第七話 夜陰
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とある病院のベッドで、恵とナマエは二人して包帯グルグル巻きで寝かされていた。二人仲良く肋骨にヒビが入っていた為、胴はガチガチに固定されていて息がし辛い。
あの後東京に戻る予定だったが、帰りの車内でちょっとした段差による車体の揺れでさえ呻き声を上げる二人を見ていられなくなった新田が、家入に相談をして一旦高専の息が掛かっている病院へと連れていかれることになったのだ。死ぬほどの怪我ではない事と時間も時間という事で応急処置を施された後、一晩入院する事になった。
ちなみに、ほぼ無傷の裃条はそのまま新田の車で東京へと帰還した。行きの道中では鬱陶しい程に多弁だった男は、病院に向かう間は気持ち悪い程に終始口を閉じていたが恵達も何かを言う事はなかった。
(……疲れた。)
ミイラの様にグルグル巻にされた恵は真っ暗な天井を見つめながら内心で呟く。初めはどうにか寝ようと目を瞑っていたが余計な事ばかり考えてしまい寝付けなかった。今日一日でいろんな事があった。本当は体も限界でさっさと寝てしまいたいのになかなか意識を手放せない。
ナマエのフィアンセ(?)いや、彼は候補と言っていた。恵自身も薄々は分かっていたことだった。何だかんだで呪術界で名家と言われるミョウジ家。その娘であるナマエは、家から呪術師とは認められなくても血筋である事には変わらない。いずれは婚姻という形で然るべき家との繋がりを持つ為の駒となる。それにナマエは今年16だ。婚姻を結べる歳にもなる。本人が知らない所でこういう話が出てくるのもおかしな話ではない。
これまで恵は特段気にしていなかった。いつかこういう時が来ると思っていたし、恵自身に誰かと家庭を持つというビジョンが全く浮かばなかったからだ。15やそこらで将来のビジョンがあってもそれはそれでどうかという話ではあるが。呪術界ではよくある話で、一般家庭出身の術師ならともかく、術師の家系であれば見合いや親の決めた相手との結婚がセオリーだ。
だから、ナマエ本人が望まない結婚だとしても。せめてナマエが辛い思いをしない、息のしやすい相手と結ばれることを願っていた。例え家が決めた婚姻でも、ナマエの事を大切にしてくれる相手であれば…と。
だが、今回の任務前にいざ目の当たりにした時に恵は分からなくなった。現れた男がとてもじゃないがナマエの事を大切にするとは思えなかったから、というのもあるが。
恵はナマエに対する自分の気持ちにはとっくの昔に気付いていた。だが自身の出自を考えるとそんな事は言ってられなかった。五条の計らいにより術師になる事を担保に保証された今の生活。術師として生きていく事を決めた恵にとって、人並みの感情を持つ事自体許される事ではなかった。五条あたりにはそんな考えは馬鹿らしいと一蹴されそうではあるが、元来真面目で頑固な面のある恵であればそう考えてしまっても仕方がないのかもしれない。
しかし、ある意味腹を括っていた恵にとって、あのナマエの一言は決意や理性を揺るがすには十分だった。
"……恵とじゃなきゃ嫌なのに。"
小声すぎたので自信はないが、恵には確かにそう聞こえた。聞き間違いでなければ……
(俺じゃなきゃ、って『そういう事』で合ってんのか?)
思い出しただけで恵は自分の脈拍数が上がるのを感じた。自己解決して選択肢から外していた事をどうしても頭の片隅で考えてしまう。望んではいけないと蓋をしていた事がチラチラと蓋から顔を覗かせる。
(いや、どっちみち無理だろ。)
そうやって、また自己完結してその蓋をガッチリ閉めようとした時、隣のベッドから布の擦れる音がした。
「恵……起きてる?」
「……。」
静まり返った病室でナマエがポツリと声を漏らした。体は動かせないので顔だけ恵の方へ向けたようだ。考え事をしていた恵にとっては今ナマエと会話する事は得策ではないと判断して、寝たふりを決め込んだ。
「ねぇ、恵。起きてるでしょ?」
「…………。」
「めーぐーみー、おーきーてーるー?」
(……うるせぇ。)
これは自分が返事をするまで続くだろうと悟った恵は仕方なしに返事をした。
「…………寝てる。」
「ふふっ。良かった、まだ起きてた。」
「どんだけ呼ぶんだ。起こす気満々じゃねぇか。」
クスクスと笑った後に肋骨に響いたのか呻き声を上げるナマエに、恵はため息混じりに早く寝ろよと告げた。
「なんか目が冴えちゃって。」
「俺を巻き込むな。眠ぃんだが。」
「とか言って恵も起きてたじゃん。」
「……。」
本当は恵も眠れなかったが何となく言いたくなかった。起こそうとしたやつが何言ってんだと思ったがそのやり取りも面倒だった恵は、話しかけてくるなら何かあるんだろと思いナマエの続きを待つ。
「ねぇ、恵。」
「何。」
「……呼んでみただけ。」
「んだよそれ。」
「ねぇ、恵。」
「だから何だ。」
「兄様、凄かったね。」
「……あぁ。」
「出来損ないって言われちゃった。」
「……。」
「そりゃ兄様に比べたら私なんて蟻んこみたいなもんだよね。」
「それはこれからだろ。そもそも経験値が違う。」
「でも私には風神も雷神も出せない。」
「…気にしないんじゃなかったのか。」
「恵まで悪く言われちゃった。私が落ちこぼれのせいで。」
「あの人は昔からあんな感じだろ。俺は気にしてねぇよ。」
「でも……」
「ナマエ。」
さっきからずっとネガティブな事しか出てこないナマエに恵はついに痺れを切らした。
「諦めんのか。諦めて実家 に帰んのか。」
「そんなの嫌だよ…。」
「認めさせるんだろ。」
「でも…、」
「まだ一ヶ月だ。たった一ヶ月で一人前になる術師なんていねぇよ。」
「……。」
「それに、相伝がどうかだって関係ない。」
「え?」
「そもそも術師の家系じゃない人だってたくさんいんだろ。七海さんだってそうだ。」
「建人くん…。」
「あぁ。家系じゃなくても十分化け物だろ。」
「……ふふっ。言い方。」
ナマエの声にやっと落ち着きが見え出した。ナマエは一度考え出すとどんどんマイナス思考に陥る傾向があるが……もう大丈夫だろう。
「ナマエ。」
「ん?」
「俺も、強くなる。」
「……え?」
「お前の兄貴 に言われっぱなしも癪だしな。」
「恵……。」
「お前の隣に居ても文句言われねぇように。」
「え?」
「守られんのは嫌なんだろ?」
「……覚えてたの?」
「そりゃな。七海さんからも似たようなこと聞いたし。」
「…建人くんのおしゃべり。」
「……ふっ。」
ナマエの高専入学が決まった頃、七海が恵の元にわざわざやってきてその話を聞かされた時、嬉しいのか恥ずかしいのか何とも言えない気持ちになった事を思い出した。七海のそれは、翔よりもよっぽど兄の様だと思ったのも記憶に新しい。
「もぅ、笑わないでよ……」
「だから、ナマエ。お前も強くなれ。じゃないと置いてくぞ。」
「っ!それは嫌だ!」
そうだ。これでいい。いつかは自分の元を離れる時が来るかもしれない。
それでも___今はまだ、このままで___
「いい加減寝るぞ。明日…っつーかもう今日か。朝一で東京戻るんだ。少しでも寝とけ。」
「うん……。ねぇ恵。」
「何。」
「そっち行っていい?」
「……ギプスで動けねぇだろ。」
「くっつきたい。」
「っ。……アホか。つーかこのベッドじゃ二人は無理。」
「……じゃあ今度にする。」
今度って何だ。こっちの気も知らないで。恵が思いっきり息を吐き出した時、またナマエが恵の名を呼ぶ。
「恵。」
「…何だよ。」
「ありがとう。」
「……おぅ。」
「おやすみ。」
「あぁ、おやすみ。」
ナマエがそう言った後、ものの数分で隣からは寝息が聞こえ出した。
(はぁー。おやすみ三秒かよ。…………寝よ。)
流石に恵も眠気が襲ってきたので、一つ大きなあくびをした後、そのまま目を閉じて意識を手放した。
あの後東京に戻る予定だったが、帰りの車内でちょっとした段差による車体の揺れでさえ呻き声を上げる二人を見ていられなくなった新田が、家入に相談をして一旦高専の息が掛かっている病院へと連れていかれることになったのだ。死ぬほどの怪我ではない事と時間も時間という事で応急処置を施された後、一晩入院する事になった。
ちなみに、ほぼ無傷の裃条はそのまま新田の車で東京へと帰還した。行きの道中では鬱陶しい程に多弁だった男は、病院に向かう間は気持ち悪い程に終始口を閉じていたが恵達も何かを言う事はなかった。
(……疲れた。)
ミイラの様にグルグル巻にされた恵は真っ暗な天井を見つめながら内心で呟く。初めはどうにか寝ようと目を瞑っていたが余計な事ばかり考えてしまい寝付けなかった。今日一日でいろんな事があった。本当は体も限界でさっさと寝てしまいたいのになかなか意識を手放せない。
ナマエのフィアンセ(?)いや、彼は候補と言っていた。恵自身も薄々は分かっていたことだった。何だかんだで呪術界で名家と言われるミョウジ家。その娘であるナマエは、家から呪術師とは認められなくても血筋である事には変わらない。いずれは婚姻という形で然るべき家との繋がりを持つ為の駒となる。それにナマエは今年16だ。婚姻を結べる歳にもなる。本人が知らない所でこういう話が出てくるのもおかしな話ではない。
これまで恵は特段気にしていなかった。いつかこういう時が来ると思っていたし、恵自身に誰かと家庭を持つというビジョンが全く浮かばなかったからだ。15やそこらで将来のビジョンがあってもそれはそれでどうかという話ではあるが。呪術界ではよくある話で、一般家庭出身の術師ならともかく、術師の家系であれば見合いや親の決めた相手との結婚がセオリーだ。
だから、ナマエ本人が望まない結婚だとしても。せめてナマエが辛い思いをしない、息のしやすい相手と結ばれることを願っていた。例え家が決めた婚姻でも、ナマエの事を大切にしてくれる相手であれば…と。
だが、今回の任務前にいざ目の当たりにした時に恵は分からなくなった。現れた男がとてもじゃないがナマエの事を大切にするとは思えなかったから、というのもあるが。
恵はナマエに対する自分の気持ちにはとっくの昔に気付いていた。だが自身の出自を考えるとそんな事は言ってられなかった。五条の計らいにより術師になる事を担保に保証された今の生活。術師として生きていく事を決めた恵にとって、人並みの感情を持つ事自体許される事ではなかった。五条あたりにはそんな考えは馬鹿らしいと一蹴されそうではあるが、元来真面目で頑固な面のある恵であればそう考えてしまっても仕方がないのかもしれない。
しかし、ある意味腹を括っていた恵にとって、あのナマエの一言は決意や理性を揺るがすには十分だった。
"……恵とじゃなきゃ嫌なのに。"
小声すぎたので自信はないが、恵には確かにそう聞こえた。聞き間違いでなければ……
(俺じゃなきゃ、って『そういう事』で合ってんのか?)
思い出しただけで恵は自分の脈拍数が上がるのを感じた。自己解決して選択肢から外していた事をどうしても頭の片隅で考えてしまう。望んではいけないと蓋をしていた事がチラチラと蓋から顔を覗かせる。
(いや、どっちみち無理だろ。)
そうやって、また自己完結してその蓋をガッチリ閉めようとした時、隣のベッドから布の擦れる音がした。
「恵……起きてる?」
「……。」
静まり返った病室でナマエがポツリと声を漏らした。体は動かせないので顔だけ恵の方へ向けたようだ。考え事をしていた恵にとっては今ナマエと会話する事は得策ではないと判断して、寝たふりを決め込んだ。
「ねぇ、恵。起きてるでしょ?」
「…………。」
「めーぐーみー、おーきーてーるー?」
(……うるせぇ。)
これは自分が返事をするまで続くだろうと悟った恵は仕方なしに返事をした。
「…………寝てる。」
「ふふっ。良かった、まだ起きてた。」
「どんだけ呼ぶんだ。起こす気満々じゃねぇか。」
クスクスと笑った後に肋骨に響いたのか呻き声を上げるナマエに、恵はため息混じりに早く寝ろよと告げた。
「なんか目が冴えちゃって。」
「俺を巻き込むな。眠ぃんだが。」
「とか言って恵も起きてたじゃん。」
「……。」
本当は恵も眠れなかったが何となく言いたくなかった。起こそうとしたやつが何言ってんだと思ったがそのやり取りも面倒だった恵は、話しかけてくるなら何かあるんだろと思いナマエの続きを待つ。
「ねぇ、恵。」
「何。」
「……呼んでみただけ。」
「んだよそれ。」
「ねぇ、恵。」
「だから何だ。」
「兄様、凄かったね。」
「……あぁ。」
「出来損ないって言われちゃった。」
「……。」
「そりゃ兄様に比べたら私なんて蟻んこみたいなもんだよね。」
「それはこれからだろ。そもそも経験値が違う。」
「でも私には風神も雷神も出せない。」
「…気にしないんじゃなかったのか。」
「恵まで悪く言われちゃった。私が落ちこぼれのせいで。」
「あの人は昔からあんな感じだろ。俺は気にしてねぇよ。」
「でも……」
「ナマエ。」
さっきからずっとネガティブな事しか出てこないナマエに恵はついに痺れを切らした。
「諦めんのか。諦めて
「そんなの嫌だよ…。」
「認めさせるんだろ。」
「でも…、」
「まだ一ヶ月だ。たった一ヶ月で一人前になる術師なんていねぇよ。」
「……。」
「それに、相伝がどうかだって関係ない。」
「え?」
「そもそも術師の家系じゃない人だってたくさんいんだろ。七海さんだってそうだ。」
「建人くん…。」
「あぁ。家系じゃなくても十分化け物だろ。」
「……ふふっ。言い方。」
ナマエの声にやっと落ち着きが見え出した。ナマエは一度考え出すとどんどんマイナス思考に陥る傾向があるが……もう大丈夫だろう。
「ナマエ。」
「ん?」
「俺も、強くなる。」
「……え?」
「
「恵……。」
「お前の隣に居ても文句言われねぇように。」
「え?」
「守られんのは嫌なんだろ?」
「……覚えてたの?」
「そりゃな。七海さんからも似たようなこと聞いたし。」
「…建人くんのおしゃべり。」
「……ふっ。」
ナマエの高専入学が決まった頃、七海が恵の元にわざわざやってきてその話を聞かされた時、嬉しいのか恥ずかしいのか何とも言えない気持ちになった事を思い出した。七海のそれは、翔よりもよっぽど兄の様だと思ったのも記憶に新しい。
「もぅ、笑わないでよ……」
「だから、ナマエ。お前も強くなれ。じゃないと置いてくぞ。」
「っ!それは嫌だ!」
そうだ。これでいい。いつかは自分の元を離れる時が来るかもしれない。
それでも___今はまだ、このままで___
「いい加減寝るぞ。明日…っつーかもう今日か。朝一で東京戻るんだ。少しでも寝とけ。」
「うん……。ねぇ恵。」
「何。」
「そっち行っていい?」
「……ギプスで動けねぇだろ。」
「くっつきたい。」
「っ。……アホか。つーかこのベッドじゃ二人は無理。」
「……じゃあ今度にする。」
今度って何だ。こっちの気も知らないで。恵が思いっきり息を吐き出した時、またナマエが恵の名を呼ぶ。
「恵。」
「…何だよ。」
「ありがとう。」
「……おぅ。」
「おやすみ。」
「あぁ、おやすみ。」
ナマエがそう言った後、ものの数分で隣からは寝息が聞こえ出した。
(はぁー。おやすみ三秒かよ。…………寝よ。)
流石に恵も眠気が襲ってきたので、一つ大きなあくびをした後、そのまま目を閉じて意識を手放した。