第36話 不意打ちのキス
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今年も気づけば残り一か月。営業で外回りをしていても思うが、どこを見てもギラギラと電飾だらけで、店中が赤や緑で色づき所かしこで誰もが知っている冬の名曲が流れる街中は、少し気が早すぎる。それでもこの時間帯になるとさすがに落ち着きを見せており会社を出た時に比べると人の数もまばらだ。
この所忙しくて季節の変わり目を感じる事もなかったが、吐き出される息が白くなるのを見て初めて冬が来たと思った。
隣を歩くナマエさんは空に向かって息を吐きだし、真っ白―!と言った後に、ね?と嬉しそうにこちらを見てきた。
高い酒をさんざん飲んでご機嫌のナマエさんはこのクソ寒い帰り道でも楽しそうだ。
ラフロイグは案の定空っぽだ。もうすぐボーナスとはいえ、しばらくは節制だな。
「鼻、真っ赤ですよ。」
「え!ほんとに?もぅ嫌なんだよね。寒いとすぐ赤くなっちゃうの。」
そう言って恥ずかしそうにマフラーに顔を埋めた。
事件の事もあり、ナマエさんと一緒に飲んだり食事をした時には必ずナマエさんの住むマンションの下まで送るようにしている。
初めは彼女も遠慮していたが、課長やアニの名前を出して説き伏せた。
俺のマンションと方向は同じだったのでちょうどよかった。
「あー…なんか温かいお茶漬け食べたくなっちゃった。」
「いいっすね。飲みすぎたしサッパリしたもんが恋しいですよね。」
私は梅かなぁ、俺は鮭っすね。食いもんの話しながら歩いてたら腹減ってきたな。
他愛ない話をしながら歩いていたが、会話が途切れたと思った時にナマエさんがふと夜空を見ながらあのね、と話を切り出した。
「さっきね、キルシュタインくんが言った事をさ、同じようなこと言われたことあるって話したでしょ?あれね、昔付き合ってた人に言われたんだー。」
「…でしょうね。」
「今回だけじゃないの。前にもそんなことがあってね、ほんとにびっくりだよ。だからさっきはちょっと思い出しちゃって。変な空気になっちゃったよね。ごめんね。」
「それって、資料室での話ですか?」
どのセリフが同じことかはわからねぇけど、あの時も同じ顔してましたよ。と伝えるとバレてたか…なんかキルシュタインくんには隠し事ができそうにないね。と困ったように笑った。
「…その人と俺、似てたりするんですか?」
「ぜーんぜん。性格も口調とかも全く別人。だから余計にびっくりしちゃったんだよね。全然違うのにって。あ、背が高い所だけは似てるかな。」
そう話すナマエさんはやっぱりどこか泣きそうだ。辛い別れだったんだろうか。
「その人のこと、今でも好きだったりします?」
「…なんで?」
「泣きそうな顔、するから。」
驚いたようにこちらへと振り返ったナマエさんは、暗くてよく見えないがその大きな目が潤んでいるように見えなくもない。そのまま少し目を逸らし、そんなわけないじゃん。と弱々しく答えた。
「なんで昔の男の話を俺に?」
「…なんでだろうね。誰かに話したかったのかなぁ。」
「リヴァイ課長には?」
「リヴァイは、もう忘れろって、それしか言わないから。キルシュタインくんなら、何も言わずに聞いてくれる気が、したから…かな。」
なぜかは分からないが、俺は随分とナマエさんからの信用を得ているようだ。昔の男の話なんて、少し前のナマエさんなら絶対に俺なんかに話したりはしなかっただろう。信用されているのはとてもありがたい事だが。
ファーランさんの店で思った事がよみがえってきた。この人の口から、知らない男の話を聞きたくない、と。
だから、早くこの話を終わらせたいと、思ってしまった。
「知ってます?忘れたいことって、そう願えば願うほどその事を考えてるってことなんで、余計に忘れられないんすよ。逆も同じですね、忘れたくないこともです。考えすぎて深みに嵌る。だから、深く考えずに軽い気持ちでいましょうよ。事情も何も知らねぇ俺が偉そうに言う事じゃないかもしれねぇっすけどね。」
肩を竦めて見せると、ナマエさんは何度か瞬いたあとに、そうだねと、緩く笑ってくれた。
いい事を言った風のセリフを吐いたが、要するに、変に思い悩んでその男の事を相談されたくなかった。聞きたくなかっただけだ。
ここで容認したら今後いろいろ話を聞かされそうな気がしたから。
「変な事言っちゃってごめんね。あ、そういえばね…」
気を取り直したようにナマエさんは明るい声で話題を変えてきた。
本当は俺に色々話したかったのかもしれないと思うと少し申し訳ないが、俺の精神衛生上あまりいい予感がしないのでこれでいいだろう。
残りの帰り道はコニーとサシャの嘘のような本当の話で盛り上がった。あいつらのバカさがここで役に立った。
「いつも送ってくれてありがとうね。」
「どうせ通り道なんで気にするなっていつも言ってるでしょ?」
そうだったね、でもありがとうだよ。そういってマンションのエントランス前の階段を一段登ってからこちらに振り返ってきた。
「あ、そうだ!良かったらうちでお茶漬け食べてく?ご希望の鮭、あるよ?インスタントだけど。」
休憩時間に、一階のカフェに誘う時のようなノリでナマエさんが部屋へと誘ってきた。
「ナマエさん、意味分かって言ってます?」
「ん?何が?」
きょとんとした表情のナマエさんに腹が立つ。さっきバーで話してたのは何だったんだ。
こんなことをナマエさんに言う日が来るとは思わなかった。
「俺、男ですよ。」
「わかってるよ?」
ナマエさんが発した言葉はたった一言なのに、その一言で俺の中の怒りなのか何なのかどす黒い感情がどんどん膨れ上がってくるのが自分でも分かった。
俺は一歩ナマエさんの方へ足を踏み出した。ナマエさんが階段に一段上がっているおかげでいつもより目線が高い。
「さっき、ナマエさんが言ってたんすよ。男女の関わりなんてそれぞれ、でしたっけ?絶対分かってねぇだろ。」
「それは……そんなつもりで言ったんじゃ…んぅ!」
あわあわとしているナマエさんに対して俺は冷静だった。ナマエさんの目の前まで歩み出た俺は右手をナマエさんの肩に添えて、左手は彼女の首裏に回して引き寄せ、白い息を吐くその唇に嚙みついた。と言ってもただのキスだが。
階段に上っているとはいえ、ナマエさんは小さい。少し屈むような体制は腰に負担がかかるが、それよりも初めて触れたその柔らかい唇やいつも感じる香りがダイレクトに鼻に伝わる事、そして、鼻から抜けるようなナマエさんのくぐもった声に頭がクラクラした。
少し分からせてやりたかった。俺も男だと。聖人君子なんかではないと。
ただそれだけだったのに。ナマエさんがあろう事か俺のコートを握りしめたのだ。その瞬間、俺の中のスイッチがいとも簡単にONになってしまった。
ナマエさんの息継ぎの合間を見計らって、俺はその小さな口へ舌を割り込ませた。
「ちょっ…ンンっ!……やぁッ!………ハァっ…」
逃げ回る彼女の舌を追い回すように口内をかき回す。ナマエさんの艶めいた声が、先ほどとは違う理由で腰にクる。もはやどっちのものとも知れないラフロイグの香りが鼻腔を擽った。
このまま続けていたらヤバイ。それでもこの柔らかさから離れられない。さっきバーでナマエさんは言っていた。『大人だから』と。それならこのままなし崩しでも…。いや、俺たちは同僚でパートナーだ。そんなことしたら今後の業務に…。いやでも。こんなキスしちまった時点でアウトか?
恐らくここまでの思考は数秒に満たないだろう。それほど俺の中での葛藤が激しく繰り広げられていた。
その間も俺の舌は動きを止めることをしなかった。
それでもやっぱりナマエさんを離すことができないでいると、ナマエさんの体から力が抜けズルズルとしゃがみ込みそうになっている。俺はハッとしてナマエさんを抱き寄せて支えた。そこでやっとナマエさんの口を離してやることができた。苦しかったんだろう、ナマエさんは大きく息をしながら涙目で見上げてきた。
だから、その顔やめろって。俺の中の理性を総動員してぐっと堪えて、ポンポンとナマエさんの背中を叩いてやることで、やっと俺も冷静になれた。ナマエさんは俯いて何も言わない。
「…ほらな?分かってなかっただろ?」
「………!」
「これでもまだお茶漬けに誘っていただけるなら、俺も喜んでお誘いに乗りますよ。」
涙目のまま困ったような顔をしたナマエさんは俯き加減でフルフルと首を横に振った。
…よかった。そのまま肯かれたらどうしようかと思った。いや、まぁ、それはそれであれなんだが…。
「…今日はちょっと飲みすぎたみたいっすね。それじゃあ、おやすみなさい。また明日。」
冷静を装ってはいるが、内心は早くこの場から離れたかった。いろんな意味で。
「…あの!」
「ん?」
「…ごめんなさい。あと、おやすみなさい…。」
俺はナマエさんに何も言わず微笑み返して、その場を去った。
少しはカッコつけることができていただろうか。大人の対応ができていただろうか。
そんなことを考えながらマンションの裏手まで周り、誰もいないことを確認してからマンションの壁に背を付けてズルズルと座り込んだ。
この所忙しくて季節の変わり目を感じる事もなかったが、吐き出される息が白くなるのを見て初めて冬が来たと思った。
隣を歩くナマエさんは空に向かって息を吐きだし、真っ白―!と言った後に、ね?と嬉しそうにこちらを見てきた。
高い酒をさんざん飲んでご機嫌のナマエさんはこのクソ寒い帰り道でも楽しそうだ。
ラフロイグは案の定空っぽだ。もうすぐボーナスとはいえ、しばらくは節制だな。
「鼻、真っ赤ですよ。」
「え!ほんとに?もぅ嫌なんだよね。寒いとすぐ赤くなっちゃうの。」
そう言って恥ずかしそうにマフラーに顔を埋めた。
事件の事もあり、ナマエさんと一緒に飲んだり食事をした時には必ずナマエさんの住むマンションの下まで送るようにしている。
初めは彼女も遠慮していたが、課長やアニの名前を出して説き伏せた。
俺のマンションと方向は同じだったのでちょうどよかった。
「あー…なんか温かいお茶漬け食べたくなっちゃった。」
「いいっすね。飲みすぎたしサッパリしたもんが恋しいですよね。」
私は梅かなぁ、俺は鮭っすね。食いもんの話しながら歩いてたら腹減ってきたな。
他愛ない話をしながら歩いていたが、会話が途切れたと思った時にナマエさんがふと夜空を見ながらあのね、と話を切り出した。
「さっきね、キルシュタインくんが言った事をさ、同じようなこと言われたことあるって話したでしょ?あれね、昔付き合ってた人に言われたんだー。」
「…でしょうね。」
「今回だけじゃないの。前にもそんなことがあってね、ほんとにびっくりだよ。だからさっきはちょっと思い出しちゃって。変な空気になっちゃったよね。ごめんね。」
「それって、資料室での話ですか?」
どのセリフが同じことかはわからねぇけど、あの時も同じ顔してましたよ。と伝えるとバレてたか…なんかキルシュタインくんには隠し事ができそうにないね。と困ったように笑った。
「…その人と俺、似てたりするんですか?」
「ぜーんぜん。性格も口調とかも全く別人。だから余計にびっくりしちゃったんだよね。全然違うのにって。あ、背が高い所だけは似てるかな。」
そう話すナマエさんはやっぱりどこか泣きそうだ。辛い別れだったんだろうか。
「その人のこと、今でも好きだったりします?」
「…なんで?」
「泣きそうな顔、するから。」
驚いたようにこちらへと振り返ったナマエさんは、暗くてよく見えないがその大きな目が潤んでいるように見えなくもない。そのまま少し目を逸らし、そんなわけないじゃん。と弱々しく答えた。
「なんで昔の男の話を俺に?」
「…なんでだろうね。誰かに話したかったのかなぁ。」
「リヴァイ課長には?」
「リヴァイは、もう忘れろって、それしか言わないから。キルシュタインくんなら、何も言わずに聞いてくれる気が、したから…かな。」
なぜかは分からないが、俺は随分とナマエさんからの信用を得ているようだ。昔の男の話なんて、少し前のナマエさんなら絶対に俺なんかに話したりはしなかっただろう。信用されているのはとてもありがたい事だが。
ファーランさんの店で思った事がよみがえってきた。この人の口から、知らない男の話を聞きたくない、と。
だから、早くこの話を終わらせたいと、思ってしまった。
「知ってます?忘れたいことって、そう願えば願うほどその事を考えてるってことなんで、余計に忘れられないんすよ。逆も同じですね、忘れたくないこともです。考えすぎて深みに嵌る。だから、深く考えずに軽い気持ちでいましょうよ。事情も何も知らねぇ俺が偉そうに言う事じゃないかもしれねぇっすけどね。」
肩を竦めて見せると、ナマエさんは何度か瞬いたあとに、そうだねと、緩く笑ってくれた。
いい事を言った風のセリフを吐いたが、要するに、変に思い悩んでその男の事を相談されたくなかった。聞きたくなかっただけだ。
ここで容認したら今後いろいろ話を聞かされそうな気がしたから。
「変な事言っちゃってごめんね。あ、そういえばね…」
気を取り直したようにナマエさんは明るい声で話題を変えてきた。
本当は俺に色々話したかったのかもしれないと思うと少し申し訳ないが、俺の精神衛生上あまりいい予感がしないのでこれでいいだろう。
残りの帰り道はコニーとサシャの嘘のような本当の話で盛り上がった。あいつらのバカさがここで役に立った。
「いつも送ってくれてありがとうね。」
「どうせ通り道なんで気にするなっていつも言ってるでしょ?」
そうだったね、でもありがとうだよ。そういってマンションのエントランス前の階段を一段登ってからこちらに振り返ってきた。
「あ、そうだ!良かったらうちでお茶漬け食べてく?ご希望の鮭、あるよ?インスタントだけど。」
休憩時間に、一階のカフェに誘う時のようなノリでナマエさんが部屋へと誘ってきた。
「ナマエさん、意味分かって言ってます?」
「ん?何が?」
きょとんとした表情のナマエさんに腹が立つ。さっきバーで話してたのは何だったんだ。
こんなことをナマエさんに言う日が来るとは思わなかった。
「俺、男ですよ。」
「わかってるよ?」
ナマエさんが発した言葉はたった一言なのに、その一言で俺の中の怒りなのか何なのかどす黒い感情がどんどん膨れ上がってくるのが自分でも分かった。
俺は一歩ナマエさんの方へ足を踏み出した。ナマエさんが階段に一段上がっているおかげでいつもより目線が高い。
「さっき、ナマエさんが言ってたんすよ。男女の関わりなんてそれぞれ、でしたっけ?絶対分かってねぇだろ。」
「それは……そんなつもりで言ったんじゃ…んぅ!」
あわあわとしているナマエさんに対して俺は冷静だった。ナマエさんの目の前まで歩み出た俺は右手をナマエさんの肩に添えて、左手は彼女の首裏に回して引き寄せ、白い息を吐くその唇に嚙みついた。と言ってもただのキスだが。
階段に上っているとはいえ、ナマエさんは小さい。少し屈むような体制は腰に負担がかかるが、それよりも初めて触れたその柔らかい唇やいつも感じる香りがダイレクトに鼻に伝わる事、そして、鼻から抜けるようなナマエさんのくぐもった声に頭がクラクラした。
少し分からせてやりたかった。俺も男だと。聖人君子なんかではないと。
ただそれだけだったのに。ナマエさんがあろう事か俺のコートを握りしめたのだ。その瞬間、俺の中のスイッチがいとも簡単にONになってしまった。
ナマエさんの息継ぎの合間を見計らって、俺はその小さな口へ舌を割り込ませた。
「ちょっ…ンンっ!……やぁッ!………ハァっ…」
逃げ回る彼女の舌を追い回すように口内をかき回す。ナマエさんの艶めいた声が、先ほどとは違う理由で腰にクる。もはやどっちのものとも知れないラフロイグの香りが鼻腔を擽った。
このまま続けていたらヤバイ。それでもこの柔らかさから離れられない。さっきバーでナマエさんは言っていた。『大人だから』と。それならこのままなし崩しでも…。いや、俺たちは同僚でパートナーだ。そんなことしたら今後の業務に…。いやでも。こんなキスしちまった時点でアウトか?
恐らくここまでの思考は数秒に満たないだろう。それほど俺の中での葛藤が激しく繰り広げられていた。
その間も俺の舌は動きを止めることをしなかった。
それでもやっぱりナマエさんを離すことができないでいると、ナマエさんの体から力が抜けズルズルとしゃがみ込みそうになっている。俺はハッとしてナマエさんを抱き寄せて支えた。そこでやっとナマエさんの口を離してやることができた。苦しかったんだろう、ナマエさんは大きく息をしながら涙目で見上げてきた。
だから、その顔やめろって。俺の中の理性を総動員してぐっと堪えて、ポンポンとナマエさんの背中を叩いてやることで、やっと俺も冷静になれた。ナマエさんは俯いて何も言わない。
「…ほらな?分かってなかっただろ?」
「………!」
「これでもまだお茶漬けに誘っていただけるなら、俺も喜んでお誘いに乗りますよ。」
涙目のまま困ったような顔をしたナマエさんは俯き加減でフルフルと首を横に振った。
…よかった。そのまま肯かれたらどうしようかと思った。いや、まぁ、それはそれであれなんだが…。
「…今日はちょっと飲みすぎたみたいっすね。それじゃあ、おやすみなさい。また明日。」
冷静を装ってはいるが、内心は早くこの場から離れたかった。いろんな意味で。
「…あの!」
「ん?」
「…ごめんなさい。あと、おやすみなさい…。」
俺はナマエさんに何も言わず微笑み返して、その場を去った。
少しはカッコつけることができていただろうか。大人の対応ができていただろうか。
そんなことを考えながらマンションの裏手まで周り、誰もいないことを確認してからマンションの壁に背を付けてズルズルと座り込んだ。