第六十八話 悔恨
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それまで黙って成り行きを見ていた七海は、ナマエがこちらの会話が聞こえないであろう距離まで離れたことを確認した上で五条へ話しかけた。
「五条さん。ミョウジはおそらく……。」
「だろうね。だけどあくまで憶測だろ?」
「ですがナマエもミョウジの想いを知れば……」
「ナマエにも言ったけど。翔の気持ちは翔にしか分かんないよ。家族の問題だ、第三者が口を挟むべきじゃない。」
「そんな悠長なことを言っていては取り返しの付かないことになり兼ねないのでは。」
「心配しなくても分かってるよ。」
七海が心配しているのはナマエの“心”が壊れてしまわないかということ。機械や道具のように壊れたら修理、というわけにはいかない。壊れてしまってからでは遅いのだ。治せる保証だってない。
家入がいつになくナマエに対して特に慎重なのも彼らと同じような思いがあるからかもしれない。
「人生なんて後悔の連続だけど。大なり小なりこれからもずっと後悔し続けるんだろうけど。後戻りのできない後悔はさせたくないし、させない。僕だって二度とゴメンだよ。」
「…………」
「ナマエは強い子だ。今日のコレだってナマエなりに現状に向き合おうとしてるからでしょ。ちゃんと先のことを考えてる。」
「それは分かっています。ですがとても楽観視できる状況ではないでしょう。」
「僕だって別に楽観視してるわけじゃないって。でも、ナマエには僕たちだけじゃない。あの子を気にかけてくれる
2007年の、あの夏は異常だった。前年に頻発した災害の影響が大きかったのだろう。それこそ蛆のように呪霊が沸いた。その忙しさときたら気が狂いそうだった。七海たち学生術師でさえ身体を休める暇もなく任務に駆り出され、当然特級術師である彼らは任務をすべて一人でこなしており、さらにその任務量も危険度もほかの術師たちとは桁違い。
家入はその希少な能力ゆえ、元々危険な任務で外に出ることはない。だが高専に居ながらも負傷して戻ってくる術師たちの治療に追いやられ、時にはその死と向き合っていた。担任の夜蛾ももちろん例外ではなく、呪霊討伐に明け暮れる日々。今日も祓う、翌日もまた祓う。その繰り返しで。誰も彼もが、命を懸けながら一日一日を乗り越えるのに必死だった。
今となっては言い訳にしか聞こえないかもしれないが。独りで抱え込んでいた彼の変化に気付けるものなどあの時は誰も居なかったのだ。
だから誰もナマエを“独り”にはしないよ_そう言った五条の声はとても静かで。遠い昔に想いを馳せているのだろうか……だがサングラス越しに隠された瞳の色は七海には分からなかった。
「僕たちが今すべきことは、ナマエのメンタルケアじゃない。ナマエを何としても生かすこと。」
「……はい。」
「ナマエの処分が撤回されたら、いくらでも悩めるんだ。僕たちだって何度でも手を差し伸べられる。生きてさえいればいくらでも。」
「……そうですね。」
昨日五条が上層部と会った時点で、ナマエについては通例通り秘匿死刑。家から呪いを出した罪によりミョウジ家も取り潰し、両親についてもその責を負い処分が下されることになっている。一年前の乙骨の例もあるため上層部は一刻も早く対処したいのだろう。今は五条がナマエの状況が分かってから、と上層部をどうにか説得(脅)して止めている状態だった。
ナマエの両親がナマエに面会できたのも五条の力によるもの。上層部は前年の例に加えて術師の家系から呪いを出すという呪術界の不祥事をすぐにでも処理するために結論を急ぎたい所であろうが、御三家まではいかなくとも江戸初期から続く由緒ある家柄でもあるミョウジ家。それをたった一日で取り潰しと決定付けるには結論を急ぎすぎている。それでもナマエが呪術界に利となることを証明でもしない限りは上層部の意見は変わらないだろう。
これに関しては五条もいざという時は脅しなんかではなく本気で呪術界と敵対してでも食い止めるつもりだが、穏便に事が運ぶのであればそれに越したことはない。
「ナマエが、ミョウジ家始まって以来の天才と言われてた翔よりも色濃く相伝を受け継いでたんだ。これが突破口になればいいんだけどね。ただそうなるとどう転んでもナマエにとっては茨の道だよ。」
「ナマエにあの家を一人で背負わせるつもりですか。」
「ほら、硝子の診察が終わったみたいだよ。ナマエが戻ってくる。」
そう言って、五条が七海の問いかけに応えることはなかった。