第十一話 危地
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「恵、準備はいいか。」
「はい。」
事務室の隣にある会議室。普段はその用途で使われることはほとんどなく、なんなら補助監督たちの休憩所に成り下がっており、室内には電子レンジ、トースター、冷蔵庫などのせいで会議室感はゼロである。その真ん中にあるテーブルの上で伊地知が用意した通信探知機が出番を待ちながら鎮座している。そのすぐそばに置いているのは術師が出張に行った際のお土産だろうか。個包装で綺麗に箱に並んでいる観光名所の名前が入ったクッキーが物々しい機械とミスマッチだ。
そんなどうでもいい事を考えられるくらいには、恵は落ち着いていた。いや、その逆だ。関係ないことを考えていないと身動きが取れないような気がしていた。
「これでよし、と。五条さん、本当にいいんですか?申請なしで勝手に使ったりして。」
「後でうまいこと処理すれば大丈夫でしょ。というわけでよろしくね、伊地知。」
「…やはりそうなるんですね。流石です。」
「やだなぁ、褒めるなよ。」
「貶してるんですよ!」
伊地知の悲痛な叫びを聞いた面々は思った。絶対補助監督にだけはなりたくない、と。五条にとっては補助監督かどうかは問題ではなく、伊地知だから…というのが正解なのだが。
「オホン…。では、伏黒くん。始めましょうか。」
「あ…はい。」
「難しい操作は何もありません。一つだけ。できるだけ会話を長引かせて時間を稼いでください。逆探知にはそれなりに時間がかかりますから。」
「分かりました。」
「皆さんにも聞こえるようにスピーカモードにします。ですので、皆さんは声が入ってしまわないように気を付けてください。」
「おう。」
「了解。」
「しゃけ。」
「では、いきます。」
伊地知が操作して、どうぞと声がかかった後、恵はスマホの発信ボタンをタップした。そして、数回のコールの後、相手が着信に応じた。
『はい、もしもし。』
「お久しぶりです。裃条さん。」
『おや?補助監督かと思えば…その声は、伏黒くんかな?』
「お聞きしたいことがあったので、伊地知さんにスマホを借りて掛けてます。」
『そうか。それよりも、怪我の具合はどうだい?肋骨にひびが入ったと聞いているけど。』
「おかげさまで回復しましたよ。…ご存じですよね。俺たちが今日から動けるようになったこと。」
『………。』
これで、こちらが勘づいていることは伝わっただろう。裃条は黙ってしまったが、恵が続きを促すことは無かった。時間が稼げるなら万々歳だ。
『…それで?君の聞きたいこと、というのは何かな?』
「そうですね、無駄な問答はやめましょうか。…ナマエは、無事ですか。」
『君は優秀だね。もう少し時間がかかると思ってたよ。』
「質問に答えてください。」
『大丈夫だよ。傷一つついていない。…今はね。』
「っ。何のつもりですか。目的は何ですか。」
『何の捻りもない質問だね。』
「…回りくどい質問をしてもしょうがないでしょ。」
『それもそうか。ミョウジさんは、今のこの状況を知っているのかな?』
「質問を質問で返さないでください。」
ナマエの兄がここで出てくるという事は、やはり…。
「…アンタらのいざこざにナマエを巻き込む必要はないだろ。」
『ふふふ…君は本当に聡い子だ。でも言葉遣いが崩れてきているよ。動揺してるのかな?伏黒くん。ミョウジさんに伝えてくれないかな。「僕を見限った罰ですよ。」ってね。』
「ナマエを…返してください。」
『自分の物のように言うんだね。そうだね、そのうち返すよ。…用が済んだらすぐにでも。』
「何を…」
『君たち、「まだ」だよね。僕が先に味見をすることになるけど、許してくれるよね?』
「っ!ふざけんな!!!」
具体的な表現ではなかったが、奴が何をしようとしているのか。分かってしまった。コイツは、ナマエの兄である翔への嫌がらせのために…それだけの為に、ナマエを。思わず声を荒げて椅子から立ち上がった恵だったが、そっと置かれた手にゆっくりと元の場所に座らされた。…五条だ。表情が読めないのはアイマスクのせいだけではないだろう。ふるふると力無く首を振り、スマホの画面へと視線を戻した。
『あっはっはっは!嬉しいよ、君がこんなに声を荒げるなんてね。僕はね、君の事も嫌いだったんだ。才能にも見目にも恵まれていて、あの御三家の血を引いているくせに家の柵(しがらみ)に囚われることなく自由にしている君がね。最強呪術師にも目を掛けられている所も気に入らなかった。おまけに然も当然のようにあの子の傍に居る。ミョウジ家の娘には全くふさわしくないのに。いや、別に恨んだりはしていないよ。でもね、いつかその澄ました顔を歪ませたくてしょうがなかった。だから電話越しで君の表情が見られないのが心底残念だよ。』
「…黙って聞いてりゃベラベラと勝手なことばか……もごっ!」
「こら!真希!しゃべんな!!」
「おかか!」
「あーあ。ダメじゃないの、声出しちゃ。みんな居る事がバレちゃったじゃない。」
「…はぁ。」
外野が声を出してしまったせいで裃条にこちらの状況がバレてしまった。さすがに逆探知までは気づかれていないと思いたいが。
(俺が恵まれている…?俺の何を知ってるってんだ。俺が恵まれているなら、どうして津美紀は呪われた。どうしてナマエはこんな目に合ってる。どうして大切な人ばかりがこんな目に合う。どうして…。)
『やはり皆さんお揃いでしたか。さして問題ではないですがね。』
「裃条…だったか?お前、こんなことしてこの後自分がどうなるか…分からないわけじゃないだろ。」
普段よりも数段低い声が響いた。声を荒げた恵と違って、五条はあくまでも冷静だった。
『その声は…五条悟。』
「だから。お前に呼び捨てにされる筋合いはないって言ったよな。」
いつものおちゃらけた五条ばかり見ていた二年の面々は、珍しく怒りを露わにしている様子を見て、ゴクリと唾を飲んだ。それもそうだろう。大事な生徒、ましてや幼い頃から妹のように可愛がっていたナマエがこんな奴に傷つけられようとしているのだから。
『ふっ…そんな風に凄まれても、目の前にいないんじゃ怖くもなんともないですよ。そうですね、分かってますよ。でも、もうどうでもいい。あの人が痛い目を見ればそれで。』
しばらく何かを考えるようにして黙っていた恵が、やっと口を開いた。
「…ナマエに何かしてみろ。どうでもいいなんて言えないくらい、お前に痛い目見せてやる。どこまでも追い詰めて、逃さない。」
『怖い怖い。じゃあそろそろ切らせてもらいますよ。これからお楽しみが待ってるんでね。』
「っ待て!」
_ツーッ ツーッ ツーッ…
一方的に通話は切れてしまい、その場には無機質な電子音だけが響いた。
「恵…。」
「…伊地知さん。どうですか。」
「何とか、大まかなエリアまでは分かったんですが…。まだ範囲が広すぎますね。」
「くそっ!」
「で?その大まかな場所って?」
タブレットで地図アプリを開いた伊地知が、その場所を指し示しながら言った。
「軽井沢です。」