第四十二話 助言
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(あれ…私……)
目を開けてまず思ったのはここはどこだ、という事。そして周りを見渡してあぁ、そうか、と自分の身に起きたことを思い出した。恵たちが医務室を出ている間、言われた通りにベッドに横になっていたのだが知らぬ間に寝てしまっていたらしい。
ナマエがもぞもぞと身じろぎした事で家入が気づき、椅子をキィと回転させてベッドの方を見た。
「起きたか。具合はどうだ?」
「硝子ちゃん…ごめん、寝ちゃってた。」
「もともと寝させるつもりだったよ。」
そっか、と眉尻を下げながらナマエはゆっくりと体を起こした。泣いたせいもあるのか、少々頭が重い。
「ほら、喉乾いただろ。」
「……ありがと。」
家入からスポーツドリンクを受け取り乾いた喉を潤す。どのくらい寝てしまったのかと周りを見渡すと窓の外は既に橙色に染まっている。もう夕方らしい。特殊な校風である呪術高専とはいえ授業をサボってしまった罪悪感がナマエを襲った。サボりともまた違うが。それにいきなりあんなことになってきっと皆を困惑させてしまっただろう、迷惑を掛けてしまった。…など、ナマエの頭の中はマイナス思考がぐるぐると渦巻いていた。きっと家入の本来の仕事の邪魔もしてしまった事だろう。
申し訳なさと合わせて自分は心臓かどこかの病気ではないかという漠然とした不安からまた息が苦しくなってきた気がした。
でも、そうは言ってもこの息苦しさが病気ではないとナマエは分かっていた。いや、ある意味病気なのかもしれないが。
あの時、明るく笑った虎杖の顔が……突然あの人の顔に見えた。あの人と虎杖とでは天と地ほども違うはずなのに。……もう忘れたと思っていたのに。
「…っ。」
「ナマエ…?まだ苦しいか?」
「っううん!大丈夫!」
「相変わらず嘘が下手だな。」
「……。」
心配かけまいと笑顔を作ったつもりだったが、家入には一切通用しなかった。
胸に手を当てて俯くナマエに近寄りナマエの傍に腰掛けた家入が背中を摩りながら覗き込んだがその顔色はまだあまり優れない。
「私は…………弱いね…」
「……。」
「強くならなきゃいけないのに。ううん、強くなきゃいけないのに。」
「ナマエ…」
「こんなことで躓いてたら兄様になんて言われるか…。」
ポンポンと背中を叩きながらも家入はどう言ってやればいいかと逡巡したが、うまい言葉が見つからない。ナマエの呪術師としての活動はひとえに兄次第というもの。兄である翔の鶴の一声でナマエは実家に戻されてしまう可能性もある。
「硝子ちゃん。さっきのアレって、過呼吸だよね?」
「…そうだな。」
「そっか。そっかー…。精神的な不安とか緊張とかで起こるって聞いたことあるけど…あってる?」
「あぁ。」
家入の返事を聞いてナマエは肩を落とした。
「………急に虎杖くんのことが怖いって思ったの…。全然怖い顔してなかったし、むしろ楽しそうに笑ってたのに。でも……掴まれた腕が……怖くて。掴まれた手だって全然痛くないし加減してくれてるのも分かってた。でも怖くて。……その後は目の前が真っ暗になって何も見えなくなって、息ができなくなった。」
自分の身に起こったことをどうにか言葉にしている。人にもよるが、こうやって自分自身でしっかりと向き合って落とし込むことは、大事なことで。それをナマエは誰に言われることなく実行していた。これのどこが弱いというのか。
「恵が来てくれてね、ホッとしたの。息苦しいのはすぐには収まらなかったけど、でも。安心したの。」
「そうか。」
「でもそれじゃダメなんだよ。」
「…なぜ?」
「呪術師になろうって決めたのはもちろん自分の為だけど。でも、恵の力になりたくて頑張ってるのに恵がいなきゃ自分を保てないなんてダメだよ。とか言いつついっつも頼っちゃってるけど…。それに…今はよくてもずっと一緒にはいられないかもしれないでしょ。」
「……。」
家入が以前から思っていた事ではあったが、ナマエは自分の未来を諦めている節がある。抗っているからこそ今高専にいるのだとは思うが、いずれは兄の言う通りにしなければいけないと思っているようだと感じられた。
「ねぇ硝子ちゃん、また過呼吸が起こった時は…どうしたらいい?自分でどうにかできる?」
「…もし自分でできるとすれば、息を吸うよりも吐く方を意識するんだ。あとはとにかく落ち着いてゆっくり呼吸をすることだな。息苦しい時はなかなか冷静ではいられないだろうが。」
「…がんばってみる。」
「頑張ってどうする。気負うんじゃなくて気持ちを楽にする方が大事だよ。」
「あ、そっか。」
それから少ししてコンコンと医務室の扉が控えめにノックされた。
「伏黒じゃないか?後で迎えに来ると言ってたからな。—どうぞ。」
家入の返事からすぐに扉が開き、思った通り恵が迎えに来てくれた。—が。
「え!?どうしたのそれ!大丈夫!?」
「お前はもう大丈夫そうだな。……家入さん。すみませんが湿布もらえますか。」
ちょっとムスッとした表情の恵はナマエをちらっと見た後家入に話しかけた。少々ゴキゲン斜めらしい。先に着替えたのか着衣に乱れはないが、顔や腕やらの至る所に擦り傷のようなものがある。ナマエが驚いたのはそれだ。
「ふっ…なるほどな。五条か。」
「…はい。」
バツが悪そうに顔を顰めた恵に家入は椅子に座れと指示をした。擦り傷の消毒をしてくれるようだ。
「え?…え?何があったの?恵ボロボロじゃん…。」
「後の二人は?」
「似たようなもんですげどあいつらは自分らで手当てするっつって談話室に向かいました。腰打ったくらいで俺も見た目ほど大したことはないんで。」
「五条も相変わらず大人げないな。」
「……。」
飄々としながらも五条は五条でナマエの事を気にしていたんだろう。組み手と称して一年を相手に発散するとは。あくまでも家入の想像だが、おそらくそう間違ってはいない。
家入の治療が終わり、お礼を言った後。よく分かっていないままのナマエを連れて、恵は医務室を出た。
「談話室行くぞ。どっちみちあいつらの所行くつもりだったんだろ?」
「…うん。あ、硝子ちゃん!ありがとう!またね。」
「あぁ、ゆっくり休めよ。」
何か言われると思っていたナマエだったが、発作の事には特に触れることなくそのまま歩き出した恵に拍子抜けしながらその後をついて行った。