第七十一話 眼差
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翌日 埼玉県 〇〇市 ミョウジ邸
天候は晴天。梅雨は明けていないにも関わらず日差しは強く、道中日傘がなければ焼け焦げてしまいそうな暑さだった。現に道行く人々はほとんどが黒に包まれた格好のせいか、ハンカチで額の汗を拭いながらその場所を目指していた。
目的地であるその屋敷の正門は大きな黒白幕で覆われ、その両端にはミョウジ家の家紋が入った提灯が下がっている。
偶然にも仏滅であったこの日、ミョウジ家に所縁のあった者、ミョウジ翔と親交のあった者、高専関係者、呪術連関係者など……全国各地から続々と大勢の人がミョウジ邸に集まった。この人数を見ればミョウジ家、そしてミョウジ翔の人と成りを垣間見ることができるだろう。とはいえ流石にこの人数は収まりきらないためほとんどの者が焼香を上げるだけに留め軽い挨拶だけして帰っていた。
そう。本日は、ミョウジ翔の葬儀が行われている。昨夜は身内だけで通夜を行ったため今日は告別式である。恵は釘崎と二年生たちとで伊地知の運転によりミョウジ家までやって来ていた。喪服ではなく、制服。自分たちの正装であり、最も適した服装だと判断した。ちなみにパンダは公の場に出る訳にも行かず。高専で留守番だ。きっと夜蛾が連名で弔問に訪れるだろう。
釘崎にとっては初めて訪れたナマエの家。いつもの彼女であればその大きさや荘厳さにテンションが上がりそうなものだが、そこは流石に大人しくしていた。ボソッと「でか。」とだけ呟いていたが。
正門を抜け奥へと進むと天幕が設置されており、そこには翔の側近であった春日、そしてその妻である時緒が参列者へ挨拶をしながら受け付けをしていた。
「この度は心よりお悔やみ申し上げます。」
「伏黒くん……それに皆さんも。来てくださったんですね。ありがとうございます。」
弔問の挨拶と共に深く頭を下げると、いつもの如くきれいに整えられた頭髪に、皺一つない喪服姿で佇む春日と目が合った。先日のような強気な表情はどこにもなく、少し覇気がないように思われた。翔が高専を卒業してからずっとそばに居たのが春日だった。いくら側近とはいえ、家族同然に思っていたのだろう。だが、それも見る人が見れば分かるという程度の変化で。流石はミョウジ家に長年使えている人物であると思わされた。
袱紗から香典袋を取り出し、そっと差し出した。「お預かりします。こちらへ記帳をお願いいたします。」そう言われ、芳名帳へ記入した。続いて釘崎や二年の面々が記帳しているのを待っている間、時緒に声を掛けられた。
「恵くん。少し見ない間にまた背が伸びましたね。」
「……時緒さん。ご無沙汰しています。」
「ナマエ様は……今は少し落ち込んでしまっていますが、きっとすぐに自分の力で立ち上がります。あの子はとても強い子ですから。だから、少しだけ待ってあげてくださいね。」
「……。」
そう言った時緒の表情はまるで母親のそれだった。彼女も、ナマエが幼いころから教育係として、そして時にはナマエの母が忙しい時にはその代わりとしてナマエと時を過ごして来たのだ。今のナマエを見て心を痛めているんだろう。だが、隣に春日が居る手前、恵は時緒の言葉に何も返すことができす。ただ深く頭を下げるだけだった。
その後屋敷の奥へと案内され、大きな広間へと通された。恵は知らない事だが、ナマエと棘が共に呼び出されたあの日と同じ場所だ。畳張りの大広間にはミョウジ家の遠い親族たちだろう。どこかで見たことのある面々が左右に分かれて正面に向かって正座して並んでいる。一番奥には大きな翔の遺影と棺。遺影の表情はいつも見ていた無表情の翔。遺影を見るとあの憎らしさを思い出してしまうほど、いつも通りの顔。でももう見ることはないのだ。_二度と。当然棺の中には誰も居ないが形式上ということだろう。祭壇の周りにはたくさんの仏花が飾られている。中央では僧侶が木魚を打ちながら永遠と経を唱えていた。
僧侶の真後ろに誂えられた焼香台に向かって長い列ができている。自分の番はまだまだのようだった。恵から見て右奥。奥から順に喪主である父、その横に母。そして母の隣に姿勢を真っすぐ伸ばして正座しているナマエが居た。隣に座る母と同じように黒紋付姿だった。
普段と違い綺麗にまとめ上げられた髪は、着物姿ということも相まってナマエを別人のように見せた。
(良かった……)
恵は内心ほっとしていた。処遇の内容によってはナマエの葬儀への参加が怪しかったからだ。葬儀自体も行われるか分からなかったぐらいだ。ナマエの処遇については詳細はまだ聞いていないが、五条がかなり頑張ったらしい。久しぶりに五条を見直した。
距離が遠いため表情に関してははっきりとは分からないが、ナマエは焼香を上げた弔問客に対して丁寧にお辞儀をしている。その姿は隣で肩を震わせて涙を拭いながら頭を下げている母よりもよっぽど凛としていた。
だんだんと経と木魚の音が大きくなり、自分の番が近づいているんだと思った。ナマエとの距離も近づき、視界に入るところまで来たのでそちらを見たが、ナマエは気付いていないのか敢えてなのか、真っすぐ前を向いたままだった。
ついに恵の順番が来た。まずは喪主とその家族、つまりナマエ達へ一礼。三人ともこちらに合わせて深くお辞儀をした。数珠を片手に焼香台に向かい一礼。抹香を一つまみして額まで持ち上げた後、炭の上へ。これを三回繰り返し、合掌。あらかじめミョウジ家の宗派は確認済みだ。
改めて三名の方へ向かい一礼しようとした時、正面のナマエと目が合った。合うと思っていなかったので恵は驚き眉が上がり、口が少し空いてしまった。
「……!」
動揺した恵に対してナマエは、涙一つ流す事なく、眉一つ動かす事なく真っすぐに恵の目を見た。そのかんばせは何を考えているのかさっぱり分からず恵はただただ戸惑うばかりだ。
しばらく見つめ合った後、といっても時間にすればたった数秒。先にナマエが畳に両の指先を付いて、深く頭を下げた。ハッとした恵もそれに合わせて一礼。頭を上げた時、また真っすぐこちらを見るナマエと目が合ったが、その後すぐに目線は恵から外れ、また正面を向いた。そんなナマエの様子に金縛りに合ったように固まってしまった恵だったが、背後の釘崎に「伏黒?」と小声で声を掛けられ、慌てたようにその場を去った。
ナマエはそんな様子の恵の方を、その後一度も見ることはなかった。