第六十一話 面会
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夕方というにはまだ少し早い頃合い。息を切らしながら敷地内の廊下を息を走り抜ける人物がいた。目的地は主に補助監督がデスクワークで利用している事務所。運良く五条がいれば一番いいが、いなくても伊地知あたりに取り次いでもらえるかもしれない。
運動神経、特に足の速さには定評のある彼。いつもならただ走るだけでこんなに息が上がることなんてない。最後に会ったのはたった二日前だ。正直苦手な部類の人だと思っていたがどうやら自分に対して友好的だと思ったのは記憶に新しい。非日常が常の呪術界といえど、こんなこと誰が予想できただろうか。こんなことになって彼女は、彼女の精神 は………動揺のせいか足がもつれてしまいそうだった。
――彼が件について知ったのは、他県での単独任務完了後、帳を抜けた時だった。彼が祓霊を終えて帳から出てくるのを今か今かと待っていた補助監督の新田は、帳から人影が見えた瞬間、たまらず駆け寄り叫んだ。
「狗巻サン!!た、大変っス!!ミョウジサンとナマエサンが――――――」
棘に掴みかかる勢いで一気に話しまくる新田。棘は言っていることの意味が正直すぐに頭に入ってこなかった。未登録の呪胎…一年生派遣、成体、特級、宿儺の器、そして……
(ミョウジさんが…死亡?――呪いに転じて……今なんて言った?)
「――サン!狗巻サン!」
「い、いくらっ!」
「この話は現時点では箝口令が敷かれてるっス。時間の問題だとは思いますが、先んじて狗巻家には上層部を通じて連絡が入ったようで…。狗巻サンの御父上からの伝言っス。『指示があるまでは他言無用』、『ナマエさんとの接触は許可が出るまで禁ずる』…とのことっス。」
「……っ!……ツナ?」
棘はうっかり「は?」と言いそうになるのをかろうじて堪えた。そして、新田に少し待ってほしい意をジェスチャー込みで伝えると、新田から距離を取るためにその場を離れ、ポケットからスマホを取り出した。離れたのは万が一呪言による影響が出てもいけないから。発信先は当然狗巻の父である。
『棘か…話は聞いたようだな。とんでもないことになった。翔さんのことはもちろん、ナマエさんのことが心配なのは私も同じだ。だが、少し堪えてくれ。上層部の判断次第ではミョウジ家との縁談もどうなるかわからないんだ。我々は上層部の決定に準拠する。』
ナマエを心配しているようで、それでいて上層部のお沙汰待ち。そもそも狗巻家が規定側であるとはいえ、それでも家同士の話にどうして上層部が絡んでくるのか。だが、棘には意味は分かってしまった。分かりたくはなかったが。ミョウジ家が万が一断罪されるようなことになれば家同士のつながりを持った狗巻家もどうなるかわからない。家の存続にまで影響しかねないのだ。しかし意味が分かったとしても、それが理解できるかどうかに関しては全く別の話である。しかも父は今はっきりと『縁談』と言った。
『まだそうと決まったわけではない。』
――あの日ナマエにこう言ったが、やはり棘の思った通りだった。一緒に考えようと言ったのももちろん本音だったが。ナマエの心情を思うとあの時はああ言うしかなかった。『顔合わせ』だなんて子供騙しも甚だしい。普段棘は本家にいる時に声を荒げることはもちろん、反抗的な態度を取ることもほとんどなかった。だがいくら何でも自分本位、いや…『御家』本位すぎるのではないか。珍しく語気を荒げる棘に少々面食らった父ではあったが、彼の意志は変わらずだった。
父が棘自身の幸ある未来を願っているのは紛れもない事実で。そしてナマエのことを好意的に思っていたのも事実。心配しているのも事実。だがそれも“ミョウジ家”ありきであって。彼は棘の父である前に、狗巻家の現当主なのだ。
「棘の気持ちも分かっているつもりだ。だが、理解してくれ。」
「………。」
かといって棘が受け入れられるかといえば否。これ以上は時間の無駄。そう判断した棘は一方的に通話を切った。新田の元へと戻り、できるだけ早く高専に帰りたい旨を伝えると――
「っ!了解っス!急ぎましょう!ナマエサンの元へ!」
「しゃけ!」
新田の運転で高専に到着するや否や、後部座席から飛び出した棘は、新田の後押しもありそのまま駆け出した。――そして冒頭に戻る。
息も絶え絶えに事務所の扉に手を掛けた棘は、勢いそのままにその扉を開け放った。
「ひっ!……い、狗巻君…」
「あれ?棘じゃん、どうした?任務終わったにしては早くない?」
「め゛ん゛たいこ…ッ」
ありがたいことに目当ての人物にすぐ会うことができた。ゼェゼェと息を荒げる棘の目の前には棘の派手な登場に驚いた様子の伊地知と、いつも通り飄々とした様子の五条がそこには居た。だが、五条に関してはいつもより何処となく表情が硬い。というか、多分機嫌が悪い。棘の様子から察したのか、五条はため息交じりに「そうか…」と言った。
「棘の耳に既に入ったってことは、上の連中の仕業かな。まったく…腐ったミカンしかいなくて困っちゃうよね。伊地知ーさっき言ったことやっとけよ。今日中に。」
「きょ、今日中…ですか…」
「なんか問題ある?」
「ひぃっ!……いえ、かしこまりました。」
「よろしくねー。さ、棘。行こうか。」
「ツナ?」
伊地知と五条の通常運転を見せられたあと、五条にそう言われた棘は息を整えながらも思わずきょとんとしてしまった。
「行くんでしょ?ナマエのところ。連れてってあげるよ。」
「しゃ、しゃけっ!」
ナマエは既に高専に戻っており、今は家入に診てもらっている頃だろう、とのこと。医務室への道中で棘がどこまで知っているかの確認と、五条が現時点で話せる範囲での情報、他の一年の様子などを教えてもらった。五条の口から聞くことで冗談であってくれと思っていた棘の中でもだんだんと現実味を帯びてきた。
「どうせ棘パパに今はまだナマエに関わるなとか何とか言われたんだろ?狗巻家は呪術規定に従順だからね。だから僕のところへ来た、でしょ?」
事務所に突撃しただけで棘はまだ五条に何も話していなかった。それでも自分の様子を見ただけで全てを理解し、更には狗巻家の考えていることさえまるで丸裸だった。正直、軽く引いた。なぜ分かったのかを聞いてみたが――
「GTGに不可能はなーーい!」
「おかか…」
――ちゃんと、引いた。
運動神経、特に足の速さには定評のある彼。いつもならただ走るだけでこんなに息が上がることなんてない。最後に会ったのはたった二日前だ。正直苦手な部類の人だと思っていたがどうやら自分に対して友好的だと思ったのは記憶に新しい。非日常が常の呪術界といえど、こんなこと誰が予想できただろうか。こんなことになって彼女は、彼女の
――彼が件について知ったのは、他県での単独任務完了後、帳を抜けた時だった。彼が祓霊を終えて帳から出てくるのを今か今かと待っていた補助監督の新田は、帳から人影が見えた瞬間、たまらず駆け寄り叫んだ。
「狗巻サン!!た、大変っス!!ミョウジサンとナマエサンが――――――」
棘に掴みかかる勢いで一気に話しまくる新田。棘は言っていることの意味が正直すぐに頭に入ってこなかった。未登録の呪胎…一年生派遣、成体、特級、宿儺の器、そして……
(ミョウジさんが…死亡?――呪いに転じて……今なんて言った?)
「――サン!狗巻サン!」
「い、いくらっ!」
「この話は現時点では箝口令が敷かれてるっス。時間の問題だとは思いますが、先んじて狗巻家には上層部を通じて連絡が入ったようで…。狗巻サンの御父上からの伝言っス。『指示があるまでは他言無用』、『ナマエさんとの接触は許可が出るまで禁ずる』…とのことっス。」
「……っ!……ツナ?」
棘はうっかり「は?」と言いそうになるのをかろうじて堪えた。そして、新田に少し待ってほしい意をジェスチャー込みで伝えると、新田から距離を取るためにその場を離れ、ポケットからスマホを取り出した。離れたのは万が一呪言による影響が出てもいけないから。発信先は当然狗巻の父である。
『棘か…話は聞いたようだな。とんでもないことになった。翔さんのことはもちろん、ナマエさんのことが心配なのは私も同じだ。だが、少し堪えてくれ。上層部の判断次第ではミョウジ家との縁談もどうなるかわからないんだ。我々は上層部の決定に準拠する。』
ナマエを心配しているようで、それでいて上層部のお沙汰待ち。そもそも狗巻家が規定側であるとはいえ、それでも家同士の話にどうして上層部が絡んでくるのか。だが、棘には意味は分かってしまった。分かりたくはなかったが。ミョウジ家が万が一断罪されるようなことになれば家同士のつながりを持った狗巻家もどうなるかわからない。家の存続にまで影響しかねないのだ。しかし意味が分かったとしても、それが理解できるかどうかに関しては全く別の話である。しかも父は今はっきりと『縁談』と言った。
『まだそうと決まったわけではない。』
――あの日ナマエにこう言ったが、やはり棘の思った通りだった。一緒に考えようと言ったのももちろん本音だったが。ナマエの心情を思うとあの時はああ言うしかなかった。『顔合わせ』だなんて子供騙しも甚だしい。普段棘は本家にいる時に声を荒げることはもちろん、反抗的な態度を取ることもほとんどなかった。だがいくら何でも自分本位、いや…『御家』本位すぎるのではないか。珍しく語気を荒げる棘に少々面食らった父ではあったが、彼の意志は変わらずだった。
父が棘自身の幸ある未来を願っているのは紛れもない事実で。そしてナマエのことを好意的に思っていたのも事実。心配しているのも事実。だがそれも“ミョウジ家”ありきであって。彼は棘の父である前に、狗巻家の現当主なのだ。
「棘の気持ちも分かっているつもりだ。だが、理解してくれ。」
「………。」
かといって棘が受け入れられるかといえば否。これ以上は時間の無駄。そう判断した棘は一方的に通話を切った。新田の元へと戻り、できるだけ早く高専に帰りたい旨を伝えると――
「っ!了解っス!急ぎましょう!ナマエサンの元へ!」
「しゃけ!」
新田の運転で高専に到着するや否や、後部座席から飛び出した棘は、新田の後押しもありそのまま駆け出した。――そして冒頭に戻る。
息も絶え絶えに事務所の扉に手を掛けた棘は、勢いそのままにその扉を開け放った。
「ひっ!……い、狗巻君…」
「あれ?棘じゃん、どうした?任務終わったにしては早くない?」
「め゛ん゛たいこ…ッ」
ありがたいことに目当ての人物にすぐ会うことができた。ゼェゼェと息を荒げる棘の目の前には棘の派手な登場に驚いた様子の伊地知と、いつも通り飄々とした様子の五条がそこには居た。だが、五条に関してはいつもより何処となく表情が硬い。というか、多分機嫌が悪い。棘の様子から察したのか、五条はため息交じりに「そうか…」と言った。
「棘の耳に既に入ったってことは、上の連中の仕業かな。まったく…腐ったミカンしかいなくて困っちゃうよね。伊地知ーさっき言ったことやっとけよ。今日中に。」
「きょ、今日中…ですか…」
「なんか問題ある?」
「ひぃっ!……いえ、かしこまりました。」
「よろしくねー。さ、棘。行こうか。」
「ツナ?」
伊地知と五条の通常運転を見せられたあと、五条にそう言われた棘は息を整えながらも思わずきょとんとしてしまった。
「行くんでしょ?ナマエのところ。連れてってあげるよ。」
「しゃ、しゃけっ!」
ナマエは既に高専に戻っており、今は家入に診てもらっている頃だろう、とのこと。医務室への道中で棘がどこまで知っているかの確認と、五条が現時点で話せる範囲での情報、他の一年の様子などを教えてもらった。五条の口から聞くことで冗談であってくれと思っていた棘の中でもだんだんと現実味を帯びてきた。
「どうせ棘パパに今はまだナマエに関わるなとか何とか言われたんだろ?狗巻家は呪術規定に従順だからね。だから僕のところへ来た、でしょ?」
事務所に突撃しただけで棘はまだ五条に何も話していなかった。それでも自分の様子を見ただけで全てを理解し、更には狗巻家の考えていることさえまるで丸裸だった。正直、軽く引いた。なぜ分かったのかを聞いてみたが――
「GTGに不可能はなーーい!」
「おかか…」
――ちゃんと、引いた。