第三話 懐古
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ふと目を開けると、いつの間にか窓の外が茜色に染まっていた。知らぬ間に眠ってしまっていたようだ。
高専に戻り二人を硝子に診せてその経過を見届けた後。五条は事務室の一角にある大きなソファで寛いでいた。行儀悪くローテーブルにその長い足を乗せてクロスさせたのち、深く腰掛けた所までは覚えているが、その後の記憶がない。今日は二人の初任務の引率をしていただけだ。特に疲労を感じる場面はなかったが。
(僕もそれなりに気を張っていたってことかな。それにしても…)
五条は覚醒する直前まで見ていた夢について思い返す。教え子二人のことを考えていたせいか。あれはナマエと恵が初めて会った頃の話だ。幼い頃の恵のクソガキ具合を思い出し、五条はククッと喉を鳴らした。
そういえば、あの時から二人はいつでもどこでも一緒に居るようになった。あいつは…ナマエの兄はそれを良く思っていなかったが。兄の言う事には基本逆らわないナマエだったが、恵と縁を切るよう言われた時と呪術師になると決めたナマエが止められた時だけは一度も首を縦に振ることはなかった。
あれから6年。二人とも五条が思っていたよりもはるかに優秀で、メキメキと成長して見せた。そしてついに今日、その一歩を踏み出した。
(デビュー戦としてはまずまず、かな。)
二人ともボロボロで、ナマエに至っては呪力の枯渇で気を失ってしまったが。それでも特に大きな怪我をする事なく乗り切った。ナマエが限界まで呪力を込めたのは、相手の力量に対してどこまで出力を上げるべきか、恐らくその見極めが分からず加減できなかったんだろう。現に建物の崩壊具合を見る限り、明らかに必要以上の威力の技をぶっ放していた。まぁ、それに関してはこれから鍛えて覚えていけばいい。
余談だが。ほぼ更地と化した、建物があったはずのその場所を見た伊地知が立ち眩みを起こしていた。伊地知の事だ。何とかうまく処理するだろう。
(後は恵が居たから、だろうな。)
伊地知の事はどうでもいいとして。あの時、ナマエが全てを出し切った上で万が一敵を倒せていなければ、HPゼロのナマエはそこでジ・エンド。それは本人も分かっていただろう。後先考えずにできたのは、恵がどうにかしてくれるから。きっとそう思っていたに違いない。信頼していると言えば聞こえはいいが…。
呆れるほどにあの二人はよく似ている。性格はもちろん全く違うが、その思考回路だ。自分を殺して次に繋げることに抵抗がない。むしろそれが最適だと思っている節がある。これはゲームではない。野球の送りバントや将棋の捨て駒とはとは話が違うのだ。いざ戦闘となればそこで切り捨てられる駒とはすなわち命。やり直しはきかない。
二人の出自や育ってきた環境も一因としてあるかもしれない。それにあの二人は自分たちのその思考をきちんと自覚していないだろう。だからこそ危険なのだ。
(さて、どうしたもんかね。)
入学初日とはいえ、後回しにしていい問題ではない。ただ、こういったことは周りがいくら言った所で、本人が自覚しなければ意味がないし、本当の意味で理解もできないだろう。自他ともに認める”最強”の五条でも、こればかりはどうしようもない。
若く聡い仲間を育てる。腐った呪術界を改革するために五条が選んだ手段。その中にもちろん恵とナマエも入っている。二人はきっと今後の呪術界になくてはならない存在となるだろう。その理想に向けてまた一歩前進したところだ。軽々と失っていい存在ではないのだ。
例えそれが二人にとって茨の道になろうとも。
随分と長考してしまっていたらしい。気づけばサイドテーブルに置いた眠気覚ましに淹れた(角砂糖たっぷりの)コーヒーはすっかり冷めきっていた。淹れなおす気にもなれずため息を吐いたところで、事務所の扉が開き本日二度目となる気配が中に入ってきた。
「あれー?七海、一日に二回も高専内で見かけるなんて、珍しいじゃん。」
「お疲れ様です。…本日の任務の報告書を提出しようかと。」
「…ふーん。それはオツカレサマ。」
七海が再度高専に顔を出した理由に何となく気づいた五条だったが、敢えて深く突っ込むことはしなかった。なぜなら、顔はいつも通りの仏頂面だがどことなくソワソワしているように見えたのが面白く、しばらく観察しようと思ったからである。
「……。」
「…………。」
「…………………。」
五条の予想は的中していた。確かに報告書の提出はしていたが、無言のまま一向に事務所から立ち去ろうとしない。益々面白いと思った五条は同じく無言を貫いたが、普段なら五条と絡む事を極力避けようとする七海が、あろうことか五条の座る反対側のソファに腰を下ろしたのだ。
「…帰んないの?」
「えぇ、まぁ。今日はもう予定は入っていませんし。」
「ふーん。」
「………。」
「………。」
「………。」
普段の七海なら就業時間外に高専で過ごすことなんてほとんどない。五条がさらに沈黙を貫いていると、七海はおもむろに英字新聞を広げだした。わざとらしい。これには五条も耐え切れず、思わず吹き出してしまった。
「ぶはっ!もう無理!勘弁してよ。」
「…唐突に何ですか。」
「七海~。聞きたいんだろ?何で黙ってんのー?」
「………。」
「え、そんなに僕に聞くのが嫌なの?さすがに傷つくんだけど。」
「……。」
それでもしばらく黙っていた七海だったが、ようやく観念したのか。フーっと大きく二酸化炭素を吐き出した後、英字新聞に向けたその目はそのままにやっと口を開いた。
「…ナマエさんの任務。どうだったんですか。」
「いや、恵の事も気にしてやれよ。お前も相変わらずだね。」
「………。」
「ま、いいや。任務は成功だよ。」
七海を揶揄うのにも飽きてきた五条は今日の任務内容について掻い摘んで説明してやった。
「そうですか。それで、彼女は今どこに?」
「ん?ナマエなら意識不明で医務室のベッドの上。」
「なっ!?…………………五条さん。もしかして、ナマエさんはただ単に寝ているだけでは?」
一瞬心臓が止まるかと思う程に焦った七海だったが、五条のへらへらとした表情と面白がるような声色に、すぐに遊ばれていると気が付いた。
「ピンポンピンポーン!よく分かったね!」
「ハァ。その軽薄な顔を見たら誰だって気づきますよ。」
「あ゛ぁ?……まぁ。ナマエはただ単に呪力切れ起こして意識飛ばしただけだよ。そろそろ起きるんじゃないかな。」
「そうですか。」
五条の相変わらずのやり口に苛立ちながらも、ナマエの無事がわかりそっと息を吐いた。
「それよりさー、七海ぃ。お前ナマエにどんな教え方したのさ。」
「…どういう意味ですか。」
「どうも何も。お前直伝のアレ。鎌鼬?あれでナマエさ、研究所の建物一棟丸ごと呪霊と一緒に粉々に吹っ飛ばしてたよ。まぁそれで呪力からっからになったんだけど。」
無表情ながらも七海は驚いていた。ナマエがそこまでの威力の技を出せるとは思っていなかったから。呪力切れを起こす程に力を放出したのはいただけないが、それでもナマエの成長を嬉しく思った。死なない為に教えた技術。それを七海が思っていた以上にナマエは自分のものにしていた。
「それは…彼女の努力の賜物でしょう。では、私はそろそろお暇します。」
そう言って新聞を畳んで立ち上がり、事務所を後にしようとした七海だったが。
「ナマエのとこ行くんでしょ?僕も一緒に行くよ。」
「後でお一人でどうぞ。」
「えー。連れないこと言うなよー。一緒に行こうぜぇ?」
「結構です。」
「いーや、一緒に行く。」
「……。」
七海の願い空しく、不本意ながら五条と一緒に医務室へ向かうことになってしまった。
高専に戻り二人を硝子に診せてその経過を見届けた後。五条は事務室の一角にある大きなソファで寛いでいた。行儀悪くローテーブルにその長い足を乗せてクロスさせたのち、深く腰掛けた所までは覚えているが、その後の記憶がない。今日は二人の初任務の引率をしていただけだ。特に疲労を感じる場面はなかったが。
(僕もそれなりに気を張っていたってことかな。それにしても…)
五条は覚醒する直前まで見ていた夢について思い返す。教え子二人のことを考えていたせいか。あれはナマエと恵が初めて会った頃の話だ。幼い頃の恵のクソガキ具合を思い出し、五条はククッと喉を鳴らした。
そういえば、あの時から二人はいつでもどこでも一緒に居るようになった。あいつは…ナマエの兄はそれを良く思っていなかったが。兄の言う事には基本逆らわないナマエだったが、恵と縁を切るよう言われた時と呪術師になると決めたナマエが止められた時だけは一度も首を縦に振ることはなかった。
あれから6年。二人とも五条が思っていたよりもはるかに優秀で、メキメキと成長して見せた。そしてついに今日、その一歩を踏み出した。
(デビュー戦としてはまずまず、かな。)
二人ともボロボロで、ナマエに至っては呪力の枯渇で気を失ってしまったが。それでも特に大きな怪我をする事なく乗り切った。ナマエが限界まで呪力を込めたのは、相手の力量に対してどこまで出力を上げるべきか、恐らくその見極めが分からず加減できなかったんだろう。現に建物の崩壊具合を見る限り、明らかに必要以上の威力の技をぶっ放していた。まぁ、それに関してはこれから鍛えて覚えていけばいい。
余談だが。ほぼ更地と化した、建物があったはずのその場所を見た伊地知が立ち眩みを起こしていた。伊地知の事だ。何とかうまく処理するだろう。
(後は恵が居たから、だろうな。)
伊地知の事はどうでもいいとして。あの時、ナマエが全てを出し切った上で万が一敵を倒せていなければ、HPゼロのナマエはそこでジ・エンド。それは本人も分かっていただろう。後先考えずにできたのは、恵がどうにかしてくれるから。きっとそう思っていたに違いない。信頼していると言えば聞こえはいいが…。
呆れるほどにあの二人はよく似ている。性格はもちろん全く違うが、その思考回路だ。自分を殺して次に繋げることに抵抗がない。むしろそれが最適だと思っている節がある。これはゲームではない。野球の送りバントや将棋の捨て駒とはとは話が違うのだ。いざ戦闘となればそこで切り捨てられる駒とはすなわち命。やり直しはきかない。
二人の出自や育ってきた環境も一因としてあるかもしれない。それにあの二人は自分たちのその思考をきちんと自覚していないだろう。だからこそ危険なのだ。
(さて、どうしたもんかね。)
入学初日とはいえ、後回しにしていい問題ではない。ただ、こういったことは周りがいくら言った所で、本人が自覚しなければ意味がないし、本当の意味で理解もできないだろう。自他ともに認める”最強”の五条でも、こればかりはどうしようもない。
若く聡い仲間を育てる。腐った呪術界を改革するために五条が選んだ手段。その中にもちろん恵とナマエも入っている。二人はきっと今後の呪術界になくてはならない存在となるだろう。その理想に向けてまた一歩前進したところだ。軽々と失っていい存在ではないのだ。
例えそれが二人にとって茨の道になろうとも。
随分と長考してしまっていたらしい。気づけばサイドテーブルに置いた眠気覚ましに淹れた(角砂糖たっぷりの)コーヒーはすっかり冷めきっていた。淹れなおす気にもなれずため息を吐いたところで、事務所の扉が開き本日二度目となる気配が中に入ってきた。
「あれー?七海、一日に二回も高専内で見かけるなんて、珍しいじゃん。」
「お疲れ様です。…本日の任務の報告書を提出しようかと。」
「…ふーん。それはオツカレサマ。」
七海が再度高専に顔を出した理由に何となく気づいた五条だったが、敢えて深く突っ込むことはしなかった。なぜなら、顔はいつも通りの仏頂面だがどことなくソワソワしているように見えたのが面白く、しばらく観察しようと思ったからである。
「……。」
「…………。」
「…………………。」
五条の予想は的中していた。確かに報告書の提出はしていたが、無言のまま一向に事務所から立ち去ろうとしない。益々面白いと思った五条は同じく無言を貫いたが、普段なら五条と絡む事を極力避けようとする七海が、あろうことか五条の座る反対側のソファに腰を下ろしたのだ。
「…帰んないの?」
「えぇ、まぁ。今日はもう予定は入っていませんし。」
「ふーん。」
「………。」
「………。」
「………。」
普段の七海なら就業時間外に高専で過ごすことなんてほとんどない。五条がさらに沈黙を貫いていると、七海はおもむろに英字新聞を広げだした。わざとらしい。これには五条も耐え切れず、思わず吹き出してしまった。
「ぶはっ!もう無理!勘弁してよ。」
「…唐突に何ですか。」
「七海~。聞きたいんだろ?何で黙ってんのー?」
「………。」
「え、そんなに僕に聞くのが嫌なの?さすがに傷つくんだけど。」
「……。」
それでもしばらく黙っていた七海だったが、ようやく観念したのか。フーっと大きく二酸化炭素を吐き出した後、英字新聞に向けたその目はそのままにやっと口を開いた。
「…ナマエさんの任務。どうだったんですか。」
「いや、恵の事も気にしてやれよ。お前も相変わらずだね。」
「………。」
「ま、いいや。任務は成功だよ。」
七海を揶揄うのにも飽きてきた五条は今日の任務内容について掻い摘んで説明してやった。
「そうですか。それで、彼女は今どこに?」
「ん?ナマエなら意識不明で医務室のベッドの上。」
「なっ!?…………………五条さん。もしかして、ナマエさんはただ単に寝ているだけでは?」
一瞬心臓が止まるかと思う程に焦った七海だったが、五条のへらへらとした表情と面白がるような声色に、すぐに遊ばれていると気が付いた。
「ピンポンピンポーン!よく分かったね!」
「ハァ。その軽薄な顔を見たら誰だって気づきますよ。」
「あ゛ぁ?……まぁ。ナマエはただ単に呪力切れ起こして意識飛ばしただけだよ。そろそろ起きるんじゃないかな。」
「そうですか。」
五条の相変わらずのやり口に苛立ちながらも、ナマエの無事がわかりそっと息を吐いた。
「それよりさー、七海ぃ。お前ナマエにどんな教え方したのさ。」
「…どういう意味ですか。」
「どうも何も。お前直伝のアレ。鎌鼬?あれでナマエさ、研究所の建物一棟丸ごと呪霊と一緒に粉々に吹っ飛ばしてたよ。まぁそれで呪力からっからになったんだけど。」
無表情ながらも七海は驚いていた。ナマエがそこまでの威力の技を出せるとは思っていなかったから。呪力切れを起こす程に力を放出したのはいただけないが、それでもナマエの成長を嬉しく思った。死なない為に教えた技術。それを七海が思っていた以上にナマエは自分のものにしていた。
「それは…彼女の努力の賜物でしょう。では、私はそろそろお暇します。」
そう言って新聞を畳んで立ち上がり、事務所を後にしようとした七海だったが。
「ナマエのとこ行くんでしょ?僕も一緒に行くよ。」
「後でお一人でどうぞ。」
「えー。連れないこと言うなよー。一緒に行こうぜぇ?」
「結構です。」
「いーや、一緒に行く。」
「……。」
七海の願い空しく、不本意ながら五条と一緒に医務室へ向かうことになってしまった。