第九話 接近
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医務室に向かう途中に自販機コーナーがある。呪術高専という特殊な環境のせいで種類は少ないが、高専内で唯一飲み物が買える場所という事もあり普段から生徒だけでなく、教員や補助監督、事務員などのすべての高専関係者が入れ替わり立ち代わり訪れる場所である。備え付けのベンチもあるのでちょっとした休憩にも最適だ。
ナマエがちょうど自販機コーナーに着いた時、そこには誰もいなかったせいかやけに静かだ。いつもなら何とも思わないのになぜか不気味さすら感じてしまった。
そういえば、鬼ごっこの後一度も水分補給をしていなかったことをナマエは思い出した。まだ五月だからと言って油断してはいけない。脱水症状でも起こしたりしたら家入に何を言われるか分からないし、恵が般若の形相になることが目に見えている。恵を怒らせるとめんどくさいだけでなく、その後の心配性の方が厄介だ。想像しただけで身震いしたナマエはひとまず水分補給をすることにした。
小銭を入れてボタンを押し、青と白のラベルのスポーツドリンクを手にする。ペットボトルを自分の頬に当てる。動き回って火照った体にひんやりとしたそれはとても心地いい。ベンチに座ったナマエはふぅっと息を整えながらスポーツドリンクを口にした。
(あー、生き返る―。)
自分で思うよりも体は水分を求めていたらしい。喉から全身に水が行き渡る感覚を覚えるほどだ。目を閉じて天井を仰ぐと体がじんわりした。これはなるべく早く恵たちにも水分を持って行った方がいいだろう。そう思ったナマエが目を開けると___
すぐ目の前に人が立っていた。それもほんの目と鼻の先に。目の前に立たれているせいでナマエが影で覆われている程だった。思わずヒュッと喉が鳴る。人は本当に驚いた時には声が出ないというのは事実だという事を今、ナマエは身をもって体感してしまった。
「やぁ、ナマエちゃん。あの任務以来だね。怪我の具合はどうだい?」
ナマエは自分の目を疑った。最後に会ってから一週間も経っていない。それなのにこの人は同一人物なのか?と。
「………裃条 …さん?」
「名前を覚えていてくれて嬉しいよ。」
ナマエが疑問形になるのも無理はなかった。当時綺麗にセットされていた髪は乱れ、無精髭。この数日でここまで変わるのかという程に頬は痩せこけている。目もどこか虚ろで焦点が合っていないし、その言葉とは裏腹に全く目が笑っていない。ナマエの脳内にガンガンと警鐘が鳴った。しかしナマエはベンチに座っていて相手は目の前で立ちふさがっている状態で。今動くのはあまりにも不自然だ。
「あの…何か私に用ですか?」
「用がなければ話しかけてはいけないのかな?」
「いえ…そんなことは…ないですけど。」
様子がおかしい裃条を今は刺激してはいけない。それがなぜかはわからないがナマエの本能がそう告げていた。
「その様子だと、お兄さんからは何も聞いていないんだね。」
「え?何が…ですか?」
「いいや、それならいいんだ。こっちの話だよ。」
初対面で見せた笑顔も何を考えているか分からなかったが、今はその痩せこけた頬のせいかよりいっそう不気味さを増している。どうにかして今すぐこの場から立ち去りたい。それなのに体が金縛りにあったようにうまく動いてくれない。
「ナマエちゃん?どうかしたかい?顔色が悪いし震えているよ。」
「っ!!」
あたかも心配しているような様子でナマエの顔を覗き込み肩に手を置こうとした裃条の手を、ナマエはあろうことか反射的にパシンと自らの手で払ってしまった。まずいと思ったときにはもう遅い。恐る恐る見上げると何の感情も移していないような瞳とかち合ってしまった。
「あ…の、」
「ナマエちゃん、君は悪い子だね。お兄さんに教わらなかったのかい?女は男を立てないといけない。女は男に従わなければいけない。手を上げるだなんてもってのほかだよ。」
何時代の人間かと突っ込みたくなるような発言だったが、ナマエは何も言えなかった。ヘタに刺激をしたくなかったからだ。
(どうしたらいい?どうしたらこの状況から逃げ出せる?)
明らかに今の裃条は普通じゃない。誰か通りががってくれればいいのにこんな時に限って誰もやってこないのだ。時間帯もあるだろう。お昼時ならともかくまだ午前中だ。
下唇を噛みながら必死で打開策を考えるが焦りのせいか何もいい案が浮かばない。うまく医務室に向かうことができたとしても家入に迷惑をかけてしまうかもしれない。どうにかしてグラウンドへ戻ることができれば一対多数だ。何か方法はないだろうか。
「あれ?僕の話は無視かな?本当に君は悪い子だ。おしおきをしないといけないね。」
「あ…の、私、そろそろグラウンドに戻らないといけなくて…」
「だめだよ。グラウンドに戻ったら君の騎士 がしゃしゃり出てくるだろう?二人っきりになれる瞬間をずっと伺ってたんだ。やっとその時が来て今僕はとても嬉しいよ。」
どうにか勇気を振り絞って告げた言葉は簡単に一掃されてしまった。ナマエが一人になるのを待っていた…。それはただ話したいだけではないだろう。それなら二人きりにこだわる必要がない。ますます嫌な想像しか頭に浮かばない。
「だんまりかい?僕は君といっぱいおしゃべりがしたいんだけど。照れ屋さんなのかな?かわいいね。それなら……本当に二人っきりになれるところで話そうか。ここは人がやってくるからね。」
「なに……を………んんっ!」
言うや否や、裃条がナマエの口元に大きめのハンカチのようなものを当ててきた。咄嗟の事でうまく躱すことができずさらには驚いた拍子に思いっきり息を吸ってしまった。鼻につく刺激臭を感じた後、ナマエの意識はどんどん遠くなり、ついに完全にブラックアウトしてしまった。
意識が飛ぶ瞬間、どうにか残穢を残そうと朦朧とする中でナマエは思いっきり呪力を放出した。が、したつもりで不発に終わってしまったようだ。何かの薬のせいだろうか、奮闘空しく呪力を練ることができなかった。
(や……だ………。めぐ……………み…………。)
大事そうにナマエを横抱きにした裃条は恍惚とした表情で満足げにその場を立ち去った。
そして、自販機コーナーには誰もいなくなった。
――落ちた拍子に倒れて零れてしまったスポーツドリンクと、ナマエが首から掛けていたタオルだけを残して。
ナマエがちょうど自販機コーナーに着いた時、そこには誰もいなかったせいかやけに静かだ。いつもなら何とも思わないのになぜか不気味さすら感じてしまった。
そういえば、鬼ごっこの後一度も水分補給をしていなかったことをナマエは思い出した。まだ五月だからと言って油断してはいけない。脱水症状でも起こしたりしたら家入に何を言われるか分からないし、恵が般若の形相になることが目に見えている。恵を怒らせるとめんどくさいだけでなく、その後の心配性の方が厄介だ。想像しただけで身震いしたナマエはひとまず水分補給をすることにした。
小銭を入れてボタンを押し、青と白のラベルのスポーツドリンクを手にする。ペットボトルを自分の頬に当てる。動き回って火照った体にひんやりとしたそれはとても心地いい。ベンチに座ったナマエはふぅっと息を整えながらスポーツドリンクを口にした。
(あー、生き返る―。)
自分で思うよりも体は水分を求めていたらしい。喉から全身に水が行き渡る感覚を覚えるほどだ。目を閉じて天井を仰ぐと体がじんわりした。これはなるべく早く恵たちにも水分を持って行った方がいいだろう。そう思ったナマエが目を開けると___
すぐ目の前に人が立っていた。それもほんの目と鼻の先に。目の前に立たれているせいでナマエが影で覆われている程だった。思わずヒュッと喉が鳴る。人は本当に驚いた時には声が出ないというのは事実だという事を今、ナマエは身をもって体感してしまった。
「やぁ、ナマエちゃん。あの任務以来だね。怪我の具合はどうだい?」
ナマエは自分の目を疑った。最後に会ってから一週間も経っていない。それなのにこの人は同一人物なのか?と。
「………
「名前を覚えていてくれて嬉しいよ。」
ナマエが疑問形になるのも無理はなかった。当時綺麗にセットされていた髪は乱れ、無精髭。この数日でここまで変わるのかという程に頬は痩せこけている。目もどこか虚ろで焦点が合っていないし、その言葉とは裏腹に全く目が笑っていない。ナマエの脳内にガンガンと警鐘が鳴った。しかしナマエはベンチに座っていて相手は目の前で立ちふさがっている状態で。今動くのはあまりにも不自然だ。
「あの…何か私に用ですか?」
「用がなければ話しかけてはいけないのかな?」
「いえ…そんなことは…ないですけど。」
様子がおかしい裃条を今は刺激してはいけない。それがなぜかはわからないがナマエの本能がそう告げていた。
「その様子だと、お兄さんからは何も聞いていないんだね。」
「え?何が…ですか?」
「いいや、それならいいんだ。こっちの話だよ。」
初対面で見せた笑顔も何を考えているか分からなかったが、今はその痩せこけた頬のせいかよりいっそう不気味さを増している。どうにかして今すぐこの場から立ち去りたい。それなのに体が金縛りにあったようにうまく動いてくれない。
「ナマエちゃん?どうかしたかい?顔色が悪いし震えているよ。」
「っ!!」
あたかも心配しているような様子でナマエの顔を覗き込み肩に手を置こうとした裃条の手を、ナマエはあろうことか反射的にパシンと自らの手で払ってしまった。まずいと思ったときにはもう遅い。恐る恐る見上げると何の感情も移していないような瞳とかち合ってしまった。
「あ…の、」
「ナマエちゃん、君は悪い子だね。お兄さんに教わらなかったのかい?女は男を立てないといけない。女は男に従わなければいけない。手を上げるだなんてもってのほかだよ。」
何時代の人間かと突っ込みたくなるような発言だったが、ナマエは何も言えなかった。ヘタに刺激をしたくなかったからだ。
(どうしたらいい?どうしたらこの状況から逃げ出せる?)
明らかに今の裃条は普通じゃない。誰か通りががってくれればいいのにこんな時に限って誰もやってこないのだ。時間帯もあるだろう。お昼時ならともかくまだ午前中だ。
下唇を噛みながら必死で打開策を考えるが焦りのせいか何もいい案が浮かばない。うまく医務室に向かうことができたとしても家入に迷惑をかけてしまうかもしれない。どうにかしてグラウンドへ戻ることができれば一対多数だ。何か方法はないだろうか。
「あれ?僕の話は無視かな?本当に君は悪い子だ。おしおきをしないといけないね。」
「あ…の、私、そろそろグラウンドに戻らないといけなくて…」
「だめだよ。グラウンドに戻ったら君の
どうにか勇気を振り絞って告げた言葉は簡単に一掃されてしまった。ナマエが一人になるのを待っていた…。それはただ話したいだけではないだろう。それなら二人きりにこだわる必要がない。ますます嫌な想像しか頭に浮かばない。
「だんまりかい?僕は君といっぱいおしゃべりがしたいんだけど。照れ屋さんなのかな?かわいいね。それなら……本当に二人っきりになれるところで話そうか。ここは人がやってくるからね。」
「なに……を………んんっ!」
言うや否や、裃条がナマエの口元に大きめのハンカチのようなものを当ててきた。咄嗟の事でうまく躱すことができずさらには驚いた拍子に思いっきり息を吸ってしまった。鼻につく刺激臭を感じた後、ナマエの意識はどんどん遠くなり、ついに完全にブラックアウトしてしまった。
意識が飛ぶ瞬間、どうにか残穢を残そうと朦朧とする中でナマエは思いっきり呪力を放出した。が、したつもりで不発に終わってしまったようだ。何かの薬のせいだろうか、奮闘空しく呪力を練ることができなかった。
(や……だ………。めぐ……………み…………。)
大事そうにナマエを横抱きにした裃条は恍惚とした表情で満足げにその場を立ち去った。
そして、自販機コーナーには誰もいなくなった。
――落ちた拍子に倒れて零れてしまったスポーツドリンクと、ナマエが首から掛けていたタオルだけを残して。