第四十九話 雨音
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『帰りは家の車で送ってもらうのでお迎えは大丈夫です。遅くなるかもしれないから今日のことは明日話します。』
ナマエからのどこか他人行儀なメッセージを見たのは、単独任務を終えた後の帰りの車の中だった。
恵は朝から今日の事が気になりすぎて心ここに在らずの状態で任務に向かった。相手が低級呪霊だったから良かったものの、これはとても危険なことだ。もしもこれが重めの任務だったなら、命が脅かされかねない。自身を戒めて今日の事を反省しながらスマホを開いたら、これだ。
(なんだ……これ。)
いつもなら無駄に顔文字や絵文字を多用するナマエ。敬語のメッセージなんて初めてで。何かあったと言っているようなものだ。途端に漠然とした不安が恵を襲う。
朝はただの曇り空だったが、帰る頃には小雨が降り出し、少しずつ窓の外の景色を濁らせている。夜には本降りか。スマホで天気予報を見ながら濁った景色を眺めていた。
高専に到着した時、ちょうど同じタイミングでもう一台車が入ってきた。降りてきたのは恵もよく知る2年生たちだった。
「お!恵ー、お前も任務帰りか?」
「お疲れ様です。真希先輩、パンダ先輩。今日は二人なんですね。狗巻先輩は別任務ですか?」
「あ?お前…ナマエから聞いてねぇのか?」
「…は?」
「棘なら今日は……」
「おい!真希!!」
真希の言葉をパンダが強めに遮った。今、ナマエの名前が出た。間違いなく出た。
「…なんでここでナマエが出てくるんですか。」
「……。」
「……今日、あいつは実家に呼び出されて帰ってます。それと何か関係がありますか。」
恵が何も知らされてない、と気付いたのか。真希はバツが悪そうに口を噤んでしまった。
「スマン、恵。これは俺らから話さない方がいいらしい。」
「パンダ先輩……。」
「寸止めみたいで気持ち悪いだろうが勘弁してくれ。外野から聞かされてもイイ気はしないだろ。…悪かったな。」
ほら、行くぞ真希。そう言ってパンダは真希を促した。真希も小さな声で悪い、とだけ言って、二人して去ってしまった。
(……寸止めどころじゃねぇだろ……)
勘のいい恵からすると、ほぼ全部話されたようなものだった。あの口ぶりは、どう考えても狗巻がナマエの実家へ行った、ということだろう。そうとしか考えられない。ナマエが実家に呼び出されて、そしてその場に狗巻も居る。
……導き出される答えなんて、一つしかない。
「そうか……狗巻先輩か……そうか……これはさすがに想定外……はははっ……はは……は……っ。」
夜から本降りと言っていた天気予報はどうやら外れだ。先輩たちが居なくなったのを見計らったように、大粒の雨が降り出して恵を濡らした。恵の小さな呟きは雨音に掻き消されて、乾いた笑いも雨のせいで酷く湿ったものになってしまった。
まるで着衣水泳の後かのような姿になるまで雨に打たれた恵は任務の時とは別の意味で心ここに在らずだったが、それでも足取りはしっかりとしていた。びしょ濡れのまま自室に戻り、流石に風邪をひくと思ったのか直ぐにシャワーを浴びた。
シャワーから戻りスマホを開いたが何も通知は来ていなかった。あれから、帰ったら知らせるようにメッセージを打っておいたのだが、既読は付いているが返信はない。遅くなるかもしれないと書かれていた。まだなのか、敢えて返事をしていないのか。
ナマエのことになると短気な部分を発揮する恵。明日話すと言われようが待てるはずなどなかった。
ナマエの部屋を訪れ、ノックするが不在のようだ。隣室の釘崎にも尋ねたがまだ帰っていないようだった。
それならばと一度自室に戻り、今度は傘を片手に校門へと向かった。何時に帰ってくるかわからないが、ナマエのことだ。今日は連絡してこないだろうと、確信していた。だから、何時間でも待つ覚悟だった。
雨粒が大きく、さらに斜めに降り注ぐせいか。ただ立っているだけなのに勝手に足元が水分を帯びて重たくなってくる。それでもこの場を移動する気にはならない。
どれだけ待ったか。あたりは既に暗闇で。時折ヘッドライトがこちらを照らすたびに顔を上げるが、どれも高専所有の車だった。そんな折、高専の車とは明らかにヘッドライトの明るさが違う光がこちらに向かってきた。王冠をかたどったエンブレムも見える。しかもボディを見る限り最上級のグレードだ。暗闇の中でも十分わかった。こんな高級車、高専の車両には使わない。
校門の少し手前で止まったかと思えば、運転席から傘をさした黒服の男性が降りてきた。恵はこの人物と面識があった。
「…春日さん。」
「伏黒君ですか、ご無沙汰しております。」
恭しく腰を折ったのは、今は翔の側近のはずの春日だった。
「ナマエ様のお出迎えですか。健気な事だ。ですが、今後は行動を謹んでいただきたい。」
「……は?」
「呪術界はとても狭い。どんな噂が立つかわかりませんから。…あぁ、失礼しました。まだご存知ないのでしたね。」
「…………。」
ナマエが昔から苦手だと言う春日。それは恵も同じだった。その理由は……こういう所。今も昔も相変わらずのようだ。
何も言わない恵を見た後、鍔を返して後部座席へと回り、もう一つの傘を器用に開きながらそのドアを開けた。
「……恵。迎えに来てくれたの?」
「あぁ。」
「……。」
ナマエが車を降りながらもどこか気まずそうな顔をしたのは……後部座席には、もう一人乗っていたから。
「狗巻……先輩……。」
「すじこ……。」
まさか一緒に帰ってくるとは思っていなかった恵は目を見開いたが、それは棘も同じだったようで。春日から傘を受け取り車から降りた棘は、同じく目を見開いた後、申し訳なさそうに視線を下げた。
恵の様子に違和感を覚えたナマエは、キッと春日を睨んで問い詰めた。
「春日。……恵に何を言ったの。」
「私は事実をお伝えしたまで。あとは、そうですね。ご忠告を一つ。」
「っ勝手なことしないで!……恵、春日が何か失礼な事言ったならごめんなさい。」
「いや……」
「ナマエ様、それでは私はここで失礼致します。狗巻様、今後ともナマエ様をよろしくお願い致します。」
「春日!!」
ナマエの叱責などお構いなしで春日はそのまま運転席へ乗り込んで車を発進させてしまった。
「「「…………。」」」
車が居なくなった校門前は、当然真っ暗で。どうにか離れた所の街灯でやっと帰路を目指せるくらいに、真っ暗。お互いの表情すら汲み取れない。雨粒がバチバチと傘を打ち付ける音だけがうるさく、耳についた。
「……すじこ。」
雨音以外の音が発せられたのは、棘からだった。