第六十五話 被呪
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「え?………ここ…どこ?」
目を覚ませば、そこは最後の記憶とはかけ離れた場所だった。真っ暗で何も見えない。ただ夜になっただけとは違うようだった。自分の体がかろうじて薄ぼんやりと見える程度で。ベッドの感触だってない。冷たい床に座っている感覚だ。五条、家入、七海、狗巻…そして父と母。ついさっきまで高専の医務室で…『話』をしていたはずなのに。兄、の話を。
『翔は、死んだんだ。』
「う゛……っ。ぅおぇえええぇっ…!ゲホっ!ゲホッ!…………ハァ、、、ハァ…」
何も食べていないせいか。えづいたものの、胃液しか出てこなかった。口内に酸味が広がり気持ち悪い。あれから自分はどうなったのだったか。父の言葉を聞いて、息が苦しくなって…それからの記憶がない。
(なんか、記憶なくしてばっかだな…結局…少年院はどうなったんだろう…。)
現時点では兄のことしかナマエは知らない。野薔薇は、虎杖は。……恵は。今どうしているのだろうか。分断されてからのことが全く分からない。このところずっと分からないことだらけで、いい加減嫌になってきてしまった。
「っていうか!マジでここどこよ!!!」
ここがどこかも分かってない癖に呑気に物思いに耽っている場合ではなかった。もしこれが危険な状況だったらどうするのか。危機意識が低すぎる。これでは虎杖たちのことを言えたもんじゃないとナマエは自嘲した。でも、何となく。ナマエには、ここには誰もいないという確信がなぜかあった。そして、ただ何となく。ここはナマエにとって危険な場所ではない、という確信もあった。それがなぜかはナマエにも分からないが。でもだからこそ、もしかしたら危険かもしれない状況で誰に言うでもなく大声で発散するかのように叫んだりした。当然、誰も返事などしてくれなかったが。
動かなければ状況は何も変わらない気がしたナマエは、とりあえず立ち上がり、辺りを見渡した、が。やはり真っ暗のままで自分以外何も見えない。少し考えてから、とりあえず前に進んでみることにした。当然足元も暗いままなので大股で進むわけにもいかず、段差があってもいけないのでほぼ摺り足だった。
“ナマエ”
「っ!誰!?」
ほんの微かだが突然頭に響いた声。バッと振り返ったが何もない、誰もいない。でも、確かに自分を呼ぶ声が聞こえた。
“ナマエ”
「え…………?兄…様?」
今度ははっきりと聞こえた。しかも、その声は紛れもなく。兄、翔の声だった。おかしい。兄は死んだはずだ。兄の声が聞こえるはずがない。でもそこでやっと気づいた。もしかしてこれは、夢ではないだろうか…と。きっと、ナマエの願望が夢で現れたのだ、と。兄の声が聞きたい、兄に会いたい。
「兄様!どこ?いるんでしょう!?っ兄様!」
ナマエは四方八方に向けて手あたり次第に叫んだ。きっと近くにいるはずだ、こちらを見ているはずだ。ナマエの願望が夢となったなら、出てきてくれないとおかしい。そして_
「兄様!!!」
ナマエの前方およそ10メートルくらいだろうか。真っ暗な中に青白い光が現れ、そこに兄が立っていた。ナマエは、駆け出した。兄に抱き着くつもりで。大きくなってからは抱き着くなんて一度もそんなことをしたことがなかった。いや、できなかった。でもこれは夢なのだから。ナマエは一切躊躇わなかった。
けれど、ナマエのそれは叶わなかった。
「なんで…!?」
走っても走っても、兄に近寄れないのだ。ほんの10メートルほどの距離なのに。どんなに走っても1ミリも距離が縮まらない。
「っ…はぁっ、はぁっ……どうして……!」
徐々に速度が落ちてきたナマエ。ついに完全に立ち止まってしまった。息を整えながら変わらない距離のままの兄を見上げたが。
__無表情のままだった。ここ数年ではデフォルトになっていた少し不機嫌そうな顔でもなく、10年以上前の柔らかな笑顔でもなく、ただただ無表情。夢の中でくらい笑ってくれたらいいのに。これからずっと、一生。夢でしか会えないのに。
「兄様……ほんとうに。いなくなってしまったの?ほんとうに…っ!……死んじゃったの?」
(目の前が滲んでよく見えない…夢の中でも涙って出るんだ…)
「なんで…?あの呪霊に……やられたの?…ねぇ、兄様……教えてよ……なんで————なんで私だけ……生きてるの…っ!…ぅ…ぅわああああああああああぁああぁあ……!」
ナマエはその場に崩れ落ちて、それこそ幼い子供のように泣き喚いた。兄を失いたくなかった。…自分の命に代えても、死なせたくなかったのに。呪術界に必要だからとか、たくさんの人を助けることができるからだとか、そんな大層なことじゃない。
兄だから、生きていてほしかった。
どれだけ大声で泣いても、喚いても。兄は何も言わないし、顔色一つ変わらない。どのくらい時間が経っただろうか。やがて泣き疲れたナマエは、鼻を啜りながらもだんだんと落ち着てきたようで。手の甲で涙を拭いながら、もう一度兄の方を見た。
相変わらず表情は変わらなかったが、一つだけ変化が起きた。翔が、一歩ずつ、こちらに向かって歩いていたのだ。
「に…いさま?」
やはり何も答えないが、ナマエの目の前までやってきて、そのままその場で膝をついた。兄は、床に手をついて見上げるような恰好のナマエの顔に手を添えると、ゆっくりとその涙を拭った。何も言わないし、表情は何も変わらないままで。
頬に触れた兄の手は、ひどく冷たくて。とても人間の温度とは思えないそれが、現実を突きつけられているようで。余計にナマエを苦しめた。
「〰〰〰っ!!ううっ…!」
出し切ったと思っていた涙がまた溢れてくる。ぼろぼろぼろぼろと、際限なく流れてくる涙を、兄はただただ拭っていた。
“ナマエ”
「っ!」
されるがまま目を瞑り、兄の手をずっと受け入れていたナマエはハッとして目を開いた。すると___
目の前の兄の右手は、中指と人差し指、そして親指を揃えて立てた状態で静かに構えられていた。そう、それはナマエも幾度となく見てきた…兄が術式を発動する際の“印”だった。
「なに…してるの…?」
この状況で、なぜ風神雷神を出そうとするのか。まさか夢の中で攻撃されるとは考えにくいが。ナマエが次に兄の顔を見た時、なんと兄の口が動いていた。
「———、—————。」
「え?なに!?聞こえないよ!」
—バチッ! バチッッ!!
「!?」
印を象っている兄の指先でバチバチと小さく迸っているのは電気?いや、そんなかわいいものじゃない。これは、雷だ。きっと、雷神の。ナマエがそんな風に考えているうちに、どんどんとその雷は大きくなってきて、こぶし大くらいになっただろうか。バリバリと音を立てだした。さらに、その雷の周りを竜巻の様なものが渦巻いている。こっちはきっと風神だろう。その竜巻は雷と混じり合い、一つになった。
こんなもの、兄の技でも今までナマエは見たことがなかった。兄は何をしようとしているのか。まさか本当に攻撃されるのか。
「や…だよ…兄……様、やめてよ………」
二本の指の腹をこちらに向けた兄は、そのままゆっくりとその指をナマエに近づける。もちろん指先の雷の渦はそのままに。ナマエの静止などお構いなしにどんどんと近づいてくる。ナマエは恐怖によるのもか、それとも兄にそれを向けられて絶望しているのか、動けない。
兄の指先は、ナマエの胸元を真っすぐ目指した。ナマエはぎゅっと目を瞑ることしかできなかった。そして___。
「っっっ!」
だが、ナマエが覚悟した痛みも、衝撃も、音さえも。何もしなかった。
「なに……?」
固く閉じていた目を開けると、そこに兄はおらず。この場に来た時と同じように、真っ暗闇が広がるだけだった。
「兄様!?……どこに行っちゃったの! 兄様!!!!」
目を覚ませば、そこは最後の記憶とはかけ離れた場所だった。真っ暗で何も見えない。ただ夜になっただけとは違うようだった。自分の体がかろうじて薄ぼんやりと見える程度で。ベッドの感触だってない。冷たい床に座っている感覚だ。五条、家入、七海、狗巻…そして父と母。ついさっきまで高専の医務室で…『話』をしていたはずなのに。兄、の話を。
『翔は、死んだんだ。』
「う゛……っ。ぅおぇえええぇっ…!ゲホっ!ゲホッ!…………ハァ、、、ハァ…」
何も食べていないせいか。えづいたものの、胃液しか出てこなかった。口内に酸味が広がり気持ち悪い。あれから自分はどうなったのだったか。父の言葉を聞いて、息が苦しくなって…それからの記憶がない。
(なんか、記憶なくしてばっかだな…結局…少年院はどうなったんだろう…。)
現時点では兄のことしかナマエは知らない。野薔薇は、虎杖は。……恵は。今どうしているのだろうか。分断されてからのことが全く分からない。このところずっと分からないことだらけで、いい加減嫌になってきてしまった。
「っていうか!マジでここどこよ!!!」
ここがどこかも分かってない癖に呑気に物思いに耽っている場合ではなかった。もしこれが危険な状況だったらどうするのか。危機意識が低すぎる。これでは虎杖たちのことを言えたもんじゃないとナマエは自嘲した。でも、何となく。ナマエには、ここには誰もいないという確信がなぜかあった。そして、ただ何となく。ここはナマエにとって危険な場所ではない、という確信もあった。それがなぜかはナマエにも分からないが。でもだからこそ、もしかしたら危険かもしれない状況で誰に言うでもなく大声で発散するかのように叫んだりした。当然、誰も返事などしてくれなかったが。
動かなければ状況は何も変わらない気がしたナマエは、とりあえず立ち上がり、辺りを見渡した、が。やはり真っ暗のままで自分以外何も見えない。少し考えてから、とりあえず前に進んでみることにした。当然足元も暗いままなので大股で進むわけにもいかず、段差があってもいけないのでほぼ摺り足だった。
“ナマエ”
「っ!誰!?」
ほんの微かだが突然頭に響いた声。バッと振り返ったが何もない、誰もいない。でも、確かに自分を呼ぶ声が聞こえた。
“ナマエ”
「え…………?兄…様?」
今度ははっきりと聞こえた。しかも、その声は紛れもなく。兄、翔の声だった。おかしい。兄は死んだはずだ。兄の声が聞こえるはずがない。でもそこでやっと気づいた。もしかしてこれは、夢ではないだろうか…と。きっと、ナマエの願望が夢で現れたのだ、と。兄の声が聞きたい、兄に会いたい。
「兄様!どこ?いるんでしょう!?っ兄様!」
ナマエは四方八方に向けて手あたり次第に叫んだ。きっと近くにいるはずだ、こちらを見ているはずだ。ナマエの願望が夢となったなら、出てきてくれないとおかしい。そして_
「兄様!!!」
ナマエの前方およそ10メートルくらいだろうか。真っ暗な中に青白い光が現れ、そこに兄が立っていた。ナマエは、駆け出した。兄に抱き着くつもりで。大きくなってからは抱き着くなんて一度もそんなことをしたことがなかった。いや、できなかった。でもこれは夢なのだから。ナマエは一切躊躇わなかった。
けれど、ナマエのそれは叶わなかった。
「なんで…!?」
走っても走っても、兄に近寄れないのだ。ほんの10メートルほどの距離なのに。どんなに走っても1ミリも距離が縮まらない。
「っ…はぁっ、はぁっ……どうして……!」
徐々に速度が落ちてきたナマエ。ついに完全に立ち止まってしまった。息を整えながら変わらない距離のままの兄を見上げたが。
__無表情のままだった。ここ数年ではデフォルトになっていた少し不機嫌そうな顔でもなく、10年以上前の柔らかな笑顔でもなく、ただただ無表情。夢の中でくらい笑ってくれたらいいのに。これからずっと、一生。夢でしか会えないのに。
「兄様……ほんとうに。いなくなってしまったの?ほんとうに…っ!……死んじゃったの?」
(目の前が滲んでよく見えない…夢の中でも涙って出るんだ…)
「なんで…?あの呪霊に……やられたの?…ねぇ、兄様……教えてよ……なんで————なんで私だけ……生きてるの…っ!…ぅ…ぅわああああああああああぁああぁあ……!」
ナマエはその場に崩れ落ちて、それこそ幼い子供のように泣き喚いた。兄を失いたくなかった。…自分の命に代えても、死なせたくなかったのに。呪術界に必要だからとか、たくさんの人を助けることができるからだとか、そんな大層なことじゃない。
兄だから、生きていてほしかった。
どれだけ大声で泣いても、喚いても。兄は何も言わないし、顔色一つ変わらない。どのくらい時間が経っただろうか。やがて泣き疲れたナマエは、鼻を啜りながらもだんだんと落ち着てきたようで。手の甲で涙を拭いながら、もう一度兄の方を見た。
相変わらず表情は変わらなかったが、一つだけ変化が起きた。翔が、一歩ずつ、こちらに向かって歩いていたのだ。
「に…いさま?」
やはり何も答えないが、ナマエの目の前までやってきて、そのままその場で膝をついた。兄は、床に手をついて見上げるような恰好のナマエの顔に手を添えると、ゆっくりとその涙を拭った。何も言わないし、表情は何も変わらないままで。
頬に触れた兄の手は、ひどく冷たくて。とても人間の温度とは思えないそれが、現実を突きつけられているようで。余計にナマエを苦しめた。
「〰〰〰っ!!ううっ…!」
出し切ったと思っていた涙がまた溢れてくる。ぼろぼろぼろぼろと、際限なく流れてくる涙を、兄はただただ拭っていた。
“ナマエ”
「っ!」
されるがまま目を瞑り、兄の手をずっと受け入れていたナマエはハッとして目を開いた。すると___
目の前の兄の右手は、中指と人差し指、そして親指を揃えて立てた状態で静かに構えられていた。そう、それはナマエも幾度となく見てきた…兄が術式を発動する際の“印”だった。
「なに…してるの…?」
この状況で、なぜ風神雷神を出そうとするのか。まさか夢の中で攻撃されるとは考えにくいが。ナマエが次に兄の顔を見た時、なんと兄の口が動いていた。
「———、—————。」
「え?なに!?聞こえないよ!」
—バチッ! バチッッ!!
「!?」
印を象っている兄の指先でバチバチと小さく迸っているのは電気?いや、そんなかわいいものじゃない。これは、雷だ。きっと、雷神の。ナマエがそんな風に考えているうちに、どんどんとその雷は大きくなってきて、こぶし大くらいになっただろうか。バリバリと音を立てだした。さらに、その雷の周りを竜巻の様なものが渦巻いている。こっちはきっと風神だろう。その竜巻は雷と混じり合い、一つになった。
こんなもの、兄の技でも今までナマエは見たことがなかった。兄は何をしようとしているのか。まさか本当に攻撃されるのか。
「や…だよ…兄……様、やめてよ………」
二本の指の腹をこちらに向けた兄は、そのままゆっくりとその指をナマエに近づける。もちろん指先の雷の渦はそのままに。ナマエの静止などお構いなしにどんどんと近づいてくる。ナマエは恐怖によるのもか、それとも兄にそれを向けられて絶望しているのか、動けない。
兄の指先は、ナマエの胸元を真っすぐ目指した。ナマエはぎゅっと目を瞑ることしかできなかった。そして___。
「っっっ!」
だが、ナマエが覚悟した痛みも、衝撃も、音さえも。何もしなかった。
「なに……?」
固く閉じていた目を開けると、そこに兄はおらず。この場に来た時と同じように、真っ暗闇が広がるだけだった。
「兄様!?……どこに行っちゃったの! 兄様!!!!」