第八話 鬼事
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「えぇーー!?聞いてない!!」
グラウンドに響いたナマエの叫びは後から追いついた恵の耳にもしっかり届いた。
山梨での任務から五日。家入の治療を受けてからこれまで、くっ付けた肋骨が安定するまでという事で二人は主に座学を中心に授業を受けていた。
元々長時間机に座る事が苦手なナマエは、ずっと体を動かせないモヤモヤにどんどんストレスが溜まる一方だ。恵も文句こそ言わなかったものの、五日も体を動かさなかったことなどなかったためさすがに辟易としてきたところだった。
そして今日、やっと家入の許可が下りた瞬間。ナマエは飛び跳ねるように喜んだ。
「ぃやったぁぁあああああ!!!」
ガタン!
思いっきり立ち上がった反動で椅子が後ろに倒れたがお構いなし。握り拳で両腕を突き出す姿はどこぞの海賊王だ。
「そんなにはしゃぐな。動いてもいいがまだ加減しろよ?」
「うんっ!ありがとう硝子ちゃん!じゃ!着替えてくるね!!」
びゅん!と、効果音にするなら正にこれ。言うや否やナマエは風のように医務室を飛び出して行った。残された恵はため息を吐きながらナマエが倒した椅子を元に戻した。着替え…恐らくジャージだろう。早速動き回るつもりらしい。目的地はきっとグラウンドだ。
「すみません家入さん。」
「いや、構わないよ。伏黒、君もいい加減体が疼いてきた頃だろう?」
「まぁ、そうですね…。」
そして、冒頭に至る。
「何かあったんですか?」
「お、恵も来たか。」
二年が揃っている中で、一番近くに居たパンダに声を掛けると事情を教えてくれた。どうやら乙骨が海外へと任務に行ってしまったらしい。しかも長期になるそうだ。
「お土産お願いしてない!」
「「そこかよ。」」
ナマエが憤慨している理由に一同が呆れ返ったが、それだけじゃないんだとナマエは口を尖らせた。
「呪力操作のコツとか聞こうと思ったの。私の課題は呪力切れ起こしやすいところだから。それにまだそんなに動くなって言われちゃったし呪力コントロールの勉強ならいいかなって……。それなのにぃー!!!」
(こいつ……意外と考えてたのか。)
さっきの様子だと早速ハメを外しそうな勢いだったのに。それに自分の弱点と向き合って克服しようとしている。恵は珍しくナマエを見直した。
「それだと憂太は先生に向かないだろ。」
「え?なんで?パンダくん。」
「だってあいつ、底なしの呪力量だからな。調節して節約する必要がない。だからあんまり緻密なコントロールはしてないと思うぞ?」
「え!そうなの??」
パンダの説明に恵もなるほどなと思った。乙骨がコントロールをしていないわけではないだろう。現に普段は極力呪力を抑えて生活をしている。でないと自分たちはきっと乙骨の隣に立つことすらままならない。
だが、今のナマエに必要なのは最低限の呪力で最大の効果を出すこと。確かにそれは乙骨のフィールドではなさそうだ。
「つーかそういう話ならあのバカだろ。どこ行った。」
「悟くんは出張でどっか行っちゃったよ。」
真希のあのバカ発言ですぐに五条だと分かるのもどうかと思うが、確かに出張でしばらく帰って来ていない。相変わらず特級様は忙しいらしい。
いい考えだと思ったのに、どうしようと困っているナマエに対してパンダがドンマイと宥めていたところへ、ここまで一言も喋っていなかった狗巻が初めて口を開いた。
「高菜っ!」
ポンっと手のひらを打つその様子はまるで閃いた!とでも言わんばかりだ。その仕草を見たナマエは、可愛い!萌え!ガッテン!などと大騒ぎでキャーキャーと煩い。
「何!?今の! もっかい!もっかいやって!棘くん!!」
「ナマエうるさい。」
「ぁたっ!!」
ゴチンとパンダの拳骨が落ちてやっと大人しくなった。頭を摩るナマエを横目にパンダはフゥっと息を吐き出す。
「それで?どうした、棘。」
「明太子!」
一言だけだったが身振り手振りで伝える狗巻を見て、パンダはすぐに答えに行き着いた。
「おぉ!なるほどな。棘、ナイス!」
今度はパンダがポンと手を打ち、ナマエの方を見た。そして、ちょっと待ってろと言ってそのまま舎の方へと走って行ってしまった。ちなみに、パンダーッシュ!と叫んでいたのは聞かなかったことにしよう。
「何、パンダくんどこ行っちゃったの?」
「さぁ……」
「こんぶ。」
「え?待ってたらいいの?」
「しゃけしゃけ!」
狗巻に言われるがまましばらく待っていると、パンダが何かを抱えて戻って来た。
「いやーすまんすまん、待たせたな。」
パンダが手にしていたのはクマのぬいぐるみ?……いや、呪力を感じることから恐らく呪骸だろう。プウプウと鼻ちょうちんを膨らませながら気持ちよさそうに寝ているそれは、両手にボクシングのグローブを付けている。ほれ、と呪骸を渡されたナマエは不思議そうに呪骸の両脇に手を入れて持ち上げた。
「かわいい……寝てる。」
「まさみちから借りてきた。そいつはツカモト、見ての通り呪骸だよ。」
(名前あんのかよ、パンダ先輩はパンダなのに。つーかかわいいか?)
恵の内心のツッコミをよそに、ナマエは撫でたり振ったりとツカモトに興味津々だ。ぴょこぴょこと動かす度に音が鳴るのが楽しくなって来たナマエはぶんぶんと結構な勢いで上下にシェイクする。
「ナマエー、そろそろだそ。気をつけろよ。」
「え?…………んがっ!?」
それまでおとなしく鼻ちょうちんを出していたツカモトがいきなりカッ!と目を開き、そのままナマエの顎に強烈なアッパーをかました。
「いっっったーーー!!何すんの!!」
顎に食らった一発で思わず尻餅をついたナマエは涙目で顎を摩っている。結構良いところに入ったらしく立ち上がれそうにもない。一方のツカモトは、シュッシュっとシャドーボクシングでこちらを威嚇している。
「何なんですか、これ。」
ナマエに近づき側でしゃがんで顎の様子を見ながら恵はパンダに尋ねた。
「まさみち特製の訓練用呪骸だよ。そいつは一定の呪力を出し続けないと今みたいに攻撃してくるんだ。」
「一定の…そうか!」
「そ、強すぎても弱すぎてもダメだ。呪力設定を絶妙にしといたから、ナマエのいい修行になると思うぞ。」
確かに、一定でとなるとコントロールの技術が必要だ。ナマエは呪力の調節が苦手で、技を出す際に無駄遣いしている時もある。
「あたたた……じゃあ、ずーっと抱っこしておけばいいの?殴られないように呪力出しっぱなしで?」
復活したナマエが嫌そうに言う。それはもう嫌そうに。
「ただ持ってるだけじゃつまんないだろ?」
「いいな、それ。私も協力してやるよ。」
「しゃけっ!」
含みを持って告げたパンダに真希と狗巻もどこか嬉しそうに同調する。
「待って、嫌な予感しかしないんだけど。」
ニヤニヤしている二年生達にナマエ同様、恵もあまり良い予感はしなかった。まさか、そのまま組手でもさせるつもりだろうか。
「待ってください先輩。ナマエはまだそんなに……」
「だーいじょうぶ。」
無理はできないことを伝えようとしたが食い気味で遮られた。
「何するつもりですか。」
更に笑みを深めて言ったパンダの言葉に、恵は拍子抜けしてしまうことになる。
「鬼ごっこ。」