第五十九話 涙雨
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頭では分かっていたことだった。呪術うんぬんじゃない。膂力 も。敏捷性 も。とにかく格が違うと体で分からせられるのにそう時間は掛からなかった。
――相対した特級に切断されたはずの虎杖の腕、それがきれいに治っていた事から宿儺は自分自身にも治癒、反転術式が使えるのだと恵はあたりをつけた。それに宿儺が心臓なしで生きられるとはいえダメージなしとは思えなかった。今のまま虎杖が戻ってきても心臓なしではすぐにこと切れてしまう。だから、虎杖が戻る前に何としても宿儺に心臓を治させないといけない。それには心臓を欠いた体では恵に勝てないと思わせることが必須条件。
特級にも臆して体が動かなかった自分にそんなことができるのか。いや、できるかじゃない。やらないといけないのだ。そう決して宿儺に挑んだものの、その格の違いに、実力差以前の話だと見せつけられるだけのことだった。
生得領域を抜けるために式神を一通り使い、玉犬(白)は破壊され、大蛇も先ほどの宿儺との戦闘で壊されてしまった。鵺もそろそろ限界だろう。壊される前に解いた方がいいと判断し、戻した。そして――
(もう呪力が――――)
そう思ったところへ宿儺が目の前にやってきてしまった。ああ、ここまでか。そう思った恵だったが、宿儺から発された言葉は意外なものだった。恵の式神は影を媒体にしているものかと。バレた所で何の問題もなかったため肯定したが、宿儺は少し考えるような素振りを見せた。
「オマエあの時、なぜ逃げた。」
「?」
「宝の持ち腐れだな。まぁいい。どの道その程度では心臓 は治さんぞ。」
宿儺に投げかけられた疑問の意味は見当もつかなかった恵ではあったが、心臓を治させるという狙いは初めからバレていたようだと悟りよろけながらも立ち上がる。
「つまらんことに命を懸けたな。この小僧にそれほどの価値はないというのに。」
『じゃあなんで!俺は助けたんだよ!!』
『誰かを呪う暇があったら 大切な人のことを考えていたいの』
宿儺の言葉により思い起こされたのは。虎杖のあの言葉と――義理の姉、津美紀のことだった。
津美紀は疑う余地のない善人だった。自分やナマエ、五条でさえも持つ負の部分を一度も見たことがなかった。母親が突然新しい父親と恵 を連れてきても、その両親が突然いなくなった時も。どんな時でも津美紀は恨み言一つとして言わない“善人”だった。幸せになってほしいというよりは、誰よりも幸せになるべき人だと思っていた。それでも、津美紀は呪われてしまった。
それなのに自分の性別も知らず“恵”なんて名前を付けた父親は今も何処かでのうのうと生きているのだ。
因果応報は全自動ではない。悪人は法の下で初めて裁かれる。恵は、呪術師とはそんな“報い”の歯車の一つだと思っている。だから――――
少しでも多くの善人が平等を享受できるように――
(俺は 不平等に 人を助ける)
なけなしの呪力を絞り出した恵は、覚悟を決めた。真っすぐに宿儺を見据えて。
恵の“十種影法術”は、最初にまず2匹の玉犬だけが術師に与えられる。それ以外の式神を扱うにはまず術師を玉犬で調伏を済ませなければならない。手持ちの式神を増やしながらそれらを駆使し、調伏を進めることで十種の式神を手にすることができる。調伏していない式神は当然だが使うことができない。しかし、実のところ調伏は複数人でもできるのだ。複数人での調伏はその後無効になってしまうため当の術師にとっては何の意味もない儀式になってしまうのだが、今回に限っては恵にとって重要な意味がある。
(ナマエと……話せず終まいになっちまうな……)
今からしようとしていることは、つまりは道連れ。今の恵には到底調伏できない“魔虚羅 ”を無理やり呼び起こし調伏の儀に宿儺を巻き込むつもりなのだ。自分の命で片を付けるつもりで。そしてそれは二度とナマエと話すことはおろか、二度と会うこともできなくなることを意味している。未練がないわけではない。だが、今のナマエは一人ではない。兄の件は気がかりだが、五条がいれば大抵のことはどうにかなるだろう。これまでいろいろと辛い思いをしてきたナマエだが今は頼れる仲間も大勢いる。心を許せる友達 という存在もできた。そして…………狗巻もいる。日頃の行いから尊敬できるかは別としても信頼はしている。
未練はあるが、後悔は――ない。
ビリビリと肌を刺すような呪力を感じ取った宿儺は、歓喜により口角が上がる。恵は知る由もないがナマエに『おもしろさ』を感じ取った時のように。
「いい!!いいぞ!命を燃やすのはこれからだったわけだ!魅せてみろ!!伏黒恵!」
――――布瑠部由良由良 ―――八握 ――……
だが。恵のそれは、最後まで紡がれることはなかった。なぜなら――
「……俺は」
虎杖が、戻ってきたから。
“じゃあなんで!俺は助けたんだよ!!”
あの時の答えを、虎杖にきちんと伝えないといけない、今伝えないと。そう、思った。
「オマエを助けた理由に、論理的な思考を持ち合わせていない。危険だとしてもオマエの様な善人が死ぬのを見たくなかった。それなりに迷いはしたが結局は我儘な感情論――」
……だからこそ死を覚悟で魔虚羅を呼び出そうとしたというのに。まったく虎杖 は……
そうして、恵は構えていた両腕をゆっくりと降ろした。
「だから、オマエを助けたことを。一度だって後悔したことはない。」
紛れもない恵の本心だ。それを聞いた虎杖は眉を下げて笑った。顔や全身に浮き出ていた宿儺の紋様もすうっと消えていく。
「……そっか。伏黒は頭がいいからな。俺より色々考えてんだろ。オマエの真実は正しいと思う。でも、俺が間違ってるとも思わん。」
それは、亡くなった被害者を母親の元へ連れ帰ろうとしたときのことだろう。あの時はお互い熱くなりもしたが、今ならちゃんと話せた。虎杖は首裏に手をやりながら少し照れくさそうにはにかんだ。
だが――もう、時間切れのようだ。
「あー悪い。そろそろだわ。伏黒も釘崎も、五条先生……は心配いらねぇか。」
ぼたぼたと流れ出る血の量は、地面を無情にも赤く染めていく。虎杖は、スローモーションのようにゆっくりと、前に倒れていった。
「長生きしろよ。」
恵は、何も言わなかった。ただ、こぶしを握り締めて、天を仰いだ。静かに雨は降り注ぎ、泣けない恵の代わりに涙を流しているのだろうか。
音のない雨は、まだまだ止みそうもない。
――相対した特級に切断されたはずの虎杖の腕、それがきれいに治っていた事から宿儺は自分自身にも治癒、反転術式が使えるのだと恵はあたりをつけた。それに宿儺が心臓なしで生きられるとはいえダメージなしとは思えなかった。今のまま虎杖が戻ってきても心臓なしではすぐにこと切れてしまう。だから、虎杖が戻る前に何としても宿儺に心臓を治させないといけない。それには心臓を欠いた体では恵に勝てないと思わせることが必須条件。
特級にも臆して体が動かなかった自分にそんなことができるのか。いや、できるかじゃない。やらないといけないのだ。そう決して宿儺に挑んだものの、その格の違いに、実力差以前の話だと見せつけられるだけのことだった。
生得領域を抜けるために式神を一通り使い、玉犬(白)は破壊され、大蛇も先ほどの宿儺との戦闘で壊されてしまった。鵺もそろそろ限界だろう。壊される前に解いた方がいいと判断し、戻した。そして――
(もう呪力が――――)
そう思ったところへ宿儺が目の前にやってきてしまった。ああ、ここまでか。そう思った恵だったが、宿儺から発された言葉は意外なものだった。恵の式神は影を媒体にしているものかと。バレた所で何の問題もなかったため肯定したが、宿儺は少し考えるような素振りを見せた。
「オマエあの時、なぜ逃げた。」
「?」
「宝の持ち腐れだな。まぁいい。どの道その程度では
宿儺に投げかけられた疑問の意味は見当もつかなかった恵ではあったが、心臓を治させるという狙いは初めからバレていたようだと悟りよろけながらも立ち上がる。
「つまらんことに命を懸けたな。この小僧にそれほどの価値はないというのに。」
『じゃあなんで!俺は助けたんだよ!!』
『誰かを呪う暇があったら 大切な人のことを考えていたいの』
宿儺の言葉により思い起こされたのは。虎杖のあの言葉と――義理の姉、津美紀のことだった。
津美紀は疑う余地のない善人だった。自分やナマエ、五条でさえも持つ負の部分を一度も見たことがなかった。母親が突然新しい父親と
それなのに自分の性別も知らず“恵”なんて名前を付けた父親は今も何処かでのうのうと生きているのだ。
因果応報は全自動ではない。悪人は法の下で初めて裁かれる。恵は、呪術師とはそんな“報い”の歯車の一つだと思っている。だから――――
少しでも多くの善人が平等を享受できるように――
(俺は 不平等に 人を助ける)
なけなしの呪力を絞り出した恵は、覚悟を決めた。真っすぐに宿儺を見据えて。
恵の“十種影法術”は、最初にまず2匹の玉犬だけが術師に与えられる。それ以外の式神を扱うにはまず術師を玉犬で調伏を済ませなければならない。手持ちの式神を増やしながらそれらを駆使し、調伏を進めることで十種の式神を手にすることができる。調伏していない式神は当然だが使うことができない。しかし、実のところ調伏は複数人でもできるのだ。複数人での調伏はその後無効になってしまうため当の術師にとっては何の意味もない儀式になってしまうのだが、今回に限っては恵にとって重要な意味がある。
(ナマエと……話せず終まいになっちまうな……)
今からしようとしていることは、つまりは道連れ。今の恵には到底調伏できない“
未練はあるが、後悔は――ない。
ビリビリと肌を刺すような呪力を感じ取った宿儺は、歓喜により口角が上がる。恵は知る由もないがナマエに『おもしろさ』を感じ取った時のように。
「いい!!いいぞ!命を燃やすのはこれからだったわけだ!魅せてみろ!!伏黒恵!」
――――
だが。恵のそれは、最後まで紡がれることはなかった。なぜなら――
「……俺は」
虎杖が、戻ってきたから。
“じゃあなんで!俺は助けたんだよ!!”
あの時の答えを、虎杖にきちんと伝えないといけない、今伝えないと。そう、思った。
「オマエを助けた理由に、論理的な思考を持ち合わせていない。危険だとしてもオマエの様な善人が死ぬのを見たくなかった。それなりに迷いはしたが結局は我儘な感情論――」
……だからこそ死を覚悟で魔虚羅を呼び出そうとしたというのに。まったく
そうして、恵は構えていた両腕をゆっくりと降ろした。
「だから、オマエを助けたことを。一度だって後悔したことはない。」
紛れもない恵の本心だ。それを聞いた虎杖は眉を下げて笑った。顔や全身に浮き出ていた宿儺の紋様もすうっと消えていく。
「……そっか。伏黒は頭がいいからな。俺より色々考えてんだろ。オマエの真実は正しいと思う。でも、俺が間違ってるとも思わん。」
それは、亡くなった被害者を母親の元へ連れ帰ろうとしたときのことだろう。あの時はお互い熱くなりもしたが、今ならちゃんと話せた。虎杖は首裏に手をやりながら少し照れくさそうにはにかんだ。
だが――もう、時間切れのようだ。
「あー悪い。そろそろだわ。伏黒も釘崎も、五条先生……は心配いらねぇか。」
ぼたぼたと流れ出る血の量は、地面を無情にも赤く染めていく。虎杖は、スローモーションのようにゆっくりと、前に倒れていった。
「長生きしろよ。」
恵は、何も言わなかった。ただ、こぶしを握り締めて、天を仰いだ。静かに雨は降り注ぎ、泣けない恵の代わりに涙を流しているのだろうか。
音のない雨は、まだまだ止みそうもない。