第四十一話 発作
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すぐに根を上げると思っていた野薔薇だったが、ナマエに触発されたのか何なのか。意外と食い下がってくる様子を見て、五条はいい意味で裏切られたなと思っていた。第一印象では訓練や修行など面倒なことは嫌がりそうだと思っていたのだ。現に五条の初見通り、野薔薇は幼い頃、祖母の厳しい訓練が嫌で嫌で逃げ出すことも多々あった。
思えばナマエと野薔薇は何だかんだで馬が合う。最初こそ気まずかったものの今では恵が(密かに)嫉妬するほど仲が良くなっていた。そのナマエは訓練に対して(文句は言いつつも)真面目で負けず嫌いだ。仲良くなったナマエと同じ位置でいたい。そんなナマエを見て野薔薇は自分も負けてはいられないと思ったのだろう。
ナマエと恵は言わずもがな。そもそものポテンシャルが高い虎杖と、祖母の術式を受け継ぎまだまだ伸びしろが果てしない野薔薇。それぞれの才能だけでなく相性を見ても今年の一年は夢の実現にまた一歩近づきそうだと、五条の口角は上がった。
「っあーーー!さすがにキツイ!休憩!いったん休憩にするわよ!!」
「分かった。」
ドサッと地面に座り込んだ野薔薇は息を切らして汗を拭っているが恵は呼吸も乱れずまだまだ余裕そうなのが癪に障ったのか、恵に舌打ちをかました。
「…なんだよ。」
「涼しい顔してんじゃないわよ、腹立つわー。」
「理不尽!」
「だいたいさぁ……って、先生何笑ってんのキモチ悪い。」
「確かに。」
「二人ともさぁ、僕に対して辛辣過ぎない?ナマエはもっと優しいよ?」
「「気のせいでしょ。」」
「…まぁいいや。いやー今年の一年は豊作だなと思ってね。嬉しくなったんだよ。」
「フン。まあね、当然よ。」
「どっから来んだその自信。つーかそれを言うなら二年の先輩たちでしょ。五条先生と同じ特級も居ますし。」
「は?生徒に特級がいんの!?」
「そうだねー憂太は今海外だけど他の二年にはその内会えるよ。みんな優秀な自慢の生徒だよ。」
「ふーん。ていうかナマエたちは?うわ。まだやってる。」
この話にさして興味がなかったのか、野薔薇の視線はナマエと虎杖の方へと向かった。野薔薇の言う通り二人はあれから一度も休憩することなく組み手を続けていた。二人を「体力バカ」と称した野薔薇は間違っていない。野薔薇たちは休憩ついでにナマエたちの見学をするため二人の邪魔にならないところまで移動した。
「ぐっ!!」
「はい、もっかーい。虎杖くんまだ遠慮してるでしょ!そんなんじゃ私には一生当たんないよ!!」
「っくそ!」
虎杖は未だにナマエに一発も当てられていないようだ。何より、ナマエの動きが厄介だった。パワーはない癖に虎杖の攻撃を利用して受け流したりやり返したりしてくるのだ。既に何度も虎杖は地面に尻を着いてしまっている。
だが、少しずつではあるがナマエの動きが見えるようになってきた。怪我をさせてしまうのではという懸念はまだあるがこのままだとナマエの言う通りいつまでたっても勝つことはできないだろう。それに本気を出さないとナマエに失礼だと思った。ぐっと拳を握って前を見据えた。
「もう一回!よろしくおなしゃす!」
「!!」
虎杖の顔が変わってナマエは嬉しそうに口角を上げた。
「うんっ!今度はこっちから行くよー!」
その瞬間、虎杖の視界からナマエが消えた。
(っ!下!さっきの数倍速い!!)
虎杖の真下から顎を目掛けて繰り出されたナマエの掌底は間一髪でガードした。
「ぐっ!…ってミョウジこそ本気出してなかったんじゃん!」
「虎杖くんが本気出さないからだ……よっ!!」
———ガッ!ドガッ!!
砂埃を巻き上げながら二人の攻防は続き、ナマエの速度にちゃんとついて行きながら虎杖も必死で食らいつく。
「うわー…何あれ。」
「くっくっくっ。いーねいーねぇ、二人とも楽しそうだ。」
「……。」
恵は黙ったまま二人の組み手を見ながら複雑な心境だった。さっきはああ言ったが、実際体術でナマエには適わない。得物があれば別だが。力はともかく速さも技術も遠く及ばない。ナマエの表情は嬉々としていて、五条や七海を相手にしている時と同じ顔だ。
自分の未熟さに唇をかみしめながらじっと二人のことを見ていた。
(ほーんと、今年の一年は豊作だよ。)
そんな恵を横目に見ながら五条はまたまた嬉しくなったのだった。切磋琢磨できる仲間が居てこそ人は成長する。自分が学生だった頃もそうだった。自分たちが最強と信じて疑っていなかった青かったあの頃を思い出しながら———だがそこで思考を停止して首を横に振りナマエと虎杖の方へと視線を戻した。
「先生?どうしたの?」
「いや…なんでもないよ。お、そろそろ決着かな。」
五条の言う通り戦局が変わってきた。虎杖の変則的な動きにナマエの動きが乱され始めたのだ。
(よし!いける!)
—ザッ!
「っえ?」
「もらったー!!」
——ズザザザザ!!!
フェイントをかけてそちらにナマエが気を取られた隙に足払いを掛けてナマエを転がし、馬乗りになった。一戦目の仕返しである。ナマエの片腕を地面に押さえつけてもう片方の拳を振り上げた虎杖を見たナマエは咄嗟に残った腕で顔をガードした……が、想像していた打撃は一向に来ない。そっと腕を解くと眼前にはスレスレの所で止まる拳。その拳が顔から引いて次に見えたのは嬉しそうに歯を見せて笑う虎杖の顔だった。
「俺の勝ち…ってことでいいよな?」
「……。」
ポカンとするナマエ、止めに入るつもりで半分腰を上げたまま固まっている伏黒。瞬き一つせず口を開けてしまった野薔薇。一瞬の沈黙の後、それを破ったのは五条の拍手だった。パチパチと手を叩きながらその口は満足そうに上がっている。
「いやー、悠二!よくやったね!ナマエ相手に大健闘だよ!」
「へへー、いやいやギリギリだったよ。ミョウジつえーのな!」
「…………」
笑顔でもう一度ナマエの方を見た虎杖だったが、返事のないナマエに違和感を覚えた。
「あれ?ミョウジ…?どったの?」
「…ハァ……っ、ハッ、…ハッ……ゴホッ…っ…」
ナマエはなぜか突然苦しみだし、喉に手を当てながら息苦しそうにしている。
「え?ミョウジ…?だいじょ…「どけ!虎杖!!」」
馬乗りになっていた虎杖は恵により強制的に退かされた。訳も分からず尻もちをついた虎杖のことはお構いなしで恵はナマエを抱き起しそのまま抱きしめながら背中を摩ってやっている。
「大丈夫だ…落ち着け……」
「ハァッ…ハッ…っめぐ……」
「あぁ、大丈夫だ。そう、ゆっくり息をしろ。」
「ハッ…ハッ……すぅっ、、、ゲホッ!……ハァッ」
「そうだ、…ゆっくり、ゆっくり。」
「え…?何事?俺何かした?」
そのまま野薔薇の方を見てもフルフルと首を横に振りよくわかっていないようで、五条はと言うと先程と打って変わって口を真一文字に引き結び何も言わない。
ナマエに何が起こったのか。それは…忘れかけていたトラウマ。虎杖に流れとはいえ腕を押さえつけられて馬乗りで組み敷かれた。それをきっかけにあの時の事を思い出してしまった。身動きのとれない状況でナマエの身に起こったあの時の事を…。同じような体勢になったことでフラッシュバックを起こしてしまったのだ。
異変に気が付きすぐに駆け寄った恵は原因にもすぐ行き着いた。だから誰よりも早く行動を起こせた。ゆっくりと背中を摩りナマエを落ち着かせながら静かな声で五条に告げた。
「五条先生…」
「あぁ、早く硝子の所に連れてってやんな。恐らくは過呼吸だ。」
「はい…すみません。」
そういってからまだ苦しむナマエを横抱きにしてそのまま医務室の方へと歩いて行った。
「ねぇ、どういうこと?ナマエに何があったの?」
「…ちょっと嫌なことを思い出しちゃったみたいだ。大丈夫だよ、ナマエには恵が付いてる。」
「嫌な事…って」
「あまり気にしなくていいよ。でも、ナマエから無理矢理聞き出すようなことだけは…ちょっとやめてほしいかな。」
「「…………。」」
五条のその言い方で何となく、聞いてはいけない話だと感じた二人はそのまま何も言わなくなった。
「さ!ナマエの事は恵に任せて、悠二は少し休憩。野薔薇は十分休んだでしょ?今度は僕とやるよ。」
ただでさえ目隠しのせいで感情が読み取り辛い五条はいつにも増して何を考えているのか分からない。ナマエの事が心配ではあったが、今は自分達には何もできない。それだけは分かった。
「…おぅ。」
「分かったわよ…。」
二人は大人しく五条の言う通りにするしかなかった。