第七十六話 吐露
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野薔薇ちゃんも知っての通りで、悟くんと建人くんと棘くんにほぼ毎日交代で付き合って貰ってるよ。硝子ちゃんには治療で毎回お世話になってる。
おかげさまでね、相伝術式の方は順調なの。このまま修行を積めば高専時代の兄様くらい、使いこなせるようになるだろうって悟くんにも言われたよ。
でも、呪力消費が半端なくて。今はすぐにへばっちゃうんだ。高専時代の兄様は余裕で扱ってたらしいから……ほんと、兄様はすごい人だよ。
それにね、兄様は私みたいに誰かに頼ってたわけじゃない。自分で昔の書物とかから独学でモノにしたんだよ。
私はみんなが居ないと一人じゃ何もできないの。コツだって悟くんがいなかったらきっと掴めなかった。
建人くんのおかげでね、兄様の呪力も少しずつだけど動かせてはいるんだ。
でも、相伝に比べたら全然。兄様の意思があるからかなんなのか全然ダメなの。
建人くん、すごく忙しい人なのにいつも付き合ってくれるの。
……建人くんだって、ほんとはすごく辛いはずなんだ。それなのにこうやって私の修行に付き合ってくれてる。
だってね、建人くんにとって兄様は残されたたった一人の同期だったんだよ。私は散々泣いたり喚いたりしちゃったんだけど、建人くんは私の前で絶対そんな素振りは見せないの。まぁ……建人くんが喚くところなんて想像すらできないけど。
二人は仲良しって感じではなかったけど、でも。お互い信頼し合ってるのは見てて分かってた。
そんな同期が、また死んじゃった。独りになっちゃったの。しかも、呪いになった。
それに建人くんの辛い気持ちをね、聞いてくれる人はいるのかなって。吐き出せる人はいるのかなって。
こうやって野薔薇ちゃんに話すことで気持ちが楽になるって分かったから、余計に。建人くんのことが心配。
でもね、今回のこと、建人くんがどう思ってるのか……聞きたくても、怖くて……聞けないの。
もしかしたら、建人くんも私のことほんとうは憎いんじゃないかって……
うん、そうだよね。建人くん見てたらそんなことはないって頭では分かってるんだけど、それでも怖いの。なんか理屈じゃないっていうか……
私って、自分で思ってた以上に誰かに嫌われたりすることが怖いんだなって、弱いんだなって。今回のことでよく分かった。情けないよ。
分かってるよ!野薔薇ちゃんは違うってちゃんと分かってるから!……ごめんって。
あとね、悟くんにね、私って生来の才能は兄様以上だって言われたの。
そんなの知らなかったし、いきなりそんなこと言われてもって思ったけど、兄様は知ってたみたい。
これも理由が分かんないんだ。なんで周りに、肉親である両親にも、当事者である私にすら隠してたのかも。もう知る術もないし。
兄様はもういないから……私がやらなきゃって、分かってるの。
うちね、分家とかもあるんだけど。他のミョウジ家の人の中に相伝を持ってる人、父様と私以外いないんだ。
昔からなぜか本家にしか相伝持ちは生まれないらしくて……それもあるんだろうけど。
ミョウジ家ってね、相伝もちじゃないと家督を継ぐことができないっていう掟があるの。なにその掟って感じだよね。
だから私が継がないと、ミョウジ家がなくなっちゃう。
取り潰しになんかなったりしたら分家も含めて路頭に迷っちゃうの。
でも……でもね、そんな重責、私には…………荷が重すぎるよ。
今までは兄様が居たから、ミョウジ家は大丈夫って思ってた。すごく無責任な話だけどね。
だって実際私は、もともとどこかの名家に嫁ぐ予定だったんだよ。もしかしたら棘くんのお家にってなりそうだったけど。
でもそれだって、呪術界でのミョウジ家の立場をより強固にするためだったから、私が万が一お嫁に行けなくても……最悪の場合私が死んだとしても。跡継ぎさえ居ればミョウジ家は大丈夫だったの。
だからね、だから……可能性は0じゃなかった。ついこの間までは。
あぁ、うん。私が……自分で選んだひとと、結ばれる可能性、だよ。
*
「ナマエ……あんた……」
野薔薇は時折相槌やツッコミを入れながらも、ナマエの話を大人しく聞いていた。ナマエの昔の話や、兄のことや家のことを知ることができたし、どんな思いでいたかも聞くことができて。辛そうに話すナマエには申し訳ないが、不謹慎ながらも野薔薇は嬉しく思っていた。でも、聞けば聞く程、その嬉しさは辛さへと変わっていった。野薔薇の想像力ではまかないきれないほど、ナマエがため込んでいたモノは大きかった。
「いっぱいしゃべったから喉かわいちゃった。紅茶のおかわり貰ってもいい?」
「あー……冷めちゃったわね。お湯、沸かすわ。」
「ありがとう。」
淹れなおした紅茶を口にしたナマエは喉を潤して少し落ち着いたようだ。兄のことを話しているときは声を震わせながらも泣くのを必死で我慢している様子だったのが、この話になってからナマエの表情はまた変わった。これは、完全に諦めている顔だ。
「ナマエ、あんた本当にいいの?……伏黒のこと。」
「やだなぁ野薔薇ちゃん、恵は幼馴染みだって言って……」
「ナマエ。全部吐けって言ったわよね?」
カラカラと愛想笑いで否定するナマエを見ていられなかった野薔薇は、ナマエの言葉を遮って言った。まだナマエは本音を全部吐き出していない。大事なことを、まだ聞いていない。
「それは言われてない……愚痴れって言われただけだよ……」
「ナマエ。もう1回聞くわ。伏黒のことは、本当にいいの?」
「っ…………野薔薇ちゃ……」
「ここには私しかいないわ。」
「〰〰〰〰〰っ!」
野薔薇の言葉に感極まったナマエは顔をくしゃくしゃに歪め、そして泣きだした。これまでどこに隠してたんだと思うほどの大粒の涙を流し、野薔薇に、野薔薇だけに秘密の話を始めた。
「よ……くないっ、良くないよ!わた……わたしっ……!」
「うん。」
「め……ぐみの……こと、が……っ。すき……なの……っ!」
「……うん。」
「ずっと……昔、から、すきだっ……たの!恵が……めぐ……みのこと、だけ……」
「やーっと吐いたわね。よしよし。泣け泣け、ほら泣きまくれ。」
「う〰〰〰っ!!!」
嗚咽交じりに泣きじゃくるナマエを見て眉を下げた野薔薇は、ティッシュボックスから数枚引き抜き、ナマエの横に移動した。泣け泣けと煽れば、ナマエはついにわんわんとサイレンのように、それこそ子供よりもよっぽど声を大きく上げながら野薔薇に抱き着いた。
「うううううう!野薔薇ちゃぁぁぁぁあん!」
「おーおーヨシヨシ。よく言えました。」
「ぅわぁぁぁあああん!すき……なの……っ!私は!恵がぁ!!すきなのぉ!!!」
「そこまで大声で叫べとは言ってねぇわ。耳元でうるさい。」
「ひーどーいーぃぃぃ!」
どこかのネジが飛んでしまったのかというくらい、近所迷惑なほどにナマエは狂ったように泣き叫んだ。ここが女子寮で、さらには同じ階に他に誰も居なくてほんとに良かったと、野薔薇は心底思った。エアコンを入れているため窓は締め切っているが、この声の大きさであれば上の階の真希には聞こえているかもしれない。
「はーーー……ズズッ……あ゛ーーー……つかれた……」
「それはこっちのセリフなんですけど。」
「野薔薇ちゃん、グスッ……そこの紅茶取って。あとティッシュも。」
「オマエ…………」
やっと落ち着いたらしいナマエは、全部なにもかも野薔薇に見せたことでナマエの中で野薔薇に対するなにかが変わったらしい。随分と傍迷惑で図々しいヤツになってしまった。野薔薇から受け取ったちょうどいい温度に下がった紅茶をゴクゴクと飲み干し、生ビールを飲むおっさんのようにぷはーっと息を吐いた。そしてティッシュで思いっきり鼻も噛んだ。野薔薇の間近で。
さすがにこれにはちょっとイラついた野薔薇だったが、これが本来のナマエかと思い、早々に諦めた。一度喧嘩のようになったあと、気負いせず付き合える仲になったと思っていた野薔薇だったが、まだまだだったようだ。
「落ち着いた?」
「うん……ごめん、めっちゃ取り乱した……」
「いいんじゃない?スッキリしたでしょ。」
「うん……ありがとう。」
落ち着いて冷静になったのか、今度は恥ずかしくなったらしい。顔を真っ赤にして俯いてしまった。そう、これが本来のナマエ。笑ったり泣いたり、怒ったり、忙しいヤツなのだ。ここ最近のナマエが変だっただけ。野薔薇の口角は緩く持ち上がった。
さて、吐き出させるところまではこれでOK。でも気になることがあった。
「で、どうにもならないの?」
「……ならないよ。」
「伏黒がどう思ってるか知らないから何とも言えないけどさ。あいつが婿に来るのはダメなの?」
ナマエの手前知らないなんて言ったが大嘘だ。伏黒の気持ちなんて、誰が見ても一目瞭然。知らないのは、おそらくナマエだけだ。伏黒がこの答えに行き着かないのは少しおかしいと思った。何か理由があるのか。
「ダメだよ。恵は関係ないっていつも言ってたけど、恵には禪院の血が流れてる。しかも相伝持ち。」
「あー……なんかそんなこと言ってたわね。」
「それにね、恵の術式ってすごいの。悟くんから聞いたことがあるんだけど、むかーーーーしの五条家と禪院家の当主が本気でやり合って、両方死んじゃったことがあるんだって。その当主っていうのが、悟くんと同じ六眼持ちの無下限呪術使いと、恵と同じ十種影法術。」
「それって……」
「そ。禪院家の相伝術式って時代と共に変わって来てて今では何種類もあるらしいんだけど、それでも恵の術式は禪院家にとってものすごく貴重で、歴代でも最高レベルなんじゃないかな。」
「……」
「いくら違う姓を名乗ってても禪院の血が流れてることには変わりないでしょ?しかも五条家に張り合える相伝持ちだよ。婿になんて、禪院家が許すわけない。」
「……そういうことね。」
伏黒は伏黒で、えらいモノを背負って生まれて来たらしい。そんな二人が、出会ってしまった。想い合ってしまった。神様ってのが本当にいるとしたら、なんて残酷なことをするんだろう。現実主義の野薔薇でさえ、そう思わずにはいられなかった。
「大体のことはこれで分かったわ。辛い話もいっぱいさせたけど、話してくれてありがと。」
「野薔薇ちゃん……」
「こんなこと言うのはアレだけど、私はアンタのことが知れて嬉しかったわよ。……あと、その図々しい本性も見られたしね。」
「う゛、それはごめんなさい。」
「今日、泊ってくでしょ?まだ聞きたい話、いっぱいあんのよ。」
「え?さすがにもう全部話したよ?」
「聞かせなさいよ、あんたと伏黒の話。砂糖吐く程甘ったるい話でも我慢して聞いてあげるから!」
「えぇぇぇぇ……」
「いいから早く部屋戻ってパジャマ取って来なさい。ふふん、コイバナなんて何年振りかしら。」
「えぇぇぇぇぇぇ……」
嫌がるナマエを余所に野薔薇は随分と楽しそうで、渋々話しだしたナマエの方もだんだん乗り気になっていき、二人が限界を迎えて寝落ちするまで女子トークは続いた。
「え?重油まみれのカモメ!?……しかも火を着けるの!?野薔薇ちゃん……どういう想像力してんの……恵がかわいそうだよ……。」