第五十四話 隔離
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「あの……あの!」
中に入ってからの動きをお互いで確認していた時、少し離れたところから女性の声がした。
「正は、息子は大丈夫なんでしょうか……」
自分たちの方に向かって聞こえた震えた声。振り向くとどう見ても一般人の女性がこちらに不安げな視線を投げかけていた。面会に来ていた保護者らしく、在院者である息子が中に取り残されている内の一人で間違いなさそうだ。
母親の心情を考えると居たたまれない気持ちになった虎杖は顔を歪めるしかなかったが、そこへ伊地知が一歩虎杖の前に踏み出て保護者への説明をした。もちろん呪霊について話すわけにもいかないため『何者かによって施設内に毒物が撒かれた可能性がある』『現時点ではこれ以上の情報はない』事を伝えた。
それを聞いた母親は涙ながらにその場に崩れ落ちてしまった。
「伏黒、釘崎、ミョウジ………………助けるぞ。」
「当然。」
「「…………。」」
母親の様子を見た虎杖は、表情を引き締め腕をならしながら告げたが、その言葉に肯定したのはこの場で野薔薇のみだった。そしてナマエの兄、翔は虎杖の方を考えの分からない表情でただ見ていた。
「〝帳〟を下ろします。お気をつけて。」
伊地知により下ろされた帳。虎杖にとって初めてのそれはこの緊迫した状況にも関わらず「おぉ!夜になってく!」と呑気な感想を抱かせたが、そんな虎杖に恵は冷静に帳について説明してやった。短い付き合いだが虎杖の性格と肝の座り様は十分理解している恵は、呆れはしたものの特に責めるでもなくそのまま玉犬を出し呪いの出現に備えた。
「高瀬さん。これからの動きについてですが……まずは虎杖、釘崎、そして俺の三人で先陣を切ります。高瀬さんとナマエで後方の確認や援護をお願いしてもいいですか。」
「あぁ、それで構わないよ。」
「……。」
翔の了承を得た恵はナマエの方に一切目を向けることなくそのまま踵を返し、少年院の扉に手を掛けた。兄が来てからのナマエはというと。言葉を発することも表情を変えることもなかった。
「……行くぞ。」
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扉を開き一歩踏み入れた先で目に入ったのは、想定とかけ離れた景色だった。
「な……!?どうなってんだ!?2階建ての寮の中だよなココ!」
「おおお落ち着け!メゾネットよ!!」
「…………違ぇよ。」
「兄様、これは……。」
「呪力による生得領域、だろうな。」
とても人が生活するための空間ではない。ここまでの大きさの生得領域は恵とっても他の者にとっても初めてだった。唖然としながらも周りを見渡した恵は気付いた。
「っ扉は!?」
バッと後ろを振り返ったがついさっきまであったはずのそれは完全に消え失せてしまっていた。
「ドアが!なくなってる!!なんで!?今ここから入って来たわよね!?」
次々と起こる奇怪な現象に虎杖と野薔薇のテンションは良からぬ方向へと向かう。どうしよう、あそれどうしようと踊り始める始末。玉犬が出口の匂いを覚えているので問題ないことを恵が伝えると今度は玉犬にじゃれまわり緊張感の欠片もない。ナマエと恵はやはり慣れたものだが、翔は二人の事をほとんど知らない。元来お堅い性格の翔にとっては眉間の皺を増やす要因でしかなかった。そんな兄の様子をハラハラしながら見ていたナマエだったが、虎杖の言葉に目を大きく見開くことになる。
「やっぱ頼りになるな伏黒は!」
「…あ?」
「オマエのおかげで人が助かるし、俺も助けられる!」
「…………」
(虎杖くんは……)
ここがどのような施設なのか本当に理解しているのだろうか。どんな人たちが入るための場所か。虎杖は確かにたくさんの人を助けるため呪術師の道を選び、そして正しい死に拘っていることも理解している。ナマエだって人の命に重いも軽いもないことは分かっている。それでも、任務前に共有された資料を見て、この場に収容されている理由を知って、正直気が乗らないと思っていた。任務を前にしてこんなこと言えないが、これが任務でなければ自分は進んで動けていただろうか、と。危険性が高く、明らかに自分達の身の丈に合わないと分かっているからこそ尚更なのかもしれない。ましてや、自分はともかく大事な仲間まで危険な目に合うかもしれない。そこまでナマエは善人になれない、と自覚してしまった。
そこへ虎杖のこの発言。迷いのないその言葉にナマエは自分の醜さを突き付けられたようで、まっすぐ虎杖の方を見ることができなかった。呪術師の道を選んだ理由、何のために呪術師になったのか、虎杖のそれとまるで違っていたから。
そして先程の野薔薇の様子からも、彼女も同じように考えているだろうと思った。やっとできた女友達。幻滅されたくない。この感情は隠さなければ。そしてこんな時に自分の保身を考えてしまう愚かな自分。ナマエの視線はどんどん下がっていった。
「余計な事を考えるな。」
「え……兄様……?」
「目の前の任務に集中しろ。生得領域の中だぞ、呪霊の腹の中も同然。一瞬たりとも気を抜くな。」
「っ。…………はい。申し訳ありません。」
眉一つ動かさずナマエを見下ろしながら告げられた兄の言葉に、考えを読まれたのかと冷や汗をかいたナマエだったが、今は任務が優先。そう思い直して背筋を伸ばした。
「…………進もう。」
ナマエの方に一瞬だけ目を止めた恵は、何を思ったのか。そして虎杖の言葉に何かをいう事はなく。先を促す一言だけに留めた。