第六十五話 被呪
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あれから七海と家入は、夜通し交代でナマエの様子を見ていた。家入には一人でいいと言われたが、この人が倒れたらナマエに何かあった時対処できない、そう思った七海は半ば無理やりに押し切って一緒に見ることにした。数時間おきに仮眠のため入れ替わっており、今は家入が別室で休んでいる。
正直なところ七海も心身ともに疲労していたが、だからといってとてもじゃないが今は休める気がしなかったので丁度良かった。だから、交代の際に軽い食事とシャワーだけ浴びさせてもらった。そのため今の七海はサングラスもしていないしスーツも着ていない。髪だっていつものように立ち上がらず、おとなしくしている。つまり、完全なオフモードだった。そんな七海を見た家入は「なんだそれ、懐かしいな」と声を上げて笑ったので七海は少々気まずい思いもした。
現在の時刻は6時前。最近は日も長くなってきたので外は既に朝日が顔を出していた。ソファがあったのでまだ良かったが、そもそも七海の身体にはサイズ的に無理があった。バキバキになった身体をほぐすためにも軽くストレッチでもするか、と立ち上がったとき、ベッドの方から小さな声が聞こえてきた。
急いでベッドに近づいた七海は、どうしようもない気持ちになった。
まるで何かに魘されるように藻掻くナマエ。泣きながら苦悶の表情をしている。そして時折、うわ言のように兄のことを呼ぶのだ。
「どこ………………る…の」
「や…だよ…に……さま、やめ…て………」
「ッ!…ナマエっ」
悪夢であれば早く覚めさせなければ。そう思った七海はどうにか起こそうとしたが、ナマエはただただ苦しそうにうめき声をあげるだけ。何かを掴もうと宙を掻くナマエの手を咄嗟に握ったが、寝ている人間とは思えない強さで握りしめられた。何もできない七海は、強く握りしめる手は自由にさせたまま、汗で張り付いた髪を避けてやっていた。
「____兄様っ!」
大声で兄を呼んだその瞬間、ナマエの目の前が突然明るくなった。突然の眩しさに目が眩み、ナマエは思いっきり顔を歪めた。そして視線をずらすと、心配そうにのぞき込む七海と目が合った。そういえば名前を呼ばれた気もした。左手を見ると、七海の大きな手ですっぽり包まれていた。
「建人くん…」
「…おはようございます。具合は?」
まだぼんやりしているせいか、七海の質問にも答えずナマエはぼーっとしながらも周りを見渡した。やはりというか、ここは医務室で。そしていまこの場に七海以外はいないようだった。時刻は朝方だろうか。窓の外から小鳥のさえずりも聞こえる。
だんだんと現状を把握できてきたナマエは、この現実感を肌で感じた上でやはりさっきのは夢だったんだと改めて認識した。それにしては嘔吐しそうになった時の口内の苦さも、泣き喚いた時の涙も。そして、兄の手のひらの冷たさも、妙にリアルだった。自分の顔に手で触れてみるとちゃんと濡れたので、予想通りしっかり泣いていたようだ。そして兄に最後触れられたであろう、心臓の上あたりに手を充てたナマエは、気づいてしまった。突然目覚めたせいなのか心拍数はかなり高めのようだが、それだけじゃなかった。
(……うそだ。…ありえない…でも…)
「…ナマエ?」
顔面蒼白で何やら考え込んでいる様子のナマエに、七海は遠慮がちに声を掛けた。それでもナマエは何も答えないので、起きてからもずっと静かにこぼれ続ける涙をそっと拭ってやりながら様子を伺っていると、ナマエの頬をすべる七海の手の上に、ナマエの手が重なった。
(あぁ…やっぱりそうなんだ…)
ナマエからはまた大粒の涙がボロリと落ちた。まるで猫がすり寄るかのように頬を寄せてくるナマエに、七海は極力穏やかな声で話しかける。
「どうしました?」
「…建人くんの手は…あったかいねぇ…」
「………。」
「生きてるから…あったかいんだね…」
「っ!」
「わっ!」
七海はもう耐えられなかった。これ以上、ナマエの顔が見られなかった。だから、ぐんと腕を引き、驚いたナマエのことはお構いなしに自分の腕の中に閉じ込めた。くぐもった声で「建人くん、苦しいよ」と言われたが無視をした。
少しして、ナマエが腕の中でまた七海の名を呼ぶので体は離してやらなかったが「はい」と静かに返事だけをした。
「さっきのね……」
「はい。」
「兄様の手は、冷たかったの。」
「………………はい?」
「氷なんかよりも、もっともっと…冷たかったの。」
「…………。」
この娘は一体いきなり何を言い出すのか。“さっき”とはどういうことか。まだ寝ぼけているのだろうか。それとも、ずっと魘されていたナマエのあの様子はもしかして_。実際にミョウジと会っていたとでもいうのか。
(いや、ありえないでしょう。さすがに。いくらナマエに憑いたとは言っても…そんなもの、いくらなんでも聞いたことがない。)
現実主義の七海はそう結論付けたが、だからといって今のナマエに対してそれを否定するような真似など、できるはずもなかった。かといってどう答えてやるのが正解かも分からないので、ごまかすようにナマエの髪を梳くように撫でた。
「ねぇ、建人くん。」
「…はい。」
「建人くんはきっと知ってるんでしょう。ううん、建人くんだけじゃなくて、悟くんも、…みんなも。」
「…何を?」
どこか確信めいた言い方をするナマエに、七海はごくりと喉をならした。
「兄様が…私の中 に居ること。」
思わずナマエの身体をバッと引きはがした七海は、普段めったに見開くことのないその瞳を、これでもかと大きくした。
口を真一文字に引き結んだナマエは胸元に手を添えながらまっすぐにこちらを見ていて、そして、もう泣いていなかった。
正直なところ七海も心身ともに疲労していたが、だからといってとてもじゃないが今は休める気がしなかったので丁度良かった。だから、交代の際に軽い食事とシャワーだけ浴びさせてもらった。そのため今の七海はサングラスもしていないしスーツも着ていない。髪だっていつものように立ち上がらず、おとなしくしている。つまり、完全なオフモードだった。そんな七海を見た家入は「なんだそれ、懐かしいな」と声を上げて笑ったので七海は少々気まずい思いもした。
現在の時刻は6時前。最近は日も長くなってきたので外は既に朝日が顔を出していた。ソファがあったのでまだ良かったが、そもそも七海の身体にはサイズ的に無理があった。バキバキになった身体をほぐすためにも軽くストレッチでもするか、と立ち上がったとき、ベッドの方から小さな声が聞こえてきた。
急いでベッドに近づいた七海は、どうしようもない気持ちになった。
まるで何かに魘されるように藻掻くナマエ。泣きながら苦悶の表情をしている。そして時折、うわ言のように兄のことを呼ぶのだ。
「どこ………………る…の」
「や…だよ…に……さま、やめ…て………」
「ッ!…ナマエっ」
悪夢であれば早く覚めさせなければ。そう思った七海はどうにか起こそうとしたが、ナマエはただただ苦しそうにうめき声をあげるだけ。何かを掴もうと宙を掻くナマエの手を咄嗟に握ったが、寝ている人間とは思えない強さで握りしめられた。何もできない七海は、強く握りしめる手は自由にさせたまま、汗で張り付いた髪を避けてやっていた。
「____兄様っ!」
大声で兄を呼んだその瞬間、ナマエの目の前が突然明るくなった。突然の眩しさに目が眩み、ナマエは思いっきり顔を歪めた。そして視線をずらすと、心配そうにのぞき込む七海と目が合った。そういえば名前を呼ばれた気もした。左手を見ると、七海の大きな手ですっぽり包まれていた。
「建人くん…」
「…おはようございます。具合は?」
まだぼんやりしているせいか、七海の質問にも答えずナマエはぼーっとしながらも周りを見渡した。やはりというか、ここは医務室で。そしていまこの場に七海以外はいないようだった。時刻は朝方だろうか。窓の外から小鳥のさえずりも聞こえる。
だんだんと現状を把握できてきたナマエは、この現実感を肌で感じた上でやはりさっきのは夢だったんだと改めて認識した。それにしては嘔吐しそうになった時の口内の苦さも、泣き喚いた時の涙も。そして、兄の手のひらの冷たさも、妙にリアルだった。自分の顔に手で触れてみるとちゃんと濡れたので、予想通りしっかり泣いていたようだ。そして兄に最後触れられたであろう、心臓の上あたりに手を充てたナマエは、気づいてしまった。突然目覚めたせいなのか心拍数はかなり高めのようだが、それだけじゃなかった。
(……うそだ。…ありえない…でも…)
「…ナマエ?」
顔面蒼白で何やら考え込んでいる様子のナマエに、七海は遠慮がちに声を掛けた。それでもナマエは何も答えないので、起きてからもずっと静かにこぼれ続ける涙をそっと拭ってやりながら様子を伺っていると、ナマエの頬をすべる七海の手の上に、ナマエの手が重なった。
(あぁ…やっぱりそうなんだ…)
ナマエからはまた大粒の涙がボロリと落ちた。まるで猫がすり寄るかのように頬を寄せてくるナマエに、七海は極力穏やかな声で話しかける。
「どうしました?」
「…建人くんの手は…あったかいねぇ…」
「………。」
「生きてるから…あったかいんだね…」
「っ!」
「わっ!」
七海はもう耐えられなかった。これ以上、ナマエの顔が見られなかった。だから、ぐんと腕を引き、驚いたナマエのことはお構いなしに自分の腕の中に閉じ込めた。くぐもった声で「建人くん、苦しいよ」と言われたが無視をした。
少しして、ナマエが腕の中でまた七海の名を呼ぶので体は離してやらなかったが「はい」と静かに返事だけをした。
「さっきのね……」
「はい。」
「兄様の手は、冷たかったの。」
「………………はい?」
「氷なんかよりも、もっともっと…冷たかったの。」
「…………。」
この娘は一体いきなり何を言い出すのか。“さっき”とはどういうことか。まだ寝ぼけているのだろうか。それとも、ずっと魘されていたナマエのあの様子はもしかして_。実際にミョウジと会っていたとでもいうのか。
(いや、ありえないでしょう。さすがに。いくらナマエに憑いたとは言っても…そんなもの、いくらなんでも聞いたことがない。)
現実主義の七海はそう結論付けたが、だからといって今のナマエに対してそれを否定するような真似など、できるはずもなかった。かといってどう答えてやるのが正解かも分からないので、ごまかすようにナマエの髪を梳くように撫でた。
「ねぇ、建人くん。」
「…はい。」
「建人くんはきっと知ってるんでしょう。ううん、建人くんだけじゃなくて、悟くんも、…みんなも。」
「…何を?」
どこか確信めいた言い方をするナマエに、七海はごくりと喉をならした。
「兄様が…
思わずナマエの身体をバッと引きはがした七海は、普段めったに見開くことのないその瞳を、これでもかと大きくした。
口を真一文字に引き結んだナマエは胸元に手を添えながらまっすぐにこちらを見ていて、そして、もう泣いていなかった。