第七十四話 感覚
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五条のあの回りくどい例えでなんとナマエは呪力のコツを掴んでしまった。人は立つとき、座るとき、歩くとき…息をするとき。わざわざ身体の部位にまで意識を巡らせて動かしたりはしない。これまでのナマエのように呪力の流れを意識することで呪力精度を上げる術師がいるのも確かだが、ナマエにとってそれは『性に合わない』やり方だった。それに気づいた五条は流石だというべきだが、かといって本人に自覚させるのはなかなか骨が折れるはず。
(同類……というわけですか。)
五条は自分に似た部分をナマエに感じ取り、あんなやり方でレベルアップさせた。感性の近いナマエだったからこそうまくいったが……七海は通訳いらずの二人のやり取りに、また溜息を吐いた。さっき呪力を使い果たしたんじゃなかっただろうか。うまくいったと喜びながらぴょんぴょん飛び跳ねているナマエはとても呪力が干からびているようには見えない。それもそうだ。残り少なかった呪力をナマエはほとんど消費していない。
「いいね、ついでに超省エネ呪力になったじゃん。エコだね!」
「そうなの!なんかあんまり疲れなかった!」
「無理せず流すコツを掴んだからね。」
「さっきの話めっちゃ分かったもん!悟くんが先生だってこと今思い出した!今!」
「忘れないでよ…。でもそれは七海のおかげもあるんだよ。」
悪気0のナマエの発言で五条はガックリと肩を落としたが、それもいつものことなのですぐに回復した。きょとんとしているナマエに向き直りうんうんと頷きながら続ける。
「ナマエは基礎がしっかりできてるからね。じゃなかったらそんなにすぐには上手くいかないよ。七海の教育の賜物だ。」
「そうなんだ!さっすが建人くん!悟くんより断然先生ぽいってずっと思ってたもん!」
「……私は教職ではないと何度も言っているでしょう。」
「ナマエ〰…まぁ、今はいいか…。それでね、ナマエ。君は気付いてないだろうけど、やっぱりロジカルタイプでもあるみたいだね。」
「え?それは無いよ。だって算数も勉強も大っ嫌いだもん。」
きっぱりと言い切ったナマエはもはや清々しい。だが七海も五条と同じ考えだった。勉強が嫌いなのは間違いないだろうがそれにしては理解力が高い。七海のあの四角四面な教育方法にしっかり着いてきた、尚且つそれを言われた通りそのままに習得したのだから。論理的思考の確かな土壌を持った、フィーリングタイプと言えるだろう。
「算数が『苦手』と『できない』とでは全く意味が違うよ。まぁそこは無理に自覚しなくていいか、無意識にできてることだからね。何はともあれコツはこれで掴んだ。これからはその感覚を忘れずに風神雷神の制御を学んでいこう!」
「なんかよく分かんないけど、分かった!……いや待って、違うよ!そうじゃなくて!!」
「「はい?」」
「兄様の呪いをどうするかが結局分かんないままだよ!」
「「…………あ。」」
************
「先程の話ではナマエさんは私の教え通り臀部からスタートしたんですよね?」
「そうだよ。だってそれが基本って教わったもん。」
「ふむ、そうですね。ですが……ナマエさん。貴女、あの時ミョウジはどこに憑いたと言っていましたか?」
「!!」
「なにそれ。何の話?」
よく分かっていない五条を余所に、ナマエはハッとしたように七海を見た。あの夢の中での出来事。目が覚めて兄が呪いとして憑いたと自覚したあの時。そしてナマエの考えを肯定するようにひとつ頷いた七海。ナマエはそっと“その場所”へ手を翳した。
「……
「おそらくは。」
「ちょっと、どういうことよ。」
「とりあえずやってみる!」
五条を無視して、ナマエは意識を集中させた。掴んだコツのことを思えば頭で考えるのは改善前のやり方ではあるが、まずは確かめたかった。すると手を翳した場所がパチっと弾けた。パチパチとごくごく小さな音が鳴っていたがそれが徐々に大きくなり、ナマエの右手をバチバチと覆った。___翔の呪力による、雷だった。
「で……できた!できたー!」
頭上に握った拳を突き上げながら喜ぶナマエ。その拳はいまだバチバチと呪力を迸らせながら。あんぐりとその様子を見る五条とまさかうまくいくと思っていなかったため固まった七海。ナマエとの静と動の差が激しい。だが、ナマエの喜びも束の間のことで。
「あれ?……あぁぁぁぁ…消えちゃった…………う゛っ…………!」
「ナマエっ!」
それは終わりが近い線香花火のように、シューっと音を立てながら威力が衰え、そして消えた。すると今度は突然ナマエが苦しそうに呻き、そのまま膝をついた。息が荒く、肩が大きく上下している。駆け寄った七海に支えられ、体を起こした。
「大丈夫ですか。」
「うん、だいじょぶ……はは…これめちゃくちゃ体力持ってかれるね……ぅわ…眠……」
「少し休みましょうか……。」
ナマエを壁際まで運び、楽な体勢で休ませた七海は五条と話し合った。
翔が憑いた場所について五条が知らなかったのは、ナマエから「兄様が私の中に入ってきた」としか聞いていないから。七海はナマエからより詳しくその時の状況を聞いていたからこそ答えにたどり着いたのだった。「そうならそうで教えといてよ…」と嘆く五条に、七海は「てっきりご存知かと。」と冷静に返した。
「翔の解呪はやっぱりそんなに簡単じゃないか。」
「それでもこれはかなり大きな一歩かと。」
「そうだね、それにしても…特定の場所に棲む呪い…ねぇ。ナマエと居るとはじめての事ばっかりで驚くよ。」
「その割には嬉しそうですね。私が来るまでの間も随分楽しそうに遊んでいたようで。ナマエの修行はもっと厳しく辛いものになるかと想定していたんですが。」
「七海嫉妬してんの?ウケる。」
「違います。」
「これからイヤでも辛くて厳しくなるよ。ていうか既にキツイんじゃない?ああやっていきなり糸が切れたみたいにオチるくらいには。」
ナマエはさっきまでの元気さが嘘のように壁際でぐーすかと寝こけている。大きく口を開けて……涎を垂らしながら。
「ナマエがあんな風に元気いっぱいに振舞うのはさ、現実逃避ってのもあるけど__」
「我々に弱っているところを見せたくない…いや、あの様子は心配かけまいと必死になっている…という所でしょうか。」
「セーカイ。健気だよねぇ。ま、最初からしんどいのが分かり切ってるからね。少しでも楽しもうと前向きなのはいいことだよ。」
「あれは前向きですか?かなり無理をしているのでは。」
練武場に着いた時から気にはなっていた。五条は置いといて、妙にハイテンションなナマエの様子に違和感を感じていた。いつも以上によくしゃべり、いつも以上に言っていることの意味が分からず。そして、いつも以上に己の身体を酷使していた。ナマエが明るく元気に
「そりゃそうでしょ。無理しなきゃナマエの願いは叶わないんだ。てか、そのくだりはもうとっくに済んでるよね。ナマエの覚悟、舐めてんの?」
「……。」
声をずいぶんと低くした五条。どうやら七海の発言が琴線に触れたらしい。
「七海。ナマエがかわいいなら、大事なら。___オマエもちゃんと覚悟を決めろ。」
「っ!」
「これ以上半端な気持ちで関わるつもりなら、もうここには来るな。ナマエの邪魔になる。」
「………………。」
「さて、ナマエも爆睡こいちゃってることだし、今日はここまでだね!じゃあ僕は次の予定があるから、あとはよろしく~。」
いつものお調子者の声色に戻った五条は、こちらに背を向けてひらひらと手を振りながら、そのまま去っていった。
七海は何も言い返すことができなかった。五条の言う通りだった。小さく息を吐き、ナマエの方へと足を向けた。寝こけるナマエの前で片膝をつき声を掛けたが、全くの無反応。こんな場所なのに随分と深く眠りについているらしい。ふーっと息を吐き、そっとナマエの頬に手を添えた。身体に異常はないかと心配だったが、血色はいいのでただ本当に疲れて寝ているだけの様だ。
(貴女の力になりたいと思った気持に嘘はない。ですが、私は貴女のことがちゃんと見えていなかったようですね。)
「ナマエ……すみませんでした。私も___」
「ん……。けんと…くん……あれ、私寝ちゃってた……?」
「……とりあえず。その涎をどうにかしなさい。」
「え゛。」
(私も__覚悟を決めますよ。とことん付き合いましょう。)