第七十二話 弔問
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「正さんを助けられず、申し訳ありませんでした。」
「……いいの、謝らないで。あの子が死んで悲しむのは……私だけですから……」
そう言って泣き崩れる母親に、恵は何も声を掛けられなかった。こちらを気遣ってか「ごめんなさいね、ありがとう。」と少し落ち着いた母親に言われ、そのまま挨拶をして、恵はその場を後にした。
ミョウジ家の葬儀に出た後、東京に戻って来た恵は少年院にて取り残されていた被害者の宅を訪ねた。あの時咄嗟に引きちぎって持ち帰った彼の名札を遺族に渡す為。別に被害者遺族の為というわけではない。自分の為でもない。なぜなら、彼らを助けることに懐疑的だったことに間違いはないのだ。そしてその任務で、仲間は傷つき、その内二人も亡くなった。
『遺体もなしに「死にました」じゃ納得できねぇだろ』
懐疑的だったとはいえ、死んでもいいとまでは思っていなかった。助けられる命があるなら、助けるべき。そう、思っていたことには間違いはない。あの時あの緊迫した状況でわざわざ名札を引きちぎったのもほぼ直感だった。考える時間なんかあの時はなかったのだ。
そして、自分とは違い真っすぐな想いで助けようとしていた虎杖の思いに、少しだけ報いたかった。
(次は……江東区か。)
ポケットからスマホを取り出した恵はマップアプリを開き次の目的地への道筋を検索した。反対側のポケットの中には、五条から預かったもう1つの名札が入っている。大体の経路を確認し終えた恵はそのポケットから丁寧にハンカチに包まれた名札を取り出した。その名札は、恵が雑に引きちぎったのとは正反対に、縫い目に合わせて真四角に切り取られていた。そして、血や泥などは全く付いておらず、一度綺麗に洗濯されたのだということが伺えた。
ミョウジ家にて焼香を終えた後、出会した顔見知りといくつか言葉を交わしていると、後方から五条に声を掛けられた。どうやら自分たちの少し後方に並んでいたらしい。七海と家入も一緒だった為三人で来たようだった。五条以外の二人に軽く会釈をしていると、五条に「ちょっとこっち来て。」と、皆から少し離れたところへ誘導された。釘崎に一言断りを入れて、五条に着いて行った。
「……なんですか。」
「はいこれ、ナマエから。」
「これは……」
五条が手にしていたのは、真っ白なハンカチ。それを開いて見せられた。中身は少年院の在院者の運動着のような服に縫い付けられていた名札、それだった。その名前は事前に開示されていた在院者情報にもあったので間違いなさそうだ。
「恵に渡してくれってさ。」
「なんで俺に……」
「『恵ならこれ見ただけできっと分かってくれる。私は今自由に動けないから。』だって。」
「……。」
あの時、恐らくナマエたちは残りの在院者の遺体を見つけたんだろう。そして、せめて名札だけでもと丁寧に切り取った。その場にまだ翔も居たのであればきっと咎められたことだろう。ありありと想像ができる。それでもナマエは……
受け取ったハンカチの中をじっと見ながら黙っている恵に、五条が「あとね、」と続けた。
「ナマエからもう1つ伝言。『私はもう大丈夫。だから恵は何も気にしないで。』」
「っ。」
「それから___」
(「ごめんね」って何だよ。何に対して言ってんだよ。謝るのは……俺の方なのに。)
チッと舌打ちを1つして手にしていたハンカチをまたポケットの中へ戻し、次の目的地へ向けて足を動かし始めた。ナマエから預かった、被害者の名札をその遺族へと届ける為に。
五条からナマエの今後についてはあの後一年二年揃って聞かされていた。まだ被呪について知らされていなかった釘崎と真希はひどく狼狽え、そして釘崎に至ってはその場で泣き出してしまった。あのプライドの高い釘崎が自分たちの前で泣くとは恵は思っていなかった。家入に肩を支えられ、どうにか立っている状態だった。
今後ナマエは兄の呪いの解呪の為に恵たちとは別行動をとること。しかし、ここしばらくずっと別行動だったのでそれは今までと大して変わらない。被呪した件については周りに公表しないこと。無事解呪できた暁にはナマエの秘匿死刑はなくなること。そして__ナマエに、実は相伝の力が宿っていたということ。それも、兄である翔を超える才能の持ち主であったこと。
これに関しては、恵は妙に納得ができた。落ちこぼれと言われて来たナマエだったが、それにしてはそのポテンシャルはとても落ちこぼれとはいえないレベルだったから。ナマエ同様、そう言われ続けていたからそうだと思っていただけで、実のところ実力は自分より上だとずっと昔から思っていた。男としてそんな情けないことは口が裂けても言えなかったが。
更に五条から聞かされた話はこうだ。『ナマエが翔に代わり、ミョウジ家の当主となること』。現当主としてナマエの父が居ることもあり今すぐではないにしても、ナマエ自身が望んだことだという。きっと、ミョウジ家を守る為に。
『それから、「ごめんね。今までたくさんありがとう」。これがナマエからお願いされた伝言だよ。』
ナマエの「ありがとう」とはつまり、「さようなら」。恵には確かにそう聞こえた。この伝言を聞いて、恵はやっと解った。焼香の時に目が合った、あのナマエの表情の意味が。最初はまだ自分に対して怒りの感情があるのだろうかと的外れなことも考えたりしたが、違った。
あれは、あの表情は。あの瞳は。覚悟を決めた者のそれだったのだ。
勝手に言い逃げすんなよとか、狗巻先輩はどうすんだ、婿養子は先輩には無理だろとか、言いたいことはそれこそ山のようにある。
__なんで俺に何一つ話してくれないんだ、とも。話したところで恵に何もできないのは当然恵自身分かっている。ナマエが出した答は今の状況で出来得る最善だろうことも、理解できる。でも話を聞くことくらいはできた。
(いや、相談できない状況作ったのは他でもない俺だな……)
そうやって自嘲している内に、目的地へと到着していた。マップに記された場所と、目の前の一軒家に掲げられた表札が間違いないことを確認して、恵はインターホンを鳴らした。
__これがナマエからの最後の『お願い』かもしれないと、思いながら。