第五十三話 暗雲
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ナマエたち3人が久しぶりに任務で揃うことになったその日、伊地知はいつもと違うピリピリとした雰囲気を纏っていた。今日も本来であれば最近では当たり前になっていたそれぞれ別々の任務の予定だった。そこへ緊急の任務依頼があり、こうして顔を揃えたのだ。
「我々の〝窓〟が受胎を確認したのが3時間ほど前。避難誘導9割の時点で現場の判断により施設を閉鎖。『受刑在院者第二宿舎』。5名の在院者が現在もそこに受胎とともに取り残されており、受胎が変態を遂げるタイプの場合、特級に成ると予想されます。」
(((特級…!!)))
伊地知の説明に虎杖以外の3人は言葉にせずともその身に緊張感を漂わせた。だが、虎杖だけはどこか他人事のようなことを言い出す。
「なぁなぁ俺、特級とかまだイマイチ分かってねぇんだけど。」
「「「……。」」」
その言葉に野薔薇はため息を、恵は眉を顰め、ナマエは眉を下げた。つい最近まで一般人だった虎杖だ。仕方がないとはいえ、無知ほど恐ろしいことはないと3人とも思った。
そんな虎杖に、呆れながらも仕方がないというように伊地知が丁寧に等級の違いについて説明をした。〝バカにも分かるように〟と珍しく棘のある言い方をしたのは、この緊迫した異常事態だからだろうか。その説明で虎杖もやっとその危険度を理解したようだが、それでもまだどこか呑気に見えるところはある意味肝が座っている。
「本来、呪霊と同等級の術師が任務に当たるんだ。今回だと五条先生とかな。」
「で、その五条先生は?」
「出張中。そもそも高専でプラプラしてていい人材じゃないんだよ。」
恵たちの会話を補足するように、メガネを指で持ち上げながら伊地知が続けた。
「この業界は人手不足が常。手に余る任務を請け負うことは多々あります。」
「それでも……いくらなんでもおかしくないですか?」
「ミョウジさん、お気持ちはわかりますが……」
「いくら緊急とはいえ、特級に成るかもしれない受胎に対して私たち二級三級の術師が、ましてや高専一年が派遣されるなんて絶対おかしい。そうですよね?」
「ミョウジさん……それは……」
「ナマエ、あんた……。」
「「…………。」」
ナマエの発言に何と返せばいいか言葉を詰まらせる伊地知を見て野薔薇も口を挟みかけたが、その先は続かなかった。虎杖と恵に関しては無言でナマエの様子を見ている。
ナマエは高専上層部にどこか違和感を感じていた。これではまるで自分たちは捨て駒だ、と思ったからだ。でも、伊地知を困らせたいわけではない。伊地知は指示通り動いているだけだということも理解している。
「ごめんなさい…伊地知さんを責めるみたいな言い方になっちゃって。でも違うんです。与えられた任務にはちゃんと就きます。でも……」
ナマエの言いたいことが分かったとしても、伊地知の仕事は変わらない。努めて冷静に、そして諭すように告げた。
「ミョウジさん、分かっていますよ。お気になさらず。ただ今回は緊急事態で異常事態です。『絶対に戦わないこと』。特級と会敵した時の選択肢は『逃げる』か『死ぬ』かです。……わかりますね?」
「……。」
「自分の恐怖には素直に従ってください。君達の任務はあくまで生存者の確認と救出であることを忘れずに。」
「……はい。」
暗い表情のままではあるが、こちらの言う事を理解したらしいナマエの様子に、伊地知も内心息をついた。普段あまり見ることのない雰囲気のナマエの様子に、虎杖と野薔薇は声をかけることができなかった。ここでいつもなら何かしらのフォローに入るはずの恵も、今の気まずい関係が影響しているのか。ただただ静観していた。
これから帳を、という時。一台の黒い車が少年院の敷地内に入ってきた。高専所有の車ではないそれに、恵はすぐに気がついた。つい先日見かけたばかりだ。そして、恵が思った通りの人物が車から降りてきた。
「え…?ミョウジ…特別一級術師……?」
「兄様……」
「え!?ミョウジの兄ちゃん!?」
「……。」
それぞれの反応を特に気にすることなく、運転手として着いてきた側近、春日から傘を受け取り真っ直ぐにこちらへと近づいてきた。その人物、ミョウジ翔におずおずと伊地知が尋ねた。
「あの……ミョウジさんが来られることは聞かされていないのですが……」
「そうだろうな。高専から請け負って来たわけではない。むしろ今回は敢えてなのか知らないが、私のところへ連絡が来なかったのだから。」
「連絡…?兄様、どういうことですか?」
「お前には関係のないことだ。」
「……。」
『ミョウジナマエの身に危険が及ぶ場合、高専は速やかにミョウジ家へ連絡を入れる事。対価としてミョウジ翔特別1級術師は高専からの依頼に対し須く応える事。』
ナマエは、ミョウジ家と高専とで結ばれているこの規定について知らない。もちろん、翔もそのことについて教えるつもりもなかった。そしてこのことを知っているのはこの場では伊地知だけである。ただ、恵に関しては聞かされてはいなくとも薄々勘付いてはいたようだ。
「ではどうして……」
「伊地知くん、今回は私も同行させてもらうよ。情報が確かなら特級に成る可能性のある受胎が出たとか。本来であれば特級術師の出番だろう。私の等級でも心許ない事は分かっている。それでも彼らより上級の者がいた方がまだマシだろう。」
「ですが……っ」
「いくら生存者の確認と救出だけの任務とはいえ、入学したての半人前術師では死にに行くようなものだ。心配せずとも後のことは私が責任を持つ。元より先に規定違反を起こしたのは
「……。」
「他に質問は?」
「……いえ。」
表情一つ変えずに告げられた言葉に、伊地知はイエスと言うしかなかった。何とも言えない圧迫感に押しつぶされそうになりながら伊地知は頭を垂れた。
(ミョウジの兄ちゃん全然似てなぇのな。顔はそっくりなのに…)
(シッ!聞こえるわよ!!)
こっそりと耳打ちをした虎杖に慌てて肘で小突きながら窘めた野薔薇だったが、残念ながら翔の耳は優秀だったようだ。
「君が釘崎さんか。妹が世話になっているね。」
「いえ…はは……こちらこそ…デス。」
「そして君が、例の……」
「虎杖悠二です!よろしくおねしゃす!!」
「………。」
虎杖の挨拶に特に返事をすることなく翔は無言で振り返ってしまった。あれ?と零した虎杖だったが、野薔薇に「アンタが余計なこと言うからでしょ!」とまた小突かれていた。
「伏黒君。先日ぶりだな。」
「…どうも。」
「君は不服だろうが今回は私も同行させてもらうよ。」
「俺は別に何も言ってませんよ。」
「そうか、顔に書いているだけだったな。これは失礼。」
「……。」
相変わらずの翔の様子に内心舌打ちをした恵だったが、たとえ不服でも特別一級術師が同行してくれること自体は有難かった。ナマエのように言葉にはしなかったが漠然とした不安に駆られていたのは恵も同じだったから。
伊地知に向き直り現状を色々と聞いている翔は、終始ナマエの方を見ることはなく、そしてナマエもそれ以来下を向き言葉を発することはなかった。心配した野薔薇が一声かけたが、何にもないよと愛想笑いでごまかすだけだった。