第39話 気付かされた気持ち
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キーボードを叩く音が耳に障る。いつも聞いている自分が出している音だ。それなのに耳障りでしょうがないのは平常通りの気持ちでいられないからだろうか。隣の様子を伺うと俺と同じようにキーボードを叩くナマエさんがいる。彼女は平常通りだ。先ほどの話なんてまるで嘘のようだ。むしろそう言って欲しい。
談話室でのナマエさんの言葉が未だ頭から離れない俺の手はついに止まってしまった。何の為に一本早い電車にしたんだ。この書類を今日中に仕上げる為だろうが。そんなことを考えながらも俺はさっきのやり取りを思い出していた。
『さすがに、昇進の為に体使ったりはしないよ。それにこの会社にはそんなことで人事を変える人はいないはずだよ。』
『ですよね。…ったく、誰だよそんな噂流したやつは。』
ナマエさん本人からガセネタということが聞けて心底ほっとした。もちろん信じてなどいなかったが、本人の口から聞けたのは大きい。安心した俺はさっきナマエさんに淹れてもらったコーヒーに口を付ける。
『でもね、もう一つの噂の方は…本当だよ。』
『…はい?』
『誰とでも寝る女っていうのは…本当。』
『なに…言ってんすか。』
とてもナマエさんの口から出てきた言葉とは思えなかった。社内でも高嶺の花であるナマエさんだ。いつもニコニコして社員からの信頼も厚いこの人が?
『朝から冗談きついっすね。朝の電車で酔っちまったんですか?』
『何となく、キルシュタインくんには嘘ついたらいけない気がするんだ。』
『じゃあなんでそんなこと言うんすか。』
『嘘じゃないから。』
『…。』
ナマエさんは真っすぐこちらを見た後、朝からこんな話きかせちゃって、ごめんね。そう言いながら困ったように笑った。
『あ、今は違うよ?若い頃の話ね。さすがにもう落ち着いたよ。』
『今も若いでしょ。』
『あははっ、ありがとう。』
『…昔の話なら、なんで今社内で噂になるんですかね。昇進の為にとか尾ひれまでついて。』
『それなんだよねー。シガンシナに居た時の話だもん。本社に知ってる人はいないと思うよ。』
『シガンシナ…?』
思い当たるのはシガンシナに来た二人。イーゼルさんは社歴からして知らないだろう。そうなると…。
『あいつか…。』
『待って。そうと決まったわけじゃないし、どうせ噂ってそのうち収まると思うの。私もできるだけ反応しないようにするから、キルシュタインくんもそうしてくれる?』
『でも!』
『大丈夫。私なら気にしてないから。陰口叩かれるのにも慣れてる。こんなことで仕事に支障をきたすのは嫌だよ。』
納得がいかない俺はずっと黙っていたが。ナマエさんに真っすぐ見つめられ、お願い。と言われてしまえば、断ることができない。
『分かりました。その代わり、何かあればちゃんと話してくださいね。』
『はい、お父さん。』
『だから…はぁ、もういいです。』
「-インくん。おーい!キルシュタインくん?」
ナマエさんに呼びかけられハッとする。すみません、と振り返るとナマエさんの手がふいに俺の額に当てられた。え?と声を漏らすとナマエさんが心配そうに覗き込んできた。
「熱はなさそうだね。ぼーっとしてるし様子がおかしいから体調が悪いのかと心配しちゃったよ。」
「…スンマセン。」
「お昼どうする?社食よりは外の方がありがたいんだけど…。」
食堂なんかは野次馬の巣窟だ。朝の感じだと人目の多い所は避けた方がいいだろう。
それにしてもナマエさんは本当に通常運転だ。俺ばっかりが気にしてしまっている。
「そうっすね。寒ぃけど外、出ますか。」
俺も一旦気にするのをやめた。この書類も仕上げねぇといけないし、他にもやることは盛りだくさんだ。変なことを考えている余裕はない。
昼食のために外に出る前に、トイレに立ち寄った。用を足し手を洗っていたら、今はできれば顔を見たくない人に声を掛けられた。
「おーうジャン、これからナマエと昼飯か?」
「お疲れ様です、アシュロフさん。そうっすね。ちょっと外出てきます。」
「そうだよなぁ。変な噂が流れてるみたいだしな。そりゃあ外にも出たくなるよな。」
できれば関わりたくないので無言を貫く。備え付けのペーパータオルで手を拭いているとアシュロフさんが肩を組み耳元に顔を近づけてきてささやいた。
「で?実際どうなんだよ。あっちの方のナマエの具合は。」
「…は?」
「どうせお前もあいつのこと食ってんだろ?なんてったって誰とでも寝る女らしいからな。あーでも次の係長狙うなら、お前相手じゃだめだよな。」
ガンッ!
気付けば俺はこいつの胸倉を思いっきり掴んで壁に押し付けていた。
「ぐ…っ!ってーな、なに…すんだよ。先輩に向かって暴力か?ただ噂について言っただけだろ。」
「アンタか?変な噂流したのは。」
「先輩をアンタ…呼ばわりか。ナマエの…教育がなってねぇな。」
「答えろよ。」
そのまま更に掴んだシャツを締め上げるようにして持ち上げる。苦しそうなうめき声をあげているがそれでも屈するつもりはないようだ。頭に酸素が回っていないのかヒキガエルのような顔になってきた。あぁ、それは元々だったか。そんなことを考えられるくらいには冷静だった。冷静に、こいつの首元を締め上げていた。
「証拠は?…証拠もなしに先輩にむかって…ぐっ…これは酷いんじゃね?とり…あえず、離せよ。お前も問題にはしたくねぇだろ?」
悔しいが、こんな奴のせいで業務に支障が出るのはよろしくない。パッと手を離してやるとよほど苦しかったのかその場にしゃがみこんでゲホゲホと咽ている。ここ、便所ですよ。と思ったが言ってやらねぇ。
「これが、アンタの仕業だと分かった時は…容赦しませんから。」
「コエ―なぁ。つーかよ。なんでお前がそんなに怒ってるんだよ。当事者のナマエじゃなくてお前がそこまで反応するの、おかしくねぇ?」
「…何が言いたいんすか。」
「え?マジかよ。自覚ない系?マジか!ウケるわぁ。」
「………。」
コイツが何を言っているのかが全く分からなかったが、バカにされている様子は分かったので思いっきり睨みつける。
「んな睨むなよ、こぇーこぇー。そりゃそうだよなぁ。惚れた女がこんな噂されてたらそりゃ堪んねぇよなぁ。」
「なに…を、」
「あ、やっぱり気付いてねぇの?ジャンくん、モッテモテなのに意外と初心ちゃんだったのねー?」
ヒキガエルの茶化した言い方なんか全く気にならなかった。俺が、惚れてる?ナマエさんに?
その後も俺に何か言ってきているヒキガエルの事は無視してトイレから出た。
クソガエルの言う事なんかあてにならないはずなのに、なぜか頭から離れない。
…そういえば廊下でナマエさんを待たせているんだった。俺は普通の顔ができるだろうか。
そんなことを考えながらナマエさんを視界の端に捕らえた時、ちょうど彼女は見知らぬ男性社員に絡まれていた。…どいつもこいつも。
「なぁなぁ、ミョウジ主任、今夜暇?誰とでも寝れんだろ?俺に付き合ってよ。」
「すみませんが、お断りします。」
「困ってる顔もかわいいねぇ。あ、俺じゃ役不足?だって俺と寝ても昇進できねぇもんなぁ。」
誰だこいつは。見た事がないあたり別部署のヤツだろう。何より誘い方がゲスすぎる。これで付いてくる女が居ればぜひとも拝んでみたいものだ。どうせ噂を聞いて茶化しに来たんだろう。声もわざとらしく大きい。まだ離れた所にいる俺の所にまで聞こえてくるほどだ。
案の定まわりからは「やっぱり…」などとコソコソ話している声まで聞こえてきた。
事を大きくはしたくない。本当はこいつも思いっきり殴ってやりたい。
「なぁ、アンタ。女の口説き方も知らねぇの?そんなセリフじゃ誰もついてこねぇよ?」
「ぐ…!手を…離せよ。誰だよ、お前。」
ナマエさんに触れようとしていた腕をとっさに掴みギリギリと力を入れた。
「あ?お前が誰だよ。話してほしかったらお前がこの人から離れろ。変な噂真に受けて声かけてくるとか、ガキかよ。中学生でもこんなことしねぇだろうな。」
「わ…かったから!離せ!」
お望み通り離してやった。最後に思いっきり捩って力を入れてから。折れてはいないだろう。
「さ、ナマエさん。メシ行きましょう。」
「あ、はい!」
どこの誰だか知らないがさっきの奴が後ろで何か叫んでいる。無視だ無視。
「あの…ありがとう。」
「ちょっと目を離すとこれですから、気が気じゃないっすよ。」
「…ごめんなさい。」
「ナマエさんのせいじゃないでしょ。」
「でも…なんか、怒ってる?顔が…。」
言われて気付いたが俺は酷い顔をしていたようだ。ナマエさんを責めるつもりなんかこれっぽっちもないのに。
「いや、すみません。アイツらにムカついてただけなんで。ナマエさんは気にしなくていいですよ。」
「アイツ…ら?」
なんでもないですよ。そう言ってから二人で外に出た。
外気は太陽が昇ったとはいえやはり寒い。それでも今の俺にはちょうどよかった。
頭を冷やそう。
談話室でのナマエさんの言葉が未だ頭から離れない俺の手はついに止まってしまった。何の為に一本早い電車にしたんだ。この書類を今日中に仕上げる為だろうが。そんなことを考えながらも俺はさっきのやり取りを思い出していた。
『さすがに、昇進の為に体使ったりはしないよ。それにこの会社にはそんなことで人事を変える人はいないはずだよ。』
『ですよね。…ったく、誰だよそんな噂流したやつは。』
ナマエさん本人からガセネタということが聞けて心底ほっとした。もちろん信じてなどいなかったが、本人の口から聞けたのは大きい。安心した俺はさっきナマエさんに淹れてもらったコーヒーに口を付ける。
『でもね、もう一つの噂の方は…本当だよ。』
『…はい?』
『誰とでも寝る女っていうのは…本当。』
『なに…言ってんすか。』
とてもナマエさんの口から出てきた言葉とは思えなかった。社内でも高嶺の花であるナマエさんだ。いつもニコニコして社員からの信頼も厚いこの人が?
『朝から冗談きついっすね。朝の電車で酔っちまったんですか?』
『何となく、キルシュタインくんには嘘ついたらいけない気がするんだ。』
『じゃあなんでそんなこと言うんすか。』
『嘘じゃないから。』
『…。』
ナマエさんは真っすぐこちらを見た後、朝からこんな話きかせちゃって、ごめんね。そう言いながら困ったように笑った。
『あ、今は違うよ?若い頃の話ね。さすがにもう落ち着いたよ。』
『今も若いでしょ。』
『あははっ、ありがとう。』
『…昔の話なら、なんで今社内で噂になるんですかね。昇進の為にとか尾ひれまでついて。』
『それなんだよねー。シガンシナに居た時の話だもん。本社に知ってる人はいないと思うよ。』
『シガンシナ…?』
思い当たるのはシガンシナに来た二人。イーゼルさんは社歴からして知らないだろう。そうなると…。
『あいつか…。』
『待って。そうと決まったわけじゃないし、どうせ噂ってそのうち収まると思うの。私もできるだけ反応しないようにするから、キルシュタインくんもそうしてくれる?』
『でも!』
『大丈夫。私なら気にしてないから。陰口叩かれるのにも慣れてる。こんなことで仕事に支障をきたすのは嫌だよ。』
納得がいかない俺はずっと黙っていたが。ナマエさんに真っすぐ見つめられ、お願い。と言われてしまえば、断ることができない。
『分かりました。その代わり、何かあればちゃんと話してくださいね。』
『はい、お父さん。』
『だから…はぁ、もういいです。』
「-インくん。おーい!キルシュタインくん?」
ナマエさんに呼びかけられハッとする。すみません、と振り返るとナマエさんの手がふいに俺の額に当てられた。え?と声を漏らすとナマエさんが心配そうに覗き込んできた。
「熱はなさそうだね。ぼーっとしてるし様子がおかしいから体調が悪いのかと心配しちゃったよ。」
「…スンマセン。」
「お昼どうする?社食よりは外の方がありがたいんだけど…。」
食堂なんかは野次馬の巣窟だ。朝の感じだと人目の多い所は避けた方がいいだろう。
それにしてもナマエさんは本当に通常運転だ。俺ばっかりが気にしてしまっている。
「そうっすね。寒ぃけど外、出ますか。」
俺も一旦気にするのをやめた。この書類も仕上げねぇといけないし、他にもやることは盛りだくさんだ。変なことを考えている余裕はない。
昼食のために外に出る前に、トイレに立ち寄った。用を足し手を洗っていたら、今はできれば顔を見たくない人に声を掛けられた。
「おーうジャン、これからナマエと昼飯か?」
「お疲れ様です、アシュロフさん。そうっすね。ちょっと外出てきます。」
「そうだよなぁ。変な噂が流れてるみたいだしな。そりゃあ外にも出たくなるよな。」
できれば関わりたくないので無言を貫く。備え付けのペーパータオルで手を拭いているとアシュロフさんが肩を組み耳元に顔を近づけてきてささやいた。
「で?実際どうなんだよ。あっちの方のナマエの具合は。」
「…は?」
「どうせお前もあいつのこと食ってんだろ?なんてったって誰とでも寝る女らしいからな。あーでも次の係長狙うなら、お前相手じゃだめだよな。」
ガンッ!
気付けば俺はこいつの胸倉を思いっきり掴んで壁に押し付けていた。
「ぐ…っ!ってーな、なに…すんだよ。先輩に向かって暴力か?ただ噂について言っただけだろ。」
「アンタか?変な噂流したのは。」
「先輩をアンタ…呼ばわりか。ナマエの…教育がなってねぇな。」
「答えろよ。」
そのまま更に掴んだシャツを締め上げるようにして持ち上げる。苦しそうなうめき声をあげているがそれでも屈するつもりはないようだ。頭に酸素が回っていないのかヒキガエルのような顔になってきた。あぁ、それは元々だったか。そんなことを考えられるくらいには冷静だった。冷静に、こいつの首元を締め上げていた。
「証拠は?…証拠もなしに先輩にむかって…ぐっ…これは酷いんじゃね?とり…あえず、離せよ。お前も問題にはしたくねぇだろ?」
悔しいが、こんな奴のせいで業務に支障が出るのはよろしくない。パッと手を離してやるとよほど苦しかったのかその場にしゃがみこんでゲホゲホと咽ている。ここ、便所ですよ。と思ったが言ってやらねぇ。
「これが、アンタの仕業だと分かった時は…容赦しませんから。」
「コエ―なぁ。つーかよ。なんでお前がそんなに怒ってるんだよ。当事者のナマエじゃなくてお前がそこまで反応するの、おかしくねぇ?」
「…何が言いたいんすか。」
「え?マジかよ。自覚ない系?マジか!ウケるわぁ。」
「………。」
コイツが何を言っているのかが全く分からなかったが、バカにされている様子は分かったので思いっきり睨みつける。
「んな睨むなよ、こぇーこぇー。そりゃそうだよなぁ。惚れた女がこんな噂されてたらそりゃ堪んねぇよなぁ。」
「なに…を、」
「あ、やっぱり気付いてねぇの?ジャンくん、モッテモテなのに意外と初心ちゃんだったのねー?」
ヒキガエルの茶化した言い方なんか全く気にならなかった。俺が、惚れてる?ナマエさんに?
その後も俺に何か言ってきているヒキガエルの事は無視してトイレから出た。
クソガエルの言う事なんかあてにならないはずなのに、なぜか頭から離れない。
…そういえば廊下でナマエさんを待たせているんだった。俺は普通の顔ができるだろうか。
そんなことを考えながらナマエさんを視界の端に捕らえた時、ちょうど彼女は見知らぬ男性社員に絡まれていた。…どいつもこいつも。
「なぁなぁ、ミョウジ主任、今夜暇?誰とでも寝れんだろ?俺に付き合ってよ。」
「すみませんが、お断りします。」
「困ってる顔もかわいいねぇ。あ、俺じゃ役不足?だって俺と寝ても昇進できねぇもんなぁ。」
誰だこいつは。見た事がないあたり別部署のヤツだろう。何より誘い方がゲスすぎる。これで付いてくる女が居ればぜひとも拝んでみたいものだ。どうせ噂を聞いて茶化しに来たんだろう。声もわざとらしく大きい。まだ離れた所にいる俺の所にまで聞こえてくるほどだ。
案の定まわりからは「やっぱり…」などとコソコソ話している声まで聞こえてきた。
事を大きくはしたくない。本当はこいつも思いっきり殴ってやりたい。
「なぁ、アンタ。女の口説き方も知らねぇの?そんなセリフじゃ誰もついてこねぇよ?」
「ぐ…!手を…離せよ。誰だよ、お前。」
ナマエさんに触れようとしていた腕をとっさに掴みギリギリと力を入れた。
「あ?お前が誰だよ。話してほしかったらお前がこの人から離れろ。変な噂真に受けて声かけてくるとか、ガキかよ。中学生でもこんなことしねぇだろうな。」
「わ…かったから!離せ!」
お望み通り離してやった。最後に思いっきり捩って力を入れてから。折れてはいないだろう。
「さ、ナマエさん。メシ行きましょう。」
「あ、はい!」
どこの誰だか知らないがさっきの奴が後ろで何か叫んでいる。無視だ無視。
「あの…ありがとう。」
「ちょっと目を離すとこれですから、気が気じゃないっすよ。」
「…ごめんなさい。」
「ナマエさんのせいじゃないでしょ。」
「でも…なんか、怒ってる?顔が…。」
言われて気付いたが俺は酷い顔をしていたようだ。ナマエさんを責めるつもりなんかこれっぽっちもないのに。
「いや、すみません。アイツらにムカついてただけなんで。ナマエさんは気にしなくていいですよ。」
「アイツ…ら?」
なんでもないですよ。そう言ってから二人で外に出た。
外気は太陽が昇ったとはいえやはり寒い。それでも今の俺にはちょうどよかった。
頭を冷やそう。