第五十話 離合
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着いたのは自販機のある一角。ここなら屋根もベンチもあるのでちょうどいい。のど乾いたの?と聞いてくるナマエの事はとりあえず無視してベンチに座らせた。チャリンと小銭を投入してボタンを押した。出てきたのはホットの緑茶。二人分購入して棘もナマエの隣に腰かけた。
「ありがとう。でも、なんで熱いお茶?」
ナマエの質問に、棘はコンビニの袋から購入したものを取り出して見せた。そして両手にそれぞれ持ってナマエに見せた。
「ツナマヨ?たかな?」
「え?………………っふふ。ちょっと、何て言ってるのか考えちゃったじゃん。語彙じゃないじゃん。」
棘が取り出したのは、コンビニのおにぎり。棘の言う通りでツナマヨと、高菜だった。クスクスと笑うナマエに少し安堵しながらずいっとおにぎりを差し出して「どっち?」というように首を傾けた。
「それで熱いお茶か、納得だよ。えーと、じゃあツナマヨにする。ありがとう。」
「しゃけっ。」
いつもの笑顔には程遠いが笑ってツナマヨおにぎりを受け取ってくれた。おにぎりのお供は熱いお茶が一番。ナマエも同じだったようで、棘はホッとしながら高菜おにぎりのナイロンに手を掛けた。もし集合時間ギリギリに出てきたら車の中で食べればいいと思っていたし、ナマエが朝ごはんを食べていたのなら自分が2個とも食べればいい。そう思って用意したものだったが、ちゃんと出番がやってきてよかった。
海苔が弾けるパリっという音と未だ降り続ける雨の音だけがしばらく続き、その後同じくらいのタイミングでお茶に口をつけた二人は、体に染み渡る暖かさにホゥと息を吐いた。
「ごちそうさまでした。…ありがとう。」
「しゃけ。」
「なんで朝ごはん食べてないってわかったの?」
昨夜の様子だと朝どころか晩ごはんも食べてないのではと思った。でも階下の音が聞こえたとは言えなかったので笑顔でごまかすしかなかった。それがどう伝わったのかは不明だがナマエはそっかと言って頼りなくふにゃりと笑った。
それからしばらく。特に会話することなく緑茶を飲んでいたが、ふと、ナマエがこちらを見ていたことに気が付いた。いつから見られていたのか。ベンチで隣り合わせで座っているから、さっきよりしっかり顔が見える。よく見ると目が赤い。昨夜きっと泣いたのだろう。こちらを見ていたのは?目元は?棘は人差し指で自分の目元を差しながら聞いてみた。
「ツナ?こんぶ?」
「え?…あぁ、大丈夫。ちょっと寝不足なだけ。」
「おかか………ツナ?」
「あ、うん。じっと見ちゃってごめんね。えと…昨日どうだったか…とか、何も聞かないんだなって思って。」
なんとなく想像はできたが、ナマエがそう聞いてくるという事はもしかしたら聞いてほしいのかもしれないと思った。昨日の今日できっと誰にも話せていないだろうから。話を聞くよ、と伝えてナマエの言葉を待った。
「たかな。」
「…………ありがと。…………ダメだったんだー…ダメっていうか。」
「…………。」
「『良かったな』だって。棘くんは信用できる人だから……って。」
「…………。」
「びっくりしちゃって。……そのあと、言い合いになって……もう聞きたくないって思って。……逃げちゃった。」
そう言ったきり、ナマエは俯いて黙ってしまった。ナマエの話に棘は耳を疑った。階下の激しい音から何かあったとは思っていたが、あの恵が?と。でも少し考えて、嘘だなと思った。恵を見ていればどれだけナマエの事を大切に思っているかなんて本人から聞かなくても分かる。そんな簡単に割り切れるはずがない。きっと理由があるはずだ。自分だったら…………もし自分が恵と同じ立場だったら……。そこまで考えて…それから考えるのをやめた。
「ツナ。」
「……っ。」
「ツナマヨ。……ツナマヨ。」
大丈夫、きっと大丈夫だよ。また元通りに戻れるよ。そう思いを込めながら、ナマエの頭をポンポンと撫でた。ナマエの目にじわりと涙が浮かんだので一瞬焦ったが、それでも棘は続けた。
「とげ…くん、ありがと……」
「…………っ。」
グスっと鼻を啜りながらも泣いてはいけないとどうにか堪えている様子のナマエを見て、棘の方が堪えられなかった。撫でていた頭をそのまま引き寄せて、腕の中に閉じ込めた。強引にならないよう、できるだけそっと。
「え……?」
「ツナマヨ。」
「………………っ。うううぅぅぅ……。」
泣いてもいいよ、それが伝わったのか。いよいよ本格的に泣きだした。でも棘はそれでいいと思った。我慢して溜め込むのはよくないと思ったから。そのまま泣いているナマエを宥めるようにずっと頭を撫でていた。
女の子をこんな風に腕の中に閉じ込めたのは初めてだった。だからものすごくドキドキしたし自分は何という大胆なことを、と恥ずかしくもなったが。ナマエが思っていた以上に小さかったから、壊してしまないようにそっと抱きしめた。
慣れないことをしたせいか、それともこの雨音のせいか。棘たちは気付かなかった。
ナマエと同じく眠れない夜を過ごして、眠気覚ましにエナジードリンクを買いに自販機へとやって来た人物が居た事に。そして結局何も買わずにその場を立ち去った事にも。
棘たちは気付かなかった。
この日も一日中降り続けた雨はそのままさらに数日間、地面が乾く隙を与えず濡らし続けて。そして、六月が終わろうとしていた。
————七月。……夏がもうすぐそこまで、やって来ていた。