第六十話 抵抗
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しばらく雨に打たれながら心ここに在らずで立ち尽くしていた恵だったが、敷地内に車が入ってくるタイヤの音が耳に入ったことでようやく意識を取り戻した。ゆっくりと音のする方へと顔だけ動かすと助手席から慌てて飛び出してきた顔面蒼白の伊地知と目が合った。伊地知は雨に打たれ続けていた恵に傘を差し伸べながら心配そうに話しかける。
「伏黒君!ご無事でしたか!………!!………虎杖……君?」
「伊地知さん。釘崎は……」
「……今は家入さんの治療を受けて眠っていますよ。」
「そうですか。」
「あの…虎杖く「伊地知さん。」……はい。」
「虎杖を、お願いします。」
「……はい。」
伊地知はうつ伏せで横たわっている虎杖を見て驚愕の表情で恵に尋ねたが虎杖を託した恵は傘を受け取ることなくそのままくるりと方向転換してナマエが横たわっている屋根のある方へと歩いて行った。背後で「え?ミョウジさん!?」と慌てている伊地知の声が聞こえたが恵はそのまままっすぐ進んだ。
ナマエの傍に膝をつきナマエの頬に掛かっていた髪をよけるためにそっと手を伸ばした――が。
――バチッ!!
「っ!?」
ナマエに触れることは叶わなかった。文字通り弾きかえされたから。それは、先ほど宿儺に対して抵抗していた時と同じだった。電撃による反発。宿儺ならまだしもなぜ自分にまで。たまたまかもしれない。そう思いもう一度手を伸ばした恵だったが――
「ぐっ!」
結果は変わらず。恵が手を放してからもナマエは全身からバチバチと電気のようなものを迸らせている。宿儺の言葉通りならこの呪力はナマエの兄、ミョウジ翔によるもの。翔がナマエに呪いとなって憑り付いたということ。つまりナマエの身を守るために触れようとするものに自動 で発動していると考えるのが妥当である。そう結論付けても、恵はまるでナマエ自身に拒絶されているかのように思えてしまい思わず歯を食いしばった。
「伏黒君。」
背後から声がした。考え込んでいたせいか、本人がわざと気配を消して近づいてきたのか。いや、この人が今それをする意味がない。よって前者だろう。声の主は振り返らずとも分かった。
『戻ってくるときは1級以上の術師と一緒に』
伊地知が自分の依頼に応えてくれたんだろうと恵は思った。この緊急事態にずいぶん無茶を言ってしまったと思っていたが、さすが伊地知というべきか。いや、この人であればナマエの緊急事態だ。伊地知から頼まれなくとも時間外労働であろうとも飛んできたことだろう。
「――七海さん。」
「現状報告を。」
どこまでも冷静な七海のおかげで恵も落ち着いて現状をほぼほぼ正確に伝えることができた。七海はその間一言も発さなかったが、恵が一通り話し終えたところで大きく息を吐いて、それから恵の隣に同じように膝をつきナマエの方をじっと見たまま恵に告げた。
「状況は分かりました。よく耐え抜きましたね。」
「っ。」
そのままポンと肩に七海の手が置かれた。ナマエ曰く“めったに褒めることはない”七海。“褒めた”わけではなく正確には労ったのだが。それでもレアな七海の様子に、恵は余計に苦しくなった。だって自分は何もできなかったのだから。逃げ遅れた受刑者は誰一人として助からず、虎杖は死に、ナマエは最愛の兄を失い――そして呪われた。唯一恵ができたことと言えば、釘崎の救出及び離脱の手伝い。それだけだ。
七海の労いに恵が何も答えられずにいると、七海は徐に己のジャケットを脱ぎそのまま電力を帯びたままのナマエに近づいた。
「七海さん!何を…」
「見ての通りです。傷は治っているとはいえ、こんなに雨に濡れていては体を冷やしてしまいますから。」
「いや、そうじゃなくて…今のナマエは…」
「君の話ではこの呪力による抵抗は彼女の兄、ミョウジによるものでしょう。であれば問題ない。ミョウジは私を拒絶しない。」
「いや、でも…」
危険です、そう言おうとした恵の言葉は最後まで続かなかった。恵の見解ではこの抵抗は無差別に誰に対しても起こるものだったからだ。だが、その見解は外れていたようだ。それまでバチバチと音を立てていたナマエを覆う呪力はなりを潜め、大人しくなった。何の抵抗もなくナマエはジャケットにくるまれているし、更にはナマエの頬に掛かった髪を七海は難なくその耳にそっと掛けた。どれも恵にはできなかったことだ。
「な……んで……」
「伏黒君には酷かもしれませんが――」
「呪力を発動させる相手を選んでるって事ですか。……ミョウジさんが。」
「恐らくは。」
「なんで、分かったんですか。」
「気分を害したら申し訳ない。確信はありませんでしたが、ミョウジの性格を考えれば自ずと…それだけのことです。ミョウジと私は同期でした。腐れ縁とはいえ、付き合いは長かったですから。」
「…………。」
「ナマエさんが他でもないミョウジに呪われたと聞いた時、私はこれがほかの人物であればそんな馬鹿なことはありえない、と一蹴していたでしょう。ですが、それがあのミョウジであれば或いは…と。」
――バチッ!
その瞬間、それまで無反応だった翔の呪力が小さく弾け、七海の指に小さく電流が走った。先ほどの恵に対しての呪力に比べると微々たる量ではあったが。それはまるで今の自分たちの会話を聞いているぞ、と言っているように見えた。
「な……」
「フゥー……どうやら彼を怒らせてしまったようです。話はこれくらいにしておきましょう。」
「……はい。ナマエを、お願いしてもいいですか。」
「えぇ。」
そういえば、虎杖の方はどうなったか。七海にナマエのことを任せて伊地知の方へ近づくと、虎杖を仰向けにして遺体袋に入れ、首元までファスナーを挙げられているところだった。虎杖の傍らで静かに手を合わせている伊地知の、その表情は苦悶に満ちていた。背後の恵に気づいたのか、伊地知は静かに言葉を漏らした。
「……私達の仕事は人助けです。その中には、まだ学生である君達も含まれます。」
「……。」
「……っ。間に合わず…申し訳ありませんでした。」
「伊地知さん…。」
きっと伊地知は…もう少し早く七海を連れて戻ってくることができていればどうにかできていたかもしれない、と自分を責めているんだろうと恵は思った。でもそれは違う。七海が来ても意味がない、とまでは思わない。だが、たとえ誰が来ても。それこそ間に合って五条が来ていたとしても。この結末は変わらなかったような気がする、と漠然と思っていた。伊地知も15かそこらのクソガキに慰められたところで嬉しくもなんともないだろう。だが、恵はこれだけは伊地知に伝えたいと思った。
「伊地知さん。ありがとうございました。」
「え…?」
「戻ってきてくれたのが伊地知さんだったから。虎杖はこんな風に丁寧に扱ってもらえる。ほかの人から見たらこいつは呪いの王という爆弾をかかえたただの器。どんな扱いをされていたかわからない。それに、伊地知さんが七海さんを連れてきてくれたから。ナマエを無傷で連れて帰ることができます。」
「え゛?ミョウジさん!?いったい何が…」
「――だから。ありがとうございました。」
「伏黒君…」
「……。」
何か言いたげな伊地知を他所に、恵は遺体袋に近づきその場にしゃがみ込んだ。一瞬、眉間に皺を寄せたもののまた無表情に戻り、いつもの何を考えているか他人には分かり辛い表情へと戻った。そして、無表情のまま虎杖の顔に手を近づけて…袖口で虎杖の口元の血を拭った。
「クソ……呑気な顔してんじゃねぇよ…。」
恵がそう言うのも尤もな話だった。虎杖の表情はとても穏やかで胸元の穴さえなければただ眠っているだけのように見えるのだから。何なら少し口角が上がっているような気さえする。でも、そんな恵の悪態は虎杖には聞こえない。
――二度と、聞こえない。
「伏黒君!ご無事でしたか!………!!………虎杖……君?」
「伊地知さん。釘崎は……」
「……今は家入さんの治療を受けて眠っていますよ。」
「そうですか。」
「あの…虎杖く「伊地知さん。」……はい。」
「虎杖を、お願いします。」
「……はい。」
伊地知はうつ伏せで横たわっている虎杖を見て驚愕の表情で恵に尋ねたが虎杖を託した恵は傘を受け取ることなくそのままくるりと方向転換してナマエが横たわっている屋根のある方へと歩いて行った。背後で「え?ミョウジさん!?」と慌てている伊地知の声が聞こえたが恵はそのまままっすぐ進んだ。
ナマエの傍に膝をつきナマエの頬に掛かっていた髪をよけるためにそっと手を伸ばした――が。
――バチッ!!
「っ!?」
ナマエに触れることは叶わなかった。文字通り弾きかえされたから。それは、先ほど宿儺に対して抵抗していた時と同じだった。電撃による反発。宿儺ならまだしもなぜ自分にまで。たまたまかもしれない。そう思いもう一度手を伸ばした恵だったが――
「ぐっ!」
結果は変わらず。恵が手を放してからもナマエは全身からバチバチと電気のようなものを迸らせている。宿儺の言葉通りならこの呪力はナマエの兄、ミョウジ翔によるもの。翔がナマエに呪いとなって憑り付いたということ。つまりナマエの身を守るために触れようとするものに
「伏黒君。」
背後から声がした。考え込んでいたせいか、本人がわざと気配を消して近づいてきたのか。いや、この人が今それをする意味がない。よって前者だろう。声の主は振り返らずとも分かった。
『戻ってくるときは1級以上の術師と一緒に』
伊地知が自分の依頼に応えてくれたんだろうと恵は思った。この緊急事態にずいぶん無茶を言ってしまったと思っていたが、さすが伊地知というべきか。いや、この人であればナマエの緊急事態だ。伊地知から頼まれなくとも時間外労働であろうとも飛んできたことだろう。
「――七海さん。」
「現状報告を。」
どこまでも冷静な七海のおかげで恵も落ち着いて現状をほぼほぼ正確に伝えることができた。七海はその間一言も発さなかったが、恵が一通り話し終えたところで大きく息を吐いて、それから恵の隣に同じように膝をつきナマエの方をじっと見たまま恵に告げた。
「状況は分かりました。よく耐え抜きましたね。」
「っ。」
そのままポンと肩に七海の手が置かれた。ナマエ曰く“めったに褒めることはない”七海。“褒めた”わけではなく正確には労ったのだが。それでもレアな七海の様子に、恵は余計に苦しくなった。だって自分は何もできなかったのだから。逃げ遅れた受刑者は誰一人として助からず、虎杖は死に、ナマエは最愛の兄を失い――そして呪われた。唯一恵ができたことと言えば、釘崎の救出及び離脱の手伝い。それだけだ。
七海の労いに恵が何も答えられずにいると、七海は徐に己のジャケットを脱ぎそのまま電力を帯びたままのナマエに近づいた。
「七海さん!何を…」
「見ての通りです。傷は治っているとはいえ、こんなに雨に濡れていては体を冷やしてしまいますから。」
「いや、そうじゃなくて…今のナマエは…」
「君の話ではこの呪力による抵抗は彼女の兄、ミョウジによるものでしょう。であれば問題ない。ミョウジは私を拒絶しない。」
「いや、でも…」
危険です、そう言おうとした恵の言葉は最後まで続かなかった。恵の見解ではこの抵抗は無差別に誰に対しても起こるものだったからだ。だが、その見解は外れていたようだ。それまでバチバチと音を立てていたナマエを覆う呪力はなりを潜め、大人しくなった。何の抵抗もなくナマエはジャケットにくるまれているし、更にはナマエの頬に掛かった髪を七海は難なくその耳にそっと掛けた。どれも恵にはできなかったことだ。
「な……んで……」
「伏黒君には酷かもしれませんが――」
「呪力を発動させる相手を選んでるって事ですか。……ミョウジさんが。」
「恐らくは。」
「なんで、分かったんですか。」
「気分を害したら申し訳ない。確信はありませんでしたが、ミョウジの性格を考えれば自ずと…それだけのことです。ミョウジと私は同期でした。腐れ縁とはいえ、付き合いは長かったですから。」
「…………。」
「ナマエさんが他でもないミョウジに呪われたと聞いた時、私はこれがほかの人物であればそんな馬鹿なことはありえない、と一蹴していたでしょう。ですが、それがあのミョウジであれば或いは…と。」
――バチッ!
その瞬間、それまで無反応だった翔の呪力が小さく弾け、七海の指に小さく電流が走った。先ほどの恵に対しての呪力に比べると微々たる量ではあったが。それはまるで今の自分たちの会話を聞いているぞ、と言っているように見えた。
「な……」
「フゥー……どうやら彼を怒らせてしまったようです。話はこれくらいにしておきましょう。」
「……はい。ナマエを、お願いしてもいいですか。」
「えぇ。」
そういえば、虎杖の方はどうなったか。七海にナマエのことを任せて伊地知の方へ近づくと、虎杖を仰向けにして遺体袋に入れ、首元までファスナーを挙げられているところだった。虎杖の傍らで静かに手を合わせている伊地知の、その表情は苦悶に満ちていた。背後の恵に気づいたのか、伊地知は静かに言葉を漏らした。
「……私達の仕事は人助けです。その中には、まだ学生である君達も含まれます。」
「……。」
「……っ。間に合わず…申し訳ありませんでした。」
「伊地知さん…。」
きっと伊地知は…もう少し早く七海を連れて戻ってくることができていればどうにかできていたかもしれない、と自分を責めているんだろうと恵は思った。でもそれは違う。七海が来ても意味がない、とまでは思わない。だが、たとえ誰が来ても。それこそ間に合って五条が来ていたとしても。この結末は変わらなかったような気がする、と漠然と思っていた。伊地知も15かそこらのクソガキに慰められたところで嬉しくもなんともないだろう。だが、恵はこれだけは伊地知に伝えたいと思った。
「伊地知さん。ありがとうございました。」
「え…?」
「戻ってきてくれたのが伊地知さんだったから。虎杖はこんな風に丁寧に扱ってもらえる。ほかの人から見たらこいつは呪いの王という爆弾をかかえたただの器。どんな扱いをされていたかわからない。それに、伊地知さんが七海さんを連れてきてくれたから。ナマエを無傷で連れて帰ることができます。」
「え゛?ミョウジさん!?いったい何が…」
「――だから。ありがとうございました。」
「伏黒君…」
「……。」
何か言いたげな伊地知を他所に、恵は遺体袋に近づきその場にしゃがみ込んだ。一瞬、眉間に皺を寄せたもののまた無表情に戻り、いつもの何を考えているか他人には分かり辛い表情へと戻った。そして、無表情のまま虎杖の顔に手を近づけて…袖口で虎杖の口元の血を拭った。
「クソ……呑気な顔してんじゃねぇよ…。」
恵がそう言うのも尤もな話だった。虎杖の表情はとても穏やかで胸元の穴さえなければただ眠っているだけのように見えるのだから。何なら少し口角が上がっているような気さえする。でも、そんな恵の悪態は虎杖には聞こえない。
――二度と、聞こえない。