第八話 鬼事
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「はぁっ、はぁっ……あと……は、棘くんだけ!!」
初めはナマエにとって不利としか思えなかったこの鬼ごっこも、残すところ狗巻一人という最終局面を迎えていた。
――遡る事約一時間。
「鬼ごっこぉ!?」
「あぁ、ちなみにナマエ、お前が鬼な。」
「えぇ……」
「そんなあからさまに嫌そうな顔すんなよ。」
心底嫌だと顔に表しているナマエをよそに恵が疑問に思ったことを口にした。
「先輩たちの意図は何となく分かりましたけど。それだとハンデが過ぎませんか。」
呪骸を持って一定の呪力を流しながら走り回って相手を捕まえる。動きながらの呪力コントロールは苦手な者からすると苦行でしかないだろう。まさにナマエにうってつけだ。二年生たちの狙いは恐らくそれ。だが動きながらこのクセの強い二年達を相手に追いかけ回すには少しナマエには荷が重い。
「そーだそーだ!絶っっっ対無理!!」
「お前はそんな自信満々に言うな。プライド無しか。」
「んー。そうか?じゃあ、逃げる側は呪力無しってのはどうだ?」
ツカモトの腕を持ち上げながら抗議するナマエを放置してパンダが提案した。それならば……と思い始めていた恵に対してナマエは、待ったをかける。
「ちょっと!それじゃハンデにならないよ!真希ちゃんは!?」
……確かに。真希はそもそも呪力を使えない。だからこその身体能力とも言えるが。
「じゃあ呪具ナシは?」
「逆に身動きとりやすくなるだけ!」
「なんだよ、文句ばっかりだな。」
「そりゃ文句も言いたくなるよ!」
「うるせぇなぁ。お前の訓練につきあってやんだろうが。」
「真希ちゃんは見学で!」
「はぁ?何言ってんだよ!」
また始まった。どうしてこう…いつもこうなんだろうか。ギャアギャアと毎度のことながらうるさい。喧嘩するほど何とかというやつか。
「要するに、真希にハンデがあればいいんだろ?」
「え!何かいい方法あるの?」
「真希が恵か棘を抱えて逃げるってのはどうだ?」
「はぁ!?」
「すじこっ!?」
思わぬ飛び火に恵と棘は思わず間抜けな声をだしてしまった。つまり錘 になれということか。いくらなんでも女性に抱えられるなどもってのほかだ。
「ちょっとパンダ先輩、いくらなんでも…」
「それって、真希ちゃんがお姫様だっこするってこと?」
「ぶっ!!」
「あっはっはっ!そりゃ傑作!」
「た…たかなぁ。」
「おいお前らおもしろがってんじゃねぇよ!」
ナマエのお姫様だっこ発言に恵は吹き出し、パンダは爆笑、棘はなんてこったと嘆いた。真希もからかわれていると分かっているのか憤慨している。恵はげんなりしながらもこのままではいつまでたっても始まらないと思いあることを提案した。
「それなら、訓練用の錘をつけたらいいんじゃないですか。レッグウォーマー型のやつ確かありましたよね。」
「おっ!確かにそんなのあったな!」
「でも真希ちゃんあれでも平気で走り回るじゃん。」
「じゃあ最大の重さにしようぜ!真希の筋力アップにもなるだろ。」
「人抱えて走りまわるよりはいいか。最大何キロだっけ。」
「片足20キロですね。」
「しゃけ。」
「あぁ?そんなん無理だろ!」
「あれ、真希ちゃん、できないの?」
「こん…のやろう…!」
子供じみた言い合いがまた始まってしまったがどうにか自分が抱えられるという醜態を見せずにすんだ事に恵はそっと胸をなでおろした。なんだかんだで真希が装備を終えたところでやっと準備が整った。
「よーし、じゃあナマエ。10数えたら動いていいぞー。タイムリミットは60分な。全員捕まえたらナマエの勝ち、一人でも逃げ切れたら俺らの勝ちな!ナマエが負けたら全員にジュースおごり、ナマエが買ったら好きなもんごちそうしてやるよ。」
「ほんとに?よっしゃー!やる気でてきた!じゃあいくよー?いーーーち、にーーーい、さーーーん…」
こうして、ハンデアリアリの鬼ごっこがスタートした。
「きゅーう、じゅーーー!よし!誰からいこっかなー。」
ナマエはきょろきょろとあたりを見渡したが、グラウンドには人っ子一人見当たらない。どうやら全員周りの木々に隠れてしまったようだ。
「噓でしょ。鬼ごっこだよね?これじゃかくれんぼじゃん!」
ナマエは意識と呪力を集中させて人の気配を探ったが…
___ボグッ!
「ぐっ…!いったー。こっちにも集中しなきゃか…思った以上にきっついな。ていうか顔はやめてよー。せめてお腹にしてよね!」
言葉が通じないであろうツカモトにぷりぷりと文句を言いつつ、改めて集中した。
___最初に捕まったのはパンダであった。木々の茂みの間で明らかに保護色ではないそれがナマエの視界に入った。それで隠れているつもりだろうか。緑と緑の間から真っ白なしっぽがぴくぴくと動いていた。
頭隠して尻隠さず。ことわざを体現したパンダにナマエはそーっと近づき…
「つーかまーえたっ!」
「うおっ!見つかったか―!」
「パンダくん、だめじゃん。鬼ごっこだよ?かくれんぼになっちゃってるよ。」
「だって走り回るのしんどいじゃん。」
「もー。とにかく、パンダくんの負け―。」
___次のターゲットは真希。パンダのリークによれば反対側の茂みに向かったらしい。片足20キロ、合計40キロ足に抱えている。いくら真希でも両足に女子一人くっつけているようなものだ。見つけさえすればこちらのもの。ツカモトの事を気に掛けながら呪力で周囲の気配を探る。が、そもそもほとんど呪力のない真希を見つけるのは至難の業だった。
(集中、集中…っと。)
パンダに教えてもらった場所に着き、改めて呪力を巡らせる。だが、索敵に集中するとツカモトが鼻ちょうちんをパチンを割って目を覚ます。そうなると慌てて一定の呪力をキープする。
(もー…ちょっとでも気を抜くとこれだよ。冗談抜きで結構な修行だな…。こういう神経使う系のこと今までやってなかったもんなぁ。)
苦手なことから目をそらしていたツケが回ってきたようだ。それでも、このコントロールをしっかり身につけないとまたすぐに呪力切れを起こしてしまうことになる。このままでは恵の隣に立つことはできない。ナマエはパンパンと両頬を叩き気を取り直した。そして改めて神経を集中させると、わずかだが木の上に人の気配を感じた。
(いた…あそこの木の上。)
ナマエはこちらが気づいていると悟られないよう、あたかも探していますという雰囲気で目的の木に近付き、そして思いっきり幹に回し蹴りを放った。
__ズンッ!
「うぉあ!」
ナマエの思惑通り、思ってもいなかった衝撃のせいで木の上でバランスを崩した真希が上から落っこちてきた。
「みーぃつけたぁーー。」
「チッ!」
ニヤニヤと見下ろすナマエに真希は舌打ちをして、だがすぐに体勢を戻して一気に駆け出した。両足に錘をつけているとは思えない動きにナマエもすぐには反応できず、真希を取り逃がしてしまった。
逃げる真希を後ろからナマエが追いかける。走りながらもツカモトはぷうぷうと寝息を立てているのでナマエも少し慣れてきたようだ。何にせよこれで本来の鬼ごっこスタイルになった。
「あっ!逃げた!こらまてーぇ!」
「鬼から逃げるから鬼ごっこだろうがよ!」
もっともなことを言う真希に「たしかにー!」と言いながらもナマエは全速力で真希を追い詰める。グラウンドを突っ切るように逃げる真希だが、やはりハンデのせいかだんだんと距離は縮まり、ついに捕まってしまった。
「へへへー。二人目ー!」
「くっっそ。やっぱこれ錘つけすぎだよ。」
「言い訳は認めませーん!」
「ちっ。」
___残りは恵と棘。恵の気配はいつも一緒にいるので手に取るように分かる。が、そう簡単には捕まえさせてくれないだろう。どうするか…。純粋な速力は同じくらいだが、こちらにはツカモトがいるため気をそちらにもやらないといけない。どうにか恵の弱点を突かなければ。
(そうだ!)
良からぬことを思いついたナマエは恵が隠れているあたりへそれと気づかれないように遠回りしながら近づいて行った。
一方の恵はというと、すぐに動けるように、とある木の陰でナマエの様子を伺っていた。ナマエを見る限りまだこちらには気づいていなさそうだ。時々ツカモトのパンチをくらいつつもだんだんこちらに近付いてきている。そしてついにその距離は残すところ10メートル程まで来てしまった。
(どうするか…今動けがさすがにばれるか?)
恵が様子を伺っていると、またナマエはツカモトに攻撃された。今度は脇腹を殴られたらしい。うめき声と共にナマエが蹲った。一定の呪力を流すだけなのにナマエはやはりこういったことが苦手らしい。呆れながらも様子を見ていた恵はふと違和感を覚えた。蹲ったナマエが唸りながらそのまま起き上がらないのだ。
(なんだ?打ち所が悪かったか?)
ナマエがそのまま唸りながらドサッと横に倒れたのを見た恵は慌てて木の陰から飛び出してナマエの元へと駆け寄った。
「おい!ナマエ!どうした!」
「うぅ…。」
苦しそうに呻きながらナマエは弱弱しく恵の腕に手を添えた。
「おい!大丈夫か!くそっ、家入さんの所へ…」
「…つかまえたー!」
「…は?」
さっきまでの顔色の悪さはどこへ行ったのか。慌てて横抱きにしようとした恵の腕をしっかりと握って満面の笑みである。
「お…まえ…まさか。」
「ごめんね?こんなに簡単にひっかかるとは思わなくて。」
「………ハァ。」
気の抜けた恵はドサリと地面に座り込んでしまった。
「あれ?恵?怒った?」
「はーーー。お前に何もなくて良かったよ。」
「う゛。」
さすがに良心の呵責か、ナマエは気まずそうに眼をそらした。
「恵…ごめんね?」
「別にいいけど。本来の目的と違うことしてどうすんだ。動きながらコントロールすんのがこの鬼ごっこだろうが。」
「へへへ…どうしても勝ちたくなっちゃって。」
呆れながら大きく息を吐いた恵だったが、ふと視線を感じた。そちらを見ると木の陰からこっそりこちらの様子を伺う狗巻と目が合った。
「あ、狗巻先輩。」
「え!どこどこ!?」
「おかかっ!」
「あ、やべ。すんません。」
図らずとも味方を売る形になってしまった。どうやらナマエの様子を近くで見ていた狗巻も心配になって近くまで来ていたらしい。すでに始まった狗巻とナマエの鬼ごっこを遠目に見ながら心の中で改めて狗巻に謝った。
「なんだ、お前も捕まったのかよ。」
「禪院先輩…いや、まぁ。姑息なマネされて捕まっちまいました。」
「かーっ、情けねぇなぁ。」
「あとは棘だけか。」
「パンダ先輩も捕まったんですか。」
「おぅ。開始五分ってとこかな。」
「そんな自慢気に言わないでください。」
負け組三人はそのまま木陰で休憩しながら棘の行方を見守った。グラウンドでは棘とナマエの純粋な鬼ごっこが繰り広げられている。あれだけの速度で走りながらもツカモトは安定しているようだ。となると、さっき殴られていたのはこちらを騙すためだったようだ。呆れて物も言えない。
「つーかナマエ結構コントロールできてるな。」
「確かに。」
「でも全然追いつきませんね。」
「棘、ああ見えて足速いからな。」
「あとは…、棘くんっ…だけなのに…!」
「すーじこ~!」
「もうッ!全然追いつかないっ!」
ツカモトのせいかそもそもの狗巻の身体能力のせいか。全く追いつかない。足に呪力を溜めればいいのだが、そうなるとツカモトが目を覚ます。本当にナマエにとっていい修行だ。
「ん-ーー!いい加減捕まってよー棘くん!」
「おかかっ!」
「皆に帝国ホテルのフレンチビュッフェおごってもらうんだからー!」
「すじこ!?」
驚愕したのは狗巻だけではなかった。
「おい、あいつ俺らにいくら出させる気だ。」
「平日のランチでも8800円ですね。ディナーなら12100円。」
「「はぁ!?」」
スマホでググった恵が静かに告げると先輩二人は奇声を上げた。ナマエが負けた時のジュースと比べたらとてもじゃないが割に合わない。ここは何があっても狗巻に逃げ切ってもらわなければ。
「おい!棘!!絶対捕まんなよ!シャレになんねぇ!」
「そうだぞ棘~がんばれー!」
「しゃけー!」
こちらを見ながらグッと拳を突き出した狗巻はまだまだ余裕らしい。それに…。
「大丈夫ですよ。狗巻先輩が勝ちます。」
「なんでだよ。」
「あと20秒ですから。」
スマホのタイマーを見せながら告げた恵に先輩二人はこれでもかとニヤついて恵のスマホを奪った。
「棘ー!あとちょっとだー!じゅー!きゅー!はーち!…」
「しゃけ!」
「え!マジで!?いやだー!!!」
「「にーぃ!いーち!ゼロ――――!!!」」
「しゃけーーーーー!」
「あああああああああああ!…う゛っ!!」
カウントダウンが終わった瞬間、ナマエは電池が切れたおもちゃのように動かなくなり、ついでに気が抜けたのかツカモトからの一発をお見舞いされていた。
まさか鬼ごっこでここまで盛り上がるとは思わなかったが、どうにか自分たちは高級フレンチをおごらずに済んだし、ナマエもいい訓練になっただろう。恵は腰を上げてお尻に着いた砂を簡単に払い仰向けでくたばっているナマエの方へと向かった。
初めはナマエにとって不利としか思えなかったこの鬼ごっこも、残すところ狗巻一人という最終局面を迎えていた。
――遡る事約一時間。
「鬼ごっこぉ!?」
「あぁ、ちなみにナマエ、お前が鬼な。」
「えぇ……」
「そんなあからさまに嫌そうな顔すんなよ。」
心底嫌だと顔に表しているナマエをよそに恵が疑問に思ったことを口にした。
「先輩たちの意図は何となく分かりましたけど。それだとハンデが過ぎませんか。」
呪骸を持って一定の呪力を流しながら走り回って相手を捕まえる。動きながらの呪力コントロールは苦手な者からすると苦行でしかないだろう。まさにナマエにうってつけだ。二年生たちの狙いは恐らくそれ。だが動きながらこのクセの強い二年達を相手に追いかけ回すには少しナマエには荷が重い。
「そーだそーだ!絶っっっ対無理!!」
「お前はそんな自信満々に言うな。プライド無しか。」
「んー。そうか?じゃあ、逃げる側は呪力無しってのはどうだ?」
ツカモトの腕を持ち上げながら抗議するナマエを放置してパンダが提案した。それならば……と思い始めていた恵に対してナマエは、待ったをかける。
「ちょっと!それじゃハンデにならないよ!真希ちゃんは!?」
……確かに。真希はそもそも呪力を使えない。だからこその身体能力とも言えるが。
「じゃあ呪具ナシは?」
「逆に身動きとりやすくなるだけ!」
「なんだよ、文句ばっかりだな。」
「そりゃ文句も言いたくなるよ!」
「うるせぇなぁ。お前の訓練につきあってやんだろうが。」
「真希ちゃんは見学で!」
「はぁ?何言ってんだよ!」
また始まった。どうしてこう…いつもこうなんだろうか。ギャアギャアと毎度のことながらうるさい。喧嘩するほど何とかというやつか。
「要するに、真希にハンデがあればいいんだろ?」
「え!何かいい方法あるの?」
「真希が恵か棘を抱えて逃げるってのはどうだ?」
「はぁ!?」
「すじこっ!?」
思わぬ飛び火に恵と棘は思わず間抜けな声をだしてしまった。つまり
「ちょっとパンダ先輩、いくらなんでも…」
「それって、真希ちゃんがお姫様だっこするってこと?」
「ぶっ!!」
「あっはっはっ!そりゃ傑作!」
「た…たかなぁ。」
「おいお前らおもしろがってんじゃねぇよ!」
ナマエのお姫様だっこ発言に恵は吹き出し、パンダは爆笑、棘はなんてこったと嘆いた。真希もからかわれていると分かっているのか憤慨している。恵はげんなりしながらもこのままではいつまでたっても始まらないと思いあることを提案した。
「それなら、訓練用の錘をつけたらいいんじゃないですか。レッグウォーマー型のやつ確かありましたよね。」
「おっ!確かにそんなのあったな!」
「でも真希ちゃんあれでも平気で走り回るじゃん。」
「じゃあ最大の重さにしようぜ!真希の筋力アップにもなるだろ。」
「人抱えて走りまわるよりはいいか。最大何キロだっけ。」
「片足20キロですね。」
「しゃけ。」
「あぁ?そんなん無理だろ!」
「あれ、真希ちゃん、できないの?」
「こん…のやろう…!」
子供じみた言い合いがまた始まってしまったがどうにか自分が抱えられるという醜態を見せずにすんだ事に恵はそっと胸をなでおろした。なんだかんだで真希が装備を終えたところでやっと準備が整った。
「よーし、じゃあナマエ。10数えたら動いていいぞー。タイムリミットは60分な。全員捕まえたらナマエの勝ち、一人でも逃げ切れたら俺らの勝ちな!ナマエが負けたら全員にジュースおごり、ナマエが買ったら好きなもんごちそうしてやるよ。」
「ほんとに?よっしゃー!やる気でてきた!じゃあいくよー?いーーーち、にーーーい、さーーーん…」
こうして、ハンデアリアリの鬼ごっこがスタートした。
「きゅーう、じゅーーー!よし!誰からいこっかなー。」
ナマエはきょろきょろとあたりを見渡したが、グラウンドには人っ子一人見当たらない。どうやら全員周りの木々に隠れてしまったようだ。
「噓でしょ。鬼ごっこだよね?これじゃかくれんぼじゃん!」
ナマエは意識と呪力を集中させて人の気配を探ったが…
___ボグッ!
「ぐっ…!いったー。こっちにも集中しなきゃか…思った以上にきっついな。ていうか顔はやめてよー。せめてお腹にしてよね!」
言葉が通じないであろうツカモトにぷりぷりと文句を言いつつ、改めて集中した。
___最初に捕まったのはパンダであった。木々の茂みの間で明らかに保護色ではないそれがナマエの視界に入った。それで隠れているつもりだろうか。緑と緑の間から真っ白なしっぽがぴくぴくと動いていた。
頭隠して尻隠さず。ことわざを体現したパンダにナマエはそーっと近づき…
「つーかまーえたっ!」
「うおっ!見つかったか―!」
「パンダくん、だめじゃん。鬼ごっこだよ?かくれんぼになっちゃってるよ。」
「だって走り回るのしんどいじゃん。」
「もー。とにかく、パンダくんの負け―。」
___次のターゲットは真希。パンダのリークによれば反対側の茂みに向かったらしい。片足20キロ、合計40キロ足に抱えている。いくら真希でも両足に女子一人くっつけているようなものだ。見つけさえすればこちらのもの。ツカモトの事を気に掛けながら呪力で周囲の気配を探る。が、そもそもほとんど呪力のない真希を見つけるのは至難の業だった。
(集中、集中…っと。)
パンダに教えてもらった場所に着き、改めて呪力を巡らせる。だが、索敵に集中するとツカモトが鼻ちょうちんをパチンを割って目を覚ます。そうなると慌てて一定の呪力をキープする。
(もー…ちょっとでも気を抜くとこれだよ。冗談抜きで結構な修行だな…。こういう神経使う系のこと今までやってなかったもんなぁ。)
苦手なことから目をそらしていたツケが回ってきたようだ。それでも、このコントロールをしっかり身につけないとまたすぐに呪力切れを起こしてしまうことになる。このままでは恵の隣に立つことはできない。ナマエはパンパンと両頬を叩き気を取り直した。そして改めて神経を集中させると、わずかだが木の上に人の気配を感じた。
(いた…あそこの木の上。)
ナマエはこちらが気づいていると悟られないよう、あたかも探していますという雰囲気で目的の木に近付き、そして思いっきり幹に回し蹴りを放った。
__ズンッ!
「うぉあ!」
ナマエの思惑通り、思ってもいなかった衝撃のせいで木の上でバランスを崩した真希が上から落っこちてきた。
「みーぃつけたぁーー。」
「チッ!」
ニヤニヤと見下ろすナマエに真希は舌打ちをして、だがすぐに体勢を戻して一気に駆け出した。両足に錘をつけているとは思えない動きにナマエもすぐには反応できず、真希を取り逃がしてしまった。
逃げる真希を後ろからナマエが追いかける。走りながらもツカモトはぷうぷうと寝息を立てているのでナマエも少し慣れてきたようだ。何にせよこれで本来の鬼ごっこスタイルになった。
「あっ!逃げた!こらまてーぇ!」
「鬼から逃げるから鬼ごっこだろうがよ!」
もっともなことを言う真希に「たしかにー!」と言いながらもナマエは全速力で真希を追い詰める。グラウンドを突っ切るように逃げる真希だが、やはりハンデのせいかだんだんと距離は縮まり、ついに捕まってしまった。
「へへへー。二人目ー!」
「くっっそ。やっぱこれ錘つけすぎだよ。」
「言い訳は認めませーん!」
「ちっ。」
___残りは恵と棘。恵の気配はいつも一緒にいるので手に取るように分かる。が、そう簡単には捕まえさせてくれないだろう。どうするか…。純粋な速力は同じくらいだが、こちらにはツカモトがいるため気をそちらにもやらないといけない。どうにか恵の弱点を突かなければ。
(そうだ!)
良からぬことを思いついたナマエは恵が隠れているあたりへそれと気づかれないように遠回りしながら近づいて行った。
一方の恵はというと、すぐに動けるように、とある木の陰でナマエの様子を伺っていた。ナマエを見る限りまだこちらには気づいていなさそうだ。時々ツカモトのパンチをくらいつつもだんだんこちらに近付いてきている。そしてついにその距離は残すところ10メートル程まで来てしまった。
(どうするか…今動けがさすがにばれるか?)
恵が様子を伺っていると、またナマエはツカモトに攻撃された。今度は脇腹を殴られたらしい。うめき声と共にナマエが蹲った。一定の呪力を流すだけなのにナマエはやはりこういったことが苦手らしい。呆れながらも様子を見ていた恵はふと違和感を覚えた。蹲ったナマエが唸りながらそのまま起き上がらないのだ。
(なんだ?打ち所が悪かったか?)
ナマエがそのまま唸りながらドサッと横に倒れたのを見た恵は慌てて木の陰から飛び出してナマエの元へと駆け寄った。
「おい!ナマエ!どうした!」
「うぅ…。」
苦しそうに呻きながらナマエは弱弱しく恵の腕に手を添えた。
「おい!大丈夫か!くそっ、家入さんの所へ…」
「…つかまえたー!」
「…は?」
さっきまでの顔色の悪さはどこへ行ったのか。慌てて横抱きにしようとした恵の腕をしっかりと握って満面の笑みである。
「お…まえ…まさか。」
「ごめんね?こんなに簡単にひっかかるとは思わなくて。」
「………ハァ。」
気の抜けた恵はドサリと地面に座り込んでしまった。
「あれ?恵?怒った?」
「はーーー。お前に何もなくて良かったよ。」
「う゛。」
さすがに良心の呵責か、ナマエは気まずそうに眼をそらした。
「恵…ごめんね?」
「別にいいけど。本来の目的と違うことしてどうすんだ。動きながらコントロールすんのがこの鬼ごっこだろうが。」
「へへへ…どうしても勝ちたくなっちゃって。」
呆れながら大きく息を吐いた恵だったが、ふと視線を感じた。そちらを見ると木の陰からこっそりこちらの様子を伺う狗巻と目が合った。
「あ、狗巻先輩。」
「え!どこどこ!?」
「おかかっ!」
「あ、やべ。すんません。」
図らずとも味方を売る形になってしまった。どうやらナマエの様子を近くで見ていた狗巻も心配になって近くまで来ていたらしい。すでに始まった狗巻とナマエの鬼ごっこを遠目に見ながら心の中で改めて狗巻に謝った。
「なんだ、お前も捕まったのかよ。」
「禪院先輩…いや、まぁ。姑息なマネされて捕まっちまいました。」
「かーっ、情けねぇなぁ。」
「あとは棘だけか。」
「パンダ先輩も捕まったんですか。」
「おぅ。開始五分ってとこかな。」
「そんな自慢気に言わないでください。」
負け組三人はそのまま木陰で休憩しながら棘の行方を見守った。グラウンドでは棘とナマエの純粋な鬼ごっこが繰り広げられている。あれだけの速度で走りながらもツカモトは安定しているようだ。となると、さっき殴られていたのはこちらを騙すためだったようだ。呆れて物も言えない。
「つーかナマエ結構コントロールできてるな。」
「確かに。」
「でも全然追いつきませんね。」
「棘、ああ見えて足速いからな。」
「あとは…、棘くんっ…だけなのに…!」
「すーじこ~!」
「もうッ!全然追いつかないっ!」
ツカモトのせいかそもそもの狗巻の身体能力のせいか。全く追いつかない。足に呪力を溜めればいいのだが、そうなるとツカモトが目を覚ます。本当にナマエにとっていい修行だ。
「ん-ーー!いい加減捕まってよー棘くん!」
「おかかっ!」
「皆に帝国ホテルのフレンチビュッフェおごってもらうんだからー!」
「すじこ!?」
驚愕したのは狗巻だけではなかった。
「おい、あいつ俺らにいくら出させる気だ。」
「平日のランチでも8800円ですね。ディナーなら12100円。」
「「はぁ!?」」
スマホでググった恵が静かに告げると先輩二人は奇声を上げた。ナマエが負けた時のジュースと比べたらとてもじゃないが割に合わない。ここは何があっても狗巻に逃げ切ってもらわなければ。
「おい!棘!!絶対捕まんなよ!シャレになんねぇ!」
「そうだぞ棘~がんばれー!」
「しゃけー!」
こちらを見ながらグッと拳を突き出した狗巻はまだまだ余裕らしい。それに…。
「大丈夫ですよ。狗巻先輩が勝ちます。」
「なんでだよ。」
「あと20秒ですから。」
スマホのタイマーを見せながら告げた恵に先輩二人はこれでもかとニヤついて恵のスマホを奪った。
「棘ー!あとちょっとだー!じゅー!きゅー!はーち!…」
「しゃけ!」
「え!マジで!?いやだー!!!」
「「にーぃ!いーち!ゼロ――――!!!」」
「しゃけーーーーー!」
「あああああああああああ!…う゛っ!!」
カウントダウンが終わった瞬間、ナマエは電池が切れたおもちゃのように動かなくなり、ついでに気が抜けたのかツカモトからの一発をお見舞いされていた。
まさか鬼ごっこでここまで盛り上がるとは思わなかったが、どうにか自分たちは高級フレンチをおごらずに済んだし、ナマエもいい訓練になっただろう。恵は腰を上げてお尻に着いた砂を簡単に払い仰向けでくたばっているナマエの方へと向かった。