第五十二話 対話
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教室に向かう間は意味があってないような会話だった。今日は休みか、任務は忙しいか、授業は進んでいるか、など当たり障りのない質問に恵も「はい」「そうですね」などと簡単に返事をするのでなかなか会話は続かなかったが、翔はさして気にしていない様子だった。
「…懐かしいな。何年経ってもここは変わらない。」
「……。」
恵たちの教室に着き、翔は窓際まで進み窓枠に手を添えて少しだけ眩しそうにしながら外の景色に目をやった。ここからはグラウンドが良く見える。そもそも生徒数が少ない上に天候のせいで人の姿は見当たらない。今の翔を見ても、同じ高専の制服を着て、この教室で学んでいたなんて想像がつかない。それほどに大人びていて、そして落ち着いている。これで五条の一つ後輩と言うのだから驚きだ。だが、窓からグラウンドを覗くその背中は少しだけ寂しそうに見えた。
「……ミョウジさん。話って何ですか。」
「君も大体予想はついているだろう。妹のことだ。」
「っ。」
予想というか、この人が自分に話だなんてそれ以外考えられなかった。翔はそのまま窓際に背を向けてもたれかかりながら腕を組んだ。
「君は、私を……恨んでいるか。」
「…どういう意味ですか。」
「君の妹に対する気持ちは、理解しているつもりだよ。……昔から、ね。」
「…………。」
恵は翔の言葉に思わず眉を寄せた。自分の気持ちなんてどうせバレているだろうとは思っていたが、だから何だというのか。狗巻との話を空白にしてくれるとも思わない。この人が何を言いたいのかが分からない。
「私は別に君を嫌っているわけではない。むしろこれまで妹を支えてくれて感謝すらしている。先日は春日が失礼な事を言った様だ。申し訳ない。」
「…………。」
高身長の翔から見下ろす様に腕を組みながらそんな事を言われても説得力なんてない。恵は何も言わずに翔をじっと見据えた。
「
「……。」
「二人の『仲の良さ』は、私の耳にも入っている。」
「っ!!」
恵は思わず肩を震わせてそして硬直した。高専にほとんど顔を出さない人がどこまで知っているのか。どうやってそれを知りえたのか。ともかく、ある程度の事は把握しているようだった。
「賢い君の事だ。一線を越えるようなことはさすがにしていないだろうが、このまま自由にさせておくのもどうかと思ってね。」
「だから……狗巻先輩を…。」
「察しが早くて助かるよ。」
おかしいとは思っていた。在学中にましてやまだ決まってもいないのに『顔合わせ』だなんて理由をつけて見合いまがいな事をさせるなんて。だがこれでようやく合点がいった。要するに、自らで自分の首を絞めていたのだ。
高専に入りミョウジ家から少し離れたことで気が大きくなっていた。ミョウジ家に何か言われないように人目や体裁を気にしていたはずなのに、それが緩んでいた。入学してからたった数か月でいろんなことがあった。ナマエが一生消えない傷を負うような事件もあった。それから…自分たちの関係にも変化が起きた。いつかその時が来るまで、いや、その時が来ても精一杯足掻いてやろう。そう思っていたはずなのに。いざ目の当たりにして…何もできない臆病者以外の何者でもない。
「なぜ……狗巻先輩なんですか。」
この際だ、聞いてしまおうと思った。見ず知らずの人物であれば諦めがついたのかと言われれば答えはノーだが、それでもナマエはもちろん自分でさえ気心の知れた人物が相手だなんて、想像すらしていなかった。
「一番は家系だよ。それは聞かずとも分かるだろう。」
「それだけじゃないですよね。優秀な家系の術師なんてそこら中にいくらでもいる。」
「妹は彼を気に入っている。……君に対するものとは違う意味だが。私も鬼ではない、どうせなら理由はどうあれ好意を持っている相手の方がいいからね。」
「……。」
どの口がそれを言うのか。裃条の事は何だったんだと喉から出そうになった言葉は寸での所で飲み込んだ。
「他の候補者ももちろんいた。だが、またあのような事が起こってもいけない。狗巻くんの人と成りは君も知っているだろうから、説明は不要だろう。」
「…………。」
あの事件があったからこそ…だったようだ。事件の後の翔の様子を知っている分、ナマエの身を案じている事は分かる。翔はそれから…と続けた。
「彼も、妹に好意を持っている、と報告を受けていた。もちろん、君と同じ方の好意だ。とくれば、狗巻くんはこれ以上ない相手だ。」
「……は?」
「あぁ、知らなかったのか。これは彼に申し訳ないことをしたようだ。」
涼しい顔でさらりと言われた言葉は今日一で恵に衝撃を与えた。狗巻先輩がナマエを?そんな素振り一度も見たことが無かった。むしろナマエが追いかけまわしている時、迷惑そうにしていた気もするくらいだ。だが、先日狗巻先輩がナマエのことを抱きしめている所を見かけてしまった事を思い出した。あれはナマエを慰めるためだと解釈していたが、そうか、そうだったのかと恵の頭の中でもようやく理解が追い付いた。
「彼には私から聞いたという事を黙っていてもらえるとありがたい。と言っても君はそんな不躾な事はしないだろうがね。」
「……。」
「そんな顔はしないで欲しい。君と話したかったのは、このことではないんだ。」
「他に何があるんですか。」
「どうやら随分と嫌われてしまったようだ。あぁ、それは昔からか。」
「…分かり切ったことを言わないでください。」
「その物怖じしない性格は嫌いではないよ。…一言、伝えたくてね。伏黒くん、これからもナマエのことをよろしく頼むよ。」
「……はぁ?何を……」
「私は今もナマエが呪術師になることを認めているわけではない。…何かあってからでは遅いんだ。だが妹はこの件に関してはきっと何があっても首を縦に振らない。だから、君にはこれまで通り妹を支えてもらいたい。……もちろん、『幼馴染』として、『呪術師として』だ。」
「そういう……ことですか……。」
この人は……どれだけ人をコケにするつもりなのか。恵は、五条の唯我独尊とは違う意味で苛立ちを覚えた。自分の気持ちを知っていてそれでいてこれか、と。怒りを通り越して笑えてきそうだ。まだ『妹に近付くな』と言われた方が誠実だった。
これ以上この人と話していたくないと思った恵は、切り上げて寮に戻ろうと決めた。それでも一つだけ、一縷の望みをかけて翔に聞いてみたいことがあった。ゴクリと唾を飲みこんでから、意を決して尋ねた。
「一つだけ、聞いてもいいですか。」
「構わないよ。」
「もし……もしも俺が『禪院』なら……何か変わっていましたか。」
「面白い事を言う。もしもの話なんて君らしくもない。『禪院とは関係ない』と言っていたのは君の方だろうに。」
「答えてください。」
「そうだな、もしも君が初めから禪院の人間だったなら…。幼馴染として傍にいたのが禪院家の君だったなら、今頃既に婚約を済ませていたかもしれない。禪院側が是とするかは何とも言えないがね。」
「っ。俺が今後もし禪院に……」
「できないことは口にしない方がいい。君には、姉がいる。」
「……っ。」
恵の言葉に被せるように言われた翔の言葉に、恵は何も言えなくなってしまった。歯を食いしばって黙り込んだ恵を見て、翔はここまでだと察したのかこれで終わりだとでもいうように続けた。
「せっかくの休みに付き合わせて悪かった。そろそろ私は失礼するよ。」
「……。」
俯き返事のない恵の事を特段気にすることもなく、翔はそのまま立ち去った。教室に一人残された恵は、苛立ちのまま勢いよく目の前の机を蹴り倒した。呪力は込めていないにしろ、鍛え上げられた男性の蹴りだ。当然、木の部分は粉々になってしまった。気が立っていたせいか、証拠隠滅をすることなく恵も教室を後にした。
翌日、『え?強盗?』と的外れな事を言った五条だったが、なぜか恵の仕業という事がバレてしまい、始末書を書かされる羽目になった。