第五話 過信
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五月初旬。呪術界において繁忙期と呼ばれるこの時期。ぺーぺーの新米術師である二人も例に漏れず日々任務に追われていた。
四月までは数学や英語など、普通科目授業も受けつつ(と言っても回数は一般の高校生に比べると極端に少ないが。)少しずつ任務の数を増やしつつ堅実に経験を積んでいた。
それがどうだ。四月の終わり頃から急に任務の割合が増え、そんな事はお構いなしに至る所に派遣されるようになってしまった。
冬の終わりから春にかけての人の陰気がこうやって初夏にまとめて呪いとなりこうやって呪術師達を慌ただしくさせている。
そもそも日本に四人しかいない特級術師の内の一人である五条も、文句ばかりだが日々お呼びが掛かりまともな授業はここ一週間以上できていない。
そんな任務だらけの日々で、今日も補助監督の待つ車まで向かう。伊地知の次に任務を共にすることの多い、新田明。他の補助監督よりも自分たちと歳が近いことや彼女の人懐こい性格でナマエはすぐに打ち解けて既に砕けた口調で話す仲になっている。軽く挨拶をした後すぐに出発するかと思いきや新田は少し待つ様に言ってきた。
「新田ちゃんどうしたの?まだ行かないの?」
「今日はお二人だけじゃなくて、もう一人同じ二級術師も一緒に三人での任務っス。もうすぐ来ると思うんスけど……。」
「三人?」
これまでナマエたちは他の呪術師と組んでの任務は経験がなかったため不思議に思い新田に尋ねようとしたが、任務詳細については全員揃ってからだとこの場では教えてもらえなかった。
「どんな人?」
「お二人よりも五つ六つくらい?年上だったはずっス。あ、来たっスね。」
高専の外門から出てきたのは、新田の言った通りおそらくは二十代前半くらいの男性術師だった。ナマエの方にまっすぐ近づいて来たかと思うと、突然右手をナマエの左頬に添えてそのまま親指を滑らせて下瞼の辺りをつうっとなぞった。
「!?」
「やぁナマエちゃん、思った通り綺麗になったね。ずっと会いたかったよ。」
突然の出来事に頭が回っていないナマエは一度ビクッと反応した後、瞬きさえできず石のように固まってしまったがここで動いたのが斜め後ろにいた恵だった。
「いきなり何ですか。」
そう言いながらナマエの腕をぐいっと引き自分の後ろに隠した恵は、その相手を静かに睨みつけた。恵によりハッと意識を戻したナマエはそのまま恵の後ろからその呪術師を覗き見たが、全く見覚えのない人物だった。今の口ぶりだと小さい頃にでも会ったことがあるのかもしれない。
「君が伏黒君か。すっかり騎士 気取りだね。」
「は?」
「その内選手交代になるだろうから今はまだ何も言わないよ。」
「…どういう意味ですか。」
声のトーンが一段下がった恵に、よく分からないが険悪な雰囲気になりそうだと感じたナマエは、その背中から顔を半分だけ出して恐る恐る声を発した。
「あの、すみません。あなたは…。」
「そんなに怯えないでくれないかな。あぁ、まだ名乗っていなかったね。僕は裃条源五郎丸 と言います。覚えていないだろうけど君が小さい頃に一度会っているんだよ。」
「はぁ。」
(すんげぇ名前。噛みそうだな。)
名前は自分で選べないので仕方がない。それでも申し訳ないが恵は思ってしまった。もっと他にあっただろう、と。ナマエに至ってはきっと一度では覚えられないはずだ。
「お兄さんから聞いてないかな?僕は、君の伴侶候補の内の一人だよ。」
「「………はぃ!?」」
「マジっスか!!さすが名家!」
ニコニコと腹の内がわからない笑顔でさらっと告げられた言葉に恵たちは絶句したし、それまで静観していた(せざるを得なかった)新田もさすがに驚いたらしい。なんとも素直な感想が飛び出た。
振り向いてナマエの方を見ると視線が合ったので、目で(知ってたのか?)と聞くと(知らない!!)とブンブン首を横に振った。
聞き捨てならなかったのは、『候補の内の一人』だ。他にも居るってことか。
「相伝でなかったことは残念だけど。君にはミョウジ家のためにやるべきことがある。君自身、分かっていた事だろう?御両親に感謝すべきだろうね。才能がなかった代わりにせめてその顔に産んでもらえたことを。君がかわいらしく成長してくれて良かったよ。お嫁さんの見目が悪いと、人様の前に出せないからね。」
「……。」
それが、ナマエから表情が消え、恵から殺意にも似た感情が漏れ出た瞬間であった。
つまりは。相伝でないなら仕方がないから良家と繋がりを持ち、そして子を成せ。そういうことだろう。今の時代にそんな考えは古い、というのは呪術界には通用しない。御家主義の思想は未だに根強く残っている。
恵だって考えたことが無かったわけではないし、実際ナマエの兄にそれらしいことも言われたことがある。だからこそ兄は、二人が仲良くすることを未だに良しとしていない。
恵は血筋こそ御三家禪院という誰もが羨む血統書付きだが、あくまでも『伏黒』である。二人の関係がただの幼馴染というだけでも。御家主義筆頭のミョウジ家が毛嫌いする十分な理由になるのだ。
___だとしても。
これから任務という今、ここですべき話ではない。うっかり裃条 (言いにくい)の話を止めずに聞いてしまっていた自分たちにも否はあるが。
それに、先程から神経を逆撫でする物言い。ナマエからはごっそりと感情がなくなり、恵もそろそろ我慢の限界だった。
ついに恵が口を開こうとしたその時、そこで割り入ってきたのは。
勇気を振り絞りました!と顔に書いてある、補助監督新田であった。
「っあの!お取り込み中大変申し訳ないっス!……時間のこともあるので、そろそろ現地へ向かってもいいっスか?」
「新田ちゃん……。」
新田の声に少し表情が戻ったナマエに新田は目配せをして、小さく頷いた。
「そうだね。新田さん、と言ったかな。長々と話してしまって申し訳ない。任務の詳細について、聞かせてくれるかな?」
「…では道中でお伝えしますので、どうぞ。」
そういって促す新田に着いて行く形で裃条は恵たちに背を向けた。
「ナマエ。…平気か?」
蝋人形かと思う程に生気がなくなってしまったナマエの背中に手を当てて車に誘導しようとした恵だったが、その表情 を見て、息を呑んだ。
今にも泣きそうな、そして何かを諦めたようなその瞳には、翳りしかなかった。
「…ナマエ。」
「何も今こんな話、しなくてもいいじゃんねぇ。」
「………。」
「分かってても、そうかもなって思ってても…。聞きたくなかったなー。これから任務なのになー。」
「ナマエ、」
立ち竦んで俯くナマエをのぞき込むように体を折った恵だったが、その後に続くナマエのごくごく小さな声で紡がれた言葉に、まるで一時停止された静止画のように1ミリも動けなくなる。
「やだなぁ、もぉ。
私は……恵じゃなきゃ嫌なのに。」
(…………………………………………は?)
音として耳に入ってきたそれは、言語として認識されるまでかなりの時間を要した。パントマイムかと突っ込みたくなるほどに固まった恵の一時停止が解除されたのは、ナマエが車に向かい足を進めたことで数メートル離れた時だった。
「おい、今なんて……」
「ほら、新田ちゃん待ってるよ。行こう。」
今の言葉が空耳だったかどうかすら、確かめることはできなかった。
ちなみに。
裃条が先に後部座席へ乗り込んでいたので、ナマエを助手席に座らせて、恵は後部座席に座った。「君の顔が見えないのは残念だな。」といけしゃあしゃあと言い放つ隣の男の事は、二人してスルーした。
四月までは数学や英語など、普通科目授業も受けつつ(と言っても回数は一般の高校生に比べると極端に少ないが。)少しずつ任務の数を増やしつつ堅実に経験を積んでいた。
それがどうだ。四月の終わり頃から急に任務の割合が増え、そんな事はお構いなしに至る所に派遣されるようになってしまった。
冬の終わりから春にかけての人の陰気がこうやって初夏にまとめて呪いとなりこうやって呪術師達を慌ただしくさせている。
そもそも日本に四人しかいない特級術師の内の一人である五条も、文句ばかりだが日々お呼びが掛かりまともな授業はここ一週間以上できていない。
そんな任務だらけの日々で、今日も補助監督の待つ車まで向かう。伊地知の次に任務を共にすることの多い、新田明。他の補助監督よりも自分たちと歳が近いことや彼女の人懐こい性格でナマエはすぐに打ち解けて既に砕けた口調で話す仲になっている。軽く挨拶をした後すぐに出発するかと思いきや新田は少し待つ様に言ってきた。
「新田ちゃんどうしたの?まだ行かないの?」
「今日はお二人だけじゃなくて、もう一人同じ二級術師も一緒に三人での任務っス。もうすぐ来ると思うんスけど……。」
「三人?」
これまでナマエたちは他の呪術師と組んでの任務は経験がなかったため不思議に思い新田に尋ねようとしたが、任務詳細については全員揃ってからだとこの場では教えてもらえなかった。
「どんな人?」
「お二人よりも五つ六つくらい?年上だったはずっス。あ、来たっスね。」
高専の外門から出てきたのは、新田の言った通りおそらくは二十代前半くらいの男性術師だった。ナマエの方にまっすぐ近づいて来たかと思うと、突然右手をナマエの左頬に添えてそのまま親指を滑らせて下瞼の辺りをつうっとなぞった。
「!?」
「やぁナマエちゃん、思った通り綺麗になったね。ずっと会いたかったよ。」
突然の出来事に頭が回っていないナマエは一度ビクッと反応した後、瞬きさえできず石のように固まってしまったがここで動いたのが斜め後ろにいた恵だった。
「いきなり何ですか。」
そう言いながらナマエの腕をぐいっと引き自分の後ろに隠した恵は、その相手を静かに睨みつけた。恵によりハッと意識を戻したナマエはそのまま恵の後ろからその呪術師を覗き見たが、全く見覚えのない人物だった。今の口ぶりだと小さい頃にでも会ったことがあるのかもしれない。
「君が伏黒君か。すっかり
「は?」
「その内選手交代になるだろうから今はまだ何も言わないよ。」
「…どういう意味ですか。」
声のトーンが一段下がった恵に、よく分からないが険悪な雰囲気になりそうだと感じたナマエは、その背中から顔を半分だけ出して恐る恐る声を発した。
「あの、すみません。あなたは…。」
「そんなに怯えないでくれないかな。あぁ、まだ名乗っていなかったね。僕は
「はぁ。」
(すんげぇ名前。噛みそうだな。)
名前は自分で選べないので仕方がない。それでも申し訳ないが恵は思ってしまった。もっと他にあっただろう、と。ナマエに至ってはきっと一度では覚えられないはずだ。
「お兄さんから聞いてないかな?僕は、君の伴侶候補の内の一人だよ。」
「「………はぃ!?」」
「マジっスか!!さすが名家!」
ニコニコと腹の内がわからない笑顔でさらっと告げられた言葉に恵たちは絶句したし、それまで静観していた(せざるを得なかった)新田もさすがに驚いたらしい。なんとも素直な感想が飛び出た。
振り向いてナマエの方を見ると視線が合ったので、目で(知ってたのか?)と聞くと(知らない!!)とブンブン首を横に振った。
聞き捨てならなかったのは、『候補の内の一人』だ。他にも居るってことか。
「相伝でなかったことは残念だけど。君にはミョウジ家のためにやるべきことがある。君自身、分かっていた事だろう?御両親に感謝すべきだろうね。才能がなかった代わりにせめてその顔に産んでもらえたことを。君がかわいらしく成長してくれて良かったよ。お嫁さんの見目が悪いと、人様の前に出せないからね。」
「……。」
それが、ナマエから表情が消え、恵から殺意にも似た感情が漏れ出た瞬間であった。
つまりは。相伝でないなら仕方がないから良家と繋がりを持ち、そして子を成せ。そういうことだろう。今の時代にそんな考えは古い、というのは呪術界には通用しない。御家主義の思想は未だに根強く残っている。
恵だって考えたことが無かったわけではないし、実際ナマエの兄にそれらしいことも言われたことがある。だからこそ兄は、二人が仲良くすることを未だに良しとしていない。
恵は血筋こそ御三家禪院という誰もが羨む血統書付きだが、あくまでも『伏黒』である。二人の関係がただの幼馴染というだけでも。御家主義筆頭のミョウジ家が毛嫌いする十分な理由になるのだ。
___だとしても。
これから任務という今、ここですべき話ではない。うっかり
それに、先程から神経を逆撫でする物言い。ナマエからはごっそりと感情がなくなり、恵もそろそろ我慢の限界だった。
ついに恵が口を開こうとしたその時、そこで割り入ってきたのは。
勇気を振り絞りました!と顔に書いてある、補助監督新田であった。
「っあの!お取り込み中大変申し訳ないっス!……時間のこともあるので、そろそろ現地へ向かってもいいっスか?」
「新田ちゃん……。」
新田の声に少し表情が戻ったナマエに新田は目配せをして、小さく頷いた。
「そうだね。新田さん、と言ったかな。長々と話してしまって申し訳ない。任務の詳細について、聞かせてくれるかな?」
「…では道中でお伝えしますので、どうぞ。」
そういって促す新田に着いて行く形で裃条は恵たちに背を向けた。
「ナマエ。…平気か?」
蝋人形かと思う程に生気がなくなってしまったナマエの背中に手を当てて車に誘導しようとした恵だったが、その
今にも泣きそうな、そして何かを諦めたようなその瞳には、翳りしかなかった。
「…ナマエ。」
「何も今こんな話、しなくてもいいじゃんねぇ。」
「………。」
「分かってても、そうかもなって思ってても…。聞きたくなかったなー。これから任務なのになー。」
「ナマエ、」
立ち竦んで俯くナマエをのぞき込むように体を折った恵だったが、その後に続くナマエのごくごく小さな声で紡がれた言葉に、まるで一時停止された静止画のように1ミリも動けなくなる。
「やだなぁ、もぉ。
私は……恵じゃなきゃ嫌なのに。」
(…………………………………………は?)
音として耳に入ってきたそれは、言語として認識されるまでかなりの時間を要した。パントマイムかと突っ込みたくなるほどに固まった恵の一時停止が解除されたのは、ナマエが車に向かい足を進めたことで数メートル離れた時だった。
「おい、今なんて……」
「ほら、新田ちゃん待ってるよ。行こう。」
今の言葉が空耳だったかどうかすら、確かめることはできなかった。
ちなみに。
裃条が先に後部座席へ乗り込んでいたので、ナマエを助手席に座らせて、恵は後部座席に座った。「君の顔が見えないのは残念だな。」といけしゃあしゃあと言い放つ隣の男の事は、二人してスルーした。