第15話 花の色は
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8月中旬に差し掛かかったが、相変わらずの暑さが続く。窓の外を見ると太陽が隣のビルの窓ガラスを照らし反射させて、これでもかと己の存在を主張している。
今日が商談のない日でよかった。こんな日に外回りなんかしたら本当に溶けてしまうのではないだろうか。
今日の様な日は普段中々できない事務作業に時間を割くのにはもってこいで。こういう時の俺とナマエさんは確認事項があれば言葉を交わす程度で、二人とも無心で作業を続ける。
どのくらい時間が経っただろうか。ナマエさんがポツリと呟いた事で初めてパソコンから目を離す。
「あ、もうこんな時間だ。全然気付かなかったよ。」
そう言われて腕時計に目をやると、確かに。14時を回ったところだった。時計を見た瞬間に腹が空腹だと騒ぎ出す。随分と自分勝手な腹だ。
「メシ、どうします?社食で済ませますか?」
「んー。気晴らしに外に出たいかも。」
ずっと下向いてたから首がバキバキだよ、と言いながら腕を首裏に当てて首を回している。
「そうっすね。なら、あそこ行きません?『そば喜』。今なら空いてるだろうからゆっくりできますよ。」
中途半端な時間だからそばで軽く腹を満たすくらいがちょうど良さそうだ。それに、あの鰹出汁の匂いが恋しくなっていた頃だった。
ナマエさんの同意ももらい、少し遅めの休憩に入る事にした。
こうやって昼食を共にする様になったのはつい最近だ。それまでは別々で時間をずらして取るのが当たり前だったのが、気づけば一緒に休憩を取る様になっていた。
何を注文するか話しながら下に降りる途中、ナマエさんがいきなり後ろを振り返った。
「ナマエさん?いきなりなんすか?」
「あ、ごめん、何でもないよ。それでね!私はあそこの山かけが一番好きで…」
不思議に思ったが、特に気にすることでもないかと思い、蕎麦談義を続けながら会社を出た。
「暑っ!何だこれ。」
「日傘持ってくれば良かった。」
ゲートを抜けて外に出た瞬間、外食に決めたことを後悔した。商談無くて良かったと思っていたことを思い出した。
ナマエさんも手を顔に翳しながら珍しく眉を潜めている。
「車出します?そば喜着くまでにナマエさん溶けてさらに縮むんじゃねぇっすか?」
「休憩のために社用車使えるわけないでしょ?それに、もうこれ以上は縮みません!」
真面目なところは相変わらずだが、最近はこういう軽口にもノってくれるようになった。
「冗談っすよ。さ、ナマエさんが縮む前に早く行きますよ。」
「縮んだらヒール履くからいいもん。」
そういう問題ではねぇ。
だが、こういうやり取りが心地よい。
そしてナマエさんは口を尖らせながらツッコミを入れてくるのだ。今まで見ることの無かった笑っている以外の表情を見るのが珍しくて、楽しくて。ついからかうようなことを言ってしまう。
日陰を選びながらもなんとか歩いて到着し、奥のテーブル席に案内される。
ナマエさんは暑かった、死ぬかと思ったと言いながらさりげなくこちら側にメニューを向けて広げた。こういうところはさすがだと思う。そう言えば俺の前の彼女は一度もこちらに向けたことがなかったな、などどとどうでも良いことを思いだす。
「カツトロ丼だって!山かけ食べたかったし、私これにする!」
「蕎麦屋でカツ丼かよ。」
「え?お蕎麦も頼むよ?これ。ざるそばセットにできるから!」
これだ。これまで知らなかったナマエさんの真実。クソほど食う。その体のどこに入って行くんだというほど彼女は食う。注文した物だけ見ればどこのガテン系だと思うだろう。
「この時間にそんなに食ったら夜入んなくなりますよ?」
「大丈夫。この後また脳みそ使うからちゃんと消化するよ!」
そしてこれも。彼女は時々謎の持論を展開するのだ。よく言えば天然というところか。
「またよくわかんねぇこと言いますね。まあいいっすけど。」
俺は山かけ単品にした。ナマエさんが山かけ山かけ言うので俺の口はもう山かけしか欲していない。
ナマエさんには新人の頃からお世話になっていて、割と長い時間を一緒に過ごしてきたと思っていたが、知らなかったことが多過ぎて最近は驚きの毎日だ。こんなに色んなナマエさんがいるのに俺は今まで何を見ていたんだろうか。
注文していた蕎麦がやってきた。店員は案の定俺の方にカツ丼セットを置いた。違います。俺が山かけです。
暑いこの季節には喉越し滑らかな山かけがピッタリだ。もちろん冷やしにした。
ナマエさんのカツトロ丼も、もっと脂っこそうなものを想像していたが、すりおろした山芋の上には山葵が乗っておりタレも普通のトンカツソースではなく、麺つゆの様な出汁だった。確かに旨そうだ。この暑さでこの量はさすがに食べる気はしないが。
「「いただきます。」」
二人同時に手を合わせたものだから思わず笑ってしまった。
「サクサク!これ、サクサクだよ!でもトロトロなの!」
ナマエさんは嬉しそうにカツを頬張る。もう一つ見つけたこと。ナマエさんは好物や旨いものを食べる時に、小鼻が少し膨らむのだ。甘い物を食べる時なんかはそれが顕著に出る。だからナマエさんの好物はすぐに分かるのだ。恥ずかしがるだろうから本人には言わないが。
「良かったっすね。また付いてますよ?どうやったらそこにネギが付くんすか。」
ほら、ここ。と同じ場所を自分の顔を指差して教えてやるが全然違うところを触っていて全然取れない。彼女は食べる時に必ずと言っていいほど頬に何かをつける。まるで小せぇガキだ。接待の時には全くそんな素振りは見せないので、今が素のナマエさんなんだろう。これも最近の発見だ。そう思うと俺に気を許してくれている気がして嬉しくなる。
そして未だにネギは取れないので、仕方なく腕を伸ばして取ってやった。
「なんかナマエさんと飯食ってたら、妹に食わせてやってる気分になりますね。」
「…ごめんなさい。」
しょんぼりしてしまった。どちらかと言うと男に頬に付いた物を取ってもらったのだからそこは照れて欲しかった。恥ずかしがるところ見たさの下心でわざと自ら手を伸ばしたのに、ナマエさんにはなぜか通用しなかった。
「おいしくてつい…。でも、ホントにホントにこれおいしいんだよ!ほら!」
でも、の意味は不明だが。あろう事かナマエさんはカツを一切れ箸で掴みこちらに差し出してくる。いわゆる『あーん』スタイルだ。待て待て。まじか。なぜか反撃されてしまった。本人は無意識の様だが。
恐ろしい…思わず俺が固まっていると。
「あ、ごめん、直箸は嫌だよね。はい、一切れどうぞ。」
そう言って丼ごとコチラに向けてきた。いや、そこじゃねぇよ。
何も言えず、でもとりあえず一切れいただく事にした。これは確かに。山芋と出汁のおかげで脂っこさも軽減されている。
「うめぇ。」
「でしょ?でしょでしょ?俺も頼めば良かったーって思ったでしょ?」
「いや、俺はこの時間にそんなにいらねぇっす。」
「えーーー。」
そんなこんなで俺たちの休憩時間は今日も緩やかに過ぎて行くのだった。
最後に一つ。
「ナマエさん、スマホ。置いて帰るんですか?」
「ホントだ!危なかったぁ。」
彼女は思った以上に抜けている。
今日が商談のない日でよかった。こんな日に外回りなんかしたら本当に溶けてしまうのではないだろうか。
今日の様な日は普段中々できない事務作業に時間を割くのにはもってこいで。こういう時の俺とナマエさんは確認事項があれば言葉を交わす程度で、二人とも無心で作業を続ける。
どのくらい時間が経っただろうか。ナマエさんがポツリと呟いた事で初めてパソコンから目を離す。
「あ、もうこんな時間だ。全然気付かなかったよ。」
そう言われて腕時計に目をやると、確かに。14時を回ったところだった。時計を見た瞬間に腹が空腹だと騒ぎ出す。随分と自分勝手な腹だ。
「メシ、どうします?社食で済ませますか?」
「んー。気晴らしに外に出たいかも。」
ずっと下向いてたから首がバキバキだよ、と言いながら腕を首裏に当てて首を回している。
「そうっすね。なら、あそこ行きません?『そば喜』。今なら空いてるだろうからゆっくりできますよ。」
中途半端な時間だからそばで軽く腹を満たすくらいがちょうど良さそうだ。それに、あの鰹出汁の匂いが恋しくなっていた頃だった。
ナマエさんの同意ももらい、少し遅めの休憩に入る事にした。
こうやって昼食を共にする様になったのはつい最近だ。それまでは別々で時間をずらして取るのが当たり前だったのが、気づけば一緒に休憩を取る様になっていた。
何を注文するか話しながら下に降りる途中、ナマエさんがいきなり後ろを振り返った。
「ナマエさん?いきなりなんすか?」
「あ、ごめん、何でもないよ。それでね!私はあそこの山かけが一番好きで…」
不思議に思ったが、特に気にすることでもないかと思い、蕎麦談義を続けながら会社を出た。
「暑っ!何だこれ。」
「日傘持ってくれば良かった。」
ゲートを抜けて外に出た瞬間、外食に決めたことを後悔した。商談無くて良かったと思っていたことを思い出した。
ナマエさんも手を顔に翳しながら珍しく眉を潜めている。
「車出します?そば喜着くまでにナマエさん溶けてさらに縮むんじゃねぇっすか?」
「休憩のために社用車使えるわけないでしょ?それに、もうこれ以上は縮みません!」
真面目なところは相変わらずだが、最近はこういう軽口にもノってくれるようになった。
「冗談っすよ。さ、ナマエさんが縮む前に早く行きますよ。」
「縮んだらヒール履くからいいもん。」
そういう問題ではねぇ。
だが、こういうやり取りが心地よい。
そしてナマエさんは口を尖らせながらツッコミを入れてくるのだ。今まで見ることの無かった笑っている以外の表情を見るのが珍しくて、楽しくて。ついからかうようなことを言ってしまう。
日陰を選びながらもなんとか歩いて到着し、奥のテーブル席に案内される。
ナマエさんは暑かった、死ぬかと思ったと言いながらさりげなくこちら側にメニューを向けて広げた。こういうところはさすがだと思う。そう言えば俺の前の彼女は一度もこちらに向けたことがなかったな、などどとどうでも良いことを思いだす。
「カツトロ丼だって!山かけ食べたかったし、私これにする!」
「蕎麦屋でカツ丼かよ。」
「え?お蕎麦も頼むよ?これ。ざるそばセットにできるから!」
これだ。これまで知らなかったナマエさんの真実。クソほど食う。その体のどこに入って行くんだというほど彼女は食う。注文した物だけ見ればどこのガテン系だと思うだろう。
「この時間にそんなに食ったら夜入んなくなりますよ?」
「大丈夫。この後また脳みそ使うからちゃんと消化するよ!」
そしてこれも。彼女は時々謎の持論を展開するのだ。よく言えば天然というところか。
「またよくわかんねぇこと言いますね。まあいいっすけど。」
俺は山かけ単品にした。ナマエさんが山かけ山かけ言うので俺の口はもう山かけしか欲していない。
ナマエさんには新人の頃からお世話になっていて、割と長い時間を一緒に過ごしてきたと思っていたが、知らなかったことが多過ぎて最近は驚きの毎日だ。こんなに色んなナマエさんがいるのに俺は今まで何を見ていたんだろうか。
注文していた蕎麦がやってきた。店員は案の定俺の方にカツ丼セットを置いた。違います。俺が山かけです。
暑いこの季節には喉越し滑らかな山かけがピッタリだ。もちろん冷やしにした。
ナマエさんのカツトロ丼も、もっと脂っこそうなものを想像していたが、すりおろした山芋の上には山葵が乗っておりタレも普通のトンカツソースではなく、麺つゆの様な出汁だった。確かに旨そうだ。この暑さでこの量はさすがに食べる気はしないが。
「「いただきます。」」
二人同時に手を合わせたものだから思わず笑ってしまった。
「サクサク!これ、サクサクだよ!でもトロトロなの!」
ナマエさんは嬉しそうにカツを頬張る。もう一つ見つけたこと。ナマエさんは好物や旨いものを食べる時に、小鼻が少し膨らむのだ。甘い物を食べる時なんかはそれが顕著に出る。だからナマエさんの好物はすぐに分かるのだ。恥ずかしがるだろうから本人には言わないが。
「良かったっすね。また付いてますよ?どうやったらそこにネギが付くんすか。」
ほら、ここ。と同じ場所を自分の顔を指差して教えてやるが全然違うところを触っていて全然取れない。彼女は食べる時に必ずと言っていいほど頬に何かをつける。まるで小せぇガキだ。接待の時には全くそんな素振りは見せないので、今が素のナマエさんなんだろう。これも最近の発見だ。そう思うと俺に気を許してくれている気がして嬉しくなる。
そして未だにネギは取れないので、仕方なく腕を伸ばして取ってやった。
「なんかナマエさんと飯食ってたら、妹に食わせてやってる気分になりますね。」
「…ごめんなさい。」
しょんぼりしてしまった。どちらかと言うと男に頬に付いた物を取ってもらったのだからそこは照れて欲しかった。恥ずかしがるところ見たさの下心でわざと自ら手を伸ばしたのに、ナマエさんにはなぜか通用しなかった。
「おいしくてつい…。でも、ホントにホントにこれおいしいんだよ!ほら!」
でも、の意味は不明だが。あろう事かナマエさんはカツを一切れ箸で掴みこちらに差し出してくる。いわゆる『あーん』スタイルだ。待て待て。まじか。なぜか反撃されてしまった。本人は無意識の様だが。
恐ろしい…思わず俺が固まっていると。
「あ、ごめん、直箸は嫌だよね。はい、一切れどうぞ。」
そう言って丼ごとコチラに向けてきた。いや、そこじゃねぇよ。
何も言えず、でもとりあえず一切れいただく事にした。これは確かに。山芋と出汁のおかげで脂っこさも軽減されている。
「うめぇ。」
「でしょ?でしょでしょ?俺も頼めば良かったーって思ったでしょ?」
「いや、俺はこの時間にそんなにいらねぇっす。」
「えーーー。」
そんなこんなで俺たちの休憩時間は今日も緩やかに過ぎて行くのだった。
最後に一つ。
「ナマエさん、スマホ。置いて帰るんですか?」
「ホントだ!危なかったぁ。」
彼女は思った以上に抜けている。