第四十八話 良縁
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父の合図で大きなテーブルが運び込まれた。高専のナマエの部屋にある物と同じ檜造りの一枚板。だがナマエの部屋の物のおよそ三倍はあろうかという大きなテーブルだ。そこに続々と料理が運び込まれあっという間にテーブルは給仕たちが腕によりをかけた創作料理でいっぱいになった。
この場には酒類の用意されていて、父や兄は付き添いで来ていた彼の父と談笑を交えながら酒を嗜んでいる。母も同じくその場の空気を楽しんでいるようだ。
——確かに、ナマエが彼のことを好意的に思っていることは間違いではない。むしろ好きだ。いや、大好きな人だ。現に会うたびに目を輝かせて飛びついていたのだ。兄がどこで知ったのかは不明だが、そう思われるのもおかしな話ではない。
だが、『そういう』好きではないのだ。…ビジュアルが好み。でもそんな俗な理由だけではない。人として、もちろん術師として、そして…………同じ高専で学ぶ、一学年上の先輩として。尊敬している。
隣で静かに料理を口にしている『先輩』に、親たちに聞こえない程度の小さな声でそっと話しかけた。
「この事、知ってたの?……………棘くん。」
「…………。」
チラリとこちらを見てから眉を下げた先輩こと狗巻棘は、ふるふると静かに首を振った。おにぎりの語彙は、仲間内でしか使っていない。だからか、言葉を発することなく仕草で反応してくれた。
いつものネックウォーマーはつけておらず、口元には狗巻家の家紋がはっきり見える。はじめて見るネイビーのスーツ姿に、艶のある重ためのサラサラ前髪は今日は後ろに流して綺麗にセットされている。そのせいかいつもより大人びて、そして普段隠れている喉元が晒されているのもあるのか…色気すら感じる姿だった。目を伏せて食事をする姿など、正直かっこよすぎる。イケメンすぎる。こんな状況でなければナマエは大はしゃぎだったに違いない。でも、ここで空気が読めないほど、ナマエはアホではない。
ツンツンとナマエの手の甲をつついた後、手の平を広げて見せた。なに?と聞くももう一度つついてから手の平を出す。どうやら手の平をこちらに出せという事らしい。よくわからなかったが棘の言う通りにすると、ナマエの手の平に指で文字を書き始めた。
(ご……め…………、「ごめん」って……)
「そんなのっ、棘くんのせいじゃない。たぶん…私と一緒だよね。避けられなかった…でしょ?」
眉を下げて悲しそうな顔をした狗巻。とても申し訳なくなってきた。家の事に巻き込んでしまった。続けて文字を書くので手の平を覗いてみると。ひらがなで「あとで」と書かれた。
「うん…そうだね。後で話そう。」
今はとてもじゃないが本音で話すことなんかできない。狗巻に気を揉ませるのもよくない。この場では、穏便に過ごそう。そう決めた。頼りない表情だったとは思うが、どうにか狗巻に笑顔を見せた。
二人の様子を見ていたのか、狗巻の父親がこちらに向かって嬉しそうに話しかけてきた。
「ナマエさん、棘をよろしくお願いします。棘は狗巻の術式のせいもあって人とのコミュニケーションをとることが難しい。…これまでも苦労させてきました。だが、あなたなら安心だ。今も抵抗なく棘と言葉を通わせている、それが私は本当に嬉しいんですよ。」
「「………。」」
屈託なく笑うその顔は、棘に少し似ているかもしれない。狗巻の父も同じ術式を継いでいるが、こうして普通に話している。不思議に思っていたが、狗巻父は棘ほど強く継承しなかったそうだ。だから普通に話しても問題がない。つまり、棘は強すぎる能力を継承してしまったせいでこれまでいろいろと苦労してきたのだった。
棘のおにぎりの具の語彙でも難なく会話ができて、棘のことを良く思っている。さらに、相伝ではないにしろミョウジ家の才能をしっかり開花させている優秀な呪術師でもあるナマエ。今後ナマエがもっと成長すれば棘と普通に会話できる日が来るかもしれない。狗巻父からすると、ナマエはこれ以上ないお相手であった。
棘のこれまでの境遇を想像すると居たたまれない。きっとナマエでは理解しきれない辛さや葛藤があったのだろう。狗巻父の口ぶりから、棘の事を大事に思っている事も伺えた。狗巻家も代々歴史のある呪術師の家系。術式のせいで繁栄させるのもなかなか難しいことも分かる。……だからと言って本人たちの意思を確認することなくコトを進めるのはどうなのか。いや、おかしいに決まっている。
それがおかしいという事に全く気付いていない。両家とも、子供の幸せを願っている、と言う点では変わらない。今回は逆にそれが厄介だ。良かれと思って行動する人をどうにかするのは、悪意を持つそれよりもよっぽど難しい。それが正しいと、当たり前だと思っているから。明治だか大正だか知らないが、呪術全盛の時代の考え方が未だに根付いている。
「私たちも安心しましたよ。ナマエの嫁ぎ先に関してはこれまで様々な家から声が掛かっていましたが…どれもミョウジの家しか見ておらず。ナマエを道具としか見ていなかった。ナマエ自身を見てくださっているのは、狗巻さんが初めてですよ。」
はっはっはと快活に笑う父。自分の事を考えているのにどうしてこうなるのか。自分の相手は自分で選ぶ。そう言えたらどれだけいいか。でもこの場には兄もいる。狗巻家もいる。父と母だけであれば何かしら進言することもできたかもしれないのに。状況が不利すぎた。
給仕たちが用意してくれた自慢の創作料理たちは、申し訳ないが今のナマエには全く味がしなかった。