第30話 動機は怨恨か
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『リヴァイ課長、少しご相談があります…。』
『ナマエさーん!聞いてくださいよ!』
『おい!ジャン!どうなってんだよ!』
『課長、ちょっといいですか?』
『ナマエ主任…』
『ジャン…』
『課長…』
『…』
……………
第一会議室。オフィスから一番遠いこの場所は、以前から言っているがこういった話の際にピッタリだ。
リヴァイ課長、ナマエさん、俺。最近では俺たち三人しかここを使わない気さえする。
「おいおいおいおい。どうしてこんなクソみたいな状況になってんだ。」
「まぁ、ONとかOFFとか以前に、スイッチ自体が無かったっつーことでしょうね。」
「増員した筈なのに余計忙しくなってませんか?」
ため息を吐いたら幸せが逃げるというなら、もう俺たちには逃げる幸せすらも残ってないかもしれない。
それほどまでにもう数えるのも嫌になるほどのため息が三人の口から吐き出されている。
「シガンシナでどうして今まで問題になってねぇんだ。」
「あっちにいる俺の同期に聞いたんすけど。業績出してる分誰も文句言えなかったそうですよ。しかも向こうの課長がびっくりするほど弱気な人みたいで。ケールさんのあの感じじゃ、舐められてたんでしょうね。」
「ザオさんの方は?」
「彼女はシガンシナ支部の常務の娘らしいっす。遅くにできた一人娘らしくて。そりゃあもう溺愛で。あとは想像通りっすね。よくこっちへの異動を常務が許したなと思ってたんですけど。ケールさんの異動が分かった時に面白そうだからって自分から常務に嘆願して、社会勉強になるだろうからとお許しが出たそうですよ。」
「なんだか想像がつくね…。」
シガンシナの同期が言うには、今回の異動で向こうの環境はかなり改善されたらしい。同期自身も「これで普通に仕事ができる…。」と電話口で涙ながらに語ってくれた。
なぜこんな話をしているかというと。人事異動があってから約一か月。この短期間に社員たちから続々と相談という名の苦情が寄せられだしたのだ。
サポートで社員についていたケールさん。自分は口を出さないといいつつ最後の最後に割って入り、クロージングをしたのは自分だからと手柄が彼のものに。
また、別のチームでは、口出しをしなかった代わりに本社に戻った後のそこまで言うかというほどの叱責。好成績のライナーとベルトルトにまで、まさかのダメ出し。
更に、女性社員に対しては業務後に一緒に酒の席に付き合うよう強要し、断ればこれでもかと外見を貶される。無遠慮にボディタッチされた女性社員もいるらしい。
…いつの時代の話だよ。このご時世でよくやるもんだ。パワハラ、セクハラあとは何ハラだ?…全ての語尾にハラがつきそうな話ばかりで眩暈がする。
そしてザオさん。
事務処理を頼めば男性社員に擦り寄り「難しいからわかんなぁい」と言って迫り。少し注意すればケールさんに涙目で泣きつき、それを見た彼は相手に罵倒の嵐。常務の娘だからか昇進狙いか何なのか、かなり甘やかしているようだ。
そして、彼女と一緒に営業に行けば取引先を怒らせて破談。
嘘だろ。今まで二人はどうやって生きてきたんだ。シガンシナが潰れなかったのが奇跡だ。…頭が痛い。
「それで、アッカーマン課長。これからどうしますか?」
「ナマエ、今は普段の話し方で構わねぇよ。こいつは多分知ってる。なぁ?ジャン。」
…気づいてたのか。あの時俺が近くに居たことを。ナマエさんは目を丸くして「そうなの?」と驚きを隠せないようだ。
「まぁ、そうっすね。高校時代からの仲だと言われればこれまでの方が逆に違和感あるなと今なら思いますし。ナマエさんも気にしなくていいっすよ。いくら仕事中でも気兼ねなく話せる時間があった方が楽でしょ。」
「ごめんね。隠してたわけじゃないんだけど…でも、ありがとう。」
穏やかな笑顔を向けられた。最近ナマエさんはずっと作り物の笑顔しかしていなかったので逆に新鮮だ。この後、恋人同士であることをからかってやろうとか考えていたのに、そんな風に言われてしまうと茶化すこともできない。心なしかホッとしている様子なのでまぁいいとするが。
「リヴァイ、このままだと皆にとっても営業部自体にとっても取り返しのつかないことが起こりそうで怖いんだけど…。」
「あぁ。俺も嫌な予感しかしぇよ。」
ナマエさんは課長に対しての敬語を今だけやめたようだ。聞きなれないせいかまだ違和感がある。
そういえば、俺は今回の事で少し気になっていることがあった事を思い出した。
「ちょっといいですか?ずっと思ってたんですけど。ケールさんのナマエさんに対する当たりの強さ、異常じゃないっすか?ナマエさんにだけ特に酷ぇ。あの人に恨まれるようなことでもしました?」
ナマエさんはきょとんとした後に「まさか!そんなわけないじゃん!」と片手をぶんぶんと振っている。
この様子だと本人は大して堪えてないようだ。それはそれですげぇが。そんなナマエさんの様子を見て、リヴァイ課長がため息をつきながらナマエさんに突っ込みを入れた。
「いや、お前。絶対にあの時の事恨まれてるぞ。」
「え!?私何かした?」
「やっぱり恨まれるコトしてるんすね。課長、何があったんですか?」
俺が課長に質問をすると、課長は意地悪そうな顔でニヤリと笑った後、衝撃の事実を教えてくれた。
「新人の頃、ナマエは言い寄ってくるアイツをこっ酷く振ってんだよ。しかも、大勢の同期の前で。」
「は?こっ酷く?ナマエさんが?」
「何のこと?…ごめん。私、本気で覚えてないんだけど。」
マジか。言い寄られたことを覚えてないなら…さすがに少し不憫かもしれない。
「どうやって振ったんですか?」
「あれはケールの方が悪ぃがな。当時からあいつの空気の読めなさは天下一品だった。」
課長の話によると、ケールさんは入社式でナマエさんに一目惚れをして、それからずっとアタックしていたそうだ。だが、やり方が悪かった。『俺の隣に立つにはお前くらいのレベルじゃないと周りが許さない』だとか、『お前を俺の女にしてやる』とか、この人は本気で女を口説く気があるんだろうかと笑えてくる内容で迫っていたようだった。
ある時、自信満々のケールさんは断られる訳がないと、新入社員の合同研修で同期が全員集まっている場所で、ナマエさんに俺の女になれと敢えて周りに聞こえるように言った。同期の目の前で、当時から周りに騒がれていたナマエさんを手に入れる所を見せてやろうとしたようだ。
「その時、ナマエもしおらしく『ごめんなさい』とでも言っときゃいいのに、わざわざご丁寧に『え、無理無理。』だ。あの時のアイツの顔を俺は一生忘れねぇ自信がある。」
リヴァイ課長は珍しく肩を震わせて笑いを堪えている。『無理無理』か。『無理』だけでもまぁまぁキツいのに重ねましたか。その全てを見ていた同期たちの何処からかクスクスと笑い声が聞こえだし、ケールさんは慌てて『お前みたいなブスが本気にしてんじゃねぇよ!冗談に決まってんだろうが!』と捨て台詞を吐いてその場から消えたらしい。小学生か。
「あー…なんとなく思い出してきたかも。」
「…ナマエさん…ククッ…中々やりますね…。しかも本人覚えてねぇし。」
「だろ?更にだ。その後割とすぐにケールが勝手にライバル視していた同期の奴とナマエが付き合いだした。…あれはさすがに本人も大打撃だったろうな。不憫すぎだ。」
可笑しそうに話すリヴァイ課長に対してナマエさんは割と本気で睨んでいる。本来の二人の様子を見せられて、やはり慣れてないせいだろうがどこかモヤモヤするというかしっくりこない。つーか、課長は昔の男の話とか余裕でするんだな。さすがは大人の男ってところか。俺なら嬉々として話したりはできそうもない。
「そんな昔の話のこと今更出されても困るよ。あの時は無理無理言ってごめんね?って言えばいいの?」
「ぶはっ!やめてくださいよ!現場凍り付くわ!」
「いいじゃねぇか、言ってやれよ。長年のわだかまりがなくなるかもしれねぇからな。」
俺と課長はもう笑うのを遠慮する事をやめてしまっている。二人とも肩が震えている。課長の悪そうな笑みがツボすぎた。なんだかんだんでナマエさんが一番あの人の事をイジっている気もするが。
それでも、とんでもない問題を運んできたケールさんに対して少しくらいストレス発散させてほしい。
「ちょっと!何の話よ!違うでしょ?今はこれからの話だよ。」
「何言ってんすか、ナマエさんが一番ノリノリだったじゃねぇっすか。」
「だって、あの時はホントに無理だったんだもん。」
「ふはっ!だからやめてくださいって!やべぇ、腹が痛ぇ。」
「もう!今、これでも業務時間中だからね!もうこの話はおしまい!!」
ここまでか。ナマエさんが真面目モードに戻ってしまった。リヴァイ課長の方を見ると、仕方ねぇな。と、俺に向かって同じように真面目な顔で言った。
「なぁ。ジャンよ。前に言ったな?アイツらに負けるなよと。早速実行できるか?」
リヴァイ課長はニヤリと不敵な笑みをこちらに向けてきた。
―これは…今すぐ逃げた方がいいんじゃないか?
『ナマエさーん!聞いてくださいよ!』
『おい!ジャン!どうなってんだよ!』
『課長、ちょっといいですか?』
『ナマエ主任…』
『ジャン…』
『課長…』
『…』
……………
第一会議室。オフィスから一番遠いこの場所は、以前から言っているがこういった話の際にピッタリだ。
リヴァイ課長、ナマエさん、俺。最近では俺たち三人しかここを使わない気さえする。
「おいおいおいおい。どうしてこんなクソみたいな状況になってんだ。」
「まぁ、ONとかOFFとか以前に、スイッチ自体が無かったっつーことでしょうね。」
「増員した筈なのに余計忙しくなってませんか?」
ため息を吐いたら幸せが逃げるというなら、もう俺たちには逃げる幸せすらも残ってないかもしれない。
それほどまでにもう数えるのも嫌になるほどのため息が三人の口から吐き出されている。
「シガンシナでどうして今まで問題になってねぇんだ。」
「あっちにいる俺の同期に聞いたんすけど。業績出してる分誰も文句言えなかったそうですよ。しかも向こうの課長がびっくりするほど弱気な人みたいで。ケールさんのあの感じじゃ、舐められてたんでしょうね。」
「ザオさんの方は?」
「彼女はシガンシナ支部の常務の娘らしいっす。遅くにできた一人娘らしくて。そりゃあもう溺愛で。あとは想像通りっすね。よくこっちへの異動を常務が許したなと思ってたんですけど。ケールさんの異動が分かった時に面白そうだからって自分から常務に嘆願して、社会勉強になるだろうからとお許しが出たそうですよ。」
「なんだか想像がつくね…。」
シガンシナの同期が言うには、今回の異動で向こうの環境はかなり改善されたらしい。同期自身も「これで普通に仕事ができる…。」と電話口で涙ながらに語ってくれた。
なぜこんな話をしているかというと。人事異動があってから約一か月。この短期間に社員たちから続々と相談という名の苦情が寄せられだしたのだ。
サポートで社員についていたケールさん。自分は口を出さないといいつつ最後の最後に割って入り、クロージングをしたのは自分だからと手柄が彼のものに。
また、別のチームでは、口出しをしなかった代わりに本社に戻った後のそこまで言うかというほどの叱責。好成績のライナーとベルトルトにまで、まさかのダメ出し。
更に、女性社員に対しては業務後に一緒に酒の席に付き合うよう強要し、断ればこれでもかと外見を貶される。無遠慮にボディタッチされた女性社員もいるらしい。
…いつの時代の話だよ。このご時世でよくやるもんだ。パワハラ、セクハラあとは何ハラだ?…全ての語尾にハラがつきそうな話ばかりで眩暈がする。
そしてザオさん。
事務処理を頼めば男性社員に擦り寄り「難しいからわかんなぁい」と言って迫り。少し注意すればケールさんに涙目で泣きつき、それを見た彼は相手に罵倒の嵐。常務の娘だからか昇進狙いか何なのか、かなり甘やかしているようだ。
そして、彼女と一緒に営業に行けば取引先を怒らせて破談。
嘘だろ。今まで二人はどうやって生きてきたんだ。シガンシナが潰れなかったのが奇跡だ。…頭が痛い。
「それで、アッカーマン課長。これからどうしますか?」
「ナマエ、今は普段の話し方で構わねぇよ。こいつは多分知ってる。なぁ?ジャン。」
…気づいてたのか。あの時俺が近くに居たことを。ナマエさんは目を丸くして「そうなの?」と驚きを隠せないようだ。
「まぁ、そうっすね。高校時代からの仲だと言われればこれまでの方が逆に違和感あるなと今なら思いますし。ナマエさんも気にしなくていいっすよ。いくら仕事中でも気兼ねなく話せる時間があった方が楽でしょ。」
「ごめんね。隠してたわけじゃないんだけど…でも、ありがとう。」
穏やかな笑顔を向けられた。最近ナマエさんはずっと作り物の笑顔しかしていなかったので逆に新鮮だ。この後、恋人同士であることをからかってやろうとか考えていたのに、そんな風に言われてしまうと茶化すこともできない。心なしかホッとしている様子なのでまぁいいとするが。
「リヴァイ、このままだと皆にとっても営業部自体にとっても取り返しのつかないことが起こりそうで怖いんだけど…。」
「あぁ。俺も嫌な予感しかしぇよ。」
ナマエさんは課長に対しての敬語を今だけやめたようだ。聞きなれないせいかまだ違和感がある。
そういえば、俺は今回の事で少し気になっていることがあった事を思い出した。
「ちょっといいですか?ずっと思ってたんですけど。ケールさんのナマエさんに対する当たりの強さ、異常じゃないっすか?ナマエさんにだけ特に酷ぇ。あの人に恨まれるようなことでもしました?」
ナマエさんはきょとんとした後に「まさか!そんなわけないじゃん!」と片手をぶんぶんと振っている。
この様子だと本人は大して堪えてないようだ。それはそれですげぇが。そんなナマエさんの様子を見て、リヴァイ課長がため息をつきながらナマエさんに突っ込みを入れた。
「いや、お前。絶対にあの時の事恨まれてるぞ。」
「え!?私何かした?」
「やっぱり恨まれるコトしてるんすね。課長、何があったんですか?」
俺が課長に質問をすると、課長は意地悪そうな顔でニヤリと笑った後、衝撃の事実を教えてくれた。
「新人の頃、ナマエは言い寄ってくるアイツをこっ酷く振ってんだよ。しかも、大勢の同期の前で。」
「は?こっ酷く?ナマエさんが?」
「何のこと?…ごめん。私、本気で覚えてないんだけど。」
マジか。言い寄られたことを覚えてないなら…さすがに少し不憫かもしれない。
「どうやって振ったんですか?」
「あれはケールの方が悪ぃがな。当時からあいつの空気の読めなさは天下一品だった。」
課長の話によると、ケールさんは入社式でナマエさんに一目惚れをして、それからずっとアタックしていたそうだ。だが、やり方が悪かった。『俺の隣に立つにはお前くらいのレベルじゃないと周りが許さない』だとか、『お前を俺の女にしてやる』とか、この人は本気で女を口説く気があるんだろうかと笑えてくる内容で迫っていたようだった。
ある時、自信満々のケールさんは断られる訳がないと、新入社員の合同研修で同期が全員集まっている場所で、ナマエさんに俺の女になれと敢えて周りに聞こえるように言った。同期の目の前で、当時から周りに騒がれていたナマエさんを手に入れる所を見せてやろうとしたようだ。
「その時、ナマエもしおらしく『ごめんなさい』とでも言っときゃいいのに、わざわざご丁寧に『え、無理無理。』だ。あの時のアイツの顔を俺は一生忘れねぇ自信がある。」
リヴァイ課長は珍しく肩を震わせて笑いを堪えている。『無理無理』か。『無理』だけでもまぁまぁキツいのに重ねましたか。その全てを見ていた同期たちの何処からかクスクスと笑い声が聞こえだし、ケールさんは慌てて『お前みたいなブスが本気にしてんじゃねぇよ!冗談に決まってんだろうが!』と捨て台詞を吐いてその場から消えたらしい。小学生か。
「あー…なんとなく思い出してきたかも。」
「…ナマエさん…ククッ…中々やりますね…。しかも本人覚えてねぇし。」
「だろ?更にだ。その後割とすぐにケールが勝手にライバル視していた同期の奴とナマエが付き合いだした。…あれはさすがに本人も大打撃だったろうな。不憫すぎだ。」
可笑しそうに話すリヴァイ課長に対してナマエさんは割と本気で睨んでいる。本来の二人の様子を見せられて、やはり慣れてないせいだろうがどこかモヤモヤするというかしっくりこない。つーか、課長は昔の男の話とか余裕でするんだな。さすがは大人の男ってところか。俺なら嬉々として話したりはできそうもない。
「そんな昔の話のこと今更出されても困るよ。あの時は無理無理言ってごめんね?って言えばいいの?」
「ぶはっ!やめてくださいよ!現場凍り付くわ!」
「いいじゃねぇか、言ってやれよ。長年のわだかまりがなくなるかもしれねぇからな。」
俺と課長はもう笑うのを遠慮する事をやめてしまっている。二人とも肩が震えている。課長の悪そうな笑みがツボすぎた。なんだかんだんでナマエさんが一番あの人の事をイジっている気もするが。
それでも、とんでもない問題を運んできたケールさんに対して少しくらいストレス発散させてほしい。
「ちょっと!何の話よ!違うでしょ?今はこれからの話だよ。」
「何言ってんすか、ナマエさんが一番ノリノリだったじゃねぇっすか。」
「だって、あの時はホントに無理だったんだもん。」
「ふはっ!だからやめてくださいって!やべぇ、腹が痛ぇ。」
「もう!今、これでも業務時間中だからね!もうこの話はおしまい!!」
ここまでか。ナマエさんが真面目モードに戻ってしまった。リヴァイ課長の方を見ると、仕方ねぇな。と、俺に向かって同じように真面目な顔で言った。
「なぁ。ジャンよ。前に言ったな?アイツらに負けるなよと。早速実行できるか?」
リヴァイ課長はニヤリと不敵な笑みをこちらに向けてきた。
―これは…今すぐ逃げた方がいいんじゃないか?