第四十七話 謁見
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兄の書斎前。正座をして障子の向こうに居るであろう人物へと声を掛けた。障害物のせいか少しくぐもった声で入れ、と返事があったのでナマエはそっと障子を開き、そのまま部屋の前で頭を垂れた。
「顔を上げろ。」
「はい…」
「悪くない。今日と言う日に相応しい装いだろう。」
「…ありがとうございます。」
これが、この兄妹の会話の仕方である。昔からこうではなかったが、今は置いておくとして。兄の言い方から、ナマエの予想は更に確信へと近づいた。
「あの、兄様。今日はどんなご用向きで…」
「大広間へ向かう。父上と母上がお待ちだ。」
ナマエが言い切る前に翔は立ち上がりナマエの言葉を遮った。まるでこたえる必要などないと言われているようだった。こちらへ向かってくる兄の邪魔にならないよう少し横に避けて。部屋を出た兄の後を静かについて行った。
———大広間にて。兄の時のように部屋の入り口で手を付いて頭を下げたが先程とは打って変わって優しい声が降りてきた。
「そう畏まらないでおくれ。さぁ、久方ぶりだ。よく顔をお見せ。」
「っ父様。」
顔を上げると優しい瞳とかち合った。一年以上会っていなかったからか。少し痩せたようにも見えるが、元気そうでよかった。隣に控える母も、穏やかに笑んでいた。
「しばらく見ない内に随分綺麗になったなぁ、まるで母さんの若い頃の生き写しのようだね。」
「ナマエ、こちらへおいで。母にもよく顔を見せて頂戴。」
「…はい、母様。」
母に言われ、ゆっくりと奥へ足を進めて歩み寄った。
「ほんと、着物もよく似合っているわね。命と隣り合わせの高専に通う事…とても心配だったけれど。よく帰ってきたわね。元気な姿を見られて嬉しいわ。」
そう言って微笑んだその顔は、父の言う通りナマエそっくりで。ナマエが歳を重ねればきっと今の母のような姿かたちだろうと想像できる。いつからか厳しくなった兄に対して、父と母はずっと変わりなくナマエに優しかった。それはもう愛情を惜しみなく注いだ。兄がどんなに厳しくても変にスレたりしなかったのはこの父と母が居てこそだろう。
「父様、母様。ずっと帰ってこれなくてごめんなさい。」
「任務や鍛錬で忙しかったんだろう?夜蛾君からも、ナマエが頑張っている事は聞いているよ。ナマエは私たちの自慢の娘だ。」
「…………。」
…何かがおかしい。なぜ、『あの事』に触れないのか。まるで何もなかったかのように父と母は話す。チラと兄の方を伺うと父と母に分からないように目を閉じて静かに首を横に振った。
(そうか、二人は知らないんだ…)
『あの事』の話は父と母まで伝わっておらず、兄が後始末含めてすべて一人で行ったのだ。現当主である父のあずかり知らぬ所で兄が事を収めた。驚きはしたが、正直ありがたかった。未遂とはいえ娘が男に辱められたなど、聞かせたくなかった。兄の配慮のお陰か、悲しい思いをさせずに済んだ。
「父様、今日はどうしたの?任務をお休みしてまで帰ってこいって……」
「あぁ、そうだったね。来てから驚かせようと思ってね。サプライズというやつだよ。」
「サプライズ?」
父は目尻に皺を作り嬉しそうにしている。母も穏やかな表情のままだ。
「ナマエも来月には十六になるだろう?少し早いかとも思ったがこういった事の準備は早い方がいい。」
「え…?」
「向こうのご両親も是非にと言ってくださっている。相手の方が高専を卒業してからだから二年以上は先になるが、今の内から仲を深めておくのもいいという話になってね。」
「っ!」
ナマエの悪い予感は、見事に的中した。この言い方は…やはり。
「お見合い……ってこと?」
「お見合いというか、ナマエもよく知っている人だよ。翔からも彼のことを悪くは思っていない、むしろ好意的だと聞いてね。だから私たちも居てもたってもいられずに今日の席を用意したんだよ。」
ナマエには幸せになってもらいたいからね、と付け加えられた。高専、知り合い…。いつかこの時が来ると分かってはいたが、相手はどこの誰かも知らない人だと思っていた。それがまさかの現高専生。それが恵でないことだけははっきりしている。そして———父の言葉から、まさか…とある人物の顔が脳裏をよぎる。
「あまり待たせるのも彼に申し訳ない。そろそろ入ってもらおうか。翔、任せて構わないかい?」
「はい、父上。」
ナマエが考え込んで何も言えない間に翔がお相手を呼びに向かったらしい。
(待って…嘘でしょ………待って……そんな……)
喉が渇く。この後やってくる人物がナマエの思う通りであれば…これから自分たちはどうすればいいのか。目の前が真っ暗になった。何も考えられない。心臓の音がうるさい。
落ち着いて考えられる訳もなく、そんな暇もなく。あっという間に翔は戻ってきた。障子の向こうには兄を入れて三人分の人影。
———そして、ゆっくりと障子が開かれた。