扉を蹴破った。「ちょ…先に言ってよ…」とボヤく五条の声は聞こえていない。
部屋の中に飛び込んだ恵の目に最初に入ったのは、天蓋に覆われた悪趣味なベッドの上に映る人影だった。情事を思わせるそのシルエットに、恵の頭にはカッと血が上った。
瞬時にベッドへ移動してその天蓋を破るように広げた恵の目に映ったその光景に、身体中の血が沸騰しそうだった。目の前がチカチカとして真っ赤に染まった気さえした。
「な!……どうしてここ……グァッ!」
突然現れた恵に驚き言葉を発する前に、胸ぐらを掴まれ渾身の一撃を顔面に食らった裃条は天蓋のレースを引き千切る勢いでベッドの外へと吹き飛ばされた。レースを被りモゴモゴと動く様子はまるで虫取り網で捕まえられた昆虫のようだ。
「ナマエ!……っ。」
ナマエの顔の傷や体の状態を見た恵は思わず目を逸らしてしまいたくなるほどにだった。顔を顰め、ギリギリと歯を食い縛る口に血が滲む。
出来るだけ痛くないようにそっと両腕の縄を解き、ゆっくりとナマエの体を起こした後、恵が着ていた上着を肩からそっと掛けた。縛られていた手首の痣を見ればくっきりと跡が残っている上に皮膚の表面は擦り切れて血も滲んでいる。それを見ただけでどれだけ抵抗したのか…想像に難くない。
「ナマエ…?俺が分かるか?」
「……。」
体に負荷がかからない程度に揺すりながら話しかけるがナマエは動かない。瞳を覗き込んだが、焦点が合わずぼんやりしている。完全に目の色を失っていた。
(こんなになるまで……どうしてナマエがこんな目に…………!!)
「……ナマエ、しっかりしろ、ナマエ。」
何度か名前を呼んでいると、それまで曇っていた瞳が僅かに揺らぎ、そのまま視線が絡まった。一度だけゆっくりと瞬きをした後にやっと出たのは、掠れた弱々しい声だった。
「め……ぐみ……?」
「あぁ、俺だ。……もうだいじょ……」
「っ!!!イ……イャーーーーっ!!!見ないで!!見ないでぇぇぇぇ!!!」
「っ!?……ナマエ!落ち着け!大丈夫だ!!もう怖くないから!!」
恵を認識した瞬間、弾けるように暴れ出し、瞳に涙を目一杯溜めながら顔を歪めて泣き叫ぶナマエ。どうにか抑えようにも今の状態のナマエに力ずくなどもっての外だ。なす術なく両腕を掴むことが精一杯だった。
「嫌っ!こないで!!見ないで!!やだ!!!やだぁー!!」
そのままバッと恵の手を振り払ったナマエは、ベッドに顔を埋めて蹲るようにして小さくなった。そして震えながら何度も何度も懇願する。
「……グスッ……見ないで……ヒック……お願い…だから……見ないで……」
嗚咽混じりで告げられる悲しくも痛々しい願い。震える背中は随分と小さく見えた。ナマエが恵を拒絶したのは、これが初めてだった。
「五条先生……ナマエを……お願いします。」
「……あぁ。」
振り払われた手をぎゅっと握り締めた後、五条と入れ替わりでゆらりとベッドから降りた恵は、レースの天蓋だったものの中からやっと這い出てきて起きあがろうとする裃条に近づき……胸ぐらを掴み上げ、そのままダンっ!と壁に押し付けた。突然の事に裃条からはヒキガエルのような呻き声が出た。下半身を晒したまま壁に押さえつけられるその姿は、間抜けとしか言いようがない。
「言ったよな……ナマエに何かあったら……ってな。俺は、言ったぞ。」
「ぐぅっ!……どうやって……ぐふっ!ここに……来た……いくらなん……でも、早すぎる……!」
「どうでもいいだろ。そんな事。」
「ぐぁぁっ!ぐる……じぃ……はなして……ぐれ……」
さらに締め上げた事で裃条の首は閉まり、酸欠を起こし掛けているのか、顔を真っ赤にしながら口から泡を出し呻いている。もちろんそんな事で恵が力を緩める訳もなく裃条の足が地面から浮くほどにギリギリと力を込めた。
「ア゛……ガァッ……やめ……」
「ナマエもそう言ったはずだ。やめてくれ、と。それでお前はやめたか?…なぁ、どうなんだよ。」
「グ……!やめ゛……っ……息…がぁ!」
「うるせぇよ。ギャアギャア喚くな。」
――ガッ!!
そのままもう一度顔面を殴りつけ、床に倒れ込んだ裃条に馬乗りになった恵は、何度も、何度も殴った。
――ガッ!
「痛いか?」
――ドガッ!
「痛いよなぁ。」
――ゴッ!
「でもな。ナマエは……もっと痛かったんだよ。」
――ガッ!
「恵。加減しろよ。下手したらそいつ死ぬから。」
恵の気持ちが痛いほど理解できた五条は、声を掛けたが止めるまではしなかった。
「分かってますよ。すぐには殺さない。」
(こいつ……目が……)
何の感情もなく真っ直ぐに見下ろされた裃条は、自らの命の終わりが見えた気がした。体が芯から震えて寒気がおさまらない。ミョウジへの復讐を考えた時は達成さえすればその後の事はどうでもいいと思っていた。自分がどうなろうと構わない、ミョウジを貶めることさえできればそれで。だからこそ今回のような大胆な行動が取れたのだ。
だが、いざ己の命に指が掛かった今、どうしようもなく恐ろしくなった。結局はすぐに挫けるほどのその程度の覚悟だったのだ。裃条は、絶対に踏んではいけない地雷を軽はずみに踏んでしまった。
「ひぃっ……やめ……やめてくれ……」
「因果応報。自分で蒔いた種だ。仕方ないよなぁ……」
右手の拳に呪力を込めながら高く振り上げた時、恵の耳に届いたのは弱くか細い声だった。
「め……ぐみ……。」
五条に支えられながら何とか体を起こしたナマエが、弱々しくも恵の名を呼んだ。思わず恵の拳に躊躇いが生まれる。
「めぐみ……だめ……だ……よ。も……やめて……」
「やめねぇよ。お前をこんなにした張本人だ。」
「も……じゅ…ぶん……だから……おねがい……」
こんなヤツに情けを掛ける必要などないのにナマエは充分だと言う。
「……お前が何と言おうが、俺はコイツを許さない。悪因悪果……法に裁かれるだけじゃ割に合わねぇよ。」
そう言って再び拳に呪力を込めたが、その後のナマエの言葉で恵はその拳を下ろすしかなかった。
「だ…め……!めぐみ…が……ひとごろ…し、になっ……ちゃう……!」
「な……」
「だめ…、だよ。めぐみの、手が……よごれちゃう……だから、もう、やめ……て……」
裃条の命の心配ではなく、恵が手を汚す事を良しとしなかった。自分たちは呪術師だ。呪詛師を相手にすれば命のやり取りもあるだろう。それでもナマエは、自分のせいで恵が誰かの命を奪ってしまうことが嫌だったのだ。
「……分かったよ。」
「……うん…」
恵の言葉に安堵したナマエは五条に倒れかかる形で意識を手放した。
安堵したのはもう一人。これで殺されずに済む……そう思った裃条が体から力を抜いた時――
――バギッ!!
ナマエに免じて、呪力なしの一発をお見舞いしてから馬乗り状態から立ち上がった。
完全に気を抜いていたところへの一撃のせいで、裃条もそのまま意識を飛ばした。
「ほんとに殺しちゃったらどうしようかと思ったよ。ま、その時は流石に止めたけどね。」
「死んでもいいって思ってましたよ。」
「……さて。恵、その辺にタオルとか何か使えるものはないかな。連れて帰るにもこのままじゃね……」
ナマエの顔にかかった髪をそっと耳にかけてやりながら、五条が部屋のクローゼットらしき場所に目を向けた。
クローゼットの中には幸いにもタオルや替えのシーツが見つかった。ほとんど何も着用してない状態のナマエをそれで包んだ。
「ほんとは体も綺麗にしてあげたいけど……真希を連れてきたら良かったかな。」
「そうですね……」
こんな事があった後に異性に体を清められるのはナマエも嫌だろう。そう思った二人はそのまま連れて帰る事にした。真希や硝子に任せた方がいいだろうという判断だ。この状態のナマエを二人に見せるのは心が痛むが仕方ない。
「で、どうする?コレ。」
五条の視線の先には下半身丸出しでノびている裃条。恵に殴られたせいで顔の原型を留めていない。放っておいてもしばらく起きないだろう。
「……ミョウジ家がどうにかするんじゃないですか。ナマエの手前、俺にはもう何もできないですし。」
「僕も一発くらい殴っとけばよかったかな。あ、そうだ。とりあえずコイツのコレ、二度と使えないようにしとく?」
言いながらツンツンと爪先で裃条の裃条をつつく。ニュートラルに戻っているそれは、ふにゃんふにゃんと五条にされるがままだ。
「……足でつつかないで下さい。汚い。」
「まぁいっか、とりあえず動けないように縛っておいて、翔に任せようか。」
縛り上げられてベッドの足にくくりつけられた裃条を見ながら恵はため息混じりに呆れた声を出した。なぜなら、わざわざ全裸にした上で……亀甲縛りにされていたから。
「なんでわざわざ……」
「だって僕何もしてないもん。ちょっとくらい嫌がらせしてもいいでしょ。」
「だからって……つーか何で縛り方知ってんですか。」
「ん?……なーいしょ。」
口元に人差し指をあてて語尾にハートをつけながら言う五条の様子に再度呆れたため息を吐いた。
「……帰りましょう。高専に。」