第十話 焦燥
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『日常』というのが当たり前ではないことを恵は嫌という程知っている。呪術師を生業とすることを決めてから何度も思い知らされた。昨日挨拶を交わした人物が翌日には二度と会えない所へ逝ってしまうこともこの歳でありながら既に経験済みだ。同世代の一般人と比べるのはどうかと思うが、それでも危機管理能力は持ち合わせているつもりであったし、万が一の時の覚悟はできていると自負していた。
それなのに、いざそれが自分の身に降りかかると身動きが取れなくなる。今日も明日も、いつも通りやってくると思ってしまっていたのだ。いつも通り隣で笑っていると思っていた。『まさか』『自分に限って』。そんなこと、誰にも分からないのに。
_____そう、現実は不平等だ。
ナマエが医務室に向かってから、残ったメンバーは二人一組で訓練を続けていた。パンダと真希、恵と狗巻の組み合わせだ。
狗巻はその能力から、普段は援護や補助に回ることが多い。呪言。言霊の増幅・強制をするその能力は敵の足止めで使っているところを今までもよく見かけていた。だが、補助としてだけでなくひとたび攻撃に回ればその威力は抜群だ。準一級を冠する狗巻はその能力とポテンシャルで一人での任務も多く任されている。だが恵は狗巻のことをきちんと分かっていなかった。身体能力の高さを知っていたはずだが、それは相手の攻撃を回避するためや離脱の際に力を発揮するものだと思っていた。侮っていたわけではない。それでもまさか、合気を嗜んでいるなんて、思ってもいなかったのだ。
(くっ!さっきから全部躱される。一発も入らねぇ。)
恵の掌底も蹴りも一つも入らない。簡単に往なされて地面に転がされる。すぐに起き上がってどうにか隙を探そうとするがそれもうまくいかない。そしてさっきから地面に転がすだけで決定打は打ってこない。
「ぐっ!…狗巻先輩、手加減はやめてください。」
「めんたい……こっ!」
__ドガッ!
恵の言葉を聞いたからか、狗巻は少し強めに上段蹴りを繰り出した。が、恵はすぐさま腕をクロスさせてその蹴りを受け止めた。
「おーおー、まだやってんのか。」
先に組み手を終えた真希とパンダが恵たちの様子を見に来たようだ。二人とも砂埃に塗れているがまだまだ元気そうである。
「ぼちぼち休憩にしようぜ。そろそろナマエも戻ってくんだろ。」
「そーそー、恵も一応病み上がりだしな。」
そうですね、そう口にしようとした矢先、目の前にフッと影が落ちた。
「なっ…!」
「すじこっ。」
いきなり目の前に現れた狗巻にサッと足払いを掛けられて気づけば恵は背中を地面につけていて、視界には青空と、恵を組み敷いていたずらっ子のような表情をした狗巻の顔だけが写った。
「たかな~。」
「…参りました。」
「棘それ、この間のナマエのやつだな。真希をすっ転ばせたやつ。」
「しゃけっ!」
「すっ転ばせた言うな!」
右手でピースサインを作った狗巻は若干ニヤニヤしているようにも見える。くそっ、内心で舌打ちをした恵は狗巻の手を借りて体を起こした。
「狗巻先輩、強いですね。全然歯が立ちませんでした。」
「恵~、棘が呪言だけで準一級になるわけないだろ。呪霊の中には呪言が効きにくいやつもいるしな。」
「しゃけっ!」
体術が苦手であることは恵自身、ちゃんと自覚していたがそれにしても全く歯が立たないのはいただけない。術式頼りではいけない。これではナマエのことを偉そうには言えないな、と少し自嘲気味に笑った。
「何笑ってんだ、気持ちわりぃ。」
「……失礼ですよ。それより、まだナマエ戻ってきませんね。」
「確かにちょっと遅いな。」
「しゃけ。」
「どっかでサボってんのか?」
「思ったより怪我がひどかったんですかね。」
「…仕方ねーな。硝子さんに聞いてみるか。」
真希が代表して家入に連絡をすることになり、ポケットからスマホを取り出し操作を始めた。パンダはサボりかと言っていたがその可能性は低いだろう。ずっと机に張り付けられていたんだ。やっと動けるようになったことをとても喜んでいた。どちらかというと、座学をどうサボるかを真剣に考えていたくらいだ。
「あ、硝子さん?…はい、真希っす。お疲れ様です。ナマエってまだそこに居ます?……え?いや、でも。…はい。はい。いや、大丈夫っす。ナマエがそっちに顔出したら連絡貰えますか?はい、お願いします。じゃあ。」
通話を終えてスマホをポケットに戻した真希はそのまま何か考えるようにして何も言わない。先程の会話から何となく想像はつくが…。
「真希?ナマエは?」
「硝子さんとこには行ってないみたいだな。」
「どこで道草食ってんだ。」
「ツナマヨ。」
「そうだな、恵。ナマエにちょっと電話してみろよ。」
「…あいつ今日はスマホ持ってませんよ。動き回る気満々だったみたいなんで。」
「ちっ。あのバカ。」
ただ単にどこかでサボっているだけならそれでいい。いや、本当はよくないが。だが、なぜだか分からないが恵には嫌な予感がした。虫の知らせ、とでもいうのだろうか。胸の辺りがモヤモヤとしてしょうがない。
「ちょっと俺、探してきます。」
「えー?その内戻ってくんだろ。」
「いや、なんとなく。探した方がいい気がするんで。」
「そうか?んじゃ俺らも手分けして探すか。」
「いや、そこまでは…」
「サボってるナマエを見つけ出して、心配かけたうちらになんか奢らせようぜ。」
「真希ー先輩の発言じゃないぞ?」
「しゃけっ。」
「……ありがとうございます。」
恵が自販機コーナー、真希は同性ということでナマエの部屋へ。棘は講堂、パンダは念のため医務室へと向かった。何もなければそれでいい。ナマエに拳骨を落として説教をくらわせばいいだけだ。だが、先程の胸のモヤモヤはよりいっそう強くなり、漠然とした不安に襲われる。心なしか鼓動も早くなっている気もする。
そうは言っても恵自身、まだ楽観視していた。どこかでサボっているか、もしくは七海でも見つけて話し込んでいるか。どうせそんなところだろうと思っていた。
自販機の横のベンチで倒れて中身がこぼれ出てしまったペットボトルと…
___ナマエが首から掛けていたはずのタオルを見つけるまでは。
それなのに、いざそれが自分の身に降りかかると身動きが取れなくなる。今日も明日も、いつも通りやってくると思ってしまっていたのだ。いつも通り隣で笑っていると思っていた。『まさか』『自分に限って』。そんなこと、誰にも分からないのに。
_____そう、現実は不平等だ。
ナマエが医務室に向かってから、残ったメンバーは二人一組で訓練を続けていた。パンダと真希、恵と狗巻の組み合わせだ。
狗巻はその能力から、普段は援護や補助に回ることが多い。呪言。言霊の増幅・強制をするその能力は敵の足止めで使っているところを今までもよく見かけていた。だが、補助としてだけでなくひとたび攻撃に回ればその威力は抜群だ。準一級を冠する狗巻はその能力とポテンシャルで一人での任務も多く任されている。だが恵は狗巻のことをきちんと分かっていなかった。身体能力の高さを知っていたはずだが、それは相手の攻撃を回避するためや離脱の際に力を発揮するものだと思っていた。侮っていたわけではない。それでもまさか、合気を嗜んでいるなんて、思ってもいなかったのだ。
(くっ!さっきから全部躱される。一発も入らねぇ。)
恵の掌底も蹴りも一つも入らない。簡単に往なされて地面に転がされる。すぐに起き上がってどうにか隙を探そうとするがそれもうまくいかない。そしてさっきから地面に転がすだけで決定打は打ってこない。
「ぐっ!…狗巻先輩、手加減はやめてください。」
「めんたい……こっ!」
__ドガッ!
恵の言葉を聞いたからか、狗巻は少し強めに上段蹴りを繰り出した。が、恵はすぐさま腕をクロスさせてその蹴りを受け止めた。
「おーおー、まだやってんのか。」
先に組み手を終えた真希とパンダが恵たちの様子を見に来たようだ。二人とも砂埃に塗れているがまだまだ元気そうである。
「ぼちぼち休憩にしようぜ。そろそろナマエも戻ってくんだろ。」
「そーそー、恵も一応病み上がりだしな。」
そうですね、そう口にしようとした矢先、目の前にフッと影が落ちた。
「なっ…!」
「すじこっ。」
いきなり目の前に現れた狗巻にサッと足払いを掛けられて気づけば恵は背中を地面につけていて、視界には青空と、恵を組み敷いていたずらっ子のような表情をした狗巻の顔だけが写った。
「たかな~。」
「…参りました。」
「棘それ、この間のナマエのやつだな。真希をすっ転ばせたやつ。」
「しゃけっ!」
「すっ転ばせた言うな!」
右手でピースサインを作った狗巻は若干ニヤニヤしているようにも見える。くそっ、内心で舌打ちをした恵は狗巻の手を借りて体を起こした。
「狗巻先輩、強いですね。全然歯が立ちませんでした。」
「恵~、棘が呪言だけで準一級になるわけないだろ。呪霊の中には呪言が効きにくいやつもいるしな。」
「しゃけっ!」
体術が苦手であることは恵自身、ちゃんと自覚していたがそれにしても全く歯が立たないのはいただけない。術式頼りではいけない。これではナマエのことを偉そうには言えないな、と少し自嘲気味に笑った。
「何笑ってんだ、気持ちわりぃ。」
「……失礼ですよ。それより、まだナマエ戻ってきませんね。」
「確かにちょっと遅いな。」
「しゃけ。」
「どっかでサボってんのか?」
「思ったより怪我がひどかったんですかね。」
「…仕方ねーな。硝子さんに聞いてみるか。」
真希が代表して家入に連絡をすることになり、ポケットからスマホを取り出し操作を始めた。パンダはサボりかと言っていたがその可能性は低いだろう。ずっと机に張り付けられていたんだ。やっと動けるようになったことをとても喜んでいた。どちらかというと、座学をどうサボるかを真剣に考えていたくらいだ。
「あ、硝子さん?…はい、真希っす。お疲れ様です。ナマエってまだそこに居ます?……え?いや、でも。…はい。はい。いや、大丈夫っす。ナマエがそっちに顔出したら連絡貰えますか?はい、お願いします。じゃあ。」
通話を終えてスマホをポケットに戻した真希はそのまま何か考えるようにして何も言わない。先程の会話から何となく想像はつくが…。
「真希?ナマエは?」
「硝子さんとこには行ってないみたいだな。」
「どこで道草食ってんだ。」
「ツナマヨ。」
「そうだな、恵。ナマエにちょっと電話してみろよ。」
「…あいつ今日はスマホ持ってませんよ。動き回る気満々だったみたいなんで。」
「ちっ。あのバカ。」
ただ単にどこかでサボっているだけならそれでいい。いや、本当はよくないが。だが、なぜだか分からないが恵には嫌な予感がした。虫の知らせ、とでもいうのだろうか。胸の辺りがモヤモヤとしてしょうがない。
「ちょっと俺、探してきます。」
「えー?その内戻ってくんだろ。」
「いや、なんとなく。探した方がいい気がするんで。」
「そうか?んじゃ俺らも手分けして探すか。」
「いや、そこまでは…」
「サボってるナマエを見つけ出して、心配かけたうちらになんか奢らせようぜ。」
「真希ー先輩の発言じゃないぞ?」
「しゃけっ。」
「……ありがとうございます。」
恵が自販機コーナー、真希は同性ということでナマエの部屋へ。棘は講堂、パンダは念のため医務室へと向かった。何もなければそれでいい。ナマエに拳骨を落として説教をくらわせばいいだけだ。だが、先程の胸のモヤモヤはよりいっそう強くなり、漠然とした不安に襲われる。心なしか鼓動も早くなっている気もする。
そうは言っても恵自身、まだ楽観視していた。どこかでサボっているか、もしくは七海でも見つけて話し込んでいるか。どうせそんなところだろうと思っていた。
自販機の横のベンチで倒れて中身がこぼれ出てしまったペットボトルと…
___ナマエが首から掛けていたはずのタオルを見つけるまでは。