第八十話 悪態
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医務室を飛び出した棘は焦った。割とすぐに後を追ったつもりだったのに、ナマエの姿がどこにも見当たらない。呪力の名残は感じるため、何か術式を使ったのかもしれない。ナマエの術式は風と雷。確かにどちらも速度という面で相性が良さそうだと思った。修行中も呪力を纏いとんでもない速度でこちらに突っ込んで来ていたのでその応用だろうか。それにしても……
(はっや!)
冷静に分析している場合ではなかった。ナマエが見据えていた方角と轟音が響いた方角は同じなので向かう先に検討はついているからいいものの早く追いつかないと何かあってからでは遅い。
小さく舌打ちをした棘は自身の出せる最速でその方角を目指した。
*
「棘!!」
「っ!ツナマヨっ!」
向かう途中、こちらに駆け寄ってくる人影。いや、パンダ影。合流して並走しながらパンダは驚いていた。なぜ棘がここに居るのか?と。本来なら今頃ナマエと練武場で修行中のはずだ。
手短に説明をすると、パンダも現状を話してくれた。さっきの轟音はおそらくだが京都の東堂の仕業だろうとのこと。真希は野薔薇の方へと向かったらしい。
「えー!ナマエすげぇな!……って、それどころじゃないか。だとしたらめちゃくちゃ嫌な予感がする。」
「……しゃけ。」
先ほどの轟音とパンダの予想が正しければ、恵が無傷だとは考えにくい。そして恵の呪力の揺れを感知して飛び出したナマエ。冷静とは言い難い状況だ。
「ナマエ……ブチ切れてなきゃいいけどな。」
「ツナ……」
例えばもし、東堂に痛めつけられている恵を目にしたらナマエは……想像するまでもなかった。2人は思わずゴクリと唾を呑んだ。
「相手が東堂なら尚更急がんとな。アイツは女だろうがなんだろうが見境がない。」
「たかな!」
2人は嫌な想像をしながらも速度を上げた。
*
2人が到着した時、予想通り……というかそれ以上の展開になっていた。血塗れの恵と上半身裸の東堂との間に立ち塞がるナマエ。臨戦体制の2人。全身をバリバリと放電させながらナマエの右手は印を組んでおり、今まさに仕掛けようとしているところだった。
(あぁぁぁ、言わんこっちゃない!っ棘!)
(しゃけ!)
アイコンタクトで意思疎通した2人。棘はすぐに口元のジッパーを下ろし、パンダは飛び上がり大きく腕を振りかぶった。
『動くな』
「なに!やっ…………てんのーー!!!」
呪言により固まった両者。パンダは東堂の横っ面に思いっきりグーパンをかました。棘はジッパーを上げるとすぐに恵を庇うように側についた。
「フゥ、ギリギリセーフ。」
「おかか!」
「うんまぁ、アウトっちゃアウトか。」
恵がやられている時点でセーフではなかった。だが、ナマエを止めることができてナマエが無事だったことに関しては、やはりギリギリセーフだ。
呪言が解けて体が自由になったナマエは、印を組んでいた右手は下ろしているし放電もおさまっているが、こちらを親の仇でも見るように何も言わず思いっきり睨みつけていた。その目が『なぜ止めた』と言っている。だから棘とパンダが同じ感想を抱いたのは当然のことだった。
((コワ、顔コワ。))
「……久しぶりだな、パンダ。」
「なんで交流会まで我慢できないかね。帰った帰った!大きい声出すぞ、いや〜んって。」
「言われなくても帰る所だ。……上着どこだっけ。」
横槍が入ったことで東堂の熱もようやく覚めたらしい。白けたといった方が正しいかもしれない。
キョロキョロと此処にあるはずもない上着を探した後、恵とナマエをそれぞれ見てからニヤリと口角を上げた。
「どうやら退屈し通しってワケでもなさそうだ。」
「「……。」」
2人して睨みつけてくるのを見た東堂は、フンと鼻を鳴らしてからパンダに向かって話しかけた。
「乙骨に伝えとけ。『オマエも出ろ』と。」
「オレ パンダ ニンゲンノコトバ ワカラナイ」
面倒くせぇと思ったパンダはわざとらしく眼前で手を振った。パンダの言い方に特に文句をつけることもなく、さらに東堂はナマエの方に視線をよこした。
「それから、ナマエ。オマエも出ろ。続きはその時だ。」
「……私、ニンゲンなのでゴリラの言葉は分かりません。」
「ちょ、ナマエ……」
怒りはまだ静まらないらしく、明らかに挑発する物言いだ。パンダの真似なのか眼前でしかも無表情でぶんぶんと手を振っている。東堂はまったく気にすることなく背を向けて去って行った。
「……おいおいおいナマエちゃんよぉ、ヒヤヒヤさせるなよぉ。」
「おかか……」
「パンダくん、棘くん。何で止めたの。」
「いやいや止めるだろ。え?普通止めるよな?さっきだって、東堂が挑発に乗って殴りかかってきでもしたらどうするんだ。」
「その時は殴り返すだけだよ。チッ……あんのクソゴリラ、今度絶対一発殴る。」
(((クチ悪っ。)))
イライラしながら東堂が去った方向を睨むナマエ。だが、背後から恵が苦しそうに呻く声が聞こえてハッと我に返った。
「めぐ……っ。」
今にも恵に駆け寄りそうになったナマエだったが、二歩進んだところでピタリと止まった。そして、自分の両手をじっと見た。
それから、眉間に皺を寄せて両手をグッと握った後、くるりと方向転換をして東堂が歩いて行った方へと足を向けた。
「パンダくん、棘くん。恵を……お願い。」
「ナマエ、どこ行くんだ?」
「野薔薇ちゃんのとこ。……ゴリラがそっち行ったから。」
「おい……」
「もう喧嘩売ったりしないよ。真希ちゃんが一緒に居るから大丈夫だと思うけど、念の為。」
やはり誰がどこにいるのかしっかり分かるらしい。ナマエはチラと恵を見て眉を顰めてから踵を返して去って行った。
「……恵ぃ、ナマエの教育どうなってんだ。お口が悪くなってんじゃん。」
「……俺のせいじゃないでしょ。」
「いーや、今回のは完全にオマエのせいだ。」
「しゃけしゃけ。」
「……。」
パンダに言われてムスッとした恵だったが、さすがの恵もそこまで鈍くはない。ナマエが何に怒り、ああやって暴言を吐くに至ったか。間違いなく自分のせいだろうと自覚していた。
__教育うんぬんは置いておくとしても、だ。
パンダもそういう意味で“恵のせい”と言ったわけではないだろう。当然ながら責める意味で言ったわけでもない。
むず痒い思いと、東堂にやられまくって“ボロカス”とナマエに言わしめた不甲斐なさと……嬉しいのか悲しいのかもうよくわからない顔になってしまう。パンダと棘も何とも言えない表情だ。
「恵、いろいろ心中お察しするが……とりあえず医務室な。」
「めんたいこ。」
「立てるか?だっこするか?」
「……しませんよ。」
本気で抱き抱えるつもりだったのか両手を広げたパンダ(と、なぜか棘)を恵は片手で制して自らで立ち上がった。
「パンダ先輩、狗巻先輩。……来てくれてありがとうございます。」
「おう。」
「しゃけ。」