第四十六話 帰路
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
———翌朝。どんよりとした雲に覆われ、今にも雨が降りそうな空模様だった。まるで自分の心の中を具現化していると錯覚さえしそうだと思いながら、ナマエは憂鬱な気持ちで校門へと向かった。
「おはようございます、ナマエ様。」
「おはよう、お迎えって…
「はい、翔様のお申しつけにより
「そういうのいいから…。」
「左様でございますか。では、お車へどうぞ。」
「……。」
校門には見覚えのある黒塗りの車。側に佇んでいたのは、幼少期にナマエたち兄妹の身の回りの世話係をしていた春日だった。こちらに気付き深く腰を折ったかと思えば相変わらずの堅苦しい挨拶。なぜ彼がここに居るのか。ミョウジ家の使用人の中でも古参である春日は、今は側近として翔の側を離れることはほとんどないというのに。あの頃よりも少し白髪は増えたが、相変わらず厳格が服を着たような人物だ。
幼い頃はよく遊んでもらっていて優しかったという記憶もある。だが中学に上がる頃には礼儀作法に厳しく口うるさいお目付け役という印象になった。そのため、大きくなってからは春日が苦手であり、ナマエにしては珍しくそっけない態度を取ってしまうが。流石は
そんな春日がわざわざ自分を迎えに来た理由。全く想像がつかないが嫌な予感しかしない。車に乗り込みしばらくして春日に今日の用件について聞いてみたものの「翔様から直接お聞き下さいませ。」とバッサリだった。
自宅まではそれなりに距離があるため、窓の外を流れる灰色の景色をぼんやりと眺めながらただ時間が過ぎるのを待つ。そんな中、ナマエは今朝の恵との会話を思い出していた。
昨夜はあれから恵の宣言通り恵の部屋で共に夜を過ごした。ちゃんと健全な過ごし方だった…………とは言い切れない。
『ほんとに一人で大丈夫か?迎えを寄こすことなんか今までなかっただろ。』
『拒否権、あると思う?』
『…………ないな。』
『でしょー?何言われるのか怖いけど。父様と母様にもしばらく会ってないしね。久しぶりに顔見てくるよ。』
『帰りはどうすんだ。』
『んー。送ってくれるんじゃない?それか自分で電車とかで帰ってくるかな。』
『その時は連絡しろよ。駅まで迎えに行く。』
『いいよ、わざわざ来てくれなくても。』
『いいから、連絡、分かったか?』
『…心配性。』
『あ゛?』
『なんでもないデース。』
『連 絡 し ろ よ 。』
『……。』
『おい、返事。』
『はーい!』
いつも通りの日常会話。随分久し振りだった気がしてこんな何気ない会話がまたできるようになって、恵と元通りの関係に戻れたと実感していた。そもそも拗れたのはナマエ自身のせいなのだが。そんなやり取りを思い出していたら顔が緩みそうになったので春日にバレないようにこっっそりと口元に手を当てて表情が分からないよう隠した。
「ナマエ様。」
「ッえ?……何?」
「邸宅に着きましたらまずは離れの方へご案内致します。家の者がお召替えの準備を整えておりますので。」
一瞬、見られたのかと焦ったが単にこの後の予定を話しているだけのようでホッとした。…が、ちょっと待て。
「…なんでわざわざ着替えるの?」
「久方振りにご当主様と奥方様にお会いになるのでしょう?身形を整えていただかなければなりませんから。」
「……。」
確かに今のナマエのいでたちは何てことない普段着だ。けれど実家に帰るからといつもよりはカッチリしたデザインのものを選んだ。身内に会うだけなのにこれではダメなのだろうか。いや、春日は準備を整えていると言っていた。つまりナマエの今の服装は関係なく、初めから着替えることが決まっていたという事だ。
「ねぇ春日。今日…何があるの。兄様から聞いてるんでしょ。」
「先程申し上げた通りでございます。」
暗に兄から直接聞けともう一度言われてしまった。
「…………堅物。石頭。頑固者。」
「何とでもおっしゃると良いでしょう。私の役割はナマエ様を無事邸宅にお連れすることですから。」
「今すぐ車降りたいんだけど。」
「それが承諾できかねることはナマエ様が一番お分かりでしょうに。」
「…………春日なんか今この瞬間にポリープできて喋れなくなっちゃえ!」
「ポリープは瞬間的にできたりはしませんよ。」
「〰〰〰〰っ!!!」
暖簾に腕押し。糠に釘。何を言っても無駄である。ああ言えばこう言うを繰り返されて、ナマエの精一杯の悪口も真面目に返されては元も子もない。
———深く深く、それはもう長いため息が出た。