第五十六話 兄妹
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
————ゼー……ッッ ヒュー…… ゼー……ッッ
「随分と苦しそうだ。」
「ゲホッ……うる゛っ……さい゛っ……!」
「体だけは頑丈なのかな。殺すつもりで撃ったのに。」
「ゴホッ……ゲホッ……ハァ……ハァッ……」
(肺を…やられた…!息が……続かないっ!!)
兄に向けられた呪霊による大技は、間一髪の所でナマエが立ちはだかり防いだ…かに見えたが。呪力を纏った鉄扇で遮ったはずのその強大な呪力はお構いなしにナマエを襲った。内臓に達したその攻撃はナマエの肺を痛め、呼吸すら困難な状況に陥ってしまった。
(兄様は……)
呪霊に気を配りつつ背後の様子を伺うと…肩を押さえながらうずくまる兄の姿。ナマエでは受けきることができなかった呪力の塊の余波が兄にまで及んでしまった。風神雷神はいつのまにか消えている。術式を維持できないほどにダメージを受けたからだ。
「ガフッ…!!」
「兄さ…ゲホッ…ゴホ…っ!」
(兄様!ごめんなさい…私がもっと強ければ兄様に当たることは無かった!……でも、生きてる。兄様はまだ生きてる。)
なんとしても兄を生かさなければ。どうにか時間を稼ぎたい。兄が逃げることができる時間を。どうすれば…どうすればいいのか。
(兄様はミョウジ家に必要な人…。それだけじゃない。兄様の強さはこれからもたくさんの人を助ける。呪術界にだって必要な人。絶対に失くしちゃいけない人。兄様はたくさんの物を背負ってる。覚悟も実力も中途半端な私とは違う!!私は…なんにも、背負ってない!だから…私は…私のできる事を!!!)
「体はもうボロボロだろうに。まだそんな目ができるんだ。」
「兄様を…ゲホッ、こんなに゛!傷つけ…たこと…絶対…ゆるざない゛……!!!」
「許さないと、どうなるの。」
(呪力を……込めろ!絞り出せ!!!限界なんて考えるな!)
————ゴゴゴゴゴゴ……
ナマエは今までにここまで呪力を引き出そうとしたことはなかった。初任務で呪力切れを起こした時だって、最後の最後まで絞り出してはいなかった。本人さえ気付かない内にナマエ自身の防衛本能が働いていたから。でも今、この時。ナマエは覚悟していた。兄さえ助かるなら『もうどうなっても構わない』と。リミッターを無理矢理外したナマエからは、まるで蒸気のように呪力が吹き出し、どんどんと膨らんでいく。
「すごいな。どこにそんな力隠してたんだろう。」
(……まだ!こんなのじゃ全然足りない!例え祓えなくても!せめて動けなくすることができれば…兄様は逃げられる!もっと!もっと!!もっ————)
「グ…!?……ガハッ!ゲホッ!!」
ナマエが呪力を込めれば込めるほどに大きくなる呪力。想定外の大きさに流石の特急呪霊もこれはマズイと感じだした焦燥感が募り出した頃…ナマエが苦しげにゴボッと口から血を吐き出したと思えば、溜めに溜め込んだ呪力は突然糸が切れたようにプツンと途切れてしまった。
全てを出し切る前に、身体の方が先に限界を迎えてしまった。怪我のせいで呪力を留めるコントロールも上手くいかなかった。ただでさえ内臓を痛め呼吸がうまくいかないのに気力だけで呪力を練ろうとした。その呪力の強大さに体が耐えられなかっただけでなく、呼吸がままならないせいで脳にまで酸素が回らず…ナマエはその場にびしゃっと大量の血を吐いて倒れ込んだ。
「今のは惜しかった。無理をしすぎたのか。あの呪力量でやられてたらちょっと危なかった。」
「ゼェ…ゼェ…ガフッ…ゼェ……」
(あと少し…だったのに……)
三半規管にも影響が出たのか。呪霊が何を言っているのかも分からない。目の前がグルグルと回っているような感覚の中、ナマエからは悔しいのか苦しいのか分からない涙が流れた。どうにか動かないと今度こそ兄に危害が及んでしまう。それなのに視点が定まらないばかりか、指一本動かすことができない。
————荒い呼吸で視界も定まらず頭も回らない。でも、すぐ近くの気配だけは今のナマエにも分かった。気配だけはしっかり感じられた。
「ナマエ……お前はもう…動くな。」
「に…いさ………」
言い終わる前に、ナマエの意識はそこで途切れた。本当の本当に限界がきたようだった。
「驚いたな。君もまだ動けるの。」
「…もう動けぬと言った覚えはない。」
「それでも残りがそんなちっぽけな呪力じゃあ僕には勝てないよ。さっきの妹のほうがよっぽど脅威だ。やっぱり君の後にしっかり殺さないと。不安要素は取り除くべきだから。」
「…………。」
ナマエが計らずとも時間を稼いだおかげか。翔は呪力を少しではあるが蓄え、どうにか言葉を話せるレベルまで呼吸を整えることができた。それでも満身創痍には変わらず、本来であれば立っているのもやっとだろう。毅然として呪霊に向かい合ったのは、翔の呪術師としてのプライドだった。
呪霊の言う通り、翔の残りの呪力はほんのわずか。それでも諦める理由にはならない。掌印を結んだのち、改めて唱えた。
「降神呪法————『風神』『雷神』」