第六十三話 念力
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『狗巻君。きみも突然のことで驚いた事だろう。申し訳ないと思っているよ。だから、きみが本当に望まないのであれば今回のことは断ってくれてもいいんだ。だが…私の思い違いでなければきみも…』
__________
大人たち二人が去った後の医務室。棘はベッドの傍にパイプ椅子を持ってきて座っていた。あれから数十分は経っているが、実のところまだナマエに触れられずにいた。自分も五条のように拒絶されてしまうかもしれない。そう思うと勇気が出なかった。
けど、二日前に翔と交わした最期の会話―とは言っても棘は頷くか首を振るかしかしていないが。
『きみは仲間想いで、情にも厚い。そして…自分の感情よりも妹 の幸せを優先できる人間だ。』
『きみになら、ナマエを任せられる。これは私の本心だよ。』
顔を合わせた回数は片手で足りるほどだったが、少なくともこれまで見た中で一番穏やかな表情をしていたと思う。ほとんど会ったことも会話したこともなかったあの人が何を以てなぜそこまで自分を買っていたのか、自分のことをどうやって調べたのかを考えると少々怖いが。あの時の言葉が本当であれば或いは……
大きく深呼吸をして、棘は立ち上がった。パイプ椅子はいきなり負荷がなくなったせいでギィっと音を立てた。ゆっくりとナマエの左手に自分の右手を伸ばす。棘は思わずごくりと唾を飲み、そっと手のひらに触れてみた。
(何も……起こらない…)
「…はぁーーーーーーーーーっ…」
ガタンっ!
安堵により気の抜けた棘はパイプ椅子にドカッと腰を落ち着けた。突然の衝撃に驚いたパイプ椅子はまた大きく軋む。一度俯いて息を吐いて吸って。それからそのまま椅子をズリズリと引き摺ってベッドに近づけた棘は、今度は両手でナマエの左手を包むように握りしめた。
そこそこ大きな音を立てていた棘の一連の行動の間でも、ナマエはピクリとも動かなかった。ただ寝ているにしては反応がなさすぎる。家入の話では体は宿儺の反転術式により傷一つ残っていない、超健康状態らしい。家入の言う通り、精神的なものなのだろうか。それならばどうすればナマエは目を覚ますのか。ぎゅっぎゅっと手のひらに刺激を与えてみたが当然無反応で。肩の辺りをそっと揺すったりしてみたがこれもダメ。
(呪言……試してみるか?)
例えば、『起きろ』と声を掛ければ起きるのだろうか。そもそもこの状態で声が聞こえるのかも不明だが。棘はゆっくりと口元のジッパーをおろして…
「“お………”———っ!!!」
(いやいやいや…いくらなんでもそれはダメだろ。)
もし、自分の呪言が効いたとして。それでは無理やり起こしたことになる。そんなのは棘だって望んでいない。でも早くナマエの声が聞きたい。「棘くん」とやさしいあの声で名前を呼んで欲しい。でもそれはきっと自分が安心したいだけだ。
(翔さん。あなたは俺のことを優しいと言ってくれたけど…)
翔が最期に言ってくれた言葉を思い出して、そして翔の期待に応えたい、とも思った。それから、棘はジッパーをもとの位置に戻した。
それから、棘のしたことは……ただただ願うことだった。口に出すと棘のそれは呪言になってしまうから、ただただ心の中で。
ナマエの左手は上を向いたまま。棘はナマエの手のひらの中央に、ちょんっと人差し指を乗せた。
(起きろ…………起きろ………ナマエ………お願いだから…………目を覚まして……)
手のひらをじっと見つめながら何度も何度も同じことを心の中で呟いた。何度も、何度も、この願いが届きますようにと。棘のそれは、願うというよりはもはや念じているようだった。
何分経ったか、何十分経ったか、棘は時間を気にすることなく願い続けて。
「……ん」
「!!!」
手のひらがわずかだが動いて、ごくごく小さなうめき声が聞こえて——
「と……げく……?」
「ナマエっ……っ!?」
かすれた声で名前を呼ばれてうっかりこちらも名を呼んでしまった棘は慌てて口元を両手で押さえた。…が、考えてみれば名を呼んだだけだ。当然何も起こらなかった。
「はは…………とげく…に、はじめて……なまえ呼ばれたー…」
「た…たかな…」
弱弱しくも言葉を発してこちらを見て笑ってくれたナマエを見て、棘は堪らずナマエの左手を両手でぎゅっと握りしめそのまま自分の額にあてていた。
棘の願い、いや念じていたのが届いたのか、たまたまなのか。それは分からない。それでも。
ナマエが、目を覚ました。
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大人たち二人が去った後の医務室。棘はベッドの傍にパイプ椅子を持ってきて座っていた。あれから数十分は経っているが、実のところまだナマエに触れられずにいた。自分も五条のように拒絶されてしまうかもしれない。そう思うと勇気が出なかった。
けど、二日前に翔と交わした最期の会話―とは言っても棘は頷くか首を振るかしかしていないが。
『きみは仲間想いで、情にも厚い。そして…自分の感情よりも
『きみになら、ナマエを任せられる。これは私の本心だよ。』
顔を合わせた回数は片手で足りるほどだったが、少なくともこれまで見た中で一番穏やかな表情をしていたと思う。ほとんど会ったことも会話したこともなかったあの人が何を以てなぜそこまで自分を買っていたのか、自分のことをどうやって調べたのかを考えると少々怖いが。あの時の言葉が本当であれば或いは……
大きく深呼吸をして、棘は立ち上がった。パイプ椅子はいきなり負荷がなくなったせいでギィっと音を立てた。ゆっくりとナマエの左手に自分の右手を伸ばす。棘は思わずごくりと唾を飲み、そっと手のひらに触れてみた。
(何も……起こらない…)
「…はぁーーーーーーーーーっ…」
ガタンっ!
安堵により気の抜けた棘はパイプ椅子にドカッと腰を落ち着けた。突然の衝撃に驚いたパイプ椅子はまた大きく軋む。一度俯いて息を吐いて吸って。それからそのまま椅子をズリズリと引き摺ってベッドに近づけた棘は、今度は両手でナマエの左手を包むように握りしめた。
そこそこ大きな音を立てていた棘の一連の行動の間でも、ナマエはピクリとも動かなかった。ただ寝ているにしては反応がなさすぎる。家入の話では体は宿儺の反転術式により傷一つ残っていない、超健康状態らしい。家入の言う通り、精神的なものなのだろうか。それならばどうすればナマエは目を覚ますのか。ぎゅっぎゅっと手のひらに刺激を与えてみたが当然無反応で。肩の辺りをそっと揺すったりしてみたがこれもダメ。
(呪言……試してみるか?)
例えば、『起きろ』と声を掛ければ起きるのだろうか。そもそもこの状態で声が聞こえるのかも不明だが。棘はゆっくりと口元のジッパーをおろして…
「“お………”———っ!!!」
(いやいやいや…いくらなんでもそれはダメだろ。)
もし、自分の呪言が効いたとして。それでは無理やり起こしたことになる。そんなのは棘だって望んでいない。でも早くナマエの声が聞きたい。「棘くん」とやさしいあの声で名前を呼んで欲しい。でもそれはきっと自分が安心したいだけだ。
(翔さん。あなたは俺のことを優しいと言ってくれたけど…)
翔が最期に言ってくれた言葉を思い出して、そして翔の期待に応えたい、とも思った。それから、棘はジッパーをもとの位置に戻した。
それから、棘のしたことは……ただただ願うことだった。口に出すと棘のそれは呪言になってしまうから、ただただ心の中で。
ナマエの左手は上を向いたまま。棘はナマエの手のひらの中央に、ちょんっと人差し指を乗せた。
(起きろ…………起きろ………ナマエ………お願いだから…………目を覚まして……)
手のひらをじっと見つめながら何度も何度も同じことを心の中で呟いた。何度も、何度も、この願いが届きますようにと。棘のそれは、願うというよりはもはや念じているようだった。
何分経ったか、何十分経ったか、棘は時間を気にすることなく願い続けて。
「……ん」
「!!!」
手のひらがわずかだが動いて、ごくごく小さなうめき声が聞こえて——
「と……げく……?」
「ナマエっ……っ!?」
かすれた声で名前を呼ばれてうっかりこちらも名を呼んでしまった棘は慌てて口元を両手で押さえた。…が、考えてみれば名を呼んだだけだ。当然何も起こらなかった。
「はは…………とげく…に、はじめて……なまえ呼ばれたー…」
「た…たかな…」
弱弱しくも言葉を発してこちらを見て笑ってくれたナマエを見て、棘は堪らずナマエの左手を両手でぎゅっと握りしめそのまま自分の額にあてていた。
棘の願い、いや念じていたのが届いたのか、たまたまなのか。それは分からない。それでも。
ナマエが、目を覚ました。