第四十八話 良縁
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あとは若いお二人で」
生でそのセリフを聞く日が来るとは思っていなかった。ドラマの中でしかありえないセリフだと思っていたから貴重な体験をしたなぁ、なんて考えてしまうくらいには現実逃避していた。
ナマエが現実逃避の最中だったせいでぼんやりしていると、棘が耳元で小さな声で話しかけてきた。
「たかな。」
「え?あぁ、うん。分かった。」
〝行こう〟。そう聞こえたので、同席する人たちに一言断りを入れてから棘に合わせて立ち上がり、大広間を出た。大人たちは残ってまだまだ酒を楽しむようだ。ドラマではこういう時は周りが席を外すものだった気がするが、これは現実だ。気にしないようにした。
「どうしよっか。話してる内容、周りに聞こえない方がいいよね…」
「しゃけ。」
「私の部屋にしよっか。」
「こんぶっ!?」
「え?だめなの??」
「めんたいこ!ツナマヨ!!めんたいこ!!!」
「え…ごめん、今のはわかんない。」
「おかかぁ…。」
なぜか棘は慌てていて、何と言っているかはわからないけど、ダメだと言いたいようだった。でも、誰にも聞かれない場所なんて自分の部屋以外思いつかない。
「あーでも。確かにしばらく帰ってなかったからホコリかぶってるかもね…。そんなの棘くんも嫌かぁ。ごめんね気づかなくて。」
「おかか!!」
「あれ?違うの?」
「しゃけしゃけ!」
棘との会話に慣れてからは困ったことが無かったナマエだが今回に関してはよく分からない。なぜに棘は部屋に来るのを嫌がるのか。なぜ若干顔を赤くするのか…。
「じゃあ、一旦行ってみようよ。もしかしたら掃除してくれてるかもだし!」
「こんぶ…。」
「えー?分かんないって…。ほら、行こう?」
キリがないのでナマエはもう棘を無視して自分の部屋に向かう事にした。渋々と言った感じで後ろをついてくる棘にホッとしながら廊下を進んでいった。
「あ!よかったぁ、ちゃんと綺麗にしてくれてる!棘くん、大丈夫だったよ。どうぞ?」
「しゃけ…。」
またもや渋々の様子で仕方なさそうにではあったが部屋へ入ってくれた。ナマエの部屋は使用人が定期的に掃除してくれていたみたいだ。ベッドも家具も清潔さを保っている。配置などはナマエが家を出た時と変わらないので、下手に私物には触っていないという事だろう。ささやかな配慮が見られた。
座布団を出してきてどうぞと促すと棘は律儀にも正座で座って、そのあとキョロキョロと部屋の中を見渡した。どうにも落ち着かないらしい。
一方のナマエはやっと大人たちから解放されて一息つけると言った感じだ。着物があるためまだ堅苦しいが、一人で脱げないからもう少し我慢しないといけない。
そわそわしている棘に、ナマエは申し訳なさそうに謝った。
「ごめんね、他人の家で寛げっていう方がおかしいよね。でもここは勝手に誰かが入ってきたりしないし、私しかいないからもっとリラックスしていいんだよ?」
「っ!たかな!こんぶ!!」
「???」
また恐縮した様子で両手をブンブン振りながら、何か否定するようなことを言っている気がする棘に首を傾げたら、棘はポケットからスマホを取り出して何やら文字を打ち始めた。
「ツナ。」〝読んで〟
これは分かった。というか画面をこちらに向けているのでそれ以外にないのだろうが。
〝部屋で二人きりなんて恵に怒られるよ。〟
「そんなこと心配してたの?大丈夫だよ、恵も何回も入ったことあるし。」
「…………。」
そうじゃない。…そうじゃないが、多分自分の言いたいことは1ミリも伝わらないだろうと判断した棘は、諦めた。ナマエにおにぎりの語彙も今はうまく伝わらないので、引き続きスマホに文字を打つ。
〝さっきも言ったけど、ごめん。親を止められなかった。〟
「それは、棘くんのせいじゃないって言ったでしょ?」
〝でも大丈夫。卒業するまでまだ時間がある。それにこれはまだ婚約じゃない。ただの顔合わせだよ。〟
「…そうなのかな。お互いノリノリだったよ?…どうにかできるの?」
〝分からないけど諦めるのは早いよ。一緒に考えよう。〟
「…棘くん。」
優しく微笑んでこちらを見る棘に、ナマエは泣きそうになった。こんなことになってしまったけど、棘でよかった。見ず知らずの年の離れたオジサン(ドラマの見過ぎ)とかであればもうお手上げだった。涙をグッと堪えてありがとう、と精一杯の笑顔でお礼を言った。
「…………。」
「棘くん?」
「………………。」
形の整った薄い唇が少し開いたと思えば、ナマエの呼びかけに答えずまた棘は何かを打ち込んだ。…でも、フッと息を吐いたかと思えば小さく首を振って、打ち込んだ文字を消してしまったようだ。気を取り直したように打ち込んだのは。
〝恵には?〟
「…うん、内緒にできるようなことじゃないもんね。ちゃんと私から話すよ。」
「たかな?」
「うん、大丈夫。噂とかで誰かから聞くよりはいいよね。でも、今日は無理かな…ちょっと心の整理してから、明日にでも話すことにする。」
「しゃけ…。」
「心配しないで、大丈夫だから!…あ!そういえば喉乾いたよね。ごめんね、何も用意してなくて。ちょっとまっててね、飲み物用意してくるよ!」
「すじこ…!」
『女の子の部屋に一人にするな!』という棘の言葉は届くことなくナマエは部屋を出て行ってしまった。というよりは、また泣きそうな顔を見られたくなかったかのようだった。
「…ツナ。」
一人になった棘。そっとスマホの画面を見た。そこにはさっきナマエには見せなかった文字が…。
〝本当にどうにもならない時は、その時は俺がナマエを幸せにするよ。〟
「っ!!!!!」
その文字を見た後。棘は恥ずかしくなってナマエが戻ってくるまで一人でもんどり打っていた。
「え?……棘くん?」
「お!!…おかかぁ…」
そしてしっかりナマエに見られてしまった。