第五十話 離合
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予定の時間よりも大分早く、棘は自室を出た。向かった先は集合場所である校門前ではなく、女子寮の入り口だった。
気になっていたのだ。昨夜雨の音が凄かったにも関わらず、真下の部屋から言い争う声とその後すぐに聞こえた激しく扉を閉める音。ナマエと恵が喧嘩したのだと思った。無責任に「がんばれ」なんて言ってあの場を去ったのは間違いだったのかもしれない。
けれど、心配だからと恵の所へ顔を出すのは気が引けた。恵からすれば自分の顔なんて今は見たくないだろう。そう思ったから。だからと言って行ったこともないナマエの部屋をノックできるほど図々しくもなかったのでここで待つしかなかった。
真希とパンダには昨日帰ってからメッセージを送っておいた。といっても大方の事はナマエの実家に行くことが分かった時に伝えていたので、寮に戻ったことと真希宛てにはナマエが話したいようであれば聞いてあげて欲しいという旨だけ。
自分の所にこんな話が舞い込んで来るなんて、棘は考えたこともなかった。そりゃいつかは狗巻家の跡取りとして見合いでも何でもして誰かと結婚する日が来るのだろうと漠然と思ってはいた。自分にはこの術式があるし、自分が誰かと恋愛する姿なんて想像したことがなかったので、見合い自体に特に抵抗は無かった。だが、相手がナマエだなんて一体誰が想像できただろうか。
明言していなかったとはいえ、二人はとてもお似合いだった。お互いがお互いを大事に思っていることは近くで見てきたからよく分かっている。出会った時には二人はすでにそうだった。
だから、ナマエから向けられる好意の種類が、『それ』ではないと分かっている。キラキラした瞳で見てくるのも、自分を見かけた時に飛びついてくるのも、いたずらが成功した時に満面の笑みを向けてくるのも。…『それ』ではない。分かっている。
これは恋じゃない。ふと目が合った時に逸らせなくなるのも、でもその後に微笑まれると逸らしてしまうのも。ナマエが泣いているとこちらまで泣きそうになるのも。つい頭をぽんぽんとしたくなるのも。『それ』ではないのだ。
「あれ…?棘くん?」
入り口の壁に背中をつけてぼーっとしているといつの間にかナマエがやって来ていた。気付かなかったのは雨音のせいということにしておこう。良かった、集合時間より早く出てくると踏んでいたが当たりだった。
「おはよう。迎えに来てくれたんだね、ありがとう。今日の任務もよろしくね。」
「しゃけしゃけ。」
「あれ?コンビニ行ってたの?あ、ノドナオール?」
ナマエの視線の先には棘がぶら下げている白いビニール袋。任務の為に喉薬を調達したと思ったようだが、基本的にコンビニには薬は置いていない。
「おかか。」
「あれ?違うんだ。」
「めんたいこ。」
「え?どこ行くの?校門そっちじゃないよ?」
ナマエの手首を掴んだ。手をつなぐのは憚られる。くいくいと引っ張ってから棘は歩き出した。