第四十三話 距離
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「ねぇ!ちょっと…っ!」
ナマエの腕を掴んだまま、ナマエが何を言っても返事すらせず、そのままぐいぐいと引っ張るように恵の自室前までやってきた。てっきりお互いそれぞれの部屋に戻ると思っていたナマエにはさっぱり意味が分からない。
「…恵?」
「………………。」
何も言わない恵に不安を覚えたナマエは部屋の前で立ち止まったままの恵を心配そうに覗き込んだ。無表情の恵は何を考えているのかやはり分からない。
「ふーーーー。……寄ってけ。」
気を取り直したように大きく息を吐いた恵は、自室の扉を開けてナマエの腕を掴んだまま中へと入った。促されるまま恵の部屋へと足を踏み入れた。
——パタン。
「わぷっ。」
扉が閉まると恵は入り口で立ち止まり、掴んでいたナマエの腕をぐいっと引き寄せてそのままナマエを自分の腕の中に閉じ込めた。
「…め…ぐみ?」
「……。」
不安そうにナマエが声を掛けてもそれでも恵は何も言わない。そういえば先程からずっと不機嫌そうな顔をしている。自分は恵に何かしてしまっただろうか。確かに発作を起こしたことで迷惑はかけてしまったが…。そこまで考えて、もう一度ナマエは恵に話しかけた。
「あの…恵?なんか怒って…る?」
「…怒ってない。」
(やっとしゃべった!…でも声が不機嫌!!)
かと思えばまたすぐ黙る。何だこれは。そして恵は何も言わないままその腕に力を込めて更にぎゅうっとナマエを抱き込む。
「ちょ……くるし……。」
「………。」
「め…めぐみさー…ん。聞こえてる?」
「………。」
苦しいと唸るナマエにやりすぎたと思ったのか少し腕の力を緩めた恵。そのまましばらく抱きしめていたが、時間にして数分だろうか。やっと恵が口を開いた。
「…アイツは…もう居ない。お前の目の前に現れることも一生ない。お前の身に危険が及ぶことはもうないんだ。」
「っ!」
恵が過呼吸の原因に気付いていた事に驚いたナマエは息を呑んだ。予想して言っている感じではなく、確信している言い方だ。まだナマエの口からは何も言っていないのに。名前を口にするのも嫌だったんだろうが、誰の事を言っているのか、すぐに分かった。
ナマエには伏せられていたが、恵は五条を経由して裃条の処遇について聞いていた。世間体もあるのか法の裁きは受けていない。特殊な呪具により呪力を封印することでの呪力剥奪。それにより呪術師としての活動はできなくなった。もちろん高専からも除名処分。ミョウジ家からの断罪は凄まじく、本人の命による償いも吝かではなかった。当然のことながら裃条家とミョウジ家の今後の関りは一切禁止。そして、どうにか温情をと、肉親ということで裃条家が身柄を引き取り、本家で使用人として過ごし一生屋敷の敷地から出さない事を誓わせる事で話はまとまったのだ。その処遇は恵が納得できるものでは到底なかったが、二度とナマエの前に姿を現すことができない状態になった、それだけが安心材料だった。
「恵、、、あの…」
「お前が苦しむことなんか、何もない。お前がまだ気にしてるなら俺がアイツを…」
「ちょっと、待って…恵。ねぇ、落ち着いて?」
珍しく早口で話す恵に戸惑いつつも、何やら物騒な事を言い出しそうな恵をどうにか落ち着かせようとその言葉を遮った。ナマエの様子に恵もハッとして、不機嫌そうな顔からバツの悪そうな表情へと変わった。
「っ悪い…。」
「ううん。」
五条の言う、周りはいつも通り見守ることが肝要。…分かっていたつもりだったが、いざナマエを目の前にして、その小さな体で色んなことを抱え込んでいるかと思うと恵は居てもたってもいられず。その結果がこの通りで。いつも冷静沈着(五条に言わせると冷静ぶっている)な恵だが、ことナマエが関わるといつもこうだ。
「迷惑、かけてごめんね。」
「迷惑なんかじゃない。」
「ふふ、そっか。心配かけてごめんね。」
「心配は…した。」
いつになく素直な恵にナマエから笑みが零れた。純粋に嬉しかったから。心底心配してくれる存在が居るだけで心持ちは全然違う。それが恵となれば尚更だった。…けれど、それではダメだ。また、頼ってしまう。恵が居ないとダメな奴になってしまう。
「ありがとう、恵。でも、大丈夫だよ。」
「大丈夫な奴は過呼吸なんか起こさない。」
「…確かに。」
「何でも言えよ。思ってること。前にも言ったけど俺には遠慮すんな。」
「遠慮はしてないんだけどなぁ…。自分でもびっくりだよ。もう平気だと思ってたし。それも恵のお陰なんだよ?」
「深層心理では気にしてたってことだろ。」
「深層…って、自分で意識してないところまでは私にもどうにもできないよ。硝子ちゃんに対処法も聞いたし、また起こっても自分でどうにかできるよ。…多分。」
「自分でどうこうできるもんでもないだろ。」
「うーん、理由も分かったしホントに大丈夫なんだけどな…。」
「………。」
先程からどこかナマエが一線を引いているように感じた恵は漠然とした不安に駆られていた。いつもならこうやって抱きしめると背中に腕を回してすり寄ってくるのに、それもない。顔を赤らめて恥じらう様子もない。
「ナマエ…」
抱きしめていた体を少し離してその顔を覗き込んだ。普段より元気がないのはこの際仕方ない。だが目が合うと少し照れるのか…瞳が揺れるのはいつも通りだ。いつもしているようにナマエの横髪を耳に掛けてそのまま頬に手を添え少し上を向かせる。ゆっくりと顔を近づけその唇に触れようとしたが…。
「「……。」」
(…避けられた)
ナマエが顔を逸らしたことで不発に終わった。当たり前のようにキスをする仲になって、初めての事だった。…嫌、だったのだろうか。それとも、過呼吸を起こした時のように何らかの不安があったのか。恵には分からなかった。
「発作…起こしたせいかな。ちょっと疲れちゃった。…部屋に戻って休むね。」
「………あぁ、分かった。」
避けられたことを言及することもできず、そのままナマエを見送ることしかできなかった。
一方、恵の部屋から逃げるように出てきたナマエ。足早に自室に向かい、部屋に入るなりズルズルとその場に座り込んだ。
(どうしよう…避けちゃった。恵、絶対変に思ったよね…。)
避けるつもりなんてさらさらなかった。むしろ自分もキスをしたかった。キスをして恵を感じて安心したかった。それなのに、勝手に体が動いた。虎杖の時のような怖さも不安もなかったのに。
(意味わかんない。何やってんの、私。)
自分で自分が分からないナマエは膝を抱えてその顔を埋めた。
———その日は、二人とも眠れない夜をそれぞれが過ごした。