第五十五話 風磨
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「いつまで手を合わせている。まさかお前までもが遺体を持ち帰るなどと言い出さないだろうな。」
「…分かってます。やるべきことは、仲間との合流と脱出。」
「そうだ。…ここに留まる理由はなくなった。」
ナマエが膝をついて手を合わせている目の前にあるのは、先程同様、人間だったもの。違うのは団子状にはされず紙屑のようにバラバラに千切られ散乱しているというだけ。
恵と虎杖が掴みかかって言い合いをしていた時、二人を止めようと一歩踏み出そうとしたその瞬間。突然足元が崩れ落ちる感覚がして目の前が真っ暗になった。驚きのあまり声も出なかった。次に目を開けた時は全く別の場所で、少し離れた所に残りの二人だと思われる遺体があったというわけだ。自分一人かと思えばナマエの兄も一緒だった。兄が言うには戦力の分断だろうと。受胎にこんな芸当ができるはずなどない。自分達がモタモタしている間に成体に成ってしまったのかもしれない。
自分たちの今回の任務は生存者の確認と救出。五人分の遺体を確認した時点で後はもう脱出のみ。長居する必要など微塵もない。
『呪いに遭遇して普通に死ねたら御の字。ぐちゃぐちゃにされても死体が見つかればまだましだ。』
ナマエは、いつか五条が言った言葉を思い出した。確かに被害者の家族からすれば虎杖の言う通りだ。死体もなしに死にましたじゃ納得なんてできるはずもない。でも…こんな凄惨な状態の遺体を見て家族は正気で居られるだろうか。いや、居られるはずがない。それに今は呪霊の生得領域の中。自分たちの身を守るので精一杯。遺体を抱えて両手が塞がる状態になるのはまずい。だから…
「何をしている。」
「名札だけでも持って帰ります。これなら荷物にはならないから。」
「……勝手にしろ。」
良かった…余計な事をするなと言われる覚悟をしていた。ナマエはホッと胸を撫でおろしながら胸元に縫い付けられている名札を丁寧に千切って外した。既に血まみれのそれは一度洗った方がいいかもしれない。外した名札はハンカチに包んでスカートのポケットへと入れた。
「———それで。コレをやったのはお前か?」
「……え??」
ナマエは思わず兄の振り返った。自分に問いかけられたと思ったから。何を言っているのかと兄を見上げると、こちらは一切見ていなかったがピリピリとした威圧感を携えていた。いったい誰に…と思ったところでやっと気が付いた。気付いた瞬間、バッと体勢を整えて鉄扇を構えた。兄は未だ背を向けたままだったが後ろを警戒しているのは分かった。
「……僕じゃない。」
「…そうか。ではここへ何をしに来た。」
「宿儺の器を確認しに。」
「…………」
白衣に紺の袴、巫だろうか。やけに整った顔立ちの男がそこには立っていた。人間…にしては気配がおかしい。それに、顔や首、袖から伸びる腕には梵字のような紋様がびっしりと描かれている。こんな人がもし神社にでも居たりしたら異質でしかない。
「呪いにしてはやけに人間染みているな。」
「え…?呪い?……こんなに……」
「半信半疑で話しかけたが。ここまで会話が成立する呪霊にまみえるのは私も初めての経験だな。分類するなら間違いなく特級に位置するだろう。」
「な……!」
こんなことがあるのだろうか。まともに会話ができる呪霊なんて、聞いたことが無い。それに、特級。ナマエはもちろん、兄だって1級術師だ。高専に所属していないため特別が前に付くが。特級なんて、適うわけがない。伊地知は言っていた。特級に会敵した場合、死ぬか逃げるか。
「宿儺の器か……ここには居ないぞ。」
「どこに居る。」
「それが分かれば苦労はしない。我々を分断したのはそちらだろう。」
「それも僕じゃない。僕は様子を見てくるよう言われていただけ。」
「ほう、仲間が居るのか。」
「ここには僕だけ。」
「そうか。」
特級を前にしても兄の様子はいつも通りだった。冷静に目の前の呪霊力量を測っているようにも見える。
「あなたたちを痛めつければ宿儺は現れるか?」
「っ!!」
「さぁ、どうだろうな。呪いの王などと言われるヤツの考えることなど私には見当もつかん。」
「じゃあ試してみる事にする。」
「!!!」
巫姿の呪いがそう告げた瞬間、ぶわっと強大な呪力が広がり、そして呪いの周りには目に見えるほどの風が渦巻いていた。ナマエはその呪力と風圧に耐えられずその場で蹲った。呼吸すらままならない。
「ぐ…っ!!っっはぁっ!…はぁっっ」
「ナマエ。下がっていろ。私が引き付ける間、お前は出口を探せ。」
「でもっ!……ぐ…!いくら…兄様でもっ…!」
「分からないか。足手纏いだと、言っている。」
「っ…!」
返す言葉も無かった。現に呼吸もまともにできず立つこともままならない自分に比べ、兄は眉一つ動かさず立っている。ナマエは自分の役割を理解した。兄の邪魔をせず速やかに出口を探し、救援を求める事。特級呪霊には特級術師でないと。五条ならどうにかしてくれる。そう思ったナマエは震える足を叱咤してどうにか立ち上がった。
「すぐに助けを呼んできます…。兄様…ご武運を…!!」
「いいから行け。」
「それは困る。」
「っ!!」
呪いに背を向け走るつもりが一瞬で回り込まれた。乱気流のような風に包まれた呪いが目の前に現れ風を纏ったままの手刀が眼前に迫った。
(殺られる…!!)
————ガガガガッ!!!
両腕を顔前でクロスさせぎゅっと目を瞑り攻撃に備えたナマエに、想定した衝撃は無かった。痛みすらない。そっと目を開けると、目の前には大きな背中。巫の呪いと同じように両腕に風を纏った兄がナマエの前で手刀を受け止めていた。
「に……いさま……」
「…弱い者苛めは感心しないな。」
「力の弱い者を先に始末するのは定石。」
「間違ってはいないな。……何の因果か…お前の術式は、風か。」
轟轟と風が立ち上り、周りの瓦礫や、先程の遺体までもどんどん巻き上げられ、呪いと兄から発生した風は竜巻の様になり、ナマエもその風に押され二人から弾き飛ばされてしまった。
「ぐあっ!!」
飛ばされた先の壁に背中を打ち付けられたが、これで物理的に呪いから引き離された。乱暴ではあるが兄が呪いから遠ざけてくれたようだ。
「……僕は台風。」
「それはお前の名前か?」
「古来より台風は人を、大地を根こそぎ取り払ってきた。人は天災を憎み、恐れてきた。」
「その畏怖の感情がお前を産んだというわけか。」
「僕の名前は風磨。僕自身が台風そのものだと思った方がいい。」
「…そうか——それは、残念だ。」
「『雷神』………堕とせ。」
————ピシャ…ン!!!………ドォォォ……ン!!!
耳を覆う意味がない程の雷鳴が轟き、目がくらむほどの雷が二人の真上に落ちた。