第七十四話 感覚
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七海はひとまず中断された挨拶をして(ナマエにはしっかり注意した)、だらしなく寝そべるナマエに「女性がそんな姿で寝転ぶものでは無い」と苦言を呈して身体を引っ張り起こし、七海がここに来るまでの経緯を聞いた。ナマエが呪力枯渇中だということを知り「それは大変でしたね」と頭を撫でて労うとナマエはへらりと嬉しそうに笑った。
「話は大体分かりました。しかし、その…ナマエさんの言う『アニマル』とは?」
「アニマル浜〇だよ。」
「は?」
「七海知らない?『気合いだ気合いだ気合いだー!』ってヤツ。」
「あぁ…なるほど。」
五条が何度もナマエに呪力を使わせるために言った感情論でしかない激励のことだ。五条の補足があってやっと分かった七海だった。いつも思うがナマエのこの独特の感性…というか表現法はどうにかならないのだろうか、と七海は内心で頭を抱え、そして溜息を吐いた。ナマエとの会話は何故か時々こうやって通訳が必要になる。それを五条は何故か理解し解読できるのだ。感性が似ているのだろう、つまりは同類。
「悟くん。さっきの続き!」
「あぁ、そうだったね。七海、お前がナマエに呪力の流し方教えたんだね。」
「えぇ。それが何か。」
「いや、七海らしいやり方だなって思っただけだよ。動画の教材作るならナマエの呪力の動きを使いたいくらいにはね。まぁ呪力映んないから無理だけど。」
「……。」
明らかに褒めてはいないその言い方に、ナマエと七海は2人してむっとした表情を見せた。それに気付いた五条は「あぁ、違うって。」とすぐに訂正をした。
「悪いとは言ってないよ。むしろ丁寧で分かりやすい。でも、ナマエみたいなタイプにはちょっと合わないかもねってこと。」
「なるほど。そういうことですか。」
「なに?全然意味が分かんない。」
「これは極端な例えなんだけどね。ナマエはさぁ、術師のタイプを僕か七海に二分するとしたら、絶対的に僕と同じタイプなんだよ。」
「ん?」
「感覚的か、論理的かという話ですよ。五条さんの言う通りで、もしこの二択しか無ければという例えですがね。」
「あぁ!…なるほど?」
これは分かっていないヤツだと判断した2人はより詳しく解説をする。五条やナマエのようなフィーリングタイプは、頭で筋立てて考えて呪力を扱うよりも、己の直感や感覚で扱った方がよりうまくコントロールできる。逆に七海のようなロジカルなタイプは頭の中で順序立てて組み立てて呪力を扱う方が効率がいいのだ。七海の術式が良い例だろう。七海が加わったことでより具体的で分かりやすくなったせいか、ナマエが頷く回数は五条だけの時に比べ随分と増えた。
「つまり。算数が得意か音楽が得意か、みたいな話?私は算数苦手なくせに電卓なしで頑張ってるから計算が遅くてしかも効率が悪い。でも建人くんは算数が得意だからそもそも電卓なんか必要ないし、私より計算も速い!!…で合ってる?いや別に私は歌がうまいわけではないけど。」
「ナマエーいい感じに理解してきたね!」
「やったー!」
「……せめて数学と言って下さい。」
ナマエ独自の解釈を凄いと褒める五条に、バンザイしながら喜ぶナマエ。それを呆れながら見る七海。だが確かに考え方としては概ね正解である。例えが例えなので七海は納得がいかないが、せっかくナマエの調子が出てきたところへ水を差すのも…と思い、ちょっと突っ込むだけにした。
「じゃあ悟くんも算数苦手なの?」
「せめて数学と……」
「極端に二分するとしたらって言ったでしょ?僕は、算数も国語も理科も社会も音楽も体育も、ぜーんぶ得意なの。」
だからこそ五条は特級であり、最強と言われるのだ。二択にすれば感覚寄り、というだけ。今回はナマエに分かりやすく説明するためにそう言ったに過ぎない。五条に当てはめるとナマエの独自解釈がとても分かりやすいと、七海は思ってしまった。
「すごっ!悟くんすごいね!」
「でしょー?あ、ちなみに保健体育はスーパー得意だよ。いつでも個人レッスンしてあ・げ・る。」
「キャーヤダーヘンターイ」
「やめなさい。」
語尾にハートを散らしながら言い放った五条と、しっかり棒読みで乗っかるナマエ。そんな2人に真顔で突っ込んだ七海。その反応に「やっぱ七海が居ると違うよね!」と爆笑する五条。七海はイラっと青筋を立て、五条は正反対にとても楽しそうだ。(前話1ページ参照)
「悟くんが言ってることは分かったけど。建人くんは私のタイプ分かってたのにどうして七海
「……。(七海ver.……)」
「その方が手っ取り早いからだよ。でしょ?」
「えぇ。あの時は短期間でミョウジが納得するレベルまで引き上げないといけなかったので止むを得ず。」
「ほう…?」
七海が言うには、感覚タイプの術師は呪力の捉え方が人それぞれで十人十色。論理タイプももちろんそうだが、感覚タイプのほうがより顕著に差が現れる。ナマエにその独自の感覚を掴ませるにはあの時は時間が足りなかった。だからこそ何も知らないナマエには呪術のマニュアル本にでも載りそうな確立されたセオリーに従って教えたのだ。そして素直で飲み込みの早いナマエは七海の教えを言われた通りにどんどん吸収していった。
「ナマエの呪力の流れってさ、ホント順番通りにキレイに動いてるんだ。でもそれだと呪力の流れが相手にバレやすいし、丁寧な分流れに遅れが出る。今までは持ち前の運動神経でどうにかなってたけどここから先はそれじゃダメ。格下相手にしか通用しないよ。」
「でも、独自の感覚って言われても……」
五条と七海の言っていることは分かる。分かるが、じゃあどうすればいいのか。結局はそこに戻ってくる。ナマエは呪力を学び始めて約一年。赤ちゃんに例えるとようやくひとりで立てるようになったくらいの幼子だ。教わっていないことを自力でどうにかするにはまだ知識も経験も少ない。唸りながら思考の沼に沈んでいくナマエを引っ張り出すために、五条は先程の指の形をした指示棒を徐に地面に転がした。
「じゃあ、ナマエ。ちょっとこれ拾って。」
「じゃあってなに?」
「いいからいいから。」
「…………。」
また何か企んでいるのか?と疑いながらもナマエは指示棒を拾って五条にハイと手渡した。受け取った五条は「今どうやって拾った?」と意味不明な質問をする。わざわざ言うほどのことか?と思い「拾うとこ見てたじゃん」と抗議したが、「そうだけど、言ってみて。」と言う。
「前屈みになって右手を伸ばして拾ったよ?」
「膝屈曲筋を収縮させて大腿四頭筋を緩めてから大腿骨を脛骨の上に滑らせて膝を曲げることで前屈みになって、上腕三頭筋を縮めて逆に上腕二頭筋を緩ませながら腕を伸ばして拾ったんだよね?」
「……はぁ!?」
言っていることの意味自体は理解ができた。人が動くときの筋肉の働きについてだ。理解できるのもどうかという話だが。これは七海による己の身体の仕組みを理解するための講義(家入から人体模型を借りてきてまでされた)の成果である。でもなぜわざわざそんなことを言うのかという理由はナマエには分からなかった。だから思ったことをそのまま五条に訊ねた。すると___
「つまり、ナマエはそうやって呪力を使ってるんだよ。」
(まったくこの人は……もっと分かりやすい例えなどいくらでもあったでしょうに。)
五条の意図はナマエに具体的に理解させること。だがそのための例えのたちが悪すぎる。もちろん五条はわざとやっているが。ナマエに偏った知識を叩き込んだ張本人の七海には五条も言われたくないだろうが、にしても説明不足にもほどがある。あれだけややこしい言い方をしておいて、間の説明を一切せずに「そうやって」の一言で締めくくってしまった。案の定ナマエは大きな目をパチパチとさせた後、固まってしまった。
ここは自分の出番かと補足をしようと七海が声を掛ける直前、それまで固まっていたナマエがいきなり「そっか!」と大声を出した。
「わかった!ちょっとやってみる!」
そう言ってナマエがそのまま鉄扇を持ち上げると……
「おぉー!」
「これは……」
一瞬にして鉄扇がナマエの呪力で覆われた。それも滑らかに、均等に。そして、力強く。ナマエはただ持ち上げただけ。力を込めようとする動作など何もなかった。これまでの呪力の動きも決して悪い訳ではなかったが、これは七海でも瞬きの間に見逃してしまいそうなほどにスムーズだった。
「……こういうこと?」
「うん、そういうこと、だよ。」