第六十四話 告知
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「—————いっ!———おいっ!しっかりしろ!!ナマエ!!!」
「っ!」
家入に体を揺さぶられて、ナマエはハッとした。いつの間にか母もナマエから体を離して真っ赤な目でこちらを伺っていた。
「大丈夫か?気分はどうだ?」
「だい…じょぶ。……そんなこと…より、みんなは?無事?恵たちは?あのとき…私と兄様は…恵たちとはぐれちゃって…あれから…どうなった…の?」
「…………」
「ねぇ、悟くん。兄様…は?ほかの部屋で、ねてるの…かな…」
「…………」
ナマエの声はだんだんと震えてきて、徐々に息も荒くなってきていた。このままではまた過呼吸を起こすかもしれない。そう思った家入はナマエの背を摩りながら宥めるように話しかけた。
「ナマエ、ちょっと休憩しようか。少しずつでいいんだよ。」
「だめだよ、硝子…ちゃ、だ……って、特…きゅうの、じゅれ……が……にい、さま……ひどい怪我で…血も…………いっぱい…でてたん…だよ」
「ナマエ…うぅッ!」
「とうさま…もかあさま…もいるの…に。にいさま…だけ、いな…いのは、別のへやで…まだ…ちりょう…してるんだよね…?」
「ナマエ。翔は…」
「五条くん。これは…私から伝えよう。」
「ミョウジさん…」
「あなた…」
一度声を荒げてからはずっと黙り込んでいた父が、五条と母に向かって頷いた後、ベッドに近づいてきて、母の肩に一度だけ手を乗せ、さっきまで棘の座っていたパイプ椅子に腰かけてから、ゆっくりとナマエの両手を握った。
「とう…さま…」
「ナマエ。翔はな、もう…いないんだよ。」
「いな…い?」
「あぁ。いないんだ。……翔は。」
「どうし…て?」
あぁ、言いたくないと、父は心底思った。我が子にこんなにつらい現実を伝えなければならない苦しさと、我が子を喪ったという事実を自分で口にすることの苦しさと。いや、苦しさなんて言葉では到底表せない。それでも、だからこそ誰かに任せていいことではない。父親である自分の口で伝えなければならないのだ。しかも、それだけではない。ナマエに巣食った存在についても話さなければならない。なんて残酷なことだろうか。
そして、先ほどからのナマエの様子だと、恐らく薄々分かっているんだろう。声を震わせながら、目に一杯涙をためて、途切れ途切れに話す様は、どうにか一縷の希望に掛けているんだろうことが分かった。その儚い希望を、これから父自ら打ち砕くのだ。あぁ、言いたくない。口にしたくない…。でもこれ以上は先延ばしにはできない。
そして—父は決意した。
「翔は、死んだんだ。」
それを聞いた瞬間、この世のすべての音という音が、ナマエの中から消えてしまったような錯覚を起こした。
「…………っハァッ!………ハッ…!…ゲホっ!ゲホッ!!………ハッ……ハッ…!」
「ナマエ!?」
「ナマエ!どうしたの!?苦しいの!?」
「ミョウジさん!ちょっと失礼します!…ナマエ。無理に吸うな、息を吐け。吐くんだ。ゆっくりでいいぞ。」
「ハァッ…ハァッ……ハァー…ゴホっ!!ゴホ!!」
「そうだ、うまいぞ。…いい子だ。」
ほぼ無理やりその場からナマエの父を退かせた家入はすぐにナマエを前屈みにさせて背中を摩りだした。本人を焦らさないよう、できるだけ落ち着いた口調で話しかけながら。家入の予想通り、やはり過呼吸を起こしてしまった。だが、いつでも動けるよう構えていた家入の機転で、ナマエの過呼吸は比較的短時間で収まりを見せた。
「はぁ……はぁ、すぅーーーーー、はーーーーーーっ、しょこ…ちゃ…」
「よしよし、大丈夫だ。」
「これは…一体…」
「過換気症候群。所謂、過呼吸ってやつですよ。」
「過呼吸…。」
父の疑問に答えたのは五条だった。ナマエの両親以外のこの場に居たメンツはナマエの過呼吸に遭遇したことがあったので冷静でいられたが、父と母は当然ながら初見で。突然目の前で娘が発作を起こしたのだ。動揺するのも当然のことだった。しかし、五条の説明で命に別状はないと知り、更にナマエが落ち着きを見せてきたことでやっと両親とも安心することができたようだった。
「家入さん、ありがとう。さすがに処置が早い。」
「…いえ。」
「それに五条君もだ。博識で御見それしたよ。」
「まぁ、僕も一応教師ですからね。」
ナマエが過呼吸を起こすようになった事の発端を、両親は知らない。翔からもそう聞いていたので、ここは言葉を濁すしかなかった。この両親にだって、これ以上心に負担を掛けるわけにもいかないだろう。翔の意を組むためにも、これからもあのことは知られないようにしようと、五条と家入はひそかに頷き合った。
「ミョウジさん。今日はここまでですね。」
「あー、疲れて寝ちゃったか。」
「…そうか、やはり辛い思いをさせてしまったな。…被呪の件は、また日を改めよう。」
家入の腕の中で、意識を失ったかのように眠りについたナマエ。さすがにこの状態で起こすのも良くない。
「今晩はナマエには私が付いていますから。お二人も…気は休まらないでしょうが、せめて身体だけでも労わってください。」
「家入さん、本当にありがとう。そうさせてもらうよ。」
「玄関までお送りしますよ。」
「五条さん、ここは私が。」
「七海…あぁ、頼んだよ。」
「七海君、すまないね。…それから、棘くん。」
「っ!」
「碌に挨拶もできず済まなかった。ナマエに付いていてくれてありがとう。これからのこともある。またゆっくり話をしよう。」
「……。」
自分も話しかけられるとは思わなかった棘は一瞬びくっとしたが、ナマエの父の気遣いに眉を下げた後、話せない代わりに深く頭を下げた。そして、ナマエの両親が医務室を去ったあと。五条も棘に労いの言葉をかけてきた。
「棘、お疲れ。おまえも任務帰りだったのに悪かったね。」
「おかか。」
「そっか、ありがとう。——それから、今日の事なんだけど。」
五条に言われたのは、ナマエの被呪の件については二年たちにはまだ伏せておくように、と。理由を尋ねたら、まだナマエの処遇が決まっていないからだそうだ。処遇という言い方に異を唱えた棘だったが、必ずどうにかするから任せろと言われてしまった。悔しいが、五条が任せろというならもう大丈夫な気さえしてしまい。棘は静かに頷くほかなかった。
こうして、それぞれにとってとてつもなく長い一日が幕を閉じた。
「っ!」
家入に体を揺さぶられて、ナマエはハッとした。いつの間にか母もナマエから体を離して真っ赤な目でこちらを伺っていた。
「大丈夫か?気分はどうだ?」
「だい…じょぶ。……そんなこと…より、みんなは?無事?恵たちは?あのとき…私と兄様は…恵たちとはぐれちゃって…あれから…どうなった…の?」
「…………」
「ねぇ、悟くん。兄様…は?ほかの部屋で、ねてるの…かな…」
「…………」
ナマエの声はだんだんと震えてきて、徐々に息も荒くなってきていた。このままではまた過呼吸を起こすかもしれない。そう思った家入はナマエの背を摩りながら宥めるように話しかけた。
「ナマエ、ちょっと休憩しようか。少しずつでいいんだよ。」
「だめだよ、硝子…ちゃ、だ……って、特…きゅうの、じゅれ……が……にい、さま……ひどい怪我で…血も…………いっぱい…でてたん…だよ」
「ナマエ…うぅッ!」
「とうさま…もかあさま…もいるの…に。にいさま…だけ、いな…いのは、別のへやで…まだ…ちりょう…してるんだよね…?」
「ナマエ。翔は…」
「五条くん。これは…私から伝えよう。」
「ミョウジさん…」
「あなた…」
一度声を荒げてからはずっと黙り込んでいた父が、五条と母に向かって頷いた後、ベッドに近づいてきて、母の肩に一度だけ手を乗せ、さっきまで棘の座っていたパイプ椅子に腰かけてから、ゆっくりとナマエの両手を握った。
「とう…さま…」
「ナマエ。翔はな、もう…いないんだよ。」
「いな…い?」
「あぁ。いないんだ。……翔は。」
「どうし…て?」
あぁ、言いたくないと、父は心底思った。我が子にこんなにつらい現実を伝えなければならない苦しさと、我が子を喪ったという事実を自分で口にすることの苦しさと。いや、苦しさなんて言葉では到底表せない。それでも、だからこそ誰かに任せていいことではない。父親である自分の口で伝えなければならないのだ。しかも、それだけではない。ナマエに巣食った存在についても話さなければならない。なんて残酷なことだろうか。
そして、先ほどからのナマエの様子だと、恐らく薄々分かっているんだろう。声を震わせながら、目に一杯涙をためて、途切れ途切れに話す様は、どうにか一縷の希望に掛けているんだろうことが分かった。その儚い希望を、これから父自ら打ち砕くのだ。あぁ、言いたくない。口にしたくない…。でもこれ以上は先延ばしにはできない。
そして—父は決意した。
「翔は、死んだんだ。」
それを聞いた瞬間、この世のすべての音という音が、ナマエの中から消えてしまったような錯覚を起こした。
「…………っハァッ!………ハッ…!…ゲホっ!ゲホッ!!………ハッ……ハッ…!」
「ナマエ!?」
「ナマエ!どうしたの!?苦しいの!?」
「ミョウジさん!ちょっと失礼します!…ナマエ。無理に吸うな、息を吐け。吐くんだ。ゆっくりでいいぞ。」
「ハァッ…ハァッ……ハァー…ゴホっ!!ゴホ!!」
「そうだ、うまいぞ。…いい子だ。」
ほぼ無理やりその場からナマエの父を退かせた家入はすぐにナマエを前屈みにさせて背中を摩りだした。本人を焦らさないよう、できるだけ落ち着いた口調で話しかけながら。家入の予想通り、やはり過呼吸を起こしてしまった。だが、いつでも動けるよう構えていた家入の機転で、ナマエの過呼吸は比較的短時間で収まりを見せた。
「はぁ……はぁ、すぅーーーーー、はーーーーーーっ、しょこ…ちゃ…」
「よしよし、大丈夫だ。」
「これは…一体…」
「過換気症候群。所謂、過呼吸ってやつですよ。」
「過呼吸…。」
父の疑問に答えたのは五条だった。ナマエの両親以外のこの場に居たメンツはナマエの過呼吸に遭遇したことがあったので冷静でいられたが、父と母は当然ながら初見で。突然目の前で娘が発作を起こしたのだ。動揺するのも当然のことだった。しかし、五条の説明で命に別状はないと知り、更にナマエが落ち着きを見せてきたことでやっと両親とも安心することができたようだった。
「家入さん、ありがとう。さすがに処置が早い。」
「…いえ。」
「それに五条君もだ。博識で御見それしたよ。」
「まぁ、僕も一応教師ですからね。」
ナマエが過呼吸を起こすようになった事の発端を、両親は知らない。翔からもそう聞いていたので、ここは言葉を濁すしかなかった。この両親にだって、これ以上心に負担を掛けるわけにもいかないだろう。翔の意を組むためにも、これからもあのことは知られないようにしようと、五条と家入はひそかに頷き合った。
「ミョウジさん。今日はここまでですね。」
「あー、疲れて寝ちゃったか。」
「…そうか、やはり辛い思いをさせてしまったな。…被呪の件は、また日を改めよう。」
家入の腕の中で、意識を失ったかのように眠りについたナマエ。さすがにこの状態で起こすのも良くない。
「今晩はナマエには私が付いていますから。お二人も…気は休まらないでしょうが、せめて身体だけでも労わってください。」
「家入さん、本当にありがとう。そうさせてもらうよ。」
「玄関までお送りしますよ。」
「五条さん、ここは私が。」
「七海…あぁ、頼んだよ。」
「七海君、すまないね。…それから、棘くん。」
「っ!」
「碌に挨拶もできず済まなかった。ナマエに付いていてくれてありがとう。これからのこともある。またゆっくり話をしよう。」
「……。」
自分も話しかけられるとは思わなかった棘は一瞬びくっとしたが、ナマエの父の気遣いに眉を下げた後、話せない代わりに深く頭を下げた。そして、ナマエの両親が医務室を去ったあと。五条も棘に労いの言葉をかけてきた。
「棘、お疲れ。おまえも任務帰りだったのに悪かったね。」
「おかか。」
「そっか、ありがとう。——それから、今日の事なんだけど。」
五条に言われたのは、ナマエの被呪の件については二年たちにはまだ伏せておくように、と。理由を尋ねたら、まだナマエの処遇が決まっていないからだそうだ。処遇という言い方に異を唱えた棘だったが、必ずどうにかするから任せろと言われてしまった。悔しいが、五条が任せろというならもう大丈夫な気さえしてしまい。棘は静かに頷くほかなかった。
こうして、それぞれにとってとてつもなく長い一日が幕を閉じた。