第五十四話 隔離
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…… 生得領域の中は方向感覚が分からず、とにかく前に進むしかなかった一同だったが、周りを警戒しながらもしばらく歩き進めていると、開けた広場のような場所に出た。その最奥、人影のようなものを見つけた虎杖は恵の制止も聞くことなく、思わずその場に駆け寄った。
「………………」
「惨い……」
「3人…でいいんだよな…。」
確かに、人影には間違いない。だがそれは…腰から下が完全になくなっており、その人が目を開けることは二度とないという事だけははっきりと分かった。そして、すぐそばには。人間を千切って丸めて団子にした…という表現が正しいのか不明だが、人だったものらしき塊が転がっていた。恵の言う通り、全部で3人分で間違いなさそうだ。
「ひどい……なんで…こんな事ができるの……」
「呪霊に人間のような感情を求めるだけ無駄だ。奴らはただ欲望に突き動かされるままに動いているだけのこと。」
「それでも……こんな残酷な事……」
この施設の人たちの救出に対して懐疑的だったナマエとはいえ、決して死んでもいいなんて思っていなかった。一般人が生得領域に閉じ込められたのだ。最悪の結果も想定していなかったわけではなくとも、助けられるなら迷わず手を差し伸べるつもりでいた。それなのに。
あとどれくらい早く到着していれば間に合ったのか。この人たちは最期何を思ったのか。やりきれない思いがナマエを襲う。そのまま静かに手を合わせた。
「間に合わなくて…ごめんなさい。」
「あと2人か。確認を急ぐぞ。」
「……はい。」
感情をどこかに置いてきたような顔でゆっくりと上半身だけの遺体に近付いた虎杖は、その場にしゃがみこみ胸元の名札を確認した。
〝正は、息子は大丈夫なんでしょうか……〟
外で会った母親の言葉が脳裏に過ぎる。
「この遺体、持って帰る。」
「え…」
「あの人の子供だ。顔はそんなにやられてない。遺体もなしに『死にました』じゃ納得できねぇだろ。」
「でもっ」
「虎杖くん…」
ナマエと野薔薇の戸惑いを余所に恵は静かに虎杖に近付き、そのまま虎杖の襟元を掴んで遺体から無理矢理引きはがした。突然の事に驚いて恵の方を振り返った虎杖は、続く言葉に更に驚愕することになる。
「あと2人の生死を確認しなきゃならん。その遺体は置いてけ。」
「振り返れば来た道がなくなってる。後で戻る余裕はねぇだろ。」
恵の言葉をまだきちんと捉え切れていない虎杖は戻ることを前提に言葉を返したが、続く恵の言葉にその顔色を変えた。
「『後にしろ』じゃねぇ。『置いてけ』っつったんだ。」
恵の剣幕に冗談を言っているわけではないとすぐに分かった。そして恵はあろうことか『助ける気のない人間』とまで言い放った。これには虎杖の方も怒りを覚え、思わず恵に掴みかかる。
呪術師には現場の情報が事前に開示される。〝岡崎正〟が少年院に収容されている理由、それを聞いた虎杖もさすがに目を見開いた。
————彼は2度目の無免許運転で下校中の女児をはねていたからだ。
「オマエは大勢の人間を助け、正しい死に導くことに拘っているな。……だが自分が助けた人間が将来人を殺したらどうする!」
「っ!じゃあ!なんで!俺は助けたんだよ!!」
「…………」
睨み合う二人に先に痺れを切らしたのはそれまで大人しく二人の様子を伺っていた野薔薇だった。こんなところで言い争っている場合ではないのだ。怒りのままにドスドスと足を鳴らしながら二人に近付く野薔薇だったが、その言葉は最後まで続かなかった。
「いい加減にしろ!!時と場所をわきま————」
突然野薔薇の足元に影のようなものが現れたかと思ったその時、一瞬でその中に吸い込まれるように野薔薇が飲み込まれてしまった。想定外の出来事にぽかんとするしかなかった。
「釘…崎?」
「っ!馬鹿な!!だって玉犬は————」
———何も反応していないのに。目の前の光景のせいで続くはずの言葉は声にならなかった。玉犬は壁にめり込み倒されてしまっていたから。そして恵はもう一つの変化にもやっと気が付いた。
「…………ナマエ…?ミョウジ…さん。二人とも居ない!!っクソ!!どこ行った!!!」
「は?…いつの間に……」
虎杖とやり合っていたせいで全く気付かなかった。いつの間に分断されていたのか…!今話しても仕方のない事を虎杖と言い合い、柄にもなく熱くなり周りが全く見えていなかった。玉犬を破壊され、ナマエを見失い、そしておそらく生得領域の主は成体に成ってしまった。
「クソッ!…迷ってる時間が惜しい…!おい虎杖!逃げるぞ!!ナマエ達を探すのはそれか…ら……だ……」
突如現れた強大な気配。信じられない程に暴力的なその呪力は——間違いなく特級で。わずか30センチほどの至近距離まで近づかれないと気付けなかった。それほどのスピード。それほどの脅威。それは身動きどころか瞬き一つの間で自分の命が取られてしまうのだと、錯覚するほどだった。目を合わせることもできない、というより、視線を動かすだけでも終わりだと思った。
————動けねぇ…!!
————動け 動け 動け 動け 動け!!!
『 人を 助けろ 』
極限の精神状態の中、それでも自分を叱咤し、自分の体よ動けと言い聞かせていた虎杖の脳内に突如流れ込んできたのは、虎杖が呪いと称した…亡き祖父の最期の言葉だった。
「う……あ゛ぁああぁぁあああ!!!」