第七十五話 変化
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修行を初めて約1か月。初日に感覚を掴んだナマエは、その後五条と七海との修行を交互に行っていた。五条とは相伝の扱い、七海とは兄の解呪に向けてと役割を分担することにしたのだ。理由は呪力の流し方の違い。兄の呪力をうまく流すには兄が棲む心臓の真上から鉄扇に全神経を集中させる必要がある。逆に風神雷神は理論や理屈では説明がつかず身体で感覚を掴むしかない。そのため五条と七海で相性を考え分担した。ちなみに五条が一緒に居ると翔の呪力が不安定になるため仕方がない……といった理由もある。棘に関しては、風神雷神が暴走した時のための制止役、もしくは鉄扇での体術に付き合う。つまり、五条と七海のサポート役として動いていた。
そして今日は棘とマンツーマンの日だ。最初こそ風神雷神は不安定で危なっかしいもので、棘の呪言で強制制止させられることの多かったナマエだったが、この1ヶ月で自身の巨大な呪力の扱いにも慣れてきたのか棘の制止がなくとも継続して術式を出し続けることができるようになっていた。術式が落ち着いてきたこともあり、五条が居ない日でもこうやって棘がサポートすることで修行を行えるようになった。ああ見えて特級術師である五条は多忙だ。棘が付くことで五条も本来の任務、授業と時間を取れるようになった。七海に関してもこれで任務と修行を両立させられるようになった。
「“
__ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
「“
__ドォォォォォォォン!!
風神の竜巻に雷神の雷落とし。随分と様になってきた。威力も申し分ない。そこらの呪霊では一たまりもないだろう。制止の役目がなくなった棘はひたすらナマエの技を避け続けている。呪言は保険のようなものだ。元より俊敏さに定評のある棘は素早い身のこなしで動くためナマエの攻撃は一切当たらない。ナマエがそれこそ殺すつもりで技を放てば話は違うだろうがあくまでこれは修行だ。コントロールを養うためのもである。
とはいえやはり相伝術式である風神雷神は消費呪力が鉄扇を扱う時とはわけが違う。ナマエの呪力が覚醒により人並外れているとはいえ、呪力体力ともにぐんぐんと削られていく。
「ちっ……当たんないか……じゃあこれならどう?」
「!!」
悔しげに舌打ちをしたナマエは両手の5本指を合わせ、親指を下に、残りの4指で山を作るように構えた。ビリビリと震える呪力に棘も万が一に備え呪言の準備をする。
「いくよ……“
ドン!ドン!と雷神が2度太鼓を打つと雷でできた黄金色の大きな鳥が現れ翼をはためかせた。神話で見る鳳凰のような威厳ある姿だ。バリバリと音を立てながらナマエの傍で羽ばたいていた雷鳥は、一度高度を上げた後真っすぐに棘の方へ急降下した。その速さと威力に一瞬身体が強張った棘だったが、すぐに口元のジッパーを下ろした。
「っ!!____『消えろ』!!」
棘の目前まで迫った雷鳥は間一髪のところで呪言によりかき消された。
「〰〰〰っ!!めんたい……!!」
「ゲホっ!!ゴホッ!!!」
「たかな!!」
やりすぎだ!振り向いてそう言おうとした棘だったが、ナマエが膝をつき苦しそうに咳き込んでいるのを見て慌てて駆け寄った。同じように膝を付き俯くナマエの顔を覗き込むと咽て苦しかったのか目尻に涙を溜めながら険しい表情をしていた。呪力体力ともに大量に消費した上にあの大技。こうなるのも当然だった。
「ツナマヨ?」
「ごめ……ゲホ……だいじょ、ぶ。」
説教は落ち着いてからにしようと、棘はナマエの背を摩りながら落ち着くのを待った。さっきのあれはガチだった。当たっていたらどうするつもりだったのか。しかも舌打ちまでかまされた。女の子が舌打ちなんてするもんじゃない。
「ふー……、ありがとう。もう大丈夫だよ。」
「……こーーんーーぶーー。」
「だって棘くんならあれくらい止められるでしょ。」
「……。」
「さっきのはちょっと呪力込めすぎたけどうまく出せてはいたよね。もう1回今のを……」
「めんたいこ。こんぶ。」
「いや、大丈夫だって。まだ呪力残ってるし。」
こちらの苦言もどこ吹く風。大量に呪力を消費した後で、更に言うとここまで2時間ぶっ通しで続けていた。少し休憩するべきだと言っても聞きやしない。修行を始めてナマエは変わった。どれだけ修行が厳しくても、どれだけ疲れても文句を言わないし至って真面目になった。これは本来では良いことなのだが度が過ぎている。だがそれよりも棘が心配していることがある。ナマエは___全くと言っていいほど笑わなくなった。
元々表情豊かで喜怒哀楽がはっきりしていたナマエが、にこりとも笑わない。修行の過酷さから苦しそうな顔をすることはあってもこうした会話の時には一切表情が変わらない。以前のナマエとは別人のようだった。言葉遣いや仕草はこれまで通りだがやはり多少冷たく感じるようになったし、何よりも表情が。まるで……ナマエの兄、翔を見ているようだと棘は感じていた。
五条や七海もナマエの変わりようを心配していた。五条がいつものようにふざけた様子を見せても、口調は笑っているのに表情筋は全く動かない。七海は何も言わず静観しているが、気にして見ておいて欲しいと棘に言ってくるし、ナマエの修行後、再々食事に連れて行っては元気づけようとしていた。七海の修行中の鬼のような厳しさとその後とで差が激しすぎて棘が戸惑うほどだった。
だが、それとこれとは話が別だ。いくらナマエの
ナマエにそれを分からせるため、ゆっくりと口元のジッパーを下ろし、無表情でナマエを見た。最後通告だと言わんばかりに。
「ツナ。」
「……っ。分かったよ。」
「しゃけ。」
ナマエも呪言で強制的に休まされるのは本意ではなかった。そうなるとこの後続けるのが困難になるからだ。渋々といった言い方で降参だと両手をあげた。
「……休憩するなら、飲み物買ってくる。棘くんのは炭酸でいい?」
「しゃけっ。」
「行ってきます。」
「ふーーーー。」
ナマエが練武場を出てすぐ、棘はその場で尻餅を付きぐったりとした。先程の“雷鳥”を消した時、正直喉への負担が酷かった。ナマエが気にすることがないよう必死で我慢したが。血を吐くまではいかなかったものの、あのまま続けていれば棘の方も身体が持たなかったかもしれない。五条には自分自身の特訓にもなると言われたが、その通りだった。呪言でナマエの暴走を止めることはなくなっても技を避けるために身体は動きっぱなし、場合によっては呪言で防御。これは思っていた以上に棘にとっても厳しい修行になりそうだ。
「……きっつ。」
体力的にもそうだが、あんなナマエを見るのもつらいものがある。だからと言って棘にはこうやって修行に付き合うことしかできない。そのままバタリと地面に背を付けた棘は、誰も居ないのをいいことにポツリと本音を零した。