第六話 春雷
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バチッ、バチッと弾ける様な音とともに空間が歪む。風神と姿形は似ているものの、大きく違うのはその背中に携えられた7つの連鼓である。同じく屏風画で見るそのままの姿は風神と対になる、翔が操るもう一体の式神___雷神。
この二体を一言で表すならば、圧巻。その存在感も然る事ながら、驚くべきはその二体に込められた呪力量にある。
相伝の風神雷神。そしてそれを扱う為に不可欠な桁違いの呪力量。ミョウジ翔が特別一級術師を冠する所以である。
特級術師である乙骨憂太には遠く及ばないが、それでも規格外である事には変わらない。
(相変わらずすげぇ威圧感 だな……)
頭を打った事で眩む視界と二体の式神の重圧のせいで恵は正直押し潰されそうだった。自身の腕で支えているナマエの肩は震えている。横目で見ると、体は限界が近いのか地面に手を着いて踏ん張る事で精一杯の様だが、その眼差しだけはしっかりと兄である翔の背中を捉えていた。
いつもコロコロと変わる分かりやすい表情は何処へ行ったのか。その顔からはナマエの心情を窺い知る事はできない。
恵は敢えて何かを言う事はなく、そのままナマエに倣って翔の背中を同じように見据えた。
オオォォオオォオォォォオオ……!
先程の翔の攻撃に怒っているのか、呪霊は低く低く唸った。
「さて。どう出る?」
腹の底に響くような雄叫びと膨れ上がった呪力量を前にしても翔の声は落ち着いていた。それもそうだろう。吸収と捕食により強化された呪力量でさえ、風神雷神に比べれば赤子のようなものだったから。
(それでも……)
そう、この呪霊は呪力を吸収する。それこそ風神雷神の強大な呪力をもし吸収したら…想像しただけでも恐ろしい。
オ゛ッ オ゛ッ オ゛ッ オ゛ッ オ゛ッ……!
呪霊の唸り方が変わったかと思えば、徐にその巨体を前屈みに縮める。恵の頭に先程の攻撃がフラッシュバックした。
「ミョウジさん!そいつ!呪力の塊を飛ばしてきます!それでさっき俺たちは…!」
恵の想像通り呪霊は全身で呪力を固めて今にも解き放とうとしていた。
(まずい!……また来るぞ!)
恵がその攻撃からナマエを庇うように覆い被さった時___
……カッ!!!
呪霊が思いっきり両腕を広げて体を伸ばしたその瞬間。翔は静かに唱えた。
___〝鏡嵐 〟
ゴォッという風が立ち登る音とともに翔の目の前に巨大な乱気流が起こり、まるでその気流に乱反射するかの様にその呪力は弾き返されてしまった。そしてそのまま呪霊に襲い掛かる。
ガァァアァァアアァッ!!!
呪霊はまさに自分の呪力に攻撃される状況になってしまった。それでも元は自分の呪力。大した効果は無かった。
「なるほど。」
一言。それだけ呟いた翔は続いて両手で何種類かの印を組み始めた。
そして最後に人差し指と中指を突き立てて、言霊に乗せる。
______〝神鳴 〟
翔が言霊を発してすぐに空が暗く淀み始め、ゴロゴロと唸り始めた。その雲間には稲光も見え隠れする。
(これは…ヤバいな。)
恵と同じことを呪霊も思ったのか。一度空を仰いだ後、突然森の方へ向かい駆け出した。本能で生命の危機を感じたのかもしれない。
「もう遅い。『雷神』落とせ。」
____〝雷鼓 〟
雷神が連鼓の内の一つをドンと鳴らすと、その瞬間。地震かと思うほどの地響きと共に目が眩むような稲妻が呪霊の真上から綺麗に落ちた。
ギャァアァアアアァァァアァァァ……!!
鼓膜を破られそうな轟音を立てたかと思うと、その稲妻は呪霊を一瞬で灰にしてしまった。耳障りな断末魔だけを残して。
稲妻の電圧は最低でも一億ボルト、その温度は30,000℃を超えると言われている。そこに呪力が伴えば、あの程度の呪霊ならば文字通り灰と化すのも当然だった。
「「………………。」」
恵とナマエが呆然としていると、翔が発生させた雷雲が消えるのと同時に何故か空がガラスの様に割れて……突然、夜になった。
「「……え?」」
二人が驚くのも無理はない。つい先程までは翔によって作り出された術式による曇天。さらに数分前までは眩しいほどの初夏の晴天だったのだから。
「何を驚いている。今までヤツの生得領域に居たんだ。当然だろう。珍しいが時空感を狂わせるタイプだったらしいがな。今は午後10時を過ぎたところだ。」
「生得……じゃあ、そもそも任務のランクが……。」
「あれは二級だ。」
自分たちがここに着いてからまだ1〜2時間程度の感覚だっただけに、驚いた。だから救援が来たのか、とやっと納得した所へ、つらつらと出てくる情報に頭が追いつかない。そしてその言葉は恵たちに衝撃を与えた。
二級?……あれが?自分たちに手が負えなかったあの呪霊が、一級以上と思われる呪力を携えたあいつが、たかが二級。
「あの呪霊は呪力こそ捕食により一級レベルまで膨れ上がったが、術式を持っていなかった。栄養ばかり取りすぎたただのデクの棒だ。」
「そんな…」
「あの程度の呪霊を祓えずして二級術師か。あの五条さんも六眼も身内には甘いと言うことか。」
「っ!!」
翔の言葉に二人は何も言えなくなった。自分たちは高専に入学してまだ一ヶ月。スタートラインに立ったばかりだ。それは重々承知していた筈だった。
それでも、入学と同時に二級の位を貰い、毎日のように呪霊討伐を重ねて強くなったと思っていた。そう、思っていただけだったのだ。
今回の事は二人の伸びかけた鼻柱を容易く折ってしまうには十分すぎる出来事だった。
「ナマエ。今ならまだ間に合う。高専を辞めて実家 に戻るんだ。お前のやるべき事を果たせ。父上もそれを望んでいるのは分かっているだろう。」
無機質な表情、無機質な声で告げる兄に、ナマエは声を荒げた。
「っそんなの!話が違います!兄様は……『約束』を反故にするつもりですか!!…………ゲホっ!……ゴボっ!」
「ナマエ!」
咄嗟に覆った右手には、真っ赤な血がベットリと着いた。家屋に突っ込んだ時に内臓を痛めたかもしれない。ゼェゼェと荒い息を吐くナマエの背中を撫でてやりながら恵が割って入った。
「ミョウジさん、今日の所はこの辺にしてくれませんか。早く家入さんに診せないと……。」
「伏黒くん、君にも申し訳ないと思っているよ。こんな出来損ないが幼馴染だと苦労するだろう。」
「俺は…「ナマエ。」
恵が言うよりも早く、翔がそれを遮った。
「…………私との『約束』を反故にしたのは、お前の方だよ。」
「え……?何、を……」
そのまま背中を向けた翔はもう話す事は無いと言わんばかりだった。
「もう夜も遅い。これから東京に戻るとなるとかなり遅い時間に家入さんに仕事をさせることになる。私からも連絡は入れておこう。お前達は早急に補助監督に連絡をして現場の後処理と、裃条 をどうにかしろ。」
嫌悪感たっぷりに見下ろした先には……
泡を吹いて意識を飛ばして伸びている、土まみれではあるがかすり傷だけの裃条の姿があった。
翔はその後一度もこちらを振り返る事なく、夜の向こうに消えていった。
「裃条 、何しに来たんだ……。呪力食わせて伸びただけだったな。なぁ、ナマエ……」
恵なりに場を和ませようとしたが(これが恵の精一杯)、ナマエは下唇を噛んで必死で何かを堪えていた。
「ナマエ、そこ噛むな。血が出る。」
「もう口からいっぱい出てる……」
「そう言う事じゃねぇだろ。」
言いながら制服の袖口で口元の血を拭っていると、ナマエが小さな声で「恵……」と呼んだ。
「あ?」
「ごめんね…」
「………制服はどっちみちもうダメだ。血がついても気にすんな。」
「そうじゃなくて。…私みたいのが幼馴「ナマエ。」じムィ!」
最後まで言わせる事なく恵はナマエの両頬を摘んで引っ張った。
「お前は余計な事ばっかり考えすぎだ。肝心な時には何にも考えねぇ癖に。」
「ふぇふひ(めぐみ)」
「ぶっ…変な顔。」
「んーー!ひゃなひへ〜(はなしてー)!」
パッと手を離してやると「ピャッ」と変な声を出すものだからまた笑ってしまった。頬を摩りジト目で見てくるナマエに、恵は呆れたように告げた。
「いきなりしおらしくすんな。つーか今更。」
「……。」
「…俺を一人にしないんじゃなかったか?」
「っ!……うん!恵大好き!!」
ガバッと抱きついてきたナマエを受け止めた時、2人ともから「う゛っ!」という声が漏れた。
「ったぁー……」
「多分肋骨やってんな、これ……」
そう言って顔を見合わせた2人は、また笑った。
その後新田と連絡を取り、満身創痍の2人を目にした新田は半泣きでナマエに抱きつき。
横腹を押さえて唸るナマエに、それに慌てる新田、苦笑いの恵と、激しい戦闘後とは思えない呑気な空気を作り出していた。
___現場に裃条が転がっていることを忘れて。
この二体を一言で表すならば、圧巻。その存在感も然る事ながら、驚くべきはその二体に込められた呪力量にある。
相伝の風神雷神。そしてそれを扱う為に不可欠な桁違いの呪力量。ミョウジ翔が特別一級術師を冠する所以である。
特級術師である乙骨憂太には遠く及ばないが、それでも規格外である事には変わらない。
(相変わらずすげぇ
頭を打った事で眩む視界と二体の式神の重圧のせいで恵は正直押し潰されそうだった。自身の腕で支えているナマエの肩は震えている。横目で見ると、体は限界が近いのか地面に手を着いて踏ん張る事で精一杯の様だが、その眼差しだけはしっかりと兄である翔の背中を捉えていた。
いつもコロコロと変わる分かりやすい表情は何処へ行ったのか。その顔からはナマエの心情を窺い知る事はできない。
恵は敢えて何かを言う事はなく、そのままナマエに倣って翔の背中を同じように見据えた。
オオォォオオォオォォォオオ……!
先程の翔の攻撃に怒っているのか、呪霊は低く低く唸った。
「さて。どう出る?」
腹の底に響くような雄叫びと膨れ上がった呪力量を前にしても翔の声は落ち着いていた。それもそうだろう。吸収と捕食により強化された呪力量でさえ、風神雷神に比べれば赤子のようなものだったから。
(それでも……)
そう、この呪霊は呪力を吸収する。それこそ風神雷神の強大な呪力をもし吸収したら…想像しただけでも恐ろしい。
オ゛ッ オ゛ッ オ゛ッ オ゛ッ オ゛ッ……!
呪霊の唸り方が変わったかと思えば、徐にその巨体を前屈みに縮める。恵の頭に先程の攻撃がフラッシュバックした。
「ミョウジさん!そいつ!呪力の塊を飛ばしてきます!それでさっき俺たちは…!」
恵の想像通り呪霊は全身で呪力を固めて今にも解き放とうとしていた。
(まずい!……また来るぞ!)
恵がその攻撃からナマエを庇うように覆い被さった時___
……カッ!!!
呪霊が思いっきり両腕を広げて体を伸ばしたその瞬間。翔は静かに唱えた。
___〝
ゴォッという風が立ち登る音とともに翔の目の前に巨大な乱気流が起こり、まるでその気流に乱反射するかの様にその呪力は弾き返されてしまった。そしてそのまま呪霊に襲い掛かる。
ガァァアァァアアァッ!!!
呪霊はまさに自分の呪力に攻撃される状況になってしまった。それでも元は自分の呪力。大した効果は無かった。
「なるほど。」
一言。それだけ呟いた翔は続いて両手で何種類かの印を組み始めた。
そして最後に人差し指と中指を突き立てて、言霊に乗せる。
______〝
翔が言霊を発してすぐに空が暗く淀み始め、ゴロゴロと唸り始めた。その雲間には稲光も見え隠れする。
(これは…ヤバいな。)
恵と同じことを呪霊も思ったのか。一度空を仰いだ後、突然森の方へ向かい駆け出した。本能で生命の危機を感じたのかもしれない。
「もう遅い。『雷神』落とせ。」
____〝
雷神が連鼓の内の一つをドンと鳴らすと、その瞬間。地震かと思うほどの地響きと共に目が眩むような稲妻が呪霊の真上から綺麗に落ちた。
ギャァアァアアアァァァアァァァ……!!
鼓膜を破られそうな轟音を立てたかと思うと、その稲妻は呪霊を一瞬で灰にしてしまった。耳障りな断末魔だけを残して。
稲妻の電圧は最低でも一億ボルト、その温度は30,000℃を超えると言われている。そこに呪力が伴えば、あの程度の呪霊ならば文字通り灰と化すのも当然だった。
「「………………。」」
恵とナマエが呆然としていると、翔が発生させた雷雲が消えるのと同時に何故か空がガラスの様に割れて……突然、夜になった。
「「……え?」」
二人が驚くのも無理はない。つい先程までは翔によって作り出された術式による曇天。さらに数分前までは眩しいほどの初夏の晴天だったのだから。
「何を驚いている。今までヤツの生得領域に居たんだ。当然だろう。珍しいが時空感を狂わせるタイプだったらしいがな。今は午後10時を過ぎたところだ。」
「生得……じゃあ、そもそも任務のランクが……。」
「あれは二級だ。」
自分たちがここに着いてからまだ1〜2時間程度の感覚だっただけに、驚いた。だから救援が来たのか、とやっと納得した所へ、つらつらと出てくる情報に頭が追いつかない。そしてその言葉は恵たちに衝撃を与えた。
二級?……あれが?自分たちに手が負えなかったあの呪霊が、一級以上と思われる呪力を携えたあいつが、たかが二級。
「あの呪霊は呪力こそ捕食により一級レベルまで膨れ上がったが、術式を持っていなかった。栄養ばかり取りすぎたただのデクの棒だ。」
「そんな…」
「あの程度の呪霊を祓えずして二級術師か。あの五条さんも六眼も身内には甘いと言うことか。」
「っ!!」
翔の言葉に二人は何も言えなくなった。自分たちは高専に入学してまだ一ヶ月。スタートラインに立ったばかりだ。それは重々承知していた筈だった。
それでも、入学と同時に二級の位を貰い、毎日のように呪霊討伐を重ねて強くなったと思っていた。そう、思っていただけだったのだ。
今回の事は二人の伸びかけた鼻柱を容易く折ってしまうには十分すぎる出来事だった。
「ナマエ。今ならまだ間に合う。高専を辞めて
無機質な表情、無機質な声で告げる兄に、ナマエは声を荒げた。
「っそんなの!話が違います!兄様は……『約束』を反故にするつもりですか!!…………ゲホっ!……ゴボっ!」
「ナマエ!」
咄嗟に覆った右手には、真っ赤な血がベットリと着いた。家屋に突っ込んだ時に内臓を痛めたかもしれない。ゼェゼェと荒い息を吐くナマエの背中を撫でてやりながら恵が割って入った。
「ミョウジさん、今日の所はこの辺にしてくれませんか。早く家入さんに診せないと……。」
「伏黒くん、君にも申し訳ないと思っているよ。こんな出来損ないが幼馴染だと苦労するだろう。」
「俺は…「ナマエ。」
恵が言うよりも早く、翔がそれを遮った。
「…………私との『約束』を反故にしたのは、お前の方だよ。」
「え……?何、を……」
そのまま背中を向けた翔はもう話す事は無いと言わんばかりだった。
「もう夜も遅い。これから東京に戻るとなるとかなり遅い時間に家入さんに仕事をさせることになる。私からも連絡は入れておこう。お前達は早急に補助監督に連絡をして現場の後処理と、
嫌悪感たっぷりに見下ろした先には……
泡を吹いて意識を飛ばして伸びている、土まみれではあるがかすり傷だけの裃条の姿があった。
翔はその後一度もこちらを振り返る事なく、夜の向こうに消えていった。
「
恵なりに場を和ませようとしたが(これが恵の精一杯)、ナマエは下唇を噛んで必死で何かを堪えていた。
「ナマエ、そこ噛むな。血が出る。」
「もう口からいっぱい出てる……」
「そう言う事じゃねぇだろ。」
言いながら制服の袖口で口元の血を拭っていると、ナマエが小さな声で「恵……」と呼んだ。
「あ?」
「ごめんね…」
「………制服はどっちみちもうダメだ。血がついても気にすんな。」
「そうじゃなくて。…私みたいのが幼馴「ナマエ。」じムィ!」
最後まで言わせる事なく恵はナマエの両頬を摘んで引っ張った。
「お前は余計な事ばっかり考えすぎだ。肝心な時には何にも考えねぇ癖に。」
「ふぇふひ(めぐみ)」
「ぶっ…変な顔。」
「んーー!ひゃなひへ〜(はなしてー)!」
パッと手を離してやると「ピャッ」と変な声を出すものだからまた笑ってしまった。頬を摩りジト目で見てくるナマエに、恵は呆れたように告げた。
「いきなりしおらしくすんな。つーか今更。」
「……。」
「…俺を一人にしないんじゃなかったか?」
「っ!……うん!恵大好き!!」
ガバッと抱きついてきたナマエを受け止めた時、2人ともから「う゛っ!」という声が漏れた。
「ったぁー……」
「多分肋骨やってんな、これ……」
そう言って顔を見合わせた2人は、また笑った。
その後新田と連絡を取り、満身創痍の2人を目にした新田は半泣きでナマエに抱きつき。
横腹を押さえて唸るナマエに、それに慌てる新田、苦笑いの恵と、激しい戦闘後とは思えない呑気な空気を作り出していた。
___現場に裃条が転がっていることを忘れて。