第六十九話 承継
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五条たちがナマエに聞こえないよう会話をしている間、二人は話しながらもナマエの様子を窺っていた。家入が身体をチェックしている最中も思い悩んでいるような表情だったナマエ。けれど、その表情は決して諦めた顔ではなかった。絶望した顔でもなかった。
「硝子、どうだった?」
「身体に異常は見当たらないよ。呪力にあてられている様子もない。」
「そっか。良かったよ。」
やはり、翔の呪力はナマエに対しては一切危害を加えるつもりはないらしい。そのことがナマエを余計に混乱させているのだが。“憑く”からにはそれ相応の強い想いがあるはずで、セオリー通りならそれはつまり怨恨だ。
ナマエにとっては、兄に恨まれていたなど想像しただけで卒倒しそうになるほどの衝撃。でも思い返すまでもなくこれまで兄はどこまでもナマエに対して冷徹で厳しかった。幼いころはあれほど優しかった兄の態度が180度変わる程のことを自分が何かしてしまったのかもしれない。死して尚、これまで呪いを祓っていた人自身が呪いとなってまで現世に留まるほどの何か強い想いがナマエに対してあるのかもしれない。そう思うと苦しくて苦しくて、今すぐ何もかも放り出して逃げ出してしまいたくて仕方がないのだ。
でも、五条の言う通りで。兄が何を考え、何を思ってそうしたのかは兄本人にしか分からない。考えても仕方がないし、思い悩んでも現実は何も変わらない。兄が呪いとなってナマエに憑いたこと。ナマエの能力が覚醒して相伝持ちであることが分かったということ。この事実は変わらない。
だったら____
「悟くん。私はまだ、死にたくない。父様も母様も、死なせたくない。」
「それは……」
七海は思わず口を挟みそうになった……が、それを自分で制した。七海と家入はナマエの言葉に息を詰まらせてしまう。ナマエは頭を使うことが得意ではなくとも、馬鹿ではない。自分の身に起こったことをほぼ正しく理解していた。この場合上層部ならどういった判断を下すか、客観的に捉えることができた。誰に言われるでもなく。そしてこのままでは、自分だけでなく父や母、更には分家に至る者たちまでもが処罰されてしまうかもしれないということも想定していた。だが、ナマエにとっての一番の懸念事項は、違った。
「それにもし私が死刑になったら。それってつまり、兄様が呪いとして処理されちゃうってことだよね?」
「考え方によってはまぁ、そうなるね。」
「そんなこと絶対させない。たとえ兄様に恨まれていたとしても、絶対に。」
「恨まれてるとは限らないでしょ。」
「兄様の思いは本人にしか分からないって言ったのは悟くんじゃん。」
たとえどんなに恨まれていたとしても、嫌われていたとしても。ナマエにとって翔はたった一人の兄なのだ。憧れ、尊敬、畏怖……さまざまな感情は抱いていたが、かけがえのない存在であったことに変わりはない。
自分の言葉をそっくり返された五条はやれやれと肩を竦めた。その可能性は0に等しいが今のナマエには言っても通用しないだろう。そう思った五条は、この後ナマエが何を言おうとしているか何となく予想しつつ問いかける。
「それで?死なないためにどうするかは決まった?」
「うん。決めたよ。_____兄様の呪いを、解呪します。」
そう言ったナマエの瞳は、覚悟を決めた者のそれだった。
「やり方なんか全然分かんないけど、でも憂太先輩っていう成功事例もある。だから、チャンスをもらいたいの。兄様は呪いとしてじゃなく、人として……亡くなった。じゃないと父様も母様もずっと悲しいままだよ。このまま上の思い通りにはさせない。だからね、悟くんにお願いがあります。」
珍しく敬語交じりで話すナマエは五条に一度視線を向けた後、ぐっと両の手を握り締め、大きく深呼吸をした。五条たち三人は特に声をかけることもせず、只々聞く姿勢に徹した。
「呪術界の偉い人たちに私の処分は保留にしてくださいって、伝えてほしいの。それで、無事解呪できた時は取り消してほしい。今の私じゃ直接会うことなんてできないし、むしろ会えたとしてもちゃんと伝えられるか分かんないしそもそも私の話を聞いてもらえるかすら疑問だし。その代わり、解呪できた後は私がミョウジ家を継ぎます。相伝術式を継いだものにミョウジ家の当主になる資格があるんだし。条件だけなら満たしてる。上層部だってもし本当にミョウジ家が取り潰しになんてなったらそれなりに痛手でしょう?歴史に傷をつけることになるんだから。でもうまいこと取り潰しがなくなったとしてもこのままじゃ父様の代で終わっちゃう。」
息継ぎをいつしているのか心配になる程の勢いでナマエは次々と自分の考えを連ねていく。途中で遮られるのが怖くて三人の顔を見ながらは話せないナマエだったが、それでもちゃんと意志を持った目をしていた。そしてナマエは更に続けた。
「だから家を継いで、いずれ結婚して、子供を産んで、次の世代に繋げる。それまでの間はもちろん呪術界の為に働きます。死刑と取り潰し以外の命令なら何だって聞く。どんな危険な任務でも引き受けるし、絶対生きて帰って見せる。」
「ナマエ……」
それはつまり、家の為に婿を取り望まない婚姻も受け入れ、そして命を懸けて呪術界の為に生きるということ。五条の言う“若人の青春”などどこにもない。これまで将来的に家の為に生きなければならない時が来ることに対して『そうさせられる』と思いながら生きて来た。それが、今は自ら『そうする』と言っている。
兄の死を不名誉なものにしないため、父と母を不幸にしないため。
「それから、私に兄様が被呪したことは公表せずに内輪で留めてもらえないかな。昨日の今日だからまだ知らない人がほとんどだよね。知らせる人の人選は……悟くんの判断に任せたいかな。身内ならともかく、不特定多数の人に兄様や家のことを悪く言われるのは嫌。ちゃんと解呪さえできれば何事もなかったことにできるし、私が継ぐのも兄が亡くなったからだって言えば何の不思議もない。私が相伝を受け継がなかった落ちこぼれなのは割と有名らしいけど、それも異例中の異例で遅くに発現したって言えばどうにでもなるしむしろ事実だし。」
と、ここまで一度に話し切ったナマエは少し息を切らしたようで、肩を揺らしながら呼吸を整えている。そして一度大きめの息を吐いて、三人の方を不安げに見つめた。